第13話 これいじょう~メドゥーサ様に手出しはさせませんよ~
悠紗がカっと左目を見開くと地面から無数の石の刃が飛び出す。
それらは宙に浮かび切っ先がクローディアに向けられ一斉に襲い掛かる、片足でも貫いて動けなくしてやれば大人しく話も聞くだろうと、酷いと思うかもしれないが相手は自分を殺そうと襲い掛かってきているのだ、むしろそんな生ぬるい戦い方をするのは逆に危険と言えるかもしれない。
悠紗は健登のように甘くはない、例え相手がクローディアであったとしても、自分の命を狙うというのであれば容赦なく返り討ちにしてやってもよいのだが、やはり先ほどの疑問が頭をよぎる。
どうもこの戦いは踊らされているような気がするのだ、このまま素直に迎え撃ちクローディアを葬ることが誰かに御するようなことになるのではと……
クローディアは槍を目の前でバトントワリングのように高速で回転させて石の刃を次々と破壊すると、中段に構えてまた悠紗目掛けて突進をする。
相も変わらない攻撃方法であるが健登の様なむやみやたらに相手との間合いを詰める為の突進とは違い、それは確実に相手を仕留める為に繰り出された一撃である。
洗練されたその突きは無駄な動きを一切感じさせずまさに一直線、少しでも隙を見せれば急所を貫かれるであろう攻撃であった。
悠紗は再び石の盾を作り出しクローディアの一撃を防ぐ、今度は弾き返すことなく微妙に角度をつけて受け流すように、グングニールの矛先は逸らされてクローディアは突進の勢いそのままに駆け抜けていく。
「貧弱貧弱ぅっ!! その槍の一撃では妾の石の盾を貫くパワーはないようであるな」
挑発するように笑う悠紗、その表情には余裕すら窺える。
槍の攻撃は突くか薙ぐか叩きつけるか、この三つに大別しても差し支えはないだろう、もちろん熟練者であればもっと多様な技や術を駆使できるのであろうが大まかに言ってしまえばそう言う武器、つまりは攻撃が至極読み易いのだ。
それでも槍は刀よりも強い武器だと言われている、そのリーチを生かして相手を自分の間合いに入れさせないことが最大のアドバンテージであろう、有段者ともなればその強さは折り紙つき、クローディアとてグングニールを操る戦巫女である、当然その熟練度は達人級である。
しかし今相手にしているのは刀を持った侍ではない、石を操る魔女である。
間合いの外から攻撃されては槍の持つアドバンテージを活かし切れない、突進して間合いを詰めるという攻撃しか選択肢がないのだ。
当然悠紗はそれをわかっているので自らクローディアの間合いに入っていくような真似はしない、とことんこの芽堂悠紗、いやメドゥーサという魔女のバトルセンスとは計り知れないものである。
クローディアは表情一つ変えずに悠紗のその挑発に答える。
「今までのでこの槍の限界だと? ……ならば見せてやろう北欧神話に於ける最強の槍、グングニールの力をっ!」
再び中段に、いや、もっと低く、もっと深く腰を落として構えるクローディア。
悠紗も咄嗟に身構える、先程までの気配とはまるで違う……。
「喰らうがいいっ! 光り輝く剣戟の響きの衝撃をっ!!」
―― SleipnirZusammenstoβ ―― 《滑走する軍馬の衝撃》
グングニールの矛先が光り輝きクローディアが叫び突進してくる、先の突進とは比べ物にならない速さだ、これはアメノハバキリの疾風鴉をも凌駕するスピード。
悠紗はクローディアの突っ込んでくる線上に石柱を幾重にも生み出すも、グングニールはそれをいとも簡単に貫き砕く、尚もその勢いは衰えずそのまま突進、さらに石の壁を生み出しそれを弾き返そうと。
「貫けええええええええっ! グングニィィィィイイイイイイイルっ!!」
一点収束、穿つは最強の槍グングニール、健登をあれだけ苦しめた悠紗の石の盾をいとも簡単に貫いてみせた。
槍の一撃は青銅の腕で掴みかかろうとしていた悠紗にも届きそのまま左腕を粉砕する、これは想定外の一撃であった。
ぬかった! これほどの一撃を繰り出せるとはっ!!
悠紗は舐めてかかった自分の甘さに歯噛みした。
攻撃を喰らいつつ黄金の翼を生やすと上空へ回避する、見るからにクローディアには飛行能力まではなさそうだ、一時空中へ逃げて体勢を立て直そうと考えるがクローディアの方を見やると悠紗はギョっとする。
「舐めるなああああああっ!」
叫びながらクローディアは槍投げの要領よろしく投擲、オリンピック選手も真っ青のフォームである。
「ま、ままま待てっ! 馬鹿者おおおおおっ!!」
慌てて回避する悠紗であったが、グングニールはまるで自ら意志を持つかの如く悠紗を追撃、黄金の羽を貫くとクローディアの手の中に戻った。
一撃必中、狙った的は決して外さない、それが最強の槍の所以である。
翼を撃ち抜かれて悠紗は地面に落下する、小さく呻き声をあげながらも立ち上がろうとすると横一閃、槍の腹で殴り飛ばされ吹っ飛び壁に激突した。
轟音を立てて崩れ落ちるコンクリートの破片が降り注ぐ。
ゆっくりと歩み寄り横たわる悠紗を見下ろすとクローディアは冷たく言い放った。
「観念しろ魔女、きさまは一度アメノハバキリと交戦しそれを退けたと聞くが、所詮は素人の振るう剣、邪を突き、魔を祓う為に日々鍛え上げてきたワタシのグングニールとは雲泥の差だと言うことを身を以て理解しただろう」
悠紗は残った右手を床に突き震えながら立ち上がろうとする。
「ふ、ふふふ、ならばおまえがその矛先を向ける相手は間違っておるぞ、なぜなら妾は邪でも魔でもなく、女神であるからな」
「ふざけるなよ、神話の時代、人々を恐怖に陥れた石眼の化け物が……」
余裕ぶる悠紗であったが正直そのダメージは浅くはなかった。
当然だ、左腕を砕かれ翼を撃ち抜かれたのである、いくら神とはいえ相当の深手であった。
こうなれば魔眼を使うしかあるまい。
しかし石眼はまだ治ってはいない、左眼の方で心を操りこの場を切り抜けるしかない
悠紗はふらふらと立ち上がるとバっと顔を上げてクローディアの目を見据える、左眼、魅了の魔眼が怪しげな赤い光を放ったのだが。
「なっ!? どういうことだ?」
悠紗は驚愕の声をあげる。
「効かぬよメドゥーサ……」
北欧神話に於ける主神オーディンの逸話。
ミーミルの泉の水を飲み知恵と魔術を会得したオーディンは、その時の代償に片目を失ったとされる話。
クローディアは悠紗の胸ぐらを掴みあげると憤懣やるかたなし。
「知恵の神であるオーディンにそんな腑抜けた魔眼などが通用するかあっ! 石眼を使ってみせろメドゥーサ! でなければこの場でそっ首切り落とすぞっ!!」
怒声ともつかない声をあげるクローディア、こんな姿は学校での彼女からは想像もできなかった。
しかしそれを見て悠紗は笑う。
「ははっ、どうした? 追い込んでいるはずのおまえの方が随分と余裕がないな?」
「尚も挑発か、見苦しいことこの上ないな」
しかし悠紗は意にも返さない様子、それどころか嘲笑するように、いや憐れむようにクローディアに向けて言う。
「ならば……ならばおまえは、なぜそんな今にも泣きだしそうな顔をしているのだ?」
泣きそうな顔をしているだと? ワタシが? なぜ? 馬鹿を言うな、石眼を手に入れるという目的を果たし、そして宿敵フェンリルを倒すという悲願をもうすぐ果たせるというのだぞ、それを喜びこそすれなぜ泣かなくてはならない……なぜ……。
クローディアは悠紗の言葉に困惑した。
目の前の魔女が何を言っているのか理解できなかった。
しかし紛れもなくクローディアの顔は悲哀に満ちた表情であった。
この場に鏡があればそれを見た時、自分がどんなに情けない顔をしているかと思うであろう、これは戦士の顔ではない、悪を討つ戦巫女の顔なんかではない、惨めでちっぽけな子供の顔であった。
クローディアの集中が一瞬途切れ手を離した隙、悠紗は間合いを取ると自分の頭から髪の毛を一本抜いて宙に舞わせると髪の毛はみるみる白蛇へと変わり、さらにぽんっっと変身してみせた。
「とお~じゃっじゃじゃ~んです~」
間抜けに語尾を伸ばしながら現れたメドゥシアナは悠紗を庇うようにクローディアの前に立ちはだかり、シュババババっと変な風に手を動かしてなんだかカンフーっぽい構えをする。
「きええええ~い、これいじょう~メドゥーサ様に手出しはさせませんよ~」
バキっ!
抵抗する間もなくクローディアにぶん殴られてその場にノビるメドゥシアナは物凄く弱かった。
「なんなんだこいつは……」
呆れ果てるクローディア、こんな最後の悪足掻きとはギリシャ神話で名を馳せた石眼のモンスターも落ちたものだ。
「なにをやっているのだ馬鹿者っ! おまえは戦わなくていいっ! さすがにピンチだ、誰か助けを呼びに行かぬかっ!」
「いたたたた、誰かとは~?」
「おまえの当てなど多くはないだろうっ!とっととゆけいっ!!」
悠紗に怒られてメドゥシアナは慌てて白蛇に変身すると、ピューっと一目散に建物を出て行った。
「助けを呼ぶとは無様なものだな石眼の魔女よ、まあ今さら間に合うとも思えんがな」
「ふん、本当ならば己が不幸に酔っているだけの馬鹿娘を妾一人で説教してやるつもりであったのだが、ちょっとばかし形勢が不利なのでな、致し方あるまい」
「不幸に酔っているだけだと?」
悠紗の言葉にピクリと眉を顰めて不快感を示すクローディア。
「そうだ、皆と別れてからと言うもの、おまえのその悲壮感に満ちた表情は見ていて辟易する」
「また挑発、時間稼ぎのつもりならそんなものに……」
「わからぬのなら教えてやるっ! この大馬鹿者があっ!!」
クローディアの言葉を遮るように悠紗は怒声を上げた。




