第7話 守羽くんはもっと合理的に物事を考えたほうがいいと思いますっ!! 悠紗ちゃんもそう思いますよねっ?
フローズヴィトニル、又の名を「フェンリル狼」日本ではこちらの方が馴染みがあるかもしれない。
北欧神話
ロキの手引きによりバルドルが殺されるとやがて世界は光を失い、フェンリル、ガルム、ヨルムンガンドが現れると世界は終焉へと向かうという話。
主神オーディンを喰らった後その息子ヴィーザルに殺害されるという運命を辿る魔狼。
スコルの言葉でようやく悠紗は察する。
「神々の黄昏……それが起こると、人間どもがそれを恐れてきさまらを抹殺しようとしているのか、そう言えばきさまらも太陽と月を喰らうという話であったな」
確かに古エッダ、新エッダに於いて描かれるフェンリルとはまさに災厄そのものである、その子供達であるスコルとハティも当然その魔狼の血を引く者として同じように描かれている。
ハティは歯ぎしりしながら反論する。
「あんなものは神々共が奢り高ぶり、自分達だけが絶対的な地上の支配者であると勘違いした末の報いだ、その結果生み出され現在地上に蔓延るのが人間だなんて、こんな笑える話があるかい?」
「なるほどな、まあおまえらからすればそう思うのも無理からぬかもしれんな」
ハティの言葉に一定の理解を示してみせる悠紗は一見、自分は神であると傲慢な態度を取っているかのようにも思えるが、スコルとハティの謂わんとすることを真摯に受け止めていた。
芳乃の時もそうであったように相手が誰であっても分け隔てなくその言い分は聞いてやり、神であるからこそそれを理解し導いてやる必要があると考えているのだ。
自分にしか興味がないと言っても他人を無下に扱うわけではないのである、相手があってこその自分であると理解しているからだ。
まったくもっていい女と言うものは、すべてを受け入れる器量をもたなくてはならぬのだ! とでも言いそうである。
理由には納得するが悠紗は考え込む、助けてやっても良いのだが正直助ける理由もない。
はっきり言って他の土地からやって来た自分とはまったくもって関わり合いのない者達の命乞いなどどうでもいいことこの上ない。
かわいそうではあるがただそれだけ、そんな理由で助けたとあっては世の中には不条理な死を遂げる者などごまんといるのだ。
そんなのにいちいち取りあっていたらきりがない、滅多に助けてくれないから神の奇跡なのである、そうあれはつまり普段やる気のない神様が気まぐれで奇跡的に本気を出してくれたものをそう呼んでいるだけのものなのだっ!!
ここは冷たいかもしれないがきっぱり断るべきであろうそう考えるのだが。
「おい悠紗、なんだかわからねえけど遠い所からわざわざおまえを頼ってこいつらは来たんだろ? 助けてやろうぜ」
短絡思考のバカが感情に流され何も考えずにそう言いだす。
本当の危機が迫った時の思考の瞬発力と行動力は神憑っているのに、普段は本当に短慮なことこの上ないと悠紗は健登を見つめ嘆息する。
悠紗は困ったものであると思うのだがスコルが健登に答える。
「いいえ守羽様、助けてくれと言っておきながら恐縮ではあるのですが、これは早々に答えを出せる様なことではないことも我々は重々に承知しております。神々の掟というものは人であるあなたが考える以上に複雑なものなのです」
「でもよ、やっぱり俺はあんたらの味方をしてやりてえよ」
スコルは健登のその言葉に微笑むとゆっくり立ち上がる。
「今はそのお言葉だけでも励みになります。ですがもう少し考えてみてください、幸いにもまだその猶予はありますので、奴らもこの日本国内に於いてはそう簡単に我々に仕掛けることはできないですから」
ハティはと言うと、やはり人間に助力を煽ぐことには納得がいかないのか、苦い顔をしてスコルの後方に立ち不満げにしている。
「うむ、おまえらがそう言うのであれば少し考えさせて貰おう」
「良い返事をお待ちしております」
スコルは頭を下げ振り返るとハティと共にその場を去ろうとする、その背中にメドゥーサが再度問いかける。
「最後に問う……神々の黄昏……おまえらはそれを起こす気はないのだな?」
その問いにスコルは振り返らずに一言だけ答えた。
「まさか……」
スコルとハティが去ると三人もその場を離れ先程の噴水の場所まで戻る、とっくに日も沈み辺りはすっかり暗くなっていた。
悠紗は近くのベンチに座ると頭上にある灯りに照らされる弥命を見上げ問いかけた。
「弥命、どう思う?」
悠紗に問われ弥命は少し悩むも真剣な面持ちで答える。
「はい……冷たいかもしれませんが、お断りするべきだと思います」
その言葉に健登が驚きの表情を見せ弥命を問い詰める。
「なっ!? なに言ってんだよ姫宮! あいつらを見捨てるって言うのか?」
「そうなりますね……はっきり言ってしまうと彼らを助けてもわたし達には何も益がありません、それどころか相当のリスクを背負うことになってしまいます」
冷たく言い放つ弥命に健登は唖然としてしまう、いくら弥命の言うことでも許せないものは許せない、あいつらの話を聞いていてどうしてそうも簡単に見捨てるなどという決断ができるのか。
「損とか得とかそういう話じゃないだろ? 目の前に苦しんでるやつがいるんだぜ? それを助けられる力を持ってるってのに、おまえがそんな冷たいやつだとは思わなかったぜ」
健登に呆れられながらそう言われ弥命はついカッとなる、怒られるのならまだしもなんだか上から目線で言われると非常に腹が立った。
「それこそそう言う問題ではありませんっ! 彼らは言っていました。ドイツの特殊部隊が動いていると、そんな事態を神社が把握していないとでも思っているんですか? あまり舐めないでくださいっ! 他国の軍隊が作戦行動を取れるなんてこれはもう国レベルで話がついていると考えるのが妥当ですっ! 今やわたし達個人でどうこうできる問題ではないんですっ!!」
弥命とて鬼ではない、あの二人の事情を聞く限り助けてあげられるのであれば助けてあげたいとも思う。
しかし、今言ったようにもうこれは個人レベルの話ではないのだ。
下手にこの件に手出しをすれば弥命ばかりか健登や悠紗までも危うい立場になりかねない、二人の為を思って下した非情な決断でもあるのに、それなのにあんな言い方はないじゃないか。ないのだが健登は想像できない、それがどれだけ危険なことなのかを。
それは当然である、一高校生に過ぎない健登がドイツの特殊部隊だの、神社だの、国家だの、そんなスケールの話をされてもいまいちピンとくるわけがない、精々ハリウッド映画や海外ドラマなんかで見る、なにやら国家の陰謀に巻き込まれた主人公のことを想像するくらいだ。
「今だって危ない橋を渡っているんですよっ! 守羽くんや悠紗ちゃんのことを守る為に、白様をはじめ姫宮の神社がどれだけ尽力していると思っているんですかっ!!」
「そうは言ってもよ、やっぱ許せねえだろ」
「感情的にならないでください! 感情を捨てろとは言いませんけれど、守羽くんはもっと合理的に物事を考えたほうがいいと思いますっ!! 悠紗ちゃんもそう思いますよねっ?」
感情的になっているのはおまえの方だろうと思いつつも、突然自分に話を振られ悠紗は一瞬戸惑う。
「わ、妾は……そうだな」
危なかったぁ……実を言うと悠紗も弥命と同じ考えだった。いや、ハッキリ言って弥命以上に非道い理由、ただ単にめんどくさいから断ろうと思っていたのだが、健登の反応を見て先に弥命の考えを聞いておいてよかったと安堵した。
ここで「めんどくさいから断る」なんて言おうものなら、健登に血も涙もない冷血非道な女だと思われる所であった。
「妾は……妾はできうる限り最小限にめんどうでない程度で気が向いた時に暇であればほどほどに手を貸してやってもいいんじゃないかなぁ……とは思う」
なんだそれは、まったくもって手を貸す気があるとは思えない。
明後日の方角を向きながら答える悠紗は、弥命に疑わしい視線を向けられるも目を合わせようとはしない。
なにやら一人だけ悪者にされた気分の弥命は、黙り込み振り返ると二人に背を向けて言い放つ。
「もういいですっ! ばかあああああああっ!!」
そのまま走り去ってしまった。
「おいっ! 姫宮あっ!」
「放っておけ、弥命も子供ではないのだ」
「いやでも言い返せなくてばかって、完全に子供じゃねえか」
「おまえもおまえだ健登、自分の感情ばかりを優先しおって、少しは弥命の立場というものも考えてやらぬか」
悠紗に窘められて冷静になる、言われてみればそうだ。
神器の姫巫女でありながら、それを自ら解放できずに他人の手に委ねなければならない弥命は、神社の中でも微妙な立ち位置なのであろう。
神器を解放してからアルレッキーノと戦い、メドゥーサと戦い、色々なことがあったが健登は今も普通の生活を送っている。
悠紗だってそうだ、神話の神が平然と公立高校に通っているなど本来であればありえない話だ、紫が色々とやっているのは知っているがそれだけでフォローしきれるものでもないだろう。
姫宮神社の尽力、それは弥命もなんらかの口添えをしてくれていると言うことだ。
「そうだよな……なんか悪いことしちまったな」
「まあ明日にでも謝ってやれ、あの娘は単純だからすぐに機嫌も良くなろう」
「まあ今夜にでもメールしとくよ、ありがとうな悠紗やっぱおまえって頼りになるよ」
その言葉に頬を染めて悠紗は照れる、まったくこれだから旦那様ったら❤
「ところで悠紗」
「なんだ?」
「冷静になって思ったついでなんだが」
「うむ」
「よくそんなこと言えるなおまえ」
「だって、妾は神だし」
「あっそ」




