第6話 グングニールだとぉっ!?
青年は建物から下り立ち悠紗の前に膝を突くと深々と頭を下げる。
「妹の無礼をお許しくださいメドゥーサ様、我々は敵に追われる身、故に少々用心深くなっていたのです。ハティっ!! おまえも降りてきてメドゥーサ様にお詫びをするんだっ!」
「はぁっ? なんでだよスコルっ! 先に挑発してきたのは蛇姫の方だろう、こっちだって子供たちを殺られているんだよっ!」
青年に言われるもハティは反発する、あれは故意に獣達を嗾けたのではなく悠紗の放った殺気によって取った防御行動だと言いたいらしい。
そのやり取りを黙って見ていた悠紗であったが、「ふん」と鼻で笑うと青年に問いかける。
「おまえ、名はスコルと言ったな」
「はい、女神様」
スコルに女神様と呼ばれてなにやら気を良くした様子の悠紗、見た目が美男子というのもまたそれに拍車をかける。
「あの娘は妾に用があると言っておったが?」
「はい……その通りであります……」
言いかけて蒼髪のスコルは再びハティの方を見上げると鋭い視線で「下りてこい」と、眼で言う
納得のいかない表情ではあるが、ハティは渋々と建物から下りると横に並び同じように膝を突く、それを見てからスコルは再び話し始めた。
「メドゥーサ様、単刀直入に申し上げます。我々に加勢してはいただけないでしょうか?」
突然の申し入れに健登と弥命は怪訝な表情を浮かべるが、加勢を求められた悠紗本人は涼しい顔をしている・
「どういうことか申してみよ」
悠紗に促されスコルは淡々と話し始める。
「はい、我々は古ノルド言語を操る民の暮らした地、今で言うノルウェーの南端に位置する土地に居りました。ヴェスト・アグデルと呼ばれるその土地は、北方を山脈に囲まれ南方には海の広がる自然豊かな土地であり、我々にとっては神話の時代の名残を感じられる住み良い場所でもありました。」
自分達の故郷の話をするスコルはとても穏やかな表情で、けれどもどこか寂しげな眼をしている、横ではハティが対照的に苦渋に満ちた表情を浮かべていた。
「ふむ……そんなつまらん話はどうでもよい、要点を掻い摘んで話せ」
悠紗のその言葉にハティは顔を上げると憎しみに満ちた眼で睨みあげる。
「つまらないだとっ!? ふざけやがって、あんたにはわからなだろうっ! 住まう土地を追われ転々と逃げるように生きてきたあたし達の気持ちなんてっ!! 世界を滅ぼそうとした魔獣の子供だから、ただそれだけの理由で命を付け狙われるあたし達の気持ちなんてっ!!」
泣き叫ぶように言うハティをスコルは「やめないか」と宥める、その表情も深い悲しみと怒りに満ちているように弥命と健登には感じられた。
住む土地を追われる、それがどんなに辛く悲しいことなのか想像もつかない。
ただ、目の前の二人の怒り憎しみ悲しみその感情だけが、それがどんなに酷いことなのかを感じさせる。
健登と弥命は憐みに満ちた表情でスコルとハティを見つめるのだが、その視線に気が付いたハティが二人を睨み付ける。
「人間、同情でもしたつもりか? きさまらの様な下等な存在が、我々魔狼の一族に憐みの眼を向けるのかあっ!!」
叫んだ瞬間、スコルがハティの頬を平手打ちする。
「いい加減にしないかハティっ! 神の御前で失礼だろうっ!!」
ハティは打たれた頬を押さえると奥歯を噛み俯いたまま黙り込んでしまった。
悠紗は小さく溜息を吐くと呆れ顔で言う。
「ふぅ、まったくもって見苦しいことこの上ないな、おまえが上手く説明できないと言うのであれば妾から質問させてもらうぞ」
「は、はい……申し訳ございません……」
「誰に命を狙われているのだ? そして妾に何をしてほしいのだ?まずはその二つを簡潔に述べよ」
いい加減話が進まないので飽きてきたのか悠紗は欠伸をしながら質問をする、相手が必死の表情で膝を突きながらお願いをしているというのにそれはないんじゃないの?と健登は思うが、これはもう悠紗の性格なのでしょうがない。
基本自分以外のことには興味がないのだから、ましてやこれはどう考えても面倒事である、それを一応話だけは聞いてあげているだけまだマシと言えるだろう。
悠紗の質問に頷くと顔を上げスコルは説明を始めた。
「我々を追っているのはドイツ陸軍特殊部隊、通称HWSと呼ばれる者達です。その部隊はワルキューレを中心とした対魔戦闘のスペシャリストで、彼らの有するワルキューレはゲイレルルと呼ばれる、ハイリヒヴァッフェ“グングニール”を持つ者です。」
その言葉に悠紗と弥命が驚きの表情を見せる。
「グングニールだとぉっ!?」
どっかで聞いたような台詞めいた声を上げる悠紗であるが、健登はいまいちわからない様子で弥命の顔を見る。
それに気が付いた弥命が真剣な表情で補足説明をしてくれる。
「グングニールとは神器のことです。そして特殊部隊とは我々で言う所の“神社”と同じ役割を担っていると思います。それにしても驚きました。北欧神話に於ける最強の槍を持つ姫巫女がドイツに居ただなんて、ハッキリ言ってこれは結構大事ですよ」
なにが大事なのかと言うと、まあそれは政治の話なのであまり詳しくは説明しないが、神話に登場する武器や道具の存在は世界各国の要人の知る所であり、それの存在と所有に関しては様々な政治的駆け引きが行われているところであるのだ。
当然と言えば当然である、物によっては一国の軍隊にも匹敵する能力を持つ神器、使い方次第では核兵器以上の力を発揮する物もあるとされているのだから、ドイツがグングニールの存在を隠していたことはかなりやばいことなのである。
ちなみに、弥命の神器アメノハバキリが解放されたことは、その日の内に日本政府に知らされて各国にもその情報は共有されたことは言うまでもない。
ただ、その経緯や能力、今後の使用目的等、そう言った詳細は日本国政府の政治カードの切り札として切られていくものなので、ひた隠しにされている部分でもある、大人って汚いよね。
まあそれは物語の本筋と関係ないのでここまでにしておくとして。
そこまで聞いて悠紗は納得したのか、なるほどなと頷き答える。
「つまりは妾にその者達からおまえらを守れと、あわよくばグングニールのワルキューレを討って欲しいと言うのだな」
「仰る通りであります。それに、後ろのお二方のお力添えも頂ければ」
スコルは健登と弥命の方を見据えそう言うのだが、ハティはその言葉に激昂する。
「スコルっ! 人間なんかに頭を下げて助けを請うなっ!!」
「お二方がアメノハバキリの姫巫女であり、そしてそれを操る騎士であることも存じ上げています」
ハティは無視して話を続けるスコル。
「神よどうか……どうかっ! 我々をお救いくださいっ!!」
遂には両膝を突き両手を突き、頭を垂れて懇願し始めるスコル、その姿にハティは困惑するも項垂れるように頭を下げる。
しかし悠紗はまだ半分納得がいっていなかった。その疑問を投げ掛ける。
「神に助けを請うのであれば全てを打ち明けろ無礼者、まだなにか隠していることがあるだろう?」
悠紗の言葉にスコルは一瞬動揺を見せるも、観念した表情をすると深く溜息を漏らす。
「どういうことだよ悠紗?」
健登は悠紗の謂わんとすることがよくわからない、弥命を見やるがどうやら納得している様子。
俺だけが理解していないのか? え? 俺って馬鹿なの?
そんな健登を呆れた目で見ると悠紗はがっかりしながら答える。
「はぁぁ……妾の旦那様だというのにいささか鈍い男であるなおまえは、よいか健登、こやつらは命を狙われていると言うがただ魔獣であると言う理由だけではどうにも弱い、今の時代、他所の国で他国の特殊部隊が隠密行動を取るなど余程の理由があって然るべきであろう、それが神器を持つ部隊であれば尚更だ」
「おまえ、なんで現代の事情にそんな詳しいんだよ?」
「ネットで勉強したからなっ!」
得意げに踏ん反り返る悠紗であった。
まあそれにしても流石の洞察力である、言われてみれば確かにそうなので健登は納得する。
スコルは悠紗の言う通りと言わんばかりに頷くと説明を続ける。
「隠すつもりではなかったのですが、失礼しました。我々が狙われる理由それは……」
少し間を置くスコルと固唾を飲むハティ。
「それは、父フローズヴィトニルが復活の兆しを見せたからです」




