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神器の巫女  作者: あぼのん
第二章 蛇姫神と迷い猫
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第15話 わたしはあなたが羨ましい、そしてあなたという女性のことが本当に尊敬できて憧れるの

 背中が痛い……なにか固い物にもたれ掛かっているらしい、弥命はぼんやりする意識で身体の位置を直そうとするが身体が思うように動かなかった。

 金縛りにも似たような感覚、意識や感覚はあるのだがまるで身体が言うことを聞かない全身が石になったようなそんな感覚……

 そこで弥命はハッとする、意識がしっかりしてきて目覚めるとまず自分の身体が無事か確認する

 やっぱり……弥命の身体は足の先からお腹の部分まで、手も肘の上辺りまでが石になっていてピクリとも動かなかった。

 とは言え、痛みもなく呼吸が苦しいということもなかったので、今の所生命活動には支障はないのだろうと安堵する。

 だいたいこんなに石化していて中はどうなっているのだろうか? 血管まで石になっていたらそれこそ人体に影響ありまくりな気もするが、そこはさすが神様の魔法である。

 さらに弥命は状況を確認しようと辺りを見回す。

 隣には同じように芳乃がコンクリートの柱にもたれ掛かるように眠っていた。

 どうやらなにかの工場らしい、天井の高く広いフロアーには様々な機械や重機が置かれてあるのだが使われていない様にも感じられた。

 つい最近閉じられた廃工場なのかもしれない、床も壁も天井も打ちっぱなしのコンクリートで、柱も同様にコンクリートだ、所々剥がれて鉄筋が剥き出しになっているものもある。

 なにより気になるのは何処からか切り出してきたのだろうか?岩の塊がそこら中に置かれている、この空間はメドゥーサの能力を生かすには最高の場所だと瞬時に理解した。

 どれくらいの時間気を失っていたのだろうか? 壁の上方に付いている窓を見るとまだ明るいのでそれほどの時間は経っていないのかもしれない。


「つっ……」


 それにしても背中が痛い、なにか出っ張っている部分に当たっているみたいで酷く痛む、もうちょっとちゃんとした所に置いてもらいたいものである。

 とにかくまずは芳乃を起こしてこの背中の痛みをなんとかしてもらおう。


「葭埜さん! 葭埜さんっ!! 起きて」


 弥命の声に小さく呻き声を上げて芳乃が目を覚ます。

 寝ぼけ眼でのろのろと起き上がると、隣に居る弥命の姿に気が付く。


「……あれ、姫宮?……なんであんた人んちにいるのよ?」


 どうやら自分の家だと思っているらしい。


「葭埜さんしっかりしてください、ここは家じゃないですよ」


 その言葉に芳乃はハッとし辺りを見回す。

 暫く黙ってなにか考えていたようだが、石になった両足を擦りながら取り乱すこともなく深い溜息を吐くと冷静に弥命に話しかけてきた。


「はぁぁぁぁ、やっぱ夢じゃなかったんだ……で、あんたも石にされちゃったの? その様子じゃまったく動けそうもないわね」

「はい、仰る通りでして……申し訳ないのですけど葭埜さん、動くことはできますか?」

「ん? まあなんとか、腕は動くから這うことくらいはできそうだけど?」


 弥命は芳乃に背中の痛みを説明してなんとかならないかと頼んでみる。


「あー、これね、なんか小石が挟まってたみたい、どう?」

「あっはい、楽になりました。ありがとうございます」


 そう言うと黙り込んでしまう二人、昨日の今日である、やはり気まずい。

 二人肩を並べたまま柱に寄りかかり別の方向を向いている、どちらからともなくチラッと横を見るとお互いの目が合い、また直ぐに目を逸らすと少し間を置いて二人は同時に噴き出した。


「ぷっ、あはははは、なによ姫宮」

「うふふふふ、葭埜さんこそ」


 なにが可笑しいのか、でも笑いが込み上げてきた、二人は苦しくて涙がでるくらいに笑い続けた。

 一頻り笑い終えると、涙を拭きながら芳乃が切り出す。


「はぁ~あ、なにが可笑しいのやら、本当にバカみたい」

「ほんと、バカみたいですねわたし達」

「んーん姫宮、バカはわたし一人だよ……」


 芳乃は地面に落ちている小石を拾うとポーンと投げる。

 前の重機に当たり、カンっと高い音を鳴らすとカラカラと地面に転がった。

 その様子を見つめながら、芳乃は静かに話し始める。


「もう知っていると思うけど、わたし、あいつと幼馴染なんだ」

「守羽くんですか?」

「うん、ずっとね……生まれた時には隣に住んでいて、幼稚園の頃からずーーっと同じ学校同じクラスで、あいつの顔を見ない日なんてないくらい、望んでもないのにずっと一緒だった」


 驚いた。


 幼稚園からずっと一緒だなんて、芳乃は自分の知らない健登のことをいっぱい知っているのだろう、それと同時に二人は自分の考えも及ばない絆で結ばれているのではないかと、一六年間なんてハンデがありすぎるじゃない、弥命はそんな気持ちになった。

 芳乃は少し不安げでいて寂しげな表情になる弥命には気が付かなかっただろう、そのまま話を続ける。


「わたしね、小学生の頃自分の名前が大っ嫌いだったんだ」

「どうしてですか ?すごく素敵な名前だと思います」


 お世辞でもなんでもなく弥命はそう思った。


「ふふ、ありがと。でもさ、やっぱ子供って残酷じゃん? 男子にすごくからかわれたのよ、苗字と名前が同じなんて変だって、それがすごく嫌だった」


 弥命はなんとなく自分がジミヒメと陰口を叩かれていた時の気持ちを思い出した。

 自分の名前はそんな名前ではないと、すごく嫌な気持ちになった。

 芳乃はそれを、親がくれた本当の名前を馬鹿にされていたのだ。


「ある時ね、クラスの男子にそのことでまたからかわれたの、そしたらあいつがそいつを怒鳴りつけたのよ、芳乃って名前のなにが変なんだって」

「守羽くんがですか? 昔から変わらないんですね」

「あいつそういうのを黙って見てられないのよ、あんたの時だってそうだったでしょ?」


 そう言えばあの時、教科書を捨てられた時に助けてくれたのは健登だけだとばかり思っていたけれど。


「わたしねすごく嬉しかったんだ、あいつがわたしの名前は変じゃないって言ってくれたのが、わたしの為に怒ってくれたのが」

「葭埜さん……葭埜さんって」


 なんだか健登の話をする芳乃の姿がとても嬉しそうで、楽しそうでいて……それに……弥命はどうしても聞かずにはいられなかった。


「守羽くんのことが好きなんですかっ?」


 芳乃は弥命を見つめると惚けたような顔になり、みるみるうちに真っ赤になる。


「な、なななな!?」


 そしてなぜか聞いた弥命も恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。


「あ、いや……その、ごめんなさい……守羽くんのことを話す葭埜さんがその、なんだかとても嬉しそうに話すなって思って」


 自分はそんな顔をしながら健登のことを話していたのかと、今更になって芳乃は恥ずかしくなる、それと同時に自分の本当の気持ちにようやく素直になれたような気もした。

 芳乃は凝り固まった身体をほぐす様に両手を上にあげ伸びをしながら言う。


「やっぱりそうなのかなぁー……んっ、正直わからなくなってたの、最近あいつと姫宮ずいぶんいい感じだったじゃない?」

「え? わたしと守羽くんがですかっ!! そ、そそそ、そんなことないですっ!!」

「いいのよ誤魔化さなくても、なんかさ仲良さそうなあんた達見てたらすんごいモヤモヤしてさ、ここん所ずっと嫌な感じだった。わたしたぶん嫉妬してたんだと思う」


 弥命はなにも言い返せずに真っ赤なまま俯いてしまう。

 まさか自分と健登がその様に周りから見られていたとは思いもしなかった。

 確かに健登と一緒にいるのは、一緒にお喋りをするのは楽しい、でも、その配慮のなさがこうやって芳乃を不安にさせていたのだと知った。


「でもね姫宮、それはあんた達の関係にじゃなくて、やっぱあんた自身に嫉妬してたんだと思う」

「え? わたしに? どうして?」

「やっぱ自覚ないわよねぇ……美人でいて頭もよくて運動神経も抜群おまけにお金持ち、なにをやらせても完璧にこなすパーフェクト女子高生に憧れない奴なんていないわよ」


 なんということでしょうっ!!

 まさか芳乃が自分のことをそんな風に思っていたなんて、寝耳に水、青天の霹靂、猫に小判、え? なに? わからない、全部合ってない気がする、弥命はあまりの驚きに変な声をあげあたふたする。


「んなぁうっ!! なに言っているんですか? わ、わわわ、わたしのどこが、そんな、そんなこと言ったら葭埜さんだって」

「わたし? わたしがなによ」

「よ、葭埜さんだって羨ましいですっ!!」


 なんでそうなるのか、弥命と比べたら自分なんてなんにもないそこいらにいる普通の小娘だ。

 しかも身の程もわきまえず、ただ憧れてだけいればいいものを、自分がそうはなれないからと羨み嫉妬する小さな女。

 そんな嫌な女を弥命の様な女性が羨ましいと思う理由がどこにあるというのか。


「なんであんたが、なんもない普通のあたしなんかを羨ましいと思うのよ」

「なんもなくなんてないです! わたしは葭埜さんが羨ましいですっ!! 友達もいっぱいいるし、昨日だって今日だって、困った時にはクラスの皆が助けてくれるくらい好かれているし、それに、困っている人を放っておけないのは葭埜さんも一緒ですっ!!」


 困っている人を放っておけない? そんなことを自分はしただろうか? メドゥーサにお弁当を買ってあげたことを言っているのだろうか? でもあれは違う、あれは決して善意からなんてものではない、助けた相手にまで指摘されたのだ、あれは自分の劣等感を慰めるためのもの、あれは偽善なのだ。


「わたしが? わたしはそんないい奴じゃないわよ、なんかやったんだとすればそんなの全部自分がいい気持になりたいからやっただけ、そんな……」

「違いますっ! 葭埜さんは優しい人なんです!! わたしバカでした。ずっと、あの時助けてくれたのは守羽くんだけだと思っていたけど、あの時葭埜さんがわたしの教科書をゴミ箱から拾い上げてくれていなかったら、守羽くんはあそこまで怒ってくれなかったかもしれませんっ!」


 そんなことを覚えていたのかこの娘……いいやあれは全然違う、あんなのは気まぐれでやったこと、決して弥命の為に弥命を助ける為にやったことではない。


「そんなの……気まぐれよ……」

「葭埜さん……気まぐれであんな勇気のあることなんてできないよ」


 弥命は悲しそうな目で芳乃のことを見つめてそう言った。

 なぜそれが勇気のあることなのか芳乃には理解できなかった。

 しかしそれは紛れもなく勇気ある行動であり、芳乃の優しさからくる行動であった。

 あの場にいたほとんどのクラスメイトが、弥命の教科書がゴミ箱に捨てられていたことには気づいていた。

 土屋葵が弥命のことをしょっちゅう苛めていたことは知っていたし、でも関わり合いにはなりたくなかった。

 あの場面でゴミ箱に捨ててあるなどと言えば、誰がやったか密告するようなものだ。

 そんな勇気ある行動があの場で賞賛されるか? 否、折角事を荒立てないように誰もが暗黙の了解で黙っていたのに、それを破る行為を芳乃はしたのだ。

 健登が勘違いして芳乃を怒ったからよかったものの、周りの友人もヤキモキしたであろう。


「わたしはあなたが羨ましい、そしてあなたという女性のことが本当に尊敬できて憧れるの……“芳乃さん”ありがとうあの時助けてくれて、そしてごめんなさいずっと言えなくて」

「なによそれ……話がむちゃくちゃ……わけわかんない……」

「いいんですむちゃくちゃでも、あなたがわたしのことを嫌いでも、わたしは芳乃さんのことを嫌いになんて絶対になりません」


 泣きそうな顔で微笑みながら弥命は芳乃のことを見つめた。

 芳乃は知らず知らず涙が溢れていた、弥命が自分のことを「芳乃」と名前で呼んだ、あんたのことを嫌いだと言った相手を……

 本当につまらない劣等感だった。

 身勝手で情けない嫉妬心。

 でもそれは誰もが他人に抱く自然な感情なのかもしれない、弥命だって一緒だったんだ、それを自分が受け入れることができるかどうかで、人は誰かに対して優しくなれるのかもしれない。

 芳乃は弥命に抱き着く、めいっぱい抱きしめて泣いた。


「嫌いなわけないじゃないっ! ごめんなさいっ! あんなこと言って、わたしあんたのこと……ごめんね弥命」


 弥命も涙を流し芳乃の気持ちを受け止める、腕が石になっていなければ自分も芳乃のことを目いっぱい抱きしめたかった。


 笑ったり泣いたりと忙しい二人の間には、もう言葉はいらないであろう


 今こうして友達になれた二人には……


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