第17話 ちゅー❤してくれたら治ると思う
『おいやべえぞあれっ、あのまま殺しちまうんじゃねえか?どうする?止めるか?』
イヤホンの向こうから聞こえるルーデルの慌てた声に、エルンストは眉間に皺を寄せながら答えた。
「まだだ、まだなにも命令は出ていない、そのまま待機していろルーデル」
『でもよ、あれじゃあ一方的なリンチだぜ、なんだか可哀そうになっちまう、見た目はかわいい女の子なんだぜ』
エルンストとてこれが異常な事態であることはわかっている、メドゥーサの石眼が使えないとあっては最早これ以上の作戦継続は無意味、あんな私刑なんてとっとと止めて撤退し新たなプランを練り直さなくてはならないと考える
しかし、今この場で同じように潜伏している指揮官ロンメル大佐からはまだなにも指示がでていないのだ、勝手な判断で動くわけにはいかない、それが軍隊というものだ
そう思っているとようやくロンメルからの通信が入る
『全員聞こえるか、見ての通りだ、メドゥーサの石眼は使えない、作戦は中止、すぐにゲイレルルを回収してこの場を離脱し・・』
『待ってください』
そこへ別の隊員が割って入る
『車だ、猛スピードで突っ込んでくるぞ!』
『なにっ!?ヘイヘ!そこから確認できるかっ!!』
別の場所に潜伏している狙撃手を呼ぶロンメル、しかし返事が返ってこない、通信機が故障したのか?いや・・・・
『どうしますか大佐っ!?』
ルーデルが叫ぶ
『撤退だ!すぐにゲイレルルを回収し、うっ!!』
イヤホンから聞こえてきたのはロンメルの短い呻き声、ルーデルとエルンストは嫌な予感を覚える、これは・・・敵襲だ
間違いない、未だに返答のない狙撃手、そして短い声の後に通信の途絶えた司令官、他の隊員達とも電波が繋がらない
これは非常事態だ、一刻も早くクローディアを避難させなければならない、優先すべきはグングニール、これ一点のみである
なんでこんなことになってしまったのか、つい数十分前にはクローディアの余裕の勝利を確信し、石眼を回収しておさらばの簡単な任務のはずだった。
しかし状況は一変した。これは下手をすれば最悪の事態まで想定しなければならない、ルーデルはエルンストに呼びかける
「エルンスト行くぞっ!クラウを守れ・・・・?エルンスト?」
呼びかけたエルンストから返答はなく、イヤホンからは雑音だけが響いていた。
※
引き裂かれるような金属音を鳴らしフェンスを突き破ると物凄い衝撃が車内を襲う、交通事故を経験したことのある人ならわかるだろう、車の衝突するパワーとは凄まじいものだ
「きゃあああああああ、水谷さんっ!やりすぎですっ!!」
悲鳴を上げながらシートベルトにしがみ付く弥命、水谷は急ハンドルを切ると思いっきりブレーキを踏み込んだ、ボーリング場の敷地内に滑り込むように車が突入するとそのままドリフトをかまして入り口の前に横付けする
停車すると間髪入れずに弥命と水谷は車内から飛び出す、メドゥシアナは目を廻している健登を担ぎ屋根から飛び降りた。
「メドゥーサ様は遊技場で金髪と交戦中ですっ!」
「わかりました!行きますよ守羽くん、起きてくださいっ!!」
その声にハッとすると健登は飛び起きて首をぶるぶると振る、車の屋根にしがみついていただけなのになんだかもうボロボロであった。
「姫様と守羽殿は悠紗殿の救出へ!恐らく部隊が展開している筈です。メドゥシアナ殿は私と一緒にそれを撹乱、できれば無力化してくださいっ!!」
「了解です水谷様っ!」
水谷の指示でそれぞれの役割を確認し同時に駆け出す。
クローディアが、或いは悠紗が、どちらかを既に・・・そんなことを想像してしまうがそれを頭の奥へと押し込める
絶対にそんなことはさせないっ!
健登と弥命は同じ思いであった。
※
クローディアにしこたま殴られて地面にぐったりと横たわる悠紗
既にこと切れたのか、クローディアは血に染まった自分の拳を見つめる・・・・
「なんて・・・ことを・・・」
なんてことをしてしまったのか、無抵抗の者を相手に感情のままに怒りをその拳に乗せて何度も打ち付けた。
これが選ばれし戦巫女のすることか、これが神の代行者のすることか、ワタシはワルキューレなどではない、最早単なる殺人鬼だ、自らの取った凶行にクローディアは戦慄した。
悠紗を打ち付けた痛みが残る右拳を左手で覆うと、ぶるぶると震えだすクローディアであったが、目の前の光景に驚愕する
「ふ、ふふふふ・・・・どうした?・・・惨めなものだな小娘?それが、おまえの本当の姿か?」
あれだけの暴行を受けながら、まだその口元に笑みを浮かべてふらふらと立ち上がる悠紗、クローディアはわなわなと唇を震わしながらその姿を呆然と見つめる
「クローディア・・・妾は、おまえのことを・・・」
そこまで言うと悠紗は気を失い前のめりに倒れた。
― 爆炎業来っ! ―
突然背後から鳴り響いた声にクローディアが振り返ると、目の前で呪符が爆発凄まじい炎をあげる、咄嗟に槍で身を隠し熱は遮断、爆風はそのまま受けて吹き飛ばされるも地面を転がりながら体勢を立て直した。
膝を突いた状態で顔を上げるとその視線の先には、巫女装束のような恰好に一振りの刀を手にした弥命の姿があった。
さらに悠紗の倒れていた方を見やると健登が駆け寄り抱き上げている
「ミコット・・・か・・・」
小さく呟くクローディア
「クローディアさんっ!もうやめてくださいっ!!」
「やめるのはおまえの方だ日本の姫巫女っ!これは重大な契約違反だぞ!!」
「わかっていますクローディアさん、でももうやめてっ!お願いです!!状況は変わりました。この後のことは白様がなんとかしてくれます。今はとにかく武器を納めてくださいっ!!」
ふざけるなっ、どうしてこうも次から次へと想定外のことが起こるのだ
日本からはなにも手出しをしないという約束だったのではないのか、どいつもこいつもワタシの邪魔をしやがって・・・これでは・・・・これでは・・・・・
「だったらおまえが先に武器を捨てろおおおおおおおおおおおおっ!!」
叫びながら弥命に向かって槍を突き出し突進する
弥命は応戦体勢これを迎え撃つ、手にしていた刀で突きをいなすと体勢を崩したクローディア目掛けて振り下ろす。
クローディアは手甲でそれを打ち払い槍を横なぎ、弥命は後方へ跳躍し躱すと宙返りをしながら呪符をばら撒く
― 雷光一閃 ―
宙を舞う呪符から雷が迸る、クローディアは槍を両手で持ち空に向けて突き上げるとそれに落雷、雷のエネルギーが槍の先で停滞するが振り払うとそのまま爆散した。
一定の距離をとり睨み合いになる、弥命は剣を顔の横で構え、クローディアは両手で槍を中段に矛先を地面に向ける構えで、お互いの隙を窺い牽制しあう
ミコトヒメミヤ、確かにメドゥーサの言う通りこの戦巫女は侮れない、今の一瞬刃を交わしあっただけで感じたその力量、恐らく戦闘技術だけで言えば自分と互角かもしれない、思えば学校でもそうであった。
普段はほんわかとしているが時折感じたまるで射るような鋭い視線、あれはワタシのことを監視していたのだ、なにかおかしな挙動はしないかと見張っていたのだ、恐ろしい女・・・まったくもってその通りだ
「だがワタシの手にしているのはグングニールだ、おまえのその鈍刀でどこまで凌げるかな?」
「馬鹿にしないでくださいよ、たとえ神器が使えなくともわたしは一歩も遅れを取るつもりはありませんっ!!」
そう言うと二人は再び間合いを詰めて切り結びあう
その様子を健登は悠紗を膝の上で抱きかかえながら見つめているのだが
「なにやってんだ姫宮は、戦いを止めに来たのにおまえが戦ってどうすんだよ」
「だ・・・旦那様・・・」
呆れていると腕の中の悠紗が意識を取り戻して健登を呼ぶ、いつもあんなに偉そうな態度を取っている悠紗が、あまりにも弱々しい声で自分を呼ぶので健登は心配そうに声をかけた。
「悠紗!大丈夫・・・じゃねえよな、遅くなってすまねえ、ちきしょうこんなにボロボロになって、痛むのか?」
「旦・・・那様・・・お願い・・・が・・・」
「なんだ?どうしたっ?」
健登の腕の中で途切れ途切れ今にも消え入りそうな声をあげると、悠紗は少しはにかみながら涙目で言う
「ちゅー❤してくれたら治ると思う」
「するか!アホっ!!」
「なぜだっ!かわいそうだとは思わないのかっ!!妾のこの姿を見てちゅーの一つくらいしてやろうと思わないのかこの冷血漢めえっ!!」
健登の腕の中で憤慨しながらじたばたと暴れる悠紗であった。
あー、ちくしょう元気じゃねーか、心配して損した。
「ところで健登、なぜあの二人が戦っておるのだ?」
「俺にもわからんっ!」
「わからんではないっ!さっさと止めに入らぬか!!こんなことをしている場合ではないぞ」
「どういうことだ?」
まあこんなことをしている場合でないと言われればそうなのだが、なにか鬼気迫った様子の悠紗
「嫌な予感がする・・・恐らく本当の敵はあやつらではない、とっととあの馬鹿げた喧嘩を止めて態勢を整えるべきだ」
「おまえは大丈夫なのかよ?」
健登のその言葉に悠紗は頬を染めると「旦那様~ん❤」といいながら健登に飛びつく
「妾の心配をしてくれるのは嬉しいけど、今はそれどころじゃないから後でいっぱい慰めてね❤」
「あー、もうわかったわかった。とりあえずこの件が片付いてからな」
健登はめんどくさいので適当に返事をして流す。
まあこんだけ痛い目にあったのだ、後で少しくらいは優しくしてやろうとは思った。
とにかくあの恐ろしく感の良い悠紗が嫌な予感がすると言っている、これは恐らく的中するだろう、何かやばいことがこれから起こる可能性が高いことは間違いない
であれば早々にあいつらを止めてその何かに備えなければならない、健登は抱えていた悠紗をゆっくり下すと「ちょっくら行ってくる」と言い、刃を交えているクローディアと弥命の元へと駆け出した。




