第8話 一説には地下で巨大ロボット兵器も売られていると言う日本最大の闇市場の名称さ
マンションの一室、今や作戦室と様変わりしているリビングでクローディアは明日から通う日本での高校生活の準備を行っていた。
まずは明日の授業で使用する教科書やノート筆記用具などを鞄に入れる、そう言えば日本の高校生はバッグにぬいぐるみなどを括り付ける習わしがあるらしいと聞いたのだが、クローディアは当然そんなものは持っていないので軍用の認識票、俗に言うドッグタグを取り付けてみる。
なかなかいい感じになったなと満足げにしていると、それを見ていたルーデルが言う。
「クラウ、日本のJKで鞄にそんなものを付けてる子なんていないぜ」
「なっ!? なにを盗み見ているのだルーデルっ! わたしは別にそんなつもりではなく、自分の所有物だとわかるようにしていただけだっ!!」
どうやらちょっと間違っていたらしい、それを突っ込まれてクローディアは恥ずかしくなるも別にJKのすることを真似てみようとしたわけではないと言い訳をする。
「ははは、日本のOberschule(高校)に通うのがそんなに楽しみだったのか」
「馬鹿を言えこれは遊びではないのだぞ、国家の存亡がかかっている重要な任務であることを忘れるなルーデル」
「へぇ、遊びの一つも知らないお嬢さんがよく言いますねぇ」
「きさま……」
クローディアは、物心つく前にはワルキューレとしての素養が認められ軍の養成施設へと入れられていた。
元々はノルウェーの田舎町の生まれであったのがドイツ軍の諜報機関に連れられてきたのである、その際相当高額の謝礼を両親は受け取ったらしい。
なのでクローディアは普通の学校というものに通ったことはなかった。
当然一般の学校で学ぶカリキュラムと同じような教育は軍の養成施設で受けてはいるし、もちろんツェツィーリアをはじめとするワルキューレ候補生達もいたので、同年代の友人がいないということもなかったのだがそれは束の間の友情であった。
年齢も上がりワルキューレとしての訓練が進むと候補生達は篩にかけられ始める、例え素養があったとしても神器を振るうに値する能力に満たなければ意味がないからだ。
次第に苦楽を共にした友人たちは出し抜き蹴落とす為のライバルへと変わっていった。
そんな思春期を送ってきたクローディアである、当然普通のティーンエイジャーがするような遊びなんてものを経験したこともないし知りもしない、遊びと言えば数メートル先の壁に打ち込んだ釘の頭に何発銃弾を当てることができるかとか、頭の上に置いたりんごに向かってナイフを当てるゲーム、バラバラに分解した拳銃を如何に早く組み直すことができるか等、そんなものばかりであった。
ルーデルは得意げな顔をすると、胸ポケットからするするっと何かを取り出してそれをクローディアに投げて渡す。
「昨日アキバに行った時にガチャガチャで取ったキーホルダーだ、なんでも日本のティーンエイジャーに人気のアニメーションアイドルらしいから、それでも付けて行けばいい」
受け取った人形を見てクローディアは怪訝な顔をする、フリフリのカラフルな衣装に金髪碧眼の女の子を模した布製の人形、こんな日本人がいるわけはないから西洋人との混血という設定のキャラクターなのであろう、人形に付いているタグには『PRETTY LIVE』という大きな文字の下に、小さくMADE IN CHINAと書いてある、もう訳がわからない。
「すまんな、そういう情報には疎いので助かる、ところでアキバとはなんだ?」
「知らないのか? そこに行けば手に入らない物はないと言われている、一説には地下で巨大ロボット兵器も売られていると言う日本最大の闇市場の名称さ」
「なんだと? そんな所があったのか、やはり恐ろしい国だな日本は……」
真面目な顔をして言うクローディアに部屋にいた皆が笑い声をあげた。普段は感情をあまり表に出さないツェツィーリアも控え目にだが笑っている。
なぜ皆が笑っているのかわからずクローディアは怪訝顔をするのだが、悪い気はしなかった。
今こうして共に笑いあえる仲間がいること、そのことに幸せを感じる。
今は、ここにいる仲間達がわたしの家族だ……
そんな心安らぐ一時を引き裂くかのように通信機が音を鳴らした。
『こちらヤークトフント、聞こえるかプリマートネスト、少々まずいことになった。』
通信機の近くにいたロンメル大佐がマイクを取ると低い声で返事をする。
「プリマートアインだ、どうした猟犬」
『アントーン、ベルタ、ツェーザーを尾行中、三人がツィールツヴァイ、ドライと接触交戦、戦闘を終えた後なんらかの交渉をしたのかそのままツヴァイとドライがその場を離脱しました』
その通信の内容にその場にいた全員が固唾を飲む。
してやられた!アントーン、ベルタ、ツェーザーに先に接触されるとは、もし奴らがなんらかの取引をしてこちらの情報を漏らしていた場合作戦行動に支障をきたす恐れもある。
そうなればプラン変更を余儀なくされるのだが、下手をすれば作戦自体を見合わせる必要がでてくる。
ロンメル大佐は部屋にいる皆を見渡すとゆっくりと息を吸い答える。
「了解した。とりあえず尾行は中止しすぐにその場を離脱しろ、獣達に感づかれている恐れもある、貴様はネストベルタに移動して別命あるまでそのまま待機しろ」
『了解、それとゲイレルルはいるか?』
自分が呼ばれたので返事をするクローディア、猟犬と呼ばれる斥候が名指しで何かを言ってくるのは珍しいので不思議に思うのだが。
「どうした?」
『アントーンには気を付けろよ、恐ろしく勘のいい奴だ、以上』
通信を終えるとクローディアは立ち上がり大佐に問いかける。
「大佐、自分はどうしますか?目標が奴らと接触した今、このまま学校へ潜入するのは気付かれる恐れがあります」
その問いにロンメル大佐は暫く考え込む、白い口髭に手を当て眉間に皺を寄せているがクローディアの目をじっと見つめるとようやく口を開く。
「いやゲイレルル、作戦はこのまま続行する、ただし継続が困難だと思われた場合はすぐに離脱しろ、貴様の判断で構わない、グングニールだけは死守するんだ」
「Jawohl !」
クローディアは気を付けをしたまま答えた。
それにしても、自分の命を大事にしろではなく神器を死守しろとは酷い話である。
まあ神器の巫女であるのだから、「その命=神器」ではあるので、「グングニールを死守しろ=いのちだいじに」であることになるのだが、だったらクローディア自身を心配する言葉をかけてやればいいものである。
しかしこの場にいた誰もがロンメル大佐と同じ思いであった。
クローディア自身でさえそうであった。
今この時からこの場にいるのは個人ではなくユニットの駒なのである、今回の作戦で命を落とす者がいたとしても幾らでも代わりのきく駒、それはワルキューレであるクローディアであっても同じ、また生産すればいいのだ。
しかしグングニールだけはそうはいかない、もしも戦いに敗れクローディアが命を落とし、それが敵の手に渡ってしまったらその時点でなにもかもが終わりなのだ。
敵を討つ為の最強の武器であると言うことは、それが自分達に向けられた時最凶の武器になる恐れがあるからだ。
ここに居る誰もがそれを理解しこの作戦に身を投じている、例え死ぬことになったとしてもワルキューレと共に戦いヴァルハラへと行くことができるのであれば……
決戦の日は近い、それまでに必ずメドゥーサの石眼を手に入れなければならない。
クローディアはそう改めて決意した。
健登はめずらしく早起きをすると、湊真や芳乃が出かけるよりも早く家を出て学校へと向かった。
正門の前に着くと中には入らず壁の前に立つ、次々と登校してくる生徒達が通り過ぎる中ただ黙って何かを待ち続けているのだが、途中クラスメイトや顔見知りの生徒に、なにやってんだ?と聞かれるも、「ちょっとな」と愛想笑いで返していた。
10分ほど待っただろうか、正門から少し離れたところに一台の車が停まる、健登は弥命が登校してくるのを待っていたのだ。
昨夜メールで、悠紗にも指摘され弥命の気持ちも考えるべきであったと、反省している旨を伝えたのだが、「わかりました」と言うだけの素っ気ない返事がきたきりなにもなかったので、相当怒っているのだろうなと思い朝一で謝ろうと弥命が登校する前に待ち伏せをしていたのだ。
水谷が先に降りて来て車のドアを開けると健登は猛ダッシュ、続いて弥命が降りてくるとすかさず目の前で90度頭を下げ叫ぶ。
「姫宮っ! 昨日は俺が悪かった!! この通り謝る、本当にすまなかった!!」
その姿を見て登校中の生徒達が遠目にクスクスと笑いながら通り過ぎて行く「なにあれ?」「おっ? 夫婦喧嘩でもしたのか?」「朝から仲が好いわね」「守羽死ね」なんて声が聞こえてくるので弥命は恥ずかしくなり慌てて健登に言う。
「ちょっと守羽くんっ、頭を上げてください、もうっ! こんな所で目立つじゃないですか」
真っ赤になりながら催促する弥命、その様子に水谷は初めきょとんとしていたのだが、なにやらおもしろいことが始まったのでニヤニヤしながらスカートの中からスマホを取り出すと、動画アプリを起動しこっそりと●RECボタンを押した。
「いや、おまえが許してくれるまで俺は頭をあげねえっ!! 悪かった。反省しているっ!」
「もうっ、わかりましたから、許しますから、昨日のメール内容でも反省していることはわかりましたし、だから頭をあげてください」
「ほんとうか?」
「ほんとうです。だからもうっ!教室に行きますよっ!」
計画通り!
健登は下を向いたまま一瞬ニヤリとすると、よっかたぁと胸を撫で下ろしたような表情で顔をあげる。
昨夜のあの反応を見るに、ただ頭を下げるだけでは弥命は中々許してはくれないだろうと踏んだ健登は、どうすれば「許す」と言わすことができるかを考えた。
そこで思いついたのが「言わざるを得ない状況を作り出す」ことである。
今やって見せた様に衆目を集める場所で目立つように謝罪すれば、それに巻き込まれた弥命は恥ずかしくなりその場を早く離れたいと思うはずだと、その思惑は見事に的中しまんまと言質を取ることができたのだ。
他人の注目を集めることに弥命は慣れていないだろうが、健登にとっては日常茶飯事のことなのでこれくらい平気へっちゃらである。
まったくもって最低の男であるのだが、ふと後ろを見ると……
芳乃と悠紗が二人なにやら白けた眼でヒソヒソ話をしている。
弥命がニコニコしながらご機嫌な様子で先に歩いていく中、芳乃と悠紗は健登とすれ違いざまにボソっと呟く。
「弥命には黙っててあげるから後でなんか奢りなさいよ」
「あーなんだか妾は今日、購買の人気メニュー激辛カレー焼きそばパンが食べたいなー」
健登にそれを拒否する勇気はなかった。




