第9話 オ・ベン・トー? なんですかそれは?
教室に行き自分の席に着くとニヤニヤしながら橋場が近づいて来た。
昨日あんなことを言っていたのにどういうことだと健登は思うが、まあこいつらが訳の分からない馬鹿なことを言うのはいつものことだし許してやるかと思う。
「やあやあ、守羽殿~!」
はあ? なんだ「殿」って? 昨日は「さん」付けで死んだ魚の様な目で人のことを見ていたくせに、今日はやたらとご機嫌を取る様な態度の橋場に健登は怪訝顔をする。
「なんだよおまえきめえな」
「いやはやこれは手厳しいですな、ところで守羽殿、喉は渇いてござらぬか? 暑いですからな、よかったら小生、冷たいドリンクでも買ってくるでござるが」
なんだその喋り方は?橋場はこれで丁寧な言葉で話しているつもりなのである。
そう言って振り返る橋場のズボンの後ろポケットから何かがバサリと落ちる、それはティーンエイジャー向けの情報雑誌であるのだが、健登は拾い上げるとその表紙。
[モテ男に学べ! 非モテ男子脱却の夏!! 大特集!! 女子を射んと欲すれば先ずモテ友を射よっ!!]
と言う文字が目に飛び込んでくる。
「ちがあああああああああああうっ! ちがうのぉ、ちがうのぉ、俺は反省したのよ守羽ちゃあん?」
橋場はもの凄く恥ずかしい物を見られたかのように、まあ実際もの凄く恥ずかしいのだが、顔を真っ赤にしながら否定する。
なにが違うんだよ……健登は醒めた目で橋場を見つめると雑誌を丸めてバットの様にフルスイング、思いっきり鼻っ柱を打ち抜く。
「あほかてめえええええええっ!!」
「いてええええっ! なんてことしやがんだてめえっ! 覚えてろよっ!! バーカバーカ」
そう言いながら他の仲間達の元に向かうのだが、裏切ったのがバレたのだろう袋叩きに合っているいい気味だ。
朝っぱらからそんなアホなやりとりをしていると始業のチャイムが鳴る。
いつもの様にほぼ同時に教室のドアが開くと担任の麻衣が入って来た。
皆慌てて席に着くのだが、麻衣の後ろをついて来た人物を見て一様に息を呑む。
「あー、皆席に……着いてるな、静かに~……してるな」
麻衣もなにやらこのおかしな状況に納得がいかないのか、渋い顔をしながら一緒に入って来た人物の紹介を始める。
「えー、芽堂に続きまたうちのクラスに転入生だ、とは言っても二週間ほどの体験留学生なので長くいるわけではないが皆仲良くしてやってくれ、そんじゃディートリッヒ自己紹介をしなさい」
担任教師に促され転入生は黒板の前に立つと、手を後ろに組み足を肩幅程に開いて胸を反らせると通る声でハキハキと自己紹介を始める。
「ワタシは、名前はクローディア・アンネマリー・ディーットリッヒショウイでありますっ!!」
瞬間、「しまった!!」と言う顔をするクローディア、ついうっかり階級まで言ってしまった。
その自己紹介にクラス中がざわつく、「しょういってなに?」「少尉のことか?」「ディートリッヒショーイさん?」皆よくわかっていない様子だ。
クローディアは気を取り直して続ける。
「ワタシはドイチュラントからやってきました。ニホンゴはマダスコシにがてですがミナサン仲良くお願いします」
そう言ってニコリと笑う。
シーンと静まり返る教室、クローディアはなにか失敗でもしてしまったかと焦るのだが。
「き……金髪美少女きたああああああああああああああああああっ!!」
男子の誰かが叫ぶと一斉に沸き起こる大歓声、やったやったばんざーいばんざーい!! と男子達は大喜び、女子達も外国人の転入生が珍しいのか一様に喜んでいる様子だ。
予想外の歓迎ムードにクローディアは少し驚いた。
日本人というのは閉鎖的で排他的な文化の民族であると聞いていたのだが、目の前にいる少年少女達は自分がこの学校にやってきたことをとても喜んでいるように見える。
クローディアはなんだかホッとしてしまった。
「おまえらいい加減学べよー、これ以上騒いだら全員また地獄を見るからなー」
麻衣がそう言うとピタリと声が止み皆行儀よく席に着く、前回なにがあったんだろう?
「そんじゃあ、ディートリッヒの席だがそうだな……」
麻衣が悩んでいると、クローディアはある人物に気が付き声を上げる。
「タ……ケト……タケト・カミハネっ!!」
そう言うと健登の元に駆け寄り両手を持って嬉しそうに話す。
「タケト・カミハネ! ウレシイですっ!! また会えましたね」
「あ、あぁ、クローディア、ま、まさか、同じクラスだったとはねははは」
「ヤー! なにかこれはワタシたちRoter Fadenでムスバレてる知れません!!」
その言葉の意味を理解したのか田中さんが否定する。
「ディートリッヒさん、それはないない」
それにしても、また守羽かよ……とクラス中からピリピリした空気が漂い始めるのだが、麻衣に釘を刺されたばかりなので皆我慢している。
さらにおかしいのが悠紗がなにも言わないことである。
普段なら弥命と芳乃と田中以外の女子が、ちょっとでも健登に言い寄ろうものなら(まあ言い寄ってる訳じゃないけど)「妾の旦那様になんのようだっ!!」と大騒ぎになるのに、初対面のクローディアが手まで握ってあんなことを言ったのに黙ってその様子を見ているだけなのだ。
これには麻衣でさえも変わったこともあるもんだと思ってしまうのだが、まあなんにしても静かなものなので良しとする。
そうこうしていると弥命が手を挙げて恥ずかしそうに言う。
「あの、先生」
「なんだ姫宮?」
「ドイツ語でしたら少し話せますので、よかったらわたしと一緒にどうでしょうか?」
弥命のその言葉に「おー」とクラス中がどよめく、成績優秀で英語が堪能なのは知っているがまさかドイツ語まで話せるとは流石である。
「そうだな姫宮、ディートリッヒは英語も話せるからおまえに任せる」
麻衣がそう言うと突然思い出したかのように悠紗が椅子の上に立ち大声で言う。
「麻衣よっ! 妾も古代ギリシア語なら堪能であるぞっ!」
「そんな言語を話せる女子高生はおまえくらいだ芽堂、いいから座れ」
言われてすごすごと座る悠紗、今日はなんだか調子でも悪いのだろうか?田中さんがヨシヨシと頭を撫でて慰めてやっている。
と言うわけでクローディアの席は弥命の隣ということになった。
「姫宮弥命です。これからニ週間よろしくお願いしますねディートリッヒさん」
「ヤー! ミコットヒメミヤ!! ワタシのこと、クローディア呼んでください」
右手を差し出しながら答えるクローディア、ミコットではないのだが……まあいっか、と思いながら弥命はその手を取り握手を交わす。
「はい、それではクローディアさん、わからないことがあったらなんでも聞いてくださいね」
「ダンケシェーン、ミコットヒメミヤ」
金髪の可憐な少女にしては似つかわしくない手の平の感触に、なにか武道でもしているのであろうか? と弥命は思うのであった。
こうしてクローディアの、ここ旭ヶ丘学園高校2年A組での高校生活が始まった。
日本の学校の授業と言うものは正直退屈である、50分間黙って教師の話を延々と聞き続けるだけの勉強方法は実に効率が悪いと感じられたのだが、生徒達は皆行儀よくそれを毎日5~6コマこなしているのだ。
それでも体育の授業はそこそこに楽しめた。運動をするのは好きである、陸上の授業で走り高跳びを日本の女子高校生記録まで跳んでしまった事は目立ちすぎだったかもしれないが、直後目標アントーンが信じられない跳躍を見せたのでそっちのほうに注目が行ったのは助かった。
そもそも助走もつけずにバーの上を宙返りしながら飛び越えるなんて、それを身体が小さくて軽いからできたのだと周りの生徒達は拍手喝采、とても正気の沙汰とは思えない
あと、クラスの男子達がやたらと女子達の方を見ながらニヤニヤしいるのが非常に気味が悪かった。
午前のプログラムが終わりお昼休みともなると各々仲の良い者どうし集まって昼食をとり始める、クローディアは弥命に誘われ悠紗や芳乃と一緒にとることになった。
「クローディア、おまえはお弁当はもってきてはいないのか?」
「オ・ベン・トー? なんですかそれは?」
悠紗に聞かれてクローディアは不思議そうな顔をする、それを見て弥命が自分のお弁当箱をクローディアに見せて説明する。
「日本ではその日の昼食を家で作ってきて、こういったお弁当箱に詰めて持ってくるという文化があるんですよ」
どこの国にも当然お弁当に該当するものはあるのだが、日本のように小さい箱に何種類ものおかずとご飯を詰めて、その日の昼食として持ち歩く文化というものは当たり前のものだと思っていたのだが意外にそうでもないらしい。
西洋文化圏では給食や食堂というのがやはり一般的であろう。
というかクローディアの食事なんてものは軍から支給されるものや、当番制で自炊するものばかりだったのでそんなものは知る由もない、まあコンバットレーションのような物なのだろうと解釈しておいた。
「お弁当ないんだったら一緒に購買に行く? 悠紗も行くんでしょ?」
「そうであった! 妾は健登に激辛カレー焼きそばパンを買ってもらうのであった!!」
芳乃に聞かれ思い出したように言うと悠紗は健登の元にぴゅーっと走って行く。
「タケトカミハネはユウサメドウの給仕係なのデスか?」
「そうね、あなたも何かあいつの弱みを握れば、好きな物を買ってもらえるようになるからがんばりなさい」
「ナルホド、何かを欲するのであれば、高度な情報戦と駆け引きが重要だと言いたいのですね。ヨシノヨシノ、あなたはナカナカに侮れません」
「ま、まあね……」




