第5話 田舎から遥々とこんな極東の地までご苦労なことだな
とんだ赤っ恥をかくところであったと思いながら健登と弥命は悠紗の後について歩いていたのだが突然悠紗が歩みを止めた。
「ふむ……見られているな」
なにやら訝しむようにそう呟くと辺りを見渡す悠紗。
健登と弥命も同じく辺りを見渡すが、視線を感じるどころか周りには人影すら見えない。
悠紗について歩いて来たのはいいがいつの間にか陽も沈みこんな時間、誰もいないような公園の奥まで来てしまっていたようだ。
「なんだよ? 誰もいないぞ?」
「わたしもそのような怪しい気配は感じませんが」
健登と弥命は顔を見合わせお互いの勘が間違っていないことを確認し合う、しかし悠紗はそれを否定する。
「いいや、あのケーキ屋を出た辺りから妙な視線を感じていたのだ、人が多すぎるとどうにも紛れてしまうので敢えて人気のない所へ来たのだが……やはり感じるぞ、この纏わりつくような視線、実に不快だ」
健登も弥命もそういった気配への勘は相当に鋭い方であるがやはりなにも感じない。
しかし神である悠紗がそう言うのだ、人間である二人では到底及ばないほどの感覚を持っているであろう、その悠紗が見られていると感じている。
悠紗は口元に笑みを浮かべると一歩前に踏み出し呟くように言った。
「どれ、燻りだしてやろうか」
急激に辺りの空気がピリピリと張り詰めるように緊張し始める。
悠紗から感じられる気配これはまるで蛇が蛙を睨み付けるような、そんな強者が弱者に浴びせる圧倒的な気のようなもの、健登は背筋に悪寒が走るのを感じた。
しばらくしてその気配を抑える悠紗、張り詰めていた空気が穏やかに緩み始めると茂みからガサゴソと出てくる影、それは一つ二つと増え始めベンチの陰や木の陰、公園内にある建物の陰などからパッと見だけでも十数体は現れた。
犬のようなその姿に今時めっきり見かけなくなった野良犬がこんなにもいるなんて妙だなと健登は思うのだが、犬と言うには少しばかり大きいような? どちらかと言うとこれは狼に近い気がする、威嚇するように剥き出しにしている牙は鋭くまるで猟犬のようでもあった。
悠紗の気に中てられ敵意を剥き出しにして、今にも飛びかかってきそうな勢いの獣の群れ。
「おい……やべえんじゃねえかこれ?」
いつの間にか後方にも現れるとその数はどんどんと増え最終的には二十匹以上の獣に囲まれてしまっていた。
背を合わせ身構える三人、次の瞬間!悠紗の目の前にいた一匹が飛びかかってきた。
咄嗟に右腕でガードする悠紗であったが獣は容赦なくその腕に牙を突き立てる
「悠紗っ!」
「悠紗ちゃんっ!」
叫ぶ健登と弥命であったが、なにを心配する必要があろうか。
「なにを狼狽えているのだ小童ども、妾を誰だと思っている……」
悠紗の腕が青い光を放つ、青銅の腕に思い切り噛みついた獣の牙はへし折れ、キャンキャンと情けない鳴き声を上げながら地面にへたりこむ。
「妾はゴーゴン三姉妹が末妹! 石眼の魔女メドゥーサであるぞっ!!」
叫ぶのと同時、別の二匹が飛びかかるが悠紗はそれを難なく殴り飛ばす。
更に別の二匹が飛びかかってくるが咽喉元を鷲掴みにする、そのまま喉輪攻めにし爪を喰い込ませると獣達は一瞬で石へと変わった。
悠紗はそれをまるでシンバルを打つかのように叩きつけると粉々に砕いてみせる。
獣達は一瞬たじろぐも、うなり声をあげ威嚇してくる。
「健登っ! 弥命っ! ついてこいっ!! 突破するぞっ!!」
悠紗は前方に手を翳すと獣達の足元から無数の石の刃が突きだしその肉を切り裂き貫く、その隙に三人は駆け出し中央突破、ダメージを受けなかった獣達が後から追ってきた。
「おいっ! どうすんだよ? いくらなんでも数が多すぎないか?」
「ええいっ、妾の旦那様の癖にこの程度でなにを弱気な! いいから妾について参れっ!!」
言われるままに悠紗の後について走るがその逃げ込んだ先、公園内の管理棟であろうか?その建物を迂回するように道を曲がると建物に挟まれた袋小路であった。
「だあああああああっ! 行き止まりじゃねえかっ!!」
「悠紗ちゃんっ、ここはわたしの呪符でっ!」
健登が頭を抱えて叫び、弥命が術を使おうとすると、悠紗は追ってくる獣達の方へ向かいゆっくり歩み出し言い放つ。
「いいや弥命、おまえはそこで休んでおれ、これでチェックメイトだ」
獣達がすぐそこまで追いつこうとした瞬間、左右の建物と地面から円錐状の石の棘が無数に突きだし獣達を串刺しにした。
まさに一網打尽である、悠紗は追い込まれたかと思われたこの地形を逆に利用し、見事に獣の群れを撃退してみせたのだ。
この機転、この胆力、まさに百戦練磨これぞ石眼の魔女である。
「ふふ~ん♪ どうだ健登っ! 見事であろう妾のこの戦略っ!! 褒めてもよいのだぞっ!!」
「おぉぅ……すげえな……マジでエグイなこれ」
辺りには獣達の血が流れだしズタズタに引き裂かれた肉が散乱している、まだ息のある獣のか細い鳴き声も聞こえてくるし、なにこの地獄絵図? 目の前に広がる惨状に健登はドン引きする、さすがの弥命もこの光景には目を伏せずにはいられなかった。
しかし悠紗は健登に褒めて貰えたと思ったのか、得意げな顔でぴょんぴょんと嬉しそうに飛び回っていた。
それにしてもこの獣達の死骸をどうしたものか、こんなものをそのままにして帰ったら間違いなく明日のトップニュースである。
動物をミンチにしてその死骸を公園内にばら撒くなんて、そんな猟奇的な事件マスコミが放っておくわけがない。
健登が見つめていると道の先この袋小路に入る辺りで黒い影が動いたような気がする。
いや、気の所為ではない、街灯に照らされ地面に伸びる黒い影が徐々に広がってゆき、それはまるで牙を剥き出しにした大きな口の様にその顎門を開けると、上顎が地面から迫出す様に飛び出し散乱していた獣達の死骸を丸飲みにした。
その様子を三人はなにが起こったのか理解できずに見ていたのだが、突然頭上から聞こえる声に振り返ると、建物の上に腰掛ける人影その人物が話しかけてくる。
「なんだか爬虫類臭いと思っていたらなーにー? エーゲ海の蛇姫がなんでこんな所をうろうろしているのかしらぁ?」
その言葉に悠紗が苛立ちを見せその人物を睨むと言い返す。
「ふん、なにやら獣臭いと思っておったら北方の狼の小娘であったか、田舎から遥々とこんな極東の地までご苦労なことだな」
どうやら二人はお互いのことを知っている様であるが、見るからに友達と言うわけではなさそうである。
悠紗に狼の小娘と呼ばれた少女が立ち上がると、建物に取り付けられた照明に照らされてその姿が露わになる。
鬣の様な赤い髪を揺らし、同じく真っ赤な瞳は獲物を見据えるハンターのように鋭く、口元に覗く犬歯は狼そのものであった。
「悠紗、あいつが誰だか知ってんのか?」
「直接は知らんが北欧に狼の姿をした魔獣の一族がいると言った話を聞いたことがあってな、なかでもフローズヴィトニルソンの一族が有名であったのを思い出したのだ、その内の一匹赤毛赤目の雌狼がいるという噂を聞いたことがある」
悠紗の説明を聞き弥命が険しい顔をして応える。
「フローズヴィトニル……またの名をフェンリル狼ですね、では先程の獣の群れはその眷属であったと言うわけですか」
なぜ北欧の魔獣がわざわざ日本まで来て襲い掛かってくるのか皆目見当もつかない、また弥命の内にある神器を狙って現れた敵なのか? 判断しかねるが獣の群れに襲い掛かられたのは事実である、健登も弥命も今目の前にいる少女は敵であると理解し身構えた。
その様子を見た赤毛の少女は余裕の笑みを浮かべると二人に向かって言い放つ。
「ふーん、人間の癖にいっちょまえに戦おうって言うんだぁ? やめときなよ、あたし達が用のあるのは蛇姫の方なんだから、その若さで死にたくはないだろ?」
どうやら悠紗の方に用があったみたいだが、用と言っても穏やかなお願いでないことは明らか、悠紗も心当たりがないのか怪訝な顔を浮かべている。
しかし悠紗は再び両の腕を青銅に変化させると赤毛の少女を指差し大声で告げる。
「ごちゃごちゃとうるさい小娘であるなっ! 妾に用があると言うのであればいくらでも相手になってやるぞ、ほれ、いつでも掛かってこいっ!!」
悠紗に挑発され少女は口元に笑みを浮かべると、両手両足を突き獣のような前傾姿勢で構え今にも飛びかかろうとした瞬間。
「やめないかハティっ!!」
赤毛の少女は後方からの声に咄嗟に反応しメドゥーサへの攻撃をやめる。
少女を制止した声の主がその後方から現れる、それは青い瞳に暗く蒼がかった髪色の美男子であった。




