第1話 なんだか最近、とっても悠紗ちゃんと仲良さげですね守羽くん
第三章 闇の黒狼と頑こ姫
七月の頭
まだ夏と呼ぶには早いが異常に蒸し暑いこの季節、気温では七月後半から八月にかけての方が高いのかもしれないが、不快指数も徐々に高くなり始めるこの時期は屋内でじっとしていても汗がじんわりと滲み出てくるくらいに蒸し暑かった。
男子達はまだいい、ズボンの裾を捲りあげ胸もとのボタンを開け団扇でバタバタと煽ぎながら涼をとることができる。
だが女子達はそんなはしたない恰好などできるわけがない、まあ男子達からすれば大歓迎なのであるがそんなサービス精神旺盛のティーンエイジャーがいるわけがない。
女子達の汗のケアは大変だ、制汗スプレーを全身に振りまき脂取り紙で顔が照からないようにしないといけないし、そうするとメイクも定期的に直さなくてはならない。
ちなみに顔に汗をかかないようにするのは修行でなんとかなるらしい……マジかよ。
そんな非常に過ごし難いこの季節、ここ旭ヶ丘学園高校の2年A組はいつものように平和であった。
「健登、教科書が見づらいからもう少し妾に近う寄れ」
「なんで持ってきてねーんだよ、もうとっくに一式貰っただろ?」
「野暮なことを聞くでない、こうしておまえといつでも近くにいたいからであろう」
メドゥーサもとい、芽堂悠紗はそう言うと授業中だってのに健登の右腕に絡みつきくねくねと甘えた声を出す。
それを見て隣の席の田中さんは汚物でも見るような目で健登を睨むと、「ちっ」と聞こえるように舌打ちして悠紗の首根っこを掴む。
「芽堂さん、この微生物以下の単細胞生物の教科書は、見るに堪えない程の汚物と化しているからわたしの教科書を見なさい」
「いらん、妾は健登の教科書が見たいのだ」
「そう云わずにこっちを見なさい」
田中に言われそれを拒否する悠紗であったが、田中は笑顔のまま悠紗の頭を片手で鷲掴みにするとギリギリと自分の教科書の方へと回す。
「や・め・ろぉ・たなかぁ~」
顔を歪め抵抗する悠紗であったが田中の力に抗うことができない。
田中さんすごい! なんという怪力なんだ! ていうか、なんかもの凄く酷いことを言われたような気がするけどまあいいや……ちっきしょう、傷ついたぞ。
メドゥーサが転入してきたあの日、健登の隣の席は自分の物だからそこをどけどかないの一悶着があった末、結局悠紗用の机と椅子が用意され健登と田中さんの間にするということで決着が着いてから1週間あまりが経とうとしていた。
クラスメイト達も最初の内は、随分と傲岸不遜で態度のデカい悠紗に多少戸惑ってはいたものの、言葉遣いはともかくとして誰とでも分け隔てなく同じように接し、時にはまるで人生の先輩のような(まあ大先輩なんだけど)アドバイスをしてくれたり、かと思えば少女のような一面を見せたりするメドゥーサに、このかわいらしい生き物はなんなのだ?と皆すっかり虜になっていた。
芽堂悠紗は今ではさしずめこの2年A組のマスコットの様な存在となり、他クラスからもこのかわいらしい幼女を一目見ようと、休み時間ともなると出入り口に人だかりができる程にまでなっていた。
「だが私は許さんっ!」
そう言うとクラス担任の泉宮寺麻衣は健登の机の横に立ち3人を見下ろす。
突然訳の分からないことを言い出した女教師にクラスの一同が、また始まった……と思うのだが、当然そんな突っ込みを入れようものならこの理不尽アラサー女教師の怒りを買いかねないので皆一様に教科書の一点を見つめながら黙っている。
「若いと言うだけでも妬ましいのに、その上かわいいだと?学校中の人気者でちやほやされているだと?……許せん……許せんぞ新入りの分際で」
先生、心の声が駄々漏れですよ、てーか新入りって……授業を聞いていないことを怒るんじゃないの? ぶつぶつと呟いている麻衣を一瞥すると、悠紗はこの女教師には絶対に言ってはならない言葉を吐く。
「まあそう言うな麻衣、若いと言ってもこの身体はおまえと二十ちょっとしか変わらんのだ、大した差ではなかろう」
悠紗のその言葉にクラス中が凍りつく。
二十の差が大した差ではない?まあ、そう言われると嬉しい気がする……わけがない。
十代と三十代、これはもう決して覆すことのできない大差であり、プレイボール直後コールドゲームを宣告されるレベルであることは言うまでもない……あ、いや、ごめんね……マジで。
まあそれも人間の時間で考えた場合であって、神々からすれば誤差の範囲内程度であるのは間違いないのであるが、そんなことはこのアラサー独身女教師には関係ない。
「ほほぉ……いい度胸だな小娘……」
そう言うと暗黒の小宇宙を身に纏い麻衣は、健登、悠紗、田中の順にゲンコツをお見舞いするのであった。
三人が声にならずに頭を擦っていると授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「てめーらの所為で範囲終わらなかったじゃねーかっ! 学校はイチャつく所じゃねーんだぞちきしょうっ!! そういうのは帰ってからやりやがれバーカバーカ、うわあああああああんっ!!」
およそ教師とも思えない、と言うかいい大人が言うことではない捨て台詞を吐き、麻衣は泣きながら教室から走り去って行った。
よっぽどこのリア充どもが妬ましかったんだろうなぁ、とクラスの誰もが思うのであった。
なんなんだあの教師は、と思いながら涙目で筆記用具を仕舞う健登、田中さんはいつの間にかいなくなっている、まあお昼休みだからね購買にでも行ったのかな?
「まったくあんたらは何をやってるのよ」
呆れ顔で二人の席まで来ると芳乃が話しかけてきた。
悠紗は困り顔で芳乃に縋りつくと授業中のやりとりを説明する。
「聞いておくれ芳乃、健登が意地悪して妾に教科書を見せてくれんのだ」
「あんたがわざと忘れてきてるからでしょ」
「おまえまでもそんなことを言うのか失礼な奴だな、曜日を間違えたのだっ!」
「じゃあなんで鞄の中には漫画しか入ってないのよ」
芳乃に突っ込まれると悠紗は不思議そうな顔をして鞄の中を覗く。
「あれぇ? タナトスの奴が間違えたのかなぁ?」
なんて白々しい嘘を吐くのだろうか、とても神様とは思えない子供でもそんな嘘吐かないわ、てーか口調がいつもと違えわよっ!!
「教科書の用意は前日の夜にちゃんとしておきましょうね」
突然机の下からぬっと顔を出しむくれながら音もなく弥命が現れたので、三人は一瞬ビクッとする
「うおぅっ、姫宮なにやってんだよ?」
「なんだか最近、とっても悠紗ちゃんと仲良さげですね守羽くん」
ああ、それで拗ねているのかこの娘は、芳乃と悠紗は思うのであったが健登はそれに気が付かない、当然気付くはずがない、なぜならこいつは空気が読めないからだ、そう言うことに関しては圧倒的な鈍感男であるのだっ!
「んなこたねーよぉ、メドゥーサが勝手に懐いてきてるだけだろぉ」
めんどくさそうにやれやれといった感じで健登がそう言うと、弥命と芳乃が慌てて左右から健登の顔を手で挟み小声で言う。
「バカっ! 学校ではその名前で呼ぶなって言っているでしょ!」
「守羽くんはどうしていっつもそうなんですかっ! ちょっとは学習してください!!」
悠紗があのギリシャ神話に登場するメドゥーサであることなど当然クラスメイトは知らない、と言うかたとえメドゥーサと呼んでいるところを聞かれても、現実にそんな神話の化け物が実在しているなんて思うわけもないんだけどね。
まあそんなこんなで昼休みともなるとこの四人が寄り集まっては、なにやら楽しげにしているのも最早馴染みの光景だ、そしてそれを苦々しい目で見ている男子達の存在にも当然健登は気が付かないのである。
そんなことをしていると芳乃の友人達が離れた席から声をかけてきた。
「芳乃ー、ご飯終わったらみんなでバレーボールしに行くでしょー?」
「あ、うん、行くー」
芳乃が返事を返すと友人達はなにやら示し合わせたように目で合図を送ると。
「悠紗ちゃんも一緒にやるー?」
どうやら芳乃をダシに悠紗をバリボーに誘い出して一緒に戯れようという算段らしい。
そりゃあこんなかわいい幼女とくんずほぐれつ玉遊びをできるのなら俺だってしたいわ。
芳乃は友人達のアイコンタクトに気が付いたらしく、しょうがないわねと言う顔をした後わざとらしく悠紗を誘う。
「だってさ、悠紗も行く?」
「なんだ? ばれいぼおるとは?」
「球技の名前よ、スポーツ、まあみんなで遊びましょうってお誘いよ、どうする?」
芳乃のその言葉に悠紗は暫し考え込むと「ふむ」と頷き答えた。
「いいだろう、偶にはクラスの小娘どもの相手もしてやらんと妾の立ち位置も危うくなる、まあ何をやらせても妾の圧勝ではあろうがな」
自信満々に答える悠紗であったが、遊びって言ってるのに何に勝つつもりなんだこの娘は? まあいいや、芳乃は悠紗を連れて友人の元へと行ってしまった。
残された弥命であるがこちらも数人の女子生徒からお声がかかる。
「みこちゃん、今日は守羽君と一緒?」
「え? ううん、そういうわけではないですけど」
言いながら健登の方をチラっと見る、すると健登は明後日の方向を向きながらどうぞどうぞという感じで手を振っているので、弥命はなにやら一瞬不満げな顔をするも笑顔で友人に返事をした。
「そうですね、今日はどこでお昼にしますか?」
そう言うとお弁当を持って仲良く友人達と教室を後にする。
弥命にも一緒に昼食をとる友達ができてもうすっかり馴染んできている感じに、健登は自然と口元が綻んでいた。
さてと、そういうわけなので俺もいつもの奴らのところに行きますか。と健登は席を立つ。
「おいーす、おまえら今日の飯はどうするー?」
健登はいつものメンバーが集まる席に向かって声をかけるが誰も返事をしない、どころか誰も見向きもしない、どういうことだろうか? 聞こえなかったのか?健登はもう一度先程よりも大きな声で呼びかける。
「おーい、坂っ! 飯っ、飯持ってきたかー? 俺購買に行くけどー」
尚も誰も返事をしない、聞こえなかったのか? いや、そんなわけがない、いくらなんでもこの広さの教室この距離からあの声量で聞こえないわけがない。
無視されたと思い健登はムカッとしながら坂、橋場、中村、林、坂田、五人の集まる席へと歩み寄った。
「おいっ! なに無視してんだ……」
椅子に座り背を向ける図体のデカい橋場の肩を掴んでこちらを向かせると、感情のない死んだ魚のような目で黙ったまま健登を見上げている。
「な、なんだよ?」
「あぁ……守羽さんじゃないですか、何か用ですか?」
守羽……さん? え? なんでさん付けなの? てーかなんで敬語? どうしたんですか橋場さん? 他の皆も同じような冷たい視線で、いや、視線どころかなんか全身から冷たいオーラを醸し出している、一体こいつらになにがあったんだ? また変な神とか悪魔とかモンスターとかなんかそんなのに操られているのか? わけがわからない
健登が返事に困っていると坂が切り出す。
「毎日毎日女子達とイチャつくのは楽しいですか? 守羽さん」
は?
女子とイチャつく? 俺がいつイチャついたというのか?
そんな健登の思いを他所に深い溜息を吐くと淡々と続ける坂。
「はぁぁぁぁ、君は僕らの仲間だと思っていたのに……というか僕らを導いてくれるリーダー的な存在だと思っていたのだが……それはどうやら間違いだったようだ」
「いやいや待て、どうした? なにを言っているんだおまえら、大丈夫か?」
健登のその言葉に五人は、すっく……と立ち上がると坂を中心に横一列に並びまるで憎き親の仇でも見るような目で健登を睨みつけ全員で唱和を始めた。
『ひとーーーーーっつ!! 我々ぇっ、ロンリーウルフ紳士同盟はぁっ!! 何時如何なる時もおっ!! 独り身であることを貫くべしぃっ!!』
はあ? なんだ? ロンリーウルフ紳士同盟って? ダセぇ!! 超ダセェっ!!
坂達が唱和を始めるとクラスの男子達が一人また一人と加わり一緒に叫び声をあげる。
『ひとおおおおおおおおおっつ!! 我々紳士同盟はぁっ!! 硬派であることを貫きぃっ!! 婦女子の色香に惑わされることなどあるべからずぅっ!! またあっ! 我々はぁ! 何時如何なる時もぉっ! 同胞を見捨てることなかれええええええっ!!』
いつの間にかクラスの男子の半数近くがこの団体に加わり涙を流しながら奇声をあげていた。
その奇行に教室にいた女子達は、「男子うるせえ死ねっ!」「校庭に行って死ねっ!!」と罵声を浴びせるのだが、そんな声もどこ吹く風、この紳士同盟同士諸君達の心には響かないのであった。
「守羽えええええ!! おまえはあのスレンダービューティー葭埜さんと幼馴染であるだけでは飽き足らず、実は学年人気の超高いわがままボディプリンセス姫宮さんと毎日毎日親しげに話すどころかそのメイドさんとまで仲良くしたあげく、さらにはあのミステリアスクールビューティー生徒会長様ともなにやら親密な感じ……そしてあろうことか我らがクラスの新星! ニューホープ!! 最強のアイドルである芽堂さんを独り占めし、いちゃいちゃいちゃこらし腐りやがって、てめえこらっ! 羨ましいんだよバカ野郎おおおおおっ!!」
くだらねええええええ! こいつら馬鹿じゃねえの?そんなことで嫉妬して人のことを無視しやがったのか、なにが仲間だと思っていただアホか
健登は呆れながら皆に言った。
「アホかおまえら、べつにイチャついてねえし、だいたいそんなくだらないことで人を無視とかなにが仲間だよ」
「くだらないことだとぉ? 先に我々を裏切ったのはきさまの方ではないかああああああっ!! もういいっ!! おまえが心を入れ替え皆に謝罪するまで我々はおまえの敵だと思えっ!! 行くぞ皆の者っ!!」
坂がそう言うと、男子達は「応っ!」と皆連れ立って教室を出て行ってしまった。
行先はと言うと……そう、バレーボールをやると言っていた女子達の後を追い悠紗が玉々……もといボールと戯れる様を見学しに行くのであった。




