第23話 すまねえ、負けちまった!
『ダメよメドゥーサまだ終わっていないわ、ハーデウス様は神器をお望みなの』
突如全員の頭の中に木霊する女の声、ヒュプノスだ。
「ヒュプノスきさまっ!」
メドゥーサがその名を呼ぶ刹那、突如空間を超えて目の前に現れたヒュプノスはメドゥーサに口づけをする。
メドゥーサの頭がガクンと落ちると身体を支えヒュプノスは囁きかける。
「眠りから覚めた時あなたの目の前にいるのは、あなたに苦痛を与えたあの忌々しい男とあなたに屈辱を与えた憎き女……さあ、目覚めなさい石眼の魔女よ」
ざわめき立つ空気……メドゥーサの魔力が再び膨れ上がる、頭髪が真っ白に変化すると毛先には無数の蛇の頭が現れた。
「ペルセウス……アテナ……今こそ積年の恨みを晴らしてやるぞおおおおっ!!」
神話に登場する英雄と女神の名を叫びメドゥーサは憎しみの表情で健登を睨む。
「くそっ、またかよっ!」
健登は毒づくが悩んでいる暇はない、恐らくはヒュプノスが催眠かなにかをかけたのであろう、メドゥーサは最早正気ではない、これまではどこか手心を加えるようなそんな感もあったメドゥーサであるが、ああなっては恐らく全力で来る。
そう思った直後メドゥーサの右眼が光る。
まずいっ!
健登は一目散に重機の陰に身を隠す、直後一瞬で石になり砕ける重機。
「出し惜しみはなしかよ」
しかし石眼は連射できない、瓦礫や柱などの陰を転々と逃げ回れば幾分かは時間を稼げる、今注意しなくてはならないのは左眼の方だ、あの目を見てはならない、あれを見た瞬間にゲームオーバーだ
逃げ回りながらなにか手を考えるんだ、何か……
さっきは弥命の放った閃光でメドゥーサの視力を奪った、あれがまたできれば……
物を見ると言うことは簡単に言えば光を眼の中に取り込むということだ、先程の弥命の技はそれを逆手にとり強烈な閃光を放つことにより、メドゥーサの視界をホワイトアウトさせて健登の姿を眩ませたのだ。
もちろん落ち着いて見れば、真実の姿を見ることのできる神の眼であれば問題ないのであるが、虚を突き一瞬の隙を生み出すことに成功したのだ。
石眼を使わせた上で無効にさせる手がなにかあればメドゥーサに肉薄することはできる、そしてその後あの石の盾を越えられる力があれば……
ドクンっ!
その時、健登はまたも鼓動を感じる……危機迫った時に、健登が力を渇望した時に、アメノハバキリが心に語りかけてくるような、熱い……炎のようなイメージ……
芳乃は再び戦闘を始めた二人の姿を呆然と見つめていた。
どうしてこうなってしまうのか、もう終わりではなかったのか、なんでまだあの二人が戦っているの? なんで……
その横で弥命も唇を噛み自分の無力さを呪う、なんて不甲斐ない、なんて情けないのであろうか、神器の姫巫女でありながら自らそれを振るい戦うこともできず、姫宮の戦巫女でありながらなにもできずにただ傍観しているだけ、どうしてわたしは今こんな所で身動きも取れずに固まっているのか、こんなに歯痒いことはなかった。
「弥命……もう信じるしかないの? わたし達にできることはそれだけしかないの?」
「芳乃さん……」
俯き黙り込んでしまう、芳乃のそんな問いに応える術を弥命はもう持ってはいなかった。
「守羽くん……」
ただ健登のことを見つめてそう言うしかなかった。
逃げ惑う健登であったが次々と遮蔽物を石へと変えて砕いていくメドゥーサ、これではすぐに身を隠す物もなくなってしまう。
健登は先程神器が見せたイメージを思い出す。
あれは? どうしたらいいんだ? 熱い炎のようなイメージ、あれがなにか逆転のヒントなのか? アルレッキーノの時もそうだった、屋上が崩れ落ちる最中感じた風、それが形になるイメージ、今その時と同じ感覚がまた頭の中で形になろうとしている。
炎……逆巻く炎に熱せられて……そうか!
健登は柱の陰からメドゥーサと、そして弥命と芳乃にも聞こえるように大声で叫ぶ。
「メドゥーサっ! これから俺はとっておきの技を使う、こいつはかなりやばい技だ、地面に平伏して謝るなら今の内だからな!! 姫宮と芳乃もちゃんと見とけよっ!!」
「何をくだらないことを、そんなことができるものならとうにやっておろうが! つまらぬハッタりはよせっ! 妾の前に平伏すのはきさまの方だっ!」
激昂するメドゥーサであったがその言葉の意味には気づかない、健登はなにかやるつもりだ、弥命と芳乃は目を合わせると咄嗟にその身を地面へと伏せる・
「やってやるぜっ!! アメノハバキリっ!! 見せてみろおまえの新しい力をっ!!」
健登が叫び飛び出した瞬間。
アメノハバキリに巻きつくように真っ赤な炎が燃え盛る、それは剣を伝い健登の腕を伝い全身を覆うと刹那。
真っ赤に燃え盛る炎のような甲冑へと姿を変える
紅の具足! 火炎・“焔”
焔、その名の通り炎のような具足であった、凄まじい熱とパワーを秘めた火炎の鎧を身に纏うと健登はメドゥーサ目がけて突進する。
しかし、常人より速いとは言っても相手との間合いを一瞬で詰められる疾風鴉のようなスピードはない、これでは石眼の餌食にしてくれと言っているようなものだ。
「馬鹿めっ! 動きが丸見えだぞっ!!」
メドゥーサの右眼が光る瞬間、健登が剣を振ると灼熱の炎がメドゥーサの前面に広がる。
風の刃の様に高速で吹き抜けるのかと思ったのだが、そうではないのならこんな炎など石にするまでもないそのまま健登を石に……
そう思い健登を見やるが炎の向こうの健登の姿が一瞬揺らぐ。
なんだ? 姿がぼやけて……
そう思った瞬間、火炎放射器のように炎の柱が襲い掛かる。
メドゥーサはその熱さにたまらず上空へと回避する。
「くっ、なんという熱量だ……」
しかし上に逃げたのは失敗であった。
「メドゥーサあああああああああああああっ!!」
叫び追ってくる健登の姿を捉えようと下を見た瞬間、熱せられた上昇気流に乗り凄まじい熱風が吹きつけるとそのあまりの熱さにメドゥーサは目を開けていられなかった。
その一瞬を逃さず健登はメドゥーサに渾身の一撃を振り下ろす、しかし崩れ落ちてはいない部分の天井のコンクリートから、メドゥーサは石の壁を作り出し自らを覆い守ろうとする。
その石の壁の上から構わずに健登は全力で剣を叩きつけた。
石の表面が一瞬で真っ赤になり溶岩の様に溶ける、さらに二重、三重に重なっていた壁のドームを砕くと切っ先がメドゥーサの右眼を縦に切り裂いた。
「きゃあああああああああああああああああああああっ!!」
メドゥーサは悲鳴を上げ右目を押さえながら落下して行く。
痛いっ! 熱いっ! 痛い痛い痛いっ!! 目が見えない、落ちて行く、嫌だ、また妾は、また首を刎ねられて死ぬのか? もう嫌だ、あんなに痛いのはあんなに苦しいのは、もう……助けて、誰か妾を助けておくれ
メドゥーサはそのまま瓦礫の上に落下した。
身を起こし見上げた瞬間、目の前に真っ赤な炎を纏った戦士が剣を振り下ろす姿が、メドゥーサは怯えるように身を竦ませ左目を瞑る。
これで終わり、また首を刎ねられて妾は死ぬのだ
覚悟を決めるがいつまでもその時は訪れない、痛みも苦しみも訪れない、恐る恐る左目を開けると振り降ろされた刃は首筋で止まっていた。
前を見ると男は悔しそうに悲しそうに、ふるふると震えながら歯を食い縛っている。
「やっぱりできねえ……」
健登はメドゥーサに止めを刺すことはできなかった。
それは弥命や芳乃の心配をしてというよりも健登の甘さであった。
アルレッキーノの時でさえそうであったのに、ましてやメドゥーサは見た目は小さな女の子なのだ、自分はえらく痛めつけられたが芳乃と弥命には酷いことをしたような印象もないし、命を奪うことなんてできるわけがない。
その一瞬の隙をメドゥーサは逃さない、両腕が青い金属に変わるとその手で健登の右手首と左太ももを掴み爪を喰い込ませる。
「甘いな小僧っ! 石眼だけかと思うたかっ!! 妾の青銅の手は掴んだものを石へと変える石手っ!! これぞ奥の手、石眼の魔女の名は伊達ではないと言うことを思い知れえっ!!」
掴まれた箇所からみるみると石化が広がっていく、力が入らず右手からするりと抜け落ち瓦礫の山に突き刺さるアメノハバキリ、健登は逃れようともがくがメドゥーサも死にもの狂いで掴んできている為なかなか振りほどけない。
「はははははははっ!! 妾の勝ちだっ! じわじわと石に変わってゆくのはさぞ怖かろうっ! 恐ろしかろうっ!! 泣けっ喚けっ、そして惨めたらしく命乞いをしてみろ人間っ!」
勝ち誇り笑うメドゥーサであったが健登の身体から力が抜けるのを感じる、観念したのかとその顔を見やると不意に健登の左手が自分の右頬に添えられた。
右眼から頬に流れる血を拭うように健登は優しく撫でると、メドゥーサの残った眼を見つめながら言う。
「ごめんな、かわいい顔に傷つけちまって……痛かっただろ? でもよ、俺のことは恨んでくれても石にしちまっても構わねえから、だからよ、あいつらだけは見逃してやってくれねえか? 頼むよ」
そう言う健登の眼からは、怒りも憎しみも恐怖も感じられなかった。
ただただ目の前の少女を傷つけてしまったことを悔やみ、そして自分の身はどうなっても構わないからと二人の少女の心配をしている。
なんという……今自分が死の際に立たされているにも関わらず、今まで戦っていた自分を死に追いやろうとしている相手の身を気遣い、他人の身を案じている。
なんという男なのだ
「姫宮っ! 芳乃っ! すまねえ、負けちまった!」
そう言い残すと健登の全身は石へと変わった。




