第11話 こう見えてわたしも多少はその神様に通ずる力を持っていますので
やっぱりそれかよっ!
健登は心の中で毒づくと咄嗟に行動に出る、前回のアルレッキーノの一件でこういった場面には慣れているつもりだが、弥命とは違い神器を手にしていない自分はちょっと勘のいいだけの普通の男子高校生だ。
この少女がもしもアルレッキーノの様に凶悪な相手であった場合成す術もないだろう、それを瞬時に判断すると芳乃の手を掴みとにかくその場から逃げようとする。
「芳乃!話は後だっ!! とにかく今は俺を信じろっ! 走れっ!」
「な? なんなのよ急に、やだっ!離してよ」
しかし突然手を掴まれ嫌がる芳乃、訳の分からない事ばかりで芳乃はなにも受け入れたくないという気持ちになっていた。
「いいからっ! とにかくっ」
その瞬間、なにか大きな物がぶつかる様な衝撃音と共に健登の身体が真横に吹き飛ぶ、カーテンを巻き込みながら床を転がると台や椅子などをなぎ倒しそのまま壁に激突した。
健登は短く声を上げると床に突っ伏し呻き声をあげる。
「健登っ!? ゆうさちゃん、一体なにを?」
振り返ると大きな円柱状の石の柱が床から突き出していた。
これが健登の身体にぶつかったのであろう、柱はパキパキと音を立て灰の様に崩れ落ちると霧散して消えた。
「ゆうさではないと言っただろう、妾は誇り高きゴーゴン三姉妹が三女、石眼の魔女メドゥーサだっ!」
芳乃はようやく気が付く、“メドゥーサ”ギリシャ神話にでてくる頭髪は蛇であり睨んだ相手を石に変える目を持つというモンスター、英雄ペルセウスにより退治されたという話は誰でも知っているだろう。
しかしなんの冗談だと言うのか、昨日出会った少女が自分に魔法をかけてそして今健登を攻撃し、自分のことをメドゥーサだと言っている。
更にメドゥーサが手を翳すと天上や床から刃のような石が生えてくる、それらはメドゥーサに操られ空中に浮き健登に向けられている。
石を操る力、石眼の魔女と名乗るのも頷ける。
本当に今目の前にいるのは、空想上のモンスターだと思っていたメドゥーサなのだ。
「芳乃……逃げろ……」
呻くように芳乃に言う健登、なんとか膝を突き立ち上がろうとしている。
「やめてっ、お願い! なんでこんなことするの?健登がなにをしたっていうのよっ!」
「安心しろ殺しはしない、神器が取り出せなくなるからな、少し痛めつけてやって言うことを聞かせ易くするだけだ」
そう言うとメドゥーサは冷たい笑みを口元に浮かべた。
まるで感情のないモンスター、蛇のようなその笑みに芳乃はゾッとする
「抵抗したければするがよい、暴れてもかまわぬぞ、今この建物の中に居る者は妾達を除いて全員ヒュプノスによって眠らされておる、誰も気が付く者などいないからな」
ヒュプノス、これもギリシャ神話に出てくる眠りの神の名だ。
なんなのよもうっ! いつからわたし達は漫画の世界に入ってきちゃったのよ、わけがわからないっ! でも……やめさせなきゃ、この子が健登にやろうとしていることはとても酷いことだ、そんなことさせられない、止めなきゃっ!
芳乃はメドゥーサが石を操っている右手に飛びつく。
「やめてっ! 手段がどうであれ、あなたがわたしにしてくれたことは、わたしのことを思ってやってくれたことなんでしょ? そんな優しいあなたがどうしてこんな酷いことをするの? お願いだからやめてっ!!」
「離せ芳乃、これはそういう問題ではないのだ」
「嫌よっ! ゆうさちゃんっ!!あなたはこんなことしちゃいけないっ! わたしはあなたを止めないといけないのっ!!」
「なぜだっ!!」
メドゥーサは振りほどこうとするが芳乃は腕にしがみつき離れようとしない。
芳乃はメデューサを見上げると今にも泣きだしそうな悲しい顔で言う。
「だって! あなたはわたしの友達だもんっ! わたしの名前、芳乃って呼んでくれた。いい名前だって言ってくれた。だからもうあなたとわたしは友達なの、だから、友達が酷いことをするのなんて見過ごせないわ」
むちゃくちゃな理由だが、心からそう思った。
短い時間であったが、生意気な少女だなと思ったが嫌な時間ではなかった。
昨日のほんの小さな出来事であるが、あの時芳乃はメドゥーサと心を通わすことができたと、そんな気がしたのだ。
「とも……だちだと?くっ、芳乃……妾もそなたの事は嫌いではない、だがな芳乃、妾は神だ、人間であるおまえが神である妾の身体に……気安く……気安く触れるなあっ!!」
そう叫ぶとメドゥーサの右目が一瞬光る、直後芳乃はメドゥーサの身体から弾き飛ばされベッドの上に倒れ込んだ。
「芳乃っ! てめええええっ!」
健登は激怒しメドゥーサに飛びかかろうとする。
しかし、メドゥーサが腕を振り下ろすと石の刃が一斉に健登に襲い掛かった。
健登はそれを素晴らしい反射神経で幾つか躱すがやはり人間の能力の限界、左足脹脛と右脇腹に突き刺さる。
ダメージを受け、健登はその場にまた倒れる。
幾つかを躱されたことにメドゥーサは多少驚きはしたものの、血を流し倒れ込む健登を冷たい目で見下ろす。
「ちっきしょお……」
「ふん、短慮な小僧だ、さぞ痛かろう」
血の滲む脇腹を押さえ尚も立ち上がろうとする健登に、ベッドの上で気を持ち直した芳乃がまるで恐怖で震えるかのような声で言う。
「い……や……健登……どうしよう……わたし、足が……」
芳乃を見ると健登は戦慄した。
芳乃の両足は太腿のあたりまで衣類ごと石化していたのだ
身動きがとれず恐怖に慄く芳乃
「いや……助……けて……助けて健登おっ!!」
叫ぶのと同時健登は激昂しメドゥーサに飛びかかっていた。
「猪突猛進とはまさにこのことだな」
呆れ顔で呟き右手の平を健登に翳した瞬間、メドゥーサの足元に展開する魔法陣
これはっ!?
「姫宮っ!!」
健登が弥命を呼ぶのと同時、激しい雷がメドゥーサを襲った。
「はいっ! 守羽くんっ、わたしですっ! 遅くなりましたっ!!」
言いながら弥命がドアを蹴破り飛び込んでくる。
相変わらずアクションスター顔負けのすんげー動きをしますねこの娘は、正直かっけーよあんた……
飛び込んでくるなり弥命は健登の前でメドゥーサに立ちはだかり既に手にしていた剣を構える、どうやらメドゥーサにはなんの効果もなかったようだ、特段ダメージを受けたような様子もなく涼しい顔をして立っている。
「今なにかしたか小娘? 妾に雷を浴びせたいのであれば、北欧のトール神並みの威力を持ってして挑め」
「いったい何者ですかこの女の子は? あの一撃を喰らっても平気だなんて、結構ショックです。」
メドゥーサは余裕の笑みを浮かべるが内心おもしろくはなかった。
出来得る限り余計な人間を巻き込みたくはないと思っていたのに、正直今回の件はハーデウスに踊らされているような気がして気分が乗らないというのもあったが、とにかくこれは私怨で行っていること、健登と巫女を攫って神器を手に入れればそれで仕舞いのはずであった。
なにをしておるのだヒュプノスは、全員眠らせろと言ったはずだぞ。
「わたしが眠りに落ちていないことに驚いているみたいですね?」
弥命のその言葉にメドゥーサは眉を顰め奥歯を噛む。
「賢しい小娘だな、妾の心を見透かしたつもりか?少しは術に心得があるようだが、人間の操る術で神である妾に通用するとでも思うたか?」
「そうでもないですよ? こう見えてわたしも多少はその神様に通ずる力を持っていますので」
「なんだと?」
目の前で繰り広げられる舌戦を見つめながら、芳乃は次々と起こる非現実的なことにどうしていいかわからずにただ茫然としていた。
ていうか、なんで姫宮が……・てーかあのこ……なんて……なんて破廉恥な格好をしているのっ!
弥命の戦闘衣装である巫女装束は、本来の物と比べるとかなり肌の露出が多く、正直傍から見ているとけっこう恥ずかしい恰好であった。
それでも霊的装束であるが故、普通の鎧などを着こむよりも数段防御力が高いのは言うまでもない。と、メドゥーサと睨み合う弥命の横に並んで立つ健登。
弥命がその横顔を見ると、鬼神のごとき怒りの形相を浮かべている。
「姫宮、あいつだけは許せねえ、芳乃をあんな風にしたあいつだけは絶対に許さねえっ! 力を貸せっ!!」
見ると芳乃の足が石にされていることに弥命は気が付く、そういうことかこれで健登が激怒しているのだ。
でも、そんな冷静さを欠いた状態で、まだ相手の実力も解らないのに神器を使うのは……
そんな弥命の考えもお構いなしに、健登は弥命の腰に手を廻し抱き寄せると胸元へ手を伸ばす、その姿を見て芳乃は絶句した。
「行くぞ姫宮っ! あいつをブッ飛ばす」
「守羽くん、今はだめ……ぁ」
弥命の頬が上気し、熱い吐息を漏らすと胸の中心が淡く輝きだす。
そこから眩い光が溢れだすと共に、刀の柄の部分が飛び出すと健登はそれを掴み一気に引き抜いた。
その姿を見たメドゥーサが感嘆の声を漏らす。
「なんと……美しい」
刀身から鍔、柄の部分まで全て真っ白なその剣はまるで穢れを知らない純真無垢。
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メドゥーサはその清純な純白の乙女のような美しさに心を奪われた。
恍惚の笑みを浮かべると健登と弥命に言う。
「そうかおまえが姫巫女であったのか、探す手間が省けたぞ、そして今妾の目の前でそれを解放して見せるとは、小僧っ! それを寄こせええええええええっ!!」
「おまえこそっ! 芳乃を元に戻しやがれえええええっ!!」
叫ぶのと同時健登の身体を風が覆い、漆黒の鎧が身を包んだ。
一階保健室の窓を突き破り中庭へと飛び出す二つの影、真っ黒な具足に身を包んだ健登と、真っ白なワンピースに身を包んだメドゥーサ。
メドゥーサの操る魔法で地面から現れる石の刃を、次々と健登は打ち払い二人は凄まじいスピードで戦闘を繰り広げている。
保健室に残された弥命と芳乃だが、こうなってしまった以上メドゥーサのことは健登に任せるしかない。
今はとにかく芳乃の身を安全な場所へと移動させて今後のことを考えないと、弥命は水谷に連絡を取ろうとするが携帯は教室に置いてきてしまっている。
「葭埜さんっ! 待っていてください、すぐに救援を呼んで……葭埜さん?」
振り返ると黙って自分を睨み付ける芳乃の姿に弥命は物怖じしてしまう。
「なんなのよあんた達……おかしいと思ってたのよ、あの日以来あんた達の様子が変わったからどうしたんだろう? って……わたし、てっきりあんた達が付き合い始めたんだとばかり思ってた……それなのに、なによこれ……」
芳乃はあの怒りの眼で、憎しみの眼で弥命を見据えると叫んだ。
「あんた健登になにしたのよっ!! あんな、あんなことを……わたしは知らない、あんなことをする健登のことを知らないっ! あんなのおかしいよ……普通じゃないよっ!」
「葭埜さん……違うのあれは……」
いや、違わない……あれは健登の本当の姿ではない。
あの日、自分と関わってしまった所為で健登は今また戦いを余儀なくされている、そして芳乃までも、また関係のない生徒を巻き込んでしまっている。
普通の学校生活を送り始めて忘れていた。
自分の置かれている立場というものを、今のこの平穏な日常は気を抜くとすぐに瓦解してしまう仮初めのものであるということを。
いくら健登が望んだ事とは言え本来あってはならないこと、芳乃はこの非現実的な出来事に関わっている健登の身を案じて怒っているのだ。
「葭埜さん……ごめんなさ」
言いかけると、唐突に頭の中に流れる歌……歌?
『~♪ 私の魔法が効かないなんてちょっと驚いたわ、あなたが神器の姫巫女だったのね♪ 胸の神器が守ってくれたのかしら?』
歌と一緒に語りかけてくる女の声。
「何者ですか? こんな幻術に引っ掛かるほど甘くは……」
なに? ひどい眠気が……芳乃を見るとベッドへと横になり眠りに落ちてしまっている。
しまった……これは先程よりも強い力で眠りへと誘う、ダメだ抗わないとっ!
「くっ……うぅ」
弥命はなんとか眠りに落ちまいと自分の太腿へ手にしていた刀を突き立てる、傷口から血が滲み痛みでなんとか覚醒する。
『まあ、痛々しいわね。ダメよ、女の子が自ら肌に傷を付けるなんて、痕が残ってしまったらどうするの?』
「姿を見せなさいっ! 卑怯者!」
『神に向かってなんて恐れ多いことを言うのかしら、まあいいわ見せてあげる、夢の中でね……さあ、口づけを交わしましょうか』
ハッとすると目の前に現れる女の姿、年の頃は自分と同じくらいであろうか、左目の下に泣き黒子、金色の美しい髪を左へお下げに結っている。
抵抗する間もなくヒュプノスが唇を重ねると弥命は深い眠りに落ちて行った。
「眠りは救い、それは全ての痛みや苦しみから解放させてくれる安らかな……死」




