第2話 ワタシの名前はクローディア・アンネマリー・ディートリッヒ言います。
残された健登は怒り心頭、誰が謝るもんかと思いながら購買に昼ご飯を買いに行くことにしたのだが、ポケットに入れていたスマホがブーブーと振動する。
誰かと思い画面を見ると、「常深先輩」と表示されていた。
どうせまためんどうなことを言ってくるんだろうなと思ったので無視する、暫くすると鳴りやんだので諦めたのかと思うとまたブーと震えるスマホ、今度はメールらしい、しつこいなと思いつつ内容に目を通す。
『今度無視したら呪い殺すわよ』
うわぁ……
あの人なら他人を呪い殺す術とかマジで使えそうだから洒落にならない、健登がドン引きしているとまたスマホが鳴る。
「はい……」
『あら? 今度はちゃんとでたのね、えらいえらい』
白々しい、直前にでなきゃ殺すと脅迫しただろうが。
「なんか用すか?」
『なぁに? 用がなきゃ電話しちゃいけないの?』
「切りますよ」
『はいはい、メドゥーサは近くにいるかしら?』
「あいつなら女子達と遊びに行っちゃいましたけど」
悠紗に用があるのなら直接電話すればいいものをなぜわざわざこっちにしてくるのか、絶対にまためんどうなことを考えているのだろうと思った。
『あらそう、頼まれていた物ができあがったから取りに来させようと思ったんだけどしょうがないわね、健登くん代わりに来てくれないかしら?』
「嫌です。俺はこれから飯を買いに行くので」
あの二人のやることだ、どうせまた碌でもないことだろうと思い健登は極力関わり合いにはなりたくないと思った。
そもそも悠紗がこの学校に編入できたのもどうやら紫のおかげらしいのだが、その代りになんらかの取引をしたらしい、とりあえず壊した保健室の壁やらを直させ、健登と戦った際にむちゃくちゃにした中庭も元に戻させたらしいことは、後からメドゥーサに聞いた話である。
そんなこんなで傲岸不遜な女神様と、厚貌深情な生徒会長様、この二人が結託して何かやらかそうとしているのはわかったので巻き込まれたくはないものであると断ったのだが、当然紫は不快感を示す。
『なあに? そんなにわたしには会いたくないの?』
「いや、そういうわけでは……」
『ふーん……あっそ、だったらいいわ、そういう態度ならあなたが保健室でわたしにしたいやらしいことの数々を皆に……』
「だああああああああああっ! すぐに行きますっ!!」
あの人が卒業するまでこうやってずーっと脅迫され続けるのだろうか? いや、卒業しようが一生このネタで強請られ続けるのかもしれない、たかが服の上から股に顔を埋めてパンツ見ただけじゃないか……親衛隊に殺されるだろうなぁ
『最初から素直にそう言えばいいのよ、それじゃあ生徒会室に来てね、ちゅっ❤』
受話器越しにキスなんかされても嬉しくねーよ、それどころか流れ的にイラっとしたわ。
まあいいや、これでブッチしたら絶対に何かしらの報復を受けることは間違いないので、健登は一度生徒会室に寄り用事を済ませてから購買に行くことにした。
教室を出て連絡通路を通り東棟に行って一つ階を上がった端の教室、そこが生徒会室であるのだが、その教室の前、ドアの所でお辞儀をする女子生徒の姿が見えた。
その女子生徒はどこか普通の生徒とは違うように感じるのだが……なにかが……そう思いながら近づいていくとその違和感に健登は気が付いた。
日本人ではない。
ブロンドの長髪を後ろで三つ編みにし、シルクのように細やかで白い肌、アクアマリンのような水色の瞳は澱みない泉の様でとても綺麗だった。
女子生徒は健登に気が付くと軽く会釈して笑顔で話しかけてくる
「Guten tag」
「ぐ、ぐーてん?」
「Verzeihung!ごめんなさい、コンニチハ、まだ咄嗟にニホンゴがでてこないもので」
「あ、どーも、こんちわ」
何語だろうか? たぶん英語ではない、英語は話せないけど英語ではない。
それにしてもなぜこんな金髪美少女が、うちの学校の制服を着て生徒会室からお辞儀をして出てきたのであろうか? 健登が不思議に思っていると教室の中から声がする。
「あら健登くん、もう来たの?ていうかなに?もうその娘に手だしてるの? 相変わらず節操ないわね」
なにを言っているのだこの人はっ! 別に手をだすとかそういうのじゃない、偶々すれ違ったから挨拶しただけである、まあいつもの紫のおふざけであるのだがそのままこの少女に健登を紹介する。
「クローディア、彼は守羽健登くん、まあ単なる生徒Aで重要人物でもないから覚えても覚えなくてもどっちでもいいわよ」
「なんすかそれっ!」
からかわれているのはわかっているけれどとりあえず突っ込みを入れる健登、律儀なものである。
クローディアと呼ばれた少女はよくわからずきょとんとしていたが、クスっと口元に笑みを浮かべると自己紹介をする。
「タケ……ト……カミハ……ネ……タケトカミハネ! Ich freue mich, Sie kennen zu lernen、はじめましてタケト、ワタシの名前はクローディア・アンネマリー・ディートリッヒ言います。ドイチュラントからきました。ヨロシクお願いします」
片言ではあるが淀みなく流暢に日本語で話すので健登は感心してしまった。
「はーすごいなぁ、よく他の国の言葉をそんなにペラペラと話せるもんだ、クローディア、俺は守羽健登2年A組よろしく」
言いながら右手を前に差し出すとクローディアも右手を出し握手を交わした。
女の子にしてはゴツゴツとした硬い手だな、まあ小さくはあるけど……
なんて失礼なことを思いながらクローディアの顔を見る、キリっとしたその表情は日本の女子高生の様な平和ボケした子供のものとは違い、まるで歴戦の戦士の様なそんな風格のある顔つきであった。まあ別にドイツも平和っちゃ平和なんだけどね。
それにしても大人びた雰囲気のえらい美女なので、健登はクローディアと目が合うと照れてしまいなんだかドキドキしてしまう。
「はいはい、いつまでも手を握って見つめ合ってんじゃないわよ」
紫が健登の耳を引っ張って二人を引き離す。
「アノ、ユカリ、ワタシはもう帰ってもダイジョブですか?」
「ええ、もういいわよお疲れ様、明日からは普通に授業も受けてもらうから、今日は帰ってゆっくりお休みなさいな」
明日から? 授業も受ける? 転校生なのだろうか? 悠紗に続き突然転校生のやってくる学校だなここは、なんて健登は思うのだがそんなわけがない、絶対に紫がなんかやって色々手続きをすっ飛ばしているのだろう。
「はい、ワカリマシタ、Danke schön.ユカリ」
「Bitte schön.また明日ね、クローディア」
ドイツ語で返事をする紫を見て健登はなんだか、トゥギャザーしようぜ!やミスターな人を思い出すがまあどうでもいいことである。
クローディアを見送ると、さて、といった感じで健登を見つめ説明を始める紫。
「彼女は短期留学生みたいなものよ」
「留学生?」
「そ、二週間だけなんだけれど、国の学習要綱でね、国際交流の一環も兼ねて今年から徐々にそういった留学生を受け入れてみようって、まずはそのモデル校としてうちの学校が選ばれたのよ」
絶対嘘だな、と思うが口にはしない。
「そんな話初めて聞きました」
「初めてしたもの、秋にはうちからも一人誰か留学させるのだけれど、成績優秀な子がいいから姫宮さんにでもしてみようかしら?」
んなこと弥命と言うか、神社の連中が許すわけないだろと思う健登であったが、紫はわかっていてわざと言っているだけなので軽く聞き流す。
「もういっそ先輩が行けばいいんじゃないですか?」
「そんなのダメよ、それじゃあ健登くんに暫く会えなくなるじゃない」
嫌味を言ったつもりの健登であったが、思いもよらない返事が返って来たのでうっかり真に受けて照れてしまう。
それを見た紫が意地悪な笑みを浮かべると、健登は「しまった」と思うのだが時すでに遅し、ここぞとばかりに紫に弄られる。
「あら? ひょっとして嬉しかったのかしら?」
「ち、違いますよ」
「えー? じゃあなんで赤くなってるのぉ? 照れちゃったのかしらぁ?」
うぜー、こいつマジうぜーっ!
「まあいいわ、とりあえず中に入って、渡す物があるから」
紫に促されて生徒会室の中に入ろうとすると……
はい、違いまーす。ここは生徒会室じゃありません、あの汚部屋です! 久しぶりですねどっかの部族の偉い人、元気でしたか? 生首なんだから元気も糞もないですよね、失礼しやっしたーーーーっ!!
健登があの乱雑で空気の澱んだ部屋に入るのを躊躇していると紫がさらに催促する。
「早くしなさい、誰かに見られちゃうかもしれないでしょ」
それもそうだ、こんな部屋を誰かに見られてはさすがにまずいので、健登は仕方なく生徒会長室に入る
「で、渡すものってなんすか?」
「これよ、はい、メドゥーサにちゃんと渡しておいてね」
そう言って、机?たぶん机の上に置いてあった小さな袋を健登にポンっと投げて渡す。
難なくそれをキャッチすると、袋の中身は硬く小さい割にはそこそこに重さがある物であった。
「なんすかこれ?」
「薬よ、中に小さな小瓶が入っているから、毎日寝る前に適量を傷口に塗るようにメドゥーサに言っておいてね」
「あいつどっか怪我でもしてんですか?」
「なにを言ってるのよ、あなたが付けたんじゃない」
そうか……俺が斬った眼の傷……
言われて健登はハっとする。先の戦いでは二人とも相当な深手を負ったのだが、健登は例のごとく神器の力によりその日の内に傷は全快した。
メドゥーサもまた戦いが終わる頃には傷口もほとんど塞がり、ヒュプノスの眠りの効果もあり翌日にはほぼ回復していたのだが、アメノハバキリにより傷つけられた右眼の傷だけはいつまで経っても塞がらず、その為今でも右眼には眼帯をしたままの状態であった。
それでも徐々にではあるがよくなってきてはいるものの、他の傷に比べてあまりにも治りが遅いので紫になにか良薬はないかと相談していたらしい。
「あの傷ってそんなに悪いんですか?」
「あら、心配? 大丈夫よ、あの子も神様なんだからそのうち治るわよ」
「それならいいんですけど」
健登はなんだか申し訳ない気持ちになり受け取った袋をキュッと握りしめる。
「それよりも健登くん、さっきご飯を買いに行くって言っていたけど」
「ああっ! そうだった忘れてた」




