第3話 な、なんだったら今度はわたしが、つ、つつつ、作ってきてあげなくもないわ!
「それよりも健登くん、さっきご飯を買いに行くって言っていたけど」
「ああっ!そうだった忘れてた」
「よかったらわたしのお弁当食べる?」
「え? わたしのって……先輩の作ったお弁当ですか?」
女子の手作り弁当、それを食べさせて貰えるなんてラブコメ全開な展開じゃないですか、それも学園中の憧れの的である生徒会長の手作り弁当であるのだから、これは坂達が嫉妬するのも無理はない。
「先輩はいいんですか?」
「んー、わたしはあまりお腹空いてないのよ、だから遠慮しないで」
「じゃあお言葉に甘えて」
生徒会長室の扉を開けるとなぜかその向こうは生徒会室に繋がっていた。
もう構造の問題ではないのだろう、この人達はあれだ、空間とか次元とかなんかそういうのが曲げられてどうのこうのってやつなんでしょ?もう深く考えるのはやめよう。
生徒会室に戻ると紫は自分の鞄から小さなお弁当箱を取り出して健登の前で広げる。
「男の子にはちょっと少ないかもしれないけれど」
「いやいや、タダで昼飯にありつけるんです。有難くいただきますっ!」
お弁当箱の中身はこんがりきつね色に揚がったからあげに、玉子焼きとプチトマト、アスパラのベーコン巻となにやら教科書通りの彩りのメニューであったが、どれも非常に美味しそうな出来栄えで詰め方もとても丁寧であった。
やはりなにをやらせても完璧、パーフェクトJK常深生徒会長である。
しかーし!! ここまでではまだ50点、見た目は完璧であるが当然お弁当であるので味が伴わなければ意味がない、俺はハッキリ言って食べ物に関しては辛口だ、味には決して妥協はしない、相手の顔色を窺って美味くもないものを美味しいね、なんて絶対に言わないからな
そう思っているとニコニコとしながら紫が箸を手に取り、からあげをつまむと健登の口元に持ってくる。
「はい、食べさせてあげるわね、あーん❤」
クソッタレがあああああ!! プラス15点!!
「い、いいですよそんな、自分で食べれますから」
「もう、照れなくてもいいじゃない、わたしが食べさせてあげたいの、はいあーん❤」
健登は照れながらもそう言うのならと仕方なく、そうこれは仕方なくである、お弁当をくれると言った相手が自らの手で食べさせたいと言うのだからそれは受け入れざるを得ないだろう。
そんな言い訳をしながら口をあーんと開いてからあげを食べようとした瞬間。
凄まじい勢いで教室のドアが開け放たれる。
「きっさまあああああああああああっ!! 妾の旦那様になにをしているのだ!! この痴れ者めええええっ!!」
怒鳴り込んできたのは悠紗であった。
しかし紫は悠紗を一瞥すると悪びれもせずに言う。
「なにって? 健登くんにお弁当を食べさせてあげているのだけど?」
「よくもぬけぬけと……異次元展開の気配を感じたので嫌な予感がしたのだっ! 健登も健登だ、こんな女の色香に惑わされおってええっ! そんなに誰かに食べさせて貰いたいのであれば妾が喰わせてやるっ!!」
そう言うと悠紗は健登の膝の上に飛び乗り紫から箸を奪い取ろうとする、しかし紫はさらりとそれを躱すと、これは自分の作ってきた弁当なのだから健登に食べさせられる権利があるのは自分だけだと主張する。
「箸をよこせポイニークーンっ!!」
「嫌よ、これはわたしのなんだから、あなたも自分で作ってくればいいじゃない、あとその名前で呼ばないで」
あのぉ、お弁当食べれないんですけど……
そうこうしていると、また一人教室に飛び込んでくる生徒が。
「ちょっとぉ、ハァハァ、急に飛び出してくからどこに行くのかと思ったら、なにやってるのよ悠紗!」
息を切らし後から入ってきた芳乃は、目の前の光景に気が付くと一瞬健登と紫を睨みなにやら不満そうな顔をするも、急に恥ずかしそうにモジモジしながら言いだす。
「なんだ……お弁当持ってきてなかったのなら言ってくれればいいのに、な、なんだったら今度はわたしが、つ、つつつ、作ってきてあげなくもないわ!」
普通ならその態度にこのツンデレちゃんめ! と思うのだが、芳乃の言葉を聞いて健登と悠紗は真っ青になり凍りつく。
「よ、芳乃? 今日はたまたまだから、む、無理しなくてもいいからな」
「そ、そうだぞ芳乃、あまり無理をすると身体に毒だ! わ、妾は身体の方が心配だからな」
「べつに無理なんてしないわよぉ、わたしお料理好きだしいつでも作ってあげるから遠慮なく言ってね」
照れくさそうにはにかみながら言う芳乃であったが、はっきり言って健登と悠紗は絶対にお断りだと思った。
そう、芳乃は料理が壊滅的に下手なのである。最早下手とかいう次元を超越していると言ってもいい。
かの高名な錬金術師がホットケーキの材料でステーキを錬成した話はあまりにも有名であるが、食べ物から食べ物を錬成するなど某漫画的に言うと等価交換の条件を簡単に満たしているので、あんなものは芳乃の手に掛かれば序の口だ。
以前芳乃の作った煮物は鉄の味がした。あれは間違いなく豆から金属を錬成したのだ、これぞまさに錬金術と呼べるであろう(本来の錬金術とは卑金属を貴金属に変えることを言うのであしからず)。
悠紗はこの間、約束通り夕ご飯にカレーを作って貰ったのだが、口にした瞬間に噴き出して卒倒してしまった。
ヒュプノスが気を利かせて芳乃を眠らせ、美味しくいただいた夢を見させたので事なきを得たのだが、タナトス曰くあのカレーは神の魂をも損耗させる悪魔のカレーらしい。
神々をも戦慄させたその料理の腕前、健登が食べ物に関して厳しくなったのはその所為でもあったりするのだがそんなことは口が裂けても言えなかった。
「あ、このからあげ、味がしっかり染みていてとってもおいしいです」
急に声がしたのでびっくりして皆が振り向くと弥命がお弁当をつまみ食いしていた。
最近この子は突然こうやって現れて人を驚かすけれど、わざとやっているのだろうか? 構ってちゃんなの? と芳乃は思った。
「あんた、どっから現れたのよいきなりっ!?」
「いやぁ、屋上から降りてきたらお二人が生徒会室に入っていくのが見えたのでつい気になって来てみたのですけど、それにしても……常深先輩お料理がとても上手なんですね!」
「あら、弥命ちゃん興味ある?」
「はい、どうやって下味をつけたんですか?」
料理を褒められて気をよくしたのか、紫は弥命に懇切丁寧に説明し始め悠紗と健登もなにやら興味深げにそれを「ふむふむ」と聞いているのだが、芳乃は密かに「これはチャーンス」と思った。
こんな美味しそうなお弁当を健登に食べさせて胃袋を掴まれてしまったらポイントを大きく引き離されてしまう、健登には悪いがここは皆で味見と称してこのお弁当を抹消しなければならない。
「えーー? そんなに美味しかったの弥命? じゃあわたしも味見させてもらおうかしらぁ」
わざとらしく言いながら芳乃は玉子焼きをつまむと一口。
こ、こここ、これはっ!! 上品な甘さでいて外はふわふわ中はとろとろ、出来立てでもないのにほんのり香ばしさを残しつつ口当たりはとてもまろやかである、完璧だ!これはPTYだわ!!
そのあまりの美味しさに芳乃が恍惚の表情を浮かべていると、悠紗は遠慮なくもふもふとお弁当を食べ始める。
「ふむ、これはなかなか美味であるな、ふむふむ箸がすすむすすむ」
「お、おいっ! 俺の分はっ!?」
ようやく健登が突っ込みを入れると、悠紗は空になったお弁当箱を健登に見せにやりとして言い放つ。
「もう食べ終えてしまったわ」
「なああああああああああっ!? お……れの……昼飯……」
膝を突きがっくりと項垂れる健登を見下ろし三人の女子達は悪い笑みを浮かべるのであった。
結局今日の健登の昼飯は購買に売れ残っていたコッペパンにマーガリン、そして牛乳だけとなった。
校門を出てしばらく歩き人の気配がなくなるとクローディアは大通りの脇道に入る、そこからまた少し歩くと青い軽自動車が止まっていた。
辺りを見廻しその後部座席に乗り込むと車はゆっくりと進みだす、後方を見ながらゆっくり息を吐くとクローディアは運転手に話しかけた。
「ご苦労だったわね、お迎えありがとうツェツィーリア」
その運転手は歳の頃はクローディアと同じくらい、黒髪を短くおかっぱにし同じく黒い瞳の切れ長の細眼、薄いそばかすの浮いた顔はどこか幼さを残す女の子であった。
クローディアに労いの言葉を掛けられるも、無表情のままツェツィーリアと呼ばれた運転手は返事をする。
「いいえゲイレルル、これも任務ですから」
そう応えた運転手の顔を斜め後方から見つめるクローディアの目はどこか寂しげであった。
ツェツィーリアとは軍のワルキューレ養成施設の頃からの付き合いだ、彼女もまた自分と同じようにワルキューレ候補として幼き頃から訓練を受けて、こうして今も行動を共にしている。
自分は少尉であり彼女が軍曹であったとしても、階級など関係なく幾多の死線を乗り越えてきた戦友として……同じ年頃の友人として……
いいや、今はやめよう作戦行動の最中なのだ……
クローディアが黙り込んでいるとツェツィーリアの方から話しかけてきた。
「少尉、首尾は上手く行っているのですか?」
「ええ軍曹、明日からは目標アントーンと同じ教室で学ぶことになるわ」
「そうですか」
「それと、ついさっきベルタとも会って来たわ」
「もう遭遇したのでありますか?」
クローディアは健登のことを目標ベルタと呼び先程生徒会室の前であった出来事を説明する、それをツェツィーリアは黙って聞いていた。
車はしばらく走り続けるとマンションの立ち並ぶ郊外へと着く、駐車場に車を停め二人はマンション群の一つに入るとエレベーターに乗りその一室へと入って行く、そこはマンションの一室と言うよりも軍隊の作戦室のような部屋であった。
通信機器やモニターなどが所狭しと並べられ、真ん中のテーブルの上にはこの街の地図や建造物の青写真、ガラスの灰皿には煙草の吸殻が山の様になっている、ホワイトボードには目標アントーン、ベルタ、ツェーザーの写真等が貼られていた。
部屋の中では数人の男達が思い思いのことをしている、携帯ゲーム機で遊んでいる者や漫画雑誌を読んでいる者、ソファーの上で昼寝をする者、狙撃銃の手入をする者など様々だ。
その部屋の奥、都市迷彩の戦闘服に身を包んだ初老の男性、白い口髭を生やし深い皺が刻まれたその顔は歴戦の勇士を物語っている、部屋に入って来た少女二人に気が付くと手にしていたコーヒーカップをデスクに置き声を掛けてきた。
「ご苦労だったな少尉、潜入は上手くいったようだな」
「ハッ! ロンメル大佐、作戦は滞りなく順調に進んでおります」
クローディアは直立不動で答える、その姿を見てソファーの上で昼寝をしていた男がモゾモゾ起きだしヘラヘラとしながら話しかけてくる。
「かわいいJKは沢山いたかい? クラウ」
「ルーデル、おまえはそればかりだな、いったいここへ何しに来たのだ?」
クローディアは軽蔑の目で軟派男を睨み付ける。
「なにって?そのかわいこちゃんの首を取りにきたんだろ俺達は、まったく因果な商売だぜ、なあエルンスト?」
そう話しかけられたエルンストと呼ばれた男、武骨な軍人然とした外見に見た目通り生真面目な返事が返ってくる。
「命令されればそれに従うまで、それが我々軍人の仕事だ、きさまも少しはそれを……」
「はいはいわーってるよ、まあ俺はやる時はやる男だからねぇ」
ドイツ陸軍特殊部隊、HeiligeWaffenSpezialkrafte[ハイリゲヴァッフェンスペシャルクレフト]、通称HWSと呼ばれる部隊が存在する、これは非公式の秘密部隊でありドイツ連邦共和国の所有するHeiligWaffe[ハイリヒヴァッフェ]、つまり神器を操る戦巫女を中心に編成された部隊のことである。
この部隊は所謂日本で言う所の、皆様ご存じ警察では扱うことのできない事件を担当する“神社”に相当するものであり、ドイツ国を守護する為に集められたスペシャルチームとも言えるのだが、内情は何処に行っても浮いてしまう癖者達(一応各分野のエキスパートではある)を集めた厄介者達の流刑地のような部隊とも言えた。
そのチームの一つがこうして日本でなにやら作戦行動に就いているらしいのだが、クローディアはエージェントとして健登達の通う学校に潜入しているらしい。
「それにしても……」
ルーデルと呼ばれた男がクローディアの姿を上から下までマジマジ見つめると、なにやらいやらしい目つきで言う。
「馬子にも衣装とはよく言ったもんだ、いつもの恰好よりもそっちの方が似合ってるよクラウ、ニホンの学校制服ってのは実に尖ったセンスをしてる」
そう言われクローディアはハっとする、旭ヶ丘学園高校の制服のまま帰ってきて着替えるのを忘れていたのだ。
普段はここにいる男達と同じように戦闘服に身を包み、スカートを着用することなどほとんどないのでルーデルに突っ込まれ途端に恥ずかしくなってきた。
「Vulgärer Mann」
そう呟くと頬を染めながらクローディアは別の部屋に着替えに行ってしまった。
「やれやれ、まだまだおぼこちゃんだねぇ」
そんなやりとりを黙って見ていたロンメル大佐であったが、クローディアが着替えを終え部屋に戻ってくると皆に告げる。
「諸君!休暇はここまでだっ!! 明日からは忙しくなるぞ、二週間以内に我々はこの作戦の目標アントーン、メドゥーサの首を取りその石眼を本国へ持ち帰らねばならないっ!!」
大佐の言葉にその場にいた隊員達の顔つきが変わる。
「なんとしても我々は防がねばならない……絶対にこの時代に起こさせてはならないのだ……あの」
神々の黄昏を……




