第15話 それにしても、白様も大巫女様も、姫様には本当に甘いですね
「白様っ!白様はどちらにおいでですかっ!!!」
ドカドカと大きな足音を鳴らしながら廊下を歩き大声で白を探す弥命、折角お風呂に入ったのに学校の制服に着替えている、何事かと神社の巫女達や紅葉も出てきてソロソロとその後を追っているのだが
そこへ大巫女様、東條唱が出てきて弥命を窘める
「何事ですか騒々しいっ!弥命、そんな大きな音を立てて廊下を歩くのではありませんっ!!」
「大巫女様っ!白様はどちらですかっ!お話があります。」
「なんなのですか急に?」
弥命が自分に対してこんな血相で怒りながら詰め寄ってくることなど初めてのことだったので唱は少し動揺してしまった。
「わたしは怒っているんです!!大巫女様っ!白様に会わせてください!今回のことでいくつかお尋ねしたいことがあります。」
「今回のこととは?」
「それは直接白様に会ってお話しいたします。」
唱は一瞬困った表情を見せるも、キッと弥命を睨みつけると厳しい口調で言う
「それはなりません弥命、冷静になりなさい、自分が何を言っているのかわかっているのですか?」
「わたしは冷静です。いいえ冷静でなんていられません、いたくありません!わたしの大切な友達二人が今危険な状況にあります!神社がこれを容認していることも知っています。それはつまりっ」
「それ以上はおやめなさいっ!!」
弥命の言葉を遮るように厳しく叱責する
「いい加減にしなさい弥命っ!なにを感情的に喚き散らしているのですかっ、それではまるで八つ当たりですよ、白様にお尋ねすることがあるにせよまずは順を追って説明しなさい、私はあなたの話を聞かないとは一言も言っていないのですよ」
その迫力にざわついていた空気が一瞬で静まる、巫女達は固唾を飲んでその様子を遠巻きに見ていた。
弥命はと言うと、唱の言う通りなのでなにも言い返せずに俯き口を噤んでしまう、唱は大きく溜息を吐くと野次馬の巫女たちに持ち場に戻るように指示して水谷を呼ぶ
「朱音、奥の間の用意を、弥命を連れてそこで待っていなさい」
「大巫女様、よろしいのですか?」
「良いか悪いかは白様次第です。」
心配そうに尋ねる水谷に唱はそう答えた。
奥の間、以前健登が通されて白と謁見した場所、神社の拝殿とはまた別の場所である
そこでそわそわと落ち着きなくしている弥命と黙って横に正座している水谷、唱に待っていなさいと言われてまだ10分も経たないのに弥命は苛立ちを隠せないでいた。
早く、こうしている間にも悠紗ちゃんとクローディアさんが・・・
暫くすると奥の方から人の気配と声が聞こえてくる
「むぅぅぅ・・・なんなのじゃ突然、気持ちよく寝ておったのに」
目を擦りむずがりながらやって来た白は、きつねさんの着ぐるみパジャマを着て白い枕を引き摺っている、なんとも可愛らしい姿であった。
寝ぼけ眼のまま座布団の上に胡坐を掻くと一つ欠伸をして弥命に声をかける
「どうしたのじゃ弥命、わしに用とはなんじゃ?」
言われて弥命は白の前で手を突き深々と頭を下げるとそのままの状態で話し始める
「このようなご無礼をお許しください白様。ですが、今回のあのドイツの姫巫女の一件、私も初めはなにも手出しはすまいと決めておりましたのですが状況が変わって・・・・って」
「くー・・・・ぐぅぅ~~~~~っ」
「寝ないでくださいっ!」
鼻提灯が割れると白は驚き目をパチクリさせながらキョロキョロする、奥の間に来て弥命の話を聞こうとしていたことを思い出すと、なにごともなかったかのように再び弥命に問いかける
「して、わしに何の用じゃ弥命」
「@~・・・・・」
弥命は閉口してしまうが呆れている場合ではない、とりあえずもう一度最初から話す。
「ドイツの姫巫女の件です。」
「おー、そのことか、あれがどうかしたのか?」
「今さっき、悠紗ちゃ、メドゥーサと交戦していると言う情報が入りました。」
「誰からじゃ・・・」
弥命のその言葉に白は先程までとは打って変わって鋭い目つきになると、低い声でまるで威圧するかのように弥命に聞く
弥命はその雰囲気に一瞬気圧されるも負けじと白を見据えて答える
「それは・・・・守羽くんからです。」
「ふん、あの小僧か、で、それがどうしたのじゃ?」
「単刀直入に申し上げます。わたしはこの戦いに介入しようと思っています。」
「駄目じゃ」
にべもなく突き返す白、そうであろうと思った。しかし今回ばかりは弥命も引けなかった。
キっと白を見据えると再び言う
「あの二人はわたしの友人ですっ!わたしは二人の戦いを止めますっ!たとえダメだと言われてもですっ!!」
「ならん」
「なぜですかっ!!」
「そう決めたからじゃ、おまえはその二人の友人である前に神器の姫巫女であると言うことを忘れるな、独逸国の姫巫女が蛇女を殺すことに一切の手出しはしないと、そういう密約を交わした。当然こちらと日本国にもそれなりの見返りはある、そういう取り決めなのじゃ、今さらそれを反故にはできん」
やっぱり、思い返せばあの時・・・先月健登の家に行ったあの日に、神社を訪れていた要人達の中には外国人も居た。
あの時にこの話し合いはついていたのだ
「だったらなぜ・・・なぜその場にわたしも同席させてくれなかったのですか?」
「必要なかったからじゃ」
「納得できませんっ!悠紗ちゃんはわたしの大切な友達なんですよっ!!クローディアさんだって、そんな、そんな酷い話・・・」
弥命は膝の上でスカートを握り締め、強く唇を噛む
白は溜息を吐き困った顔をしながら窘めるように弥命に言う
「そうは言うてもな弥命、あの時は蛇女のことなど知らなかったであろう、あちらはわしらにはなにも迷惑はかけないと言ってきたのじゃ、それを咎める理由もあるまい」
「それなら、今はもう状況も変わってきているのです。お願いです白様っ!」
弥命は懇願するが白はいまいち乗り気ではない様子
水谷はそんな二人のやり取りに、もうどうしようもなくハラハラして手に汗握る、と言うかもう全身冷や汗ダラダラである
暫くの沈黙が続き白がどうしたものかと思っていると、弥命が今までの取り乱したかのような態度から一変、落ち着いた様子で淡々と話し始める
「では白様、北欧のフェンリル狼が復活したと言う話はご存じですか?」
「!?」
弥命のその言葉に白は明らかに驚きの表情を見せる、弥命だけでなく白の後ろで控えている唱や水谷も同様であった。
まるでカマでもかけてくるかのような言い方に、弥命が生意気にも自分を誘導しているようにも思えて白は軽い不快感を示すもそれに乗ってみる
「・・・どういう話じゃ?」
「まだ確証はありません、これは守羽くんの元に助けを求めに来た使いが言っていたことだそうです。現在守羽くんは悠紗ちゃんの救援に向かっています。」
「・・・・・フェンリルじゃと・・・一体何の話じゃ?」
健登の話は気にも留めず、ぶつぶつと呟きなにやら考え込む白、弥命は続けて話す。
「少し前、わたしはその魔狼の子供達とされる、ハティ、スコルと名乗る狼達に会っています。」
「なんじゃとっ!?それは何時の話じゃっ!なぜ黙っていた!!」
「必要ないと思ったからです。」
先程の意趣返しであろうか、白は「ぐぬぬ・・・」と悔しそうな顔をしてきつねパジャマの尻尾を噛む
次から次へと自分の知らない情報を弥命がぽんぽんと出してくるので、わしのあずかり知らぬところで何をやっておるのじゃこの不良娘があ~、と白はもう悔しくて悔しくてしようがなかった。
してやったりと言う弥命の表情、こんなことをして後でお仕置きをされても知らないぞ
「やはり知らなかったのですね・・・白様、今回の件どうにも腑に落ちないことばかりです。日本政府やドイツ政府はなにかを隠しているのではありませんか?最悪下手をすればこの街が戦場になるかもしれませんっ!わたしはそう考えています。」
「フェンリルが既にこの街に来ていると・・・おまえはそう言いたいのか?」
「はい」
つまり弥命の言いたいことはこういうことだ
フェンリルは既に数か月前には復活しており、ドイツ軍部はそれを認知、抹殺を計画したと、しかしなんらかの理由によりそれは失敗に終わり取り逃がしてしまったのではないか
その後フェンリルが日本に潜伏していると言う情報を掴むと同時に、メドゥーサの復活の情報も得たドイツ軍部はそれを利用しようと考えた。
全ての尻拭いは自分達が負うという条件と、他にもなにかしらの機密情報を取引材料に日本政府と密約を交わし、そしてこの街の実質的な支配者である白にはフェンリルの情報は伏せながら、自由に行動できるように確約を取ったのである
「ぐぬぬぬぬ、あのじゃがいも顔の独逸軍人共にまんまと嵌められたと言うのかぁ」
「白様はご自分が興味のないこととなると、すぐ適当に返事をするからそういうことになるんです。」
「おまえに説教までされる覚えはないわあああっ!!」
先程までの眠気はどこへやら、烈火の如く怒りだし怒声をあげる白
さすがにやりすぎたと目を伏せて白の怒りが自分へ向かないようにする弥命であった。
白は立ち上がると唱と弥命に向かって指示を出す。
「唱っ!永田町じゃ!官僚共を呼び出せっ!このわしを虚仮にしてくれたことを詰問するっ!!弥命はすぐに行ってその独逸娘を叩きのめしてこいっ!!!」
「違いますっ!戦いを止めるんですっ!!」
白は怒り心頭ぷんすかぷん「どっちでもよいわっ!」と怒鳴り散らしながら唱と共に部屋を出て行くのであった。
とにかくこれで問題ない、筋は通したし退路も作った。
これで今回のことに介入したとしても白が尻を持ってくれると言うことだ、弥命は冷静でいられないと言いながらも、事後のことまで考えてこんな行動を取ったのである、それにしても危険な綱渡りであった。
下手をすれば白の怒りを買い、この一件が決着するまで神社内に軟禁されてもおかしくないことを弥命はやってのけたのである
「お見事です姫様、正直肝を冷やしましたが」
「いつも気苦労をかけます水谷さん、かけるついでにお願いしてもいいですか?」
「もちろんです姫様!いくらでもかけてくださいっ、すぐに参りましょうっ!!」
申し訳なさそうに弥命が言うと、水谷はなにするものぞとばかりに言い放つ
二人は身支度もそこそこに駆け出すのであった。
「それにしても、白様も大巫女様も、姫様には本当に甘いですね」
「え?そうなんですか?」
「甘いも甘い大甘ですっ!先代であればあんな反抗的な態度を取れば一週間は反省房行きでした。」
信じられない、あの程度のことでそんな厳しい罰を受けるなんて
水谷は「これも時代の流れですかね」なんてしみじみと言っているが、弥命の母はそんな大変な目に合っていたのだろうか
「お母様はそんなに苦労されたのですか?」
「いいえ、めちゃめちゃ可愛がられていました。」
なんだそれは、水谷の言うことは支離滅裂である
「今も昔も、そしてこれからも、どんな時だって白様は、姫巫女様のことを優しく見守っていてくださるということです。それだけはお忘れくださいませんように、姫様」
水谷のその言葉に弥命は少し反省した顔を見せると笑顔で一言だけ答えた。
「はい」




