第10話 な、なんなのですかコレハ? 毒でも飲まされたのかとオモイマシタ
たまに変なことを言うが概ね人の話を真面目に聞くいい子だな、と言うのが皆のクローディアに対する印象であった。
初日でもあるのでまだ皆なんとなく遠慮して、趣味はなんだとか、好きな食べ物はなにかとか、日本のもので何か好きなものはあるかなど、当たり障りのない質問をするのだがその全てにクローディアは丁寧に答えた。
休み時間の度に質問の嵐なので正直うんざりもしていたが、そこは任務の一つだと堪えることにした。
弥命達に連れられ購買に行くと、そこはまるで難民キャンプでの食糧配給を思わせる様相を呈していた。
カウンターに並べられた食糧に生徒達が群がり我先にと奪って行く、向こうの方ではなにやら怒号も飛び交っていて、それをカウンターの中にいる配給係と思しき女性職員が厳しく注意していた。
「あら~……やっぱり混んでるわ~」
その様子に慣れた様子の芳乃達であったが、クローディアはその戦場さながらの状況に圧倒されてしまう。
しかしこの群衆の中に飛び込んで行かなければ食糧を確保できないと言うのであれば覚悟を決めなければならない、戦場に於いて食事と言うものは非常に重要なものである。空腹は時に判断力を鈍らせ体力を消耗すればその分戦闘で不利にもなる、食べられる時に食べておくというのは最前線に立つ兵士の鉄則であるのだ。
意を決し踏み出そうとした瞬間、悠紗に止められた。
「待てクローディア、こんなことであろうと既に妾の使い走りを飛ばしてある」
「ファンネル?」
悠紗は不敵な笑みを浮かべると右手を前に翳してみせる、その様子にクローディアは緊張し身構えた。
まさか? こんな所で魔法を使うのか?
「戻って来いっ! ファンネルっ!!」
悠紗がそう叫ぶと人混みの中から飛び出してきたのは健登であった。
「ぶはあっ! 誰がファンネルだっ! 人を無線兵器みたいに言うんじゃねえっ!!」
「おおっ、生きておったか健登、して戦果はどうであった」
購買が毎日のように混雑することは誰もが知っていることである、お目当ての物を手に入れようと思うならチャイムと同時に教室を飛び出すか、トイレや仮病を装って早めに教室を抜け出すなどの策を講じなければ難しい。
もしくはこの混雑に物怖じせずに突破できる者などが有利になるのだが、悠紗はそれを見越して朝の出来事を口実に健登を先んじて派遣しておいたのだ。
突っ込みは無視して目的の物をちゃんと確保できたかどうかをまず確かめる悠紗、なんだか納得がいかないが健登は渋々手に入れることのできた食糧を差し出す。
何個かのパンとおにぎりそれから悠紗用のグレープジュース、その中から悠紗は一つ手に取ると歓喜の声をあげる。
「ふむふむ、おおっ! これだこれだ! でかしたぞ健登、妾はこれが食べたかったのだ!!」
悠紗が手に取ったのは朝から食べたいと言っていた激辛カレー焼きそばパン。
透明な包装袋から見える中身は一見普通の焼きそばパンに見えるが、パンに挟まれた麺が明らかにおかしい
なにを入れたらそんな色になるのか、真っ赤になったその麺はどう見てもカレー要素など微塵もないのだが激辛要素だけは容易に想像できる見た目であった。
かくしてお昼ご飯を買うことのできたご一行は屋上へと向かい、そこで昼食をとることにした。
「なあ悠紗、飯が食いづらいからどけよ」
「いやだ、妾はここで食べたいのだ」
地べたに胡坐をかいている健登の膝の上で焼きそばパンを頬張る悠紗であったが、「くぅ~癖になる辛さだ」と涙目になりながらも満足げにしている。
その横でクローディアは健登が買ってきてくれた食べ物の中からおにぎりを手に取って包装を開けようとするのだが。
「あの……タケトカミハネ、これはドウヤッテ開けるのですか?」
「ん? ああ、これはここに書いてある番号順にだな、ちょいちょいっとこうすると」
健登が慣れた手つきで袋を取り、三角形のご飯に上手に海苔を巻いて見せるとクローディアは感嘆の声をあげる。
「オー、器用ですねタケトカミハネ、でもなんでワザワザご飯とこの黒い紙のようなものを分けて包装してあるのですか?」
「ご飯に巻いたまま包装すると海苔が湿気っちゃうからな、まあそれが好きって人もいるけど、やっぱり海苔は巻き立てパリっとしてるほうが美味いんだ、ほらよ」
クローディアは健登に手渡されたおにぎりを一口頬張ると、驚いた表情を見せる。
「とてもオイシイです」
「だろ?」
「ヤー、ダンケシェーン、タケトカミハネ」
「それとクローディア、その呼び方なんだけど、フルネームだと言いづらいだろ? 呼び捨てでいいよ、皆もそれでいいだろ?」
そう言われるがクローディアはなにを言われたのかよくわからなかった。
弥命がファーストネームで呼んでと言っていると説明すると納得した表情で答える。
「ワカリマシタ、タケト、ダンケシェーン」
空は晴天、雲一つなく澄んだ青空がどこまでも広がる、屋上には夏の気配を感じさせる陽の光がジリジリと照りつけていた。
もう少しすればこんな日の照りつける下で、のんびり昼食なんてとっていられないほどの灼熱になるだろう。
それにしても、今は作戦行動中であり目標が目の前にいるにも関わらず、自分の心が安らいでいることにクローディアは不思議な感じがしていた。
目標に近づき情報を得ることは作戦内容の一つだとは言え、こうも簡単に相手が心を開いて見せることに驚き少し不安にもなった。
クローディアは悠紗の方を見ると目が合ってしまう、「しまった」あまり意識しすぎると相手に感づかれる恐れがあるのでそう思うのだが、悠紗はやれやれと言った表情をすると食べかけの焼きそばパンの口にしていない方を少し捥ぎりクローディアに差し出す。
「おまえもこれが気になっているみたいだな? ふふふ……覚悟して食すが良い、生半可な気持ちだと後悔するぞ」
口の周りを真っ赤にしながらそう言う悠紗。
それを見て芳乃や弥命は困ったような表情をしている、なにやら恐ろしかったがこれも仲間と認められる為の儀式なのかもしれないと思い、クローディアは覚悟を決めて手渡されたパンを口の中へ……
「%sかhんgぽhkljんがsンンンンンんんんんんんん~~~~~~~~っ!!!!」
そのあまりの辛さにクローディアは声にならない声をあげる、口の中が咽喉が食道が焼けるように熱い、いや痛いっ!なんだこれは? 毒でも盛られたのか? と思っていると悠紗が笑い転げている、それを見て芳乃が慌てて飲み物を手渡してくれた。
「ちょっ! 悠紗、笑ってないで謝りなさい! 大丈夫クローディア? これ飲んで」
「おまえだってこうなるのをわかっていたのに黙って見ていたではないか」
「そ、それはそうだけど……それを言ったら弥命だって同罪よっ!!」
「え? わたしもですか?」
白々しくとぼけてみせる弥命に芳乃は抗議している、健登が「おまえら全員悪い」と言うとなぜか女子全員に睨みつけられる。
ひどいっ! 数の暴力だっ! なんでそんな時だけ一致団結するのよ
そんなやり取りに皆が楽しそうにしている、人がこんなに苦しんでいるのに皆でからかってそれを見て楽しんでいるのか、なんてひどい……いや、不思議と嫌な感じはしなかった。
友人同士の戯れ、まるで養成所時代に同年代の子達と過ごした時のような……そんな懐かしい……
「すまなかったなクローディア、特別に妾の葡萄ジュースで喉を潤すがよい」
「な、なんなのですかコレハ? 毒でも飲まされたのかとオモイマシタ」
「ふっふっふ、それを口にした者達は皆同じ反応をする、妾も初めはそうであったが、なんということか不思議とまたこの辛さを求めるようになるのだ、気が付けば病みつき、今ではこの激辛カレー焼きそばパンは購買に並べばすぐに売り切れる人気メニューだ」
これでおまえも仲間だと謂わんばかりにクローディアにグレープジュースを渡して楽しそうに話す悠紗。
クローディアは苦笑いで返すも今もらったグレープジュースは、甘くて美味しいなと思うのであった。
慣れない日本の高校での一日を終え帰ってくると、クローディアは服を着替えるのも忘れてソファーにグッタリともたれ掛かる。
それを見たルーデルがいつものようにからかいにやってきた。
「どうしたクラウ、今回の任務はそんなに大変なのかい?」
ニヤニヤと意地の悪い顔をして質問してくる。
おまえもその任務に一緒に就いているのだろうがと思うが、クローディアはなんだか今日は疲れ切っているので取りあう気にもならない。
「今日はもうおまえの相手をする余力は残っていない」
「なんだよつれないな」
ルーデルがつまらなそうな顔をしていると、ロンメル大佐が両手にコーヒーカップを持ってやってきた。
「ご苦労だったな少尉、簡単で構わんので報告を聞きたいのだがいいかね?」
「ヤヴォールっ!! 失礼しました大佐」
立ち上がり報告をしようとするクローディアであったが、ロンメルはそれを制止すると手に持っていたコーヒーカップの一つをクローディアに渡す。
「疲れているだろうそのままでいい」
「きょ、恐縮であります」
カップを受け取り口にするクローディア、ミルクも砂糖も入っていないブラックコーヒーはとても苦かったのだが顔にはださない。
「目標アントーン、ベルタ、ツェーザーとその友人に接触し一員に加わることに成功しました。まだ詳しい情報までは引き出せてはいないのですが、気になったのはアントーンが常に右目に眼帯をしていたことです。おそらくは魔眼を隠すための装備なのではないかと推測されます」
「そうか、まあ、学校に通う期間はまだあと八日もあるんだ焦ることはない、慎重に諜報活動を行ってくれ、それで、学校生活の方はどうだね?」
「は? と、申されますと?」
メドゥーサの情報ではなく突然学校生活はどうだと聞かれて、クローディアはぽかーんとしてしまう。
「いや、少尉はこういった普通の学校に通うのは初めてであっただろう、なにか不自由はしていないかと思ってな」
「そうでしたか、私も最初は不安なところもあったのですが、実はツェーザー……ミコトヒメミヤがドイツ語が堪能ということもあり、私と常に行動を共にするように教師に言われて、それが幸いして容易に接近することができた次第であります」
「なるほどな……それで……その、なにか楽しい事とかはあったのかね?」
はあ?
ロンメル大佐がなにを聞きたいのかがわからずクローディアは悩んでしまう。
その様子を見ていたルーデルやエルンスト、他の隊員達は興味なさそうに知らん顔をしているのだが、不器用な聞き方しかできないロンメルに内心ニヤニヤしながら聞き耳を立てていた。
「楽しい事とは? 任務中であるのでそのようなことは考えもしなかったのですが」
「そ、そうだったな。では、学校で今日一日あったことを聞かせもらえないだろうか」
「ヤー、そういうことであればっ!」
クローディアは今日一日学校であったことをロンメルに聞かせた。
自己紹介の時に男子生徒が謎の大声を上げて皆が一斉に喜びだしたこと、一般教養の授業は自分にとっては簡単なことばかりでちょっと退屈ではあるが、歴史の授業や体育の時間はそこそこに楽しめること、昼休みの昼食の争奪戦がまるで戦場さながらであることや、日本の包装技術の無駄な高さ、農薬を口にしたのかと思うほどに辛い食べ物があること、なによりクラスメイト達が人種国籍の違う自分を受け入れ仲間として扱ってくれることなど、様々な貴重な経験を積めたとクローディアは報告をした。
ロンメルは目を瞑り二回ほど小さく頷くとクローディアに問いかける。
「そうか……それらはその……楽しかったかね? クローディア」
しつこく聞いてくるロンメル大佐が、自分になにを求めているのかクローディアにはわからなかった。
でも、楽しかったか楽しくなかったかと問われればそれは……
「任務ですので……でも……有意義な一日であったと思います」
笑顔でそう答えるクローディアに、ロンメルは目を細めると「今日はもうゆっくり休め」と言い残しリビングを後にした。




