第21話 え? あんたの胸って……間に挟んでんの?
紫の作ってくれた身代わり人形はちゃんと効果を発揮してくれた。
たー坊、けーやん、とっつぁん、誰かが今さっき石になって砕けたのだろう、安らかに天に召されてくれよ、健登は心の中で冥福を祈る。
それにしてもどうしたものか、このまま闇雲に突っ込んでも結局また石にされてしまうのは目に見えている、メドゥーサが本気を出す前に倒すと言う作戦は失敗に終わった。
時間がなかったとはいえあまりにも運任せの作戦過ぎたと、今更になって後悔しても後の祭りであった。
「小僧、その身代わりはあと何体あるのかな? 短時間でそう何体も作ることはできまい、コンピューターなどというものがある今の世の技術を駆使しても、せいぜい2~3体がよいところであろう」
またまたご名答、本当にこの女神様の洞察力の高さには感服する。
「さーてね、ひょっとしたらもっとあるかもしれないぜ?」
位置を気取られる危険もあるが健登はここで心理戦に出ようと試みる、身代わりがメドゥーサの想定を超える数あると思わせることができれば、メドゥーサも多少は警戒して石眼を使うのを減らすかもしれない、なぜなら石眼を使った直後の隙を突かれる恐れがあるからだ。
しかしメドゥーサは暫く沈黙するも、嘲笑するように言い放つ。
「フッ……ハッタリだな、そんな数を用意できるとは到底思えんし、仮にできたとしたのなら先手必勝あそこまで勝負を急ぐようなことはしなかっただろう、大体そんな心理戦を仕掛けてくる時点で答えはでている。小僧、妾相手にそのような浅はかな考えが通用すると思うなよ」
はい論破されました。
悠久の時を生きてきた神を相手に、たかだか16~7年生きた程度の子供が考えた見え透いた嘘など通用するはずもなかった。
そんな二人の会話を聞きながら弥命は芳乃に小声で呼びかける。
「芳乃さん、芳乃さんっ!」
芳乃はと言うと、こんなことになってしまったのは自分の責任であると酷く後悔し、完全に滅入ってしまっている。
「芳乃さんしっかりしてくださいっ!」
「そんなの無理よ弥命……どんな理由があろうと、やっぱりあの二人が傷つけ合うのなんて耐えられない」
「違います芳乃さんっ! 今は後悔する時ではありません、信じてください守羽くんを……いいえあの二人をっ! それができるのはあなただけなんです!」
「二人を信じられるのがわたしだけ……そんなことに何の意味があるのよ」
弥命の言葉を芳乃は鼻で笑う、自分はなにもすることができずにただ後悔するばかりで、信じろと言われても現実に二人はああやって今も死闘を繰り広げている、信じたところでどうなると言うのだ、こんな非現実的な戦いを前にして普通の人間になにができると言うのか。
信じる? そんなことに意味なんてない、もうどうやっても二人は止められない、助けられない、どちらかが倒れるまでこの死闘は止められないんだ。
落ち込む芳乃に弥命は静かにそして冷酷に告げる。
「わたしには守羽くんのことしか信じることができません、わたしから見れば彼女は神器を狙う敵、守羽くんを傷つける敵です。だからわたしはこれからメドゥーサさんを攻撃します。」
「なに言ってんの? そんなこと……」
できるわけないと言いかけて弥命の顔を見あげると芳乃はゾッとした。
弥命のメドゥーサを見る目これは敵を見る目だ、それも憎悪する目、これは殺気とでも言うのだろうか? 弥命から醸し出されるただならぬ気配に芳乃は戦慄すら覚える。
あれだけ頼んだのに、わたしの友達をどうしてそんな目で見ることができるの?
「芳乃さん……わたしにはできるんです。幼い頃からそういう風に訓練してきました。必要であればわたしはたとえそれが……」
そこまで言って弥命はその後の言葉を飲み込む、そして自嘲気味に短く笑うと続ける。
「こう見えてわたし、結構冷酷な女なんですよ」
「弥命……」
そんなことはない、芳乃にはそう言う弥命の顔がとても悲しそうに見えた。
そんな辛いことを弥命は心を殺してまでやろうとしている、健登を助けるためだけにやろうとしているのだ。
どちらかしか助けられないのなら……非情な決断を迫られた時に弥命はそれを選んだ。
それを冷血だと酷いことだと、ただ後悔だけして塞ぎ込むばかりで何もしようとしない自分が責めるなんて、その方がよっぽど卑怯じゃないか。
芳乃は覚悟を決める、どうにもならないことを前にして逃げ出すことも、投げ出すことももうしないと決意する。
そして弥命の目を見て言い放つ。
「……ダメよ弥命」
「芳乃さん?」
「あんただけにそんなことはさせない! だったらわたしも一緒にやるっ! ゆうさちゃんをやっつけるためじゃないっ!! 健登と一緒に! 弥命と一緒に! 皆でゆうさちゃんを助けるのっ!」
「でも芳乃さん、それはっ!」
それは無理だと言いかける弥命の言葉を芳乃は遮る。
「考えなさいっ!」
「は?」
「わたしにはどうしたらいいのかわかんないのよっ! あいつらのやってることがもう異常すぎてなにがなにやらわからないのよっ! ああもうっ。なんなのよこれ、だから信じるから! ゆうさちゃんのことも、健登のことも、そして弥命のことも信じるからっ!! 考えて最善の手を尽くしなさいっ!!」
皆で助けると言いながら、その方法は丸投げしてくる芳乃に弥命は唖然としてしまった。
「芳乃さんそれはちょっとズルいです……」
「うるさいわねっ!こう見えてわたしはズルい女なのよ」
そういうタイトルの歌があるけど、二人がそんなことを知っているわけもないので軽く流してね
開き直る芳乃の台詞に弥命は肩の力が抜けたと言うか、かえって凝り固まっていた思考を柔軟に考えることができるような気になった。
とにかく現状あの石眼をなんとかしなければならないことは言うまでもない、あの無敵の能力のおかげで健登はまともにメドゥーサと相対することすらできないのだ。
隙を突くのも難しい、裏をかくのも難しい、例え何か考え付いたとしてもそれを健登に伝える手段もない、まるで八方塞がりである……いや、隙を突くことはできる、弥命はそう考えた。
メドゥーサはこの戦いを“決闘”と言っていた。
つまりこれはメドゥーサにとっては他者を介入させることのない健登との一対一の勝負と言うことだ、それはここまでの戦いでヒュプノスが手をだしてこないことが証明していると言っていいだろう
メドゥーサにとってこの場に居るのは決闘者と“人質”だけだと思っているはず、弥命のことは戦力としてカウントしていないと言うことだ。
一対一の決闘?そんなことは知ったことではない、それはメドゥーサと紫が勝手に決めたこと、それに馬鹿正直に乗っている健登のことはまあちょっと「バカ」とは思うが、普段くそまじめな弥命もこと戦いにおいてはそうでもない、メドゥーサ同様如何に相手を騙し翻弄し隙を突くかを第一に考える、勝利するためにはどんな手でも使う、命のかかった戦いに卑怯も糞もないのだ。
つまりメドゥーサは弥命が攻撃をしてくるなどと思ってもいないはず、もちろんそれも想定して戦っている可能性もあるが成功する公算は高いはずだ。
あとはどんな攻撃をするべきかが問題だ、保健室で弥命がメドゥーサに対して放った一撃、あれはハッキリ言って並みの相手なら昏倒するレベルの雷撃であった。
場合によっては死んでしまってもおかしくない威力のものが直撃したにも拘らず、それをメドゥーサは何事もなかったかのように涼しげな顔をしていたのだ。
あれ以上の術をお見舞いするには、それ相応の時間をかけた術式を組まなければならないが今はそんな余裕もないし、だいたい手足が動かない今の状態ではどうすることもできない。
どうすればいい……健登を助ける為に石眼を防ぐ為に……眼を……塞ぐ……そうだっ!
「芳乃さん! わたしの胸の所に何枚かお札が入っていますのでそれを取り出してくれませんか?」
「え? あんたの胸って……間に挟んでんの?」
どこのゴーストスイーパーだよ、なんて芳乃が知っているわけがないからね。
「違いますっ! ふざけてるんですかっ!?」
「ごめんごめん冗談よ、胸のとこね……あぁ、なんか癖になりそうだわこの感触」
「ちょ芳乃さんっ! どこ触って……ぁん」
弥命の胸元に手を突っ込み弄る芳乃に、頬を染めながら変な声を上げる弥命。
まったくもってうらやまけしからんことをやっている女子高生二人には当然気づかず、健登はもう特攻をかけるより他に手はないかと考えていたのだが、動き出すより先にメドゥーサが口を開く。
「いつまでかくれんぼをしているつもりだ? なんなら瓦礫の山を片っ端から破壊してやろうか?」
また厄介なことを言い始めたぞ、このままでは身動きの取れない弥命や芳乃が巻き込まれる可能性がある。
やむを得ない、ここは残りの身代わり二つでメドゥーサに届くことに賭けるしかない、健登が飛び出した瞬間頭の中に声が響いた。
―― ……くん……守羽くんっ!! ――
これは?
「弥命、伝わったのっ? いいのねっ? やっちゃうわよっ!!」
「はいっ! 間違いなく伝わっていますっ! 今ですっ!!」
―― 雷光一閃 ――
健登がもう一度石となり元に戻った瞬間、芳乃は手にしていた五枚の呪符を健登とメドゥーサに向かって投げつける、二人の間で弥命の唱えた言葉と同時に五枚の呪符から眩い雷が爆音と共にほとばしった。




