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神器の巫女  作者: あぼのん
第二章 蛇姫神と迷い猫
30/124

第9話 どうして姫宮なのよ……

 悪夢を見た。


 大きな三面鏡の前で女が白粉を塗っている。

 何度も何度も何度も何度も重ね塗りして、厚く厚くしていく。

 その内に自分の本当の顔がわからなくなってしまうが、それでもまだ足りないこれでは足りないのだとどんどん上塗りしていく。

 そして鏡に映るその姿は真っ白な、なにもない真っ白な存在へと変貌してしまった。

 おかしいこんな姿を望んだのではない、焦って唇に紅を引き頬紅を叩く、真っ白に塗りたくってしまったので全然色が映えない。

 もっと強くもっと濃く、頬紅を叩きつけていると白粉にヒビが入り、次第にポロポロと剥がれてくる。

 これはいけないと顔を押さえるが止められない、ポロポロ、ボロボロと皮が剥がれていくかのように白粉が崩れ落ちて行く。

 止まらない、止められない、半狂乱になりながら崩れ落ちて行く顔の破片を拾い集め戻そうと顔を上げると女は悲鳴を上げた。


 鏡に映るその姿は一匹の醜い蛇であった。




 なんという夢を見たのであろう、完全にホラーな悪夢を見て最悪の気分で目覚める芳乃、スマホを見ると午前6時45分であった。

 寝覚めは悪いがちょうどいい時間なので、そのままモゾモゾとベッドから抜け出し洗面所へと向かう。

 洗面台の鏡を覗き込むと酷い顔、肩まで伸ばした明るめに染めている頭もボサボサで、かえってむさ苦しい感じになっている。

 なんだかちょっと熱っぽい気がする、風邪でもひいたかと歯ブラシを咥えながらおでこに手を置くがよくわからない。

 あの日にはまだ早いし、言うほど体調が悪いわけでもないのでとりあえず学校には行くことにする、念のため生理用品は多めに持って行っておこう。

 リビングに行くと父が新聞を広げて朝食を食べていた。

 母が食べるか読むかどっちかにしてと怒っている、毎朝毎朝よくも飽きずに同じことを繰り返せるものだ。

 芳乃は台所に行き冷蔵庫を開けると牛乳を取り出してカップに注ぐ、電子レンジで温めてそれをテーブルに持っていくと用意してあったトーストを齧った。


「芳乃ーお姉ちゃんはー?」


 母が台所の奥から聞いてくる


「知らなーい、まだ寝てるんでしょー」


 大学生って朝が余裕で羨ましいな、そんなことを思いながらテレビをぼーっと眺めた。

 朝のワイドショーではなにやら世界経済悪化で大変なことになっているらしいと、政権与党の経済政策失敗だのなんだのと勝手なことをコメンテーター達がのたまっている。

 新聞を読んでいた父が大きな溜息を吐き、「だったらおまえらがなんとかしてくれよ」とボヤいていた。

 芳乃はそんな父を後目に、朝食を食べ終えると「ごちそうさま」と言い、食器を流しに持って行くと部屋に着替えに戻った。


 7時50分、今日は余裕だなと玄関から出ると隣から大きな声が響く。


「おにいー早くーっ!」

「うるせーなぁっ、先に行ってていいって言っただろー」

「なんだよー、かわいい妹が一緒に駅まで行ってやるって言ってるのにその言い草はー、あっ!しのっちおはよー」


 湊真は芳乃に気が付くとブンブンと手を振り廻しながら挨拶をしてきた。


「おはよう湊真、相変わらず朝からうるさいわねあんた」

「元気がわたしのチャームポイントだからねっ! おにぃー早くしてっ! しのっちも待ってるよっ!!」


 待ってない!


 たまたま同じタイミングで出てきただけ、この娘は小さい頃からこうである。

 そうしている内に奥からのろのろと面倒臭そうに健登が出てきて芳乃と目が合う、その瞬間芳乃はなにやら胸の真ん中が熱くなったような感じがする、鼓動が早くなり身体が火照るような。

 

 こいつを見た瞬間……いやいや気のせいだ


 やっぱり風邪なのかもしれない、今日はもう途中で体調が悪くなったら早退することにしよう。


「なんだ、おまえも今からかよ」

「そうよ、悪い?」

「可愛げねーなぁ、ちったぁ笑顔でおはようくらい言えねーのかよ?」

「あらそれはごめんなさい、どうせ可愛くないですからわたし」

「そんなことないない、しのっちはかわいー」


 朝から険悪なムードで結局三人連れ立って駅へと向かうことになった。


 芳乃と湊真が楽しそうにお喋りをする後ろを少し離れて健登が付いて行く、そう言えばこうやって一緒に登校するのなんて久しぶりだなと健登は思った。

 たまに今日みたいに玄関先で鉢合わせることはあるが、いつも芳乃がサッサと行ってしまうのでこんな風に同じ歩調で行くことなんて小学校以来かもしれない。

 なんだかよくわからんが中学に上がるか上がらないかくらいの頃から、妙に気まずい雰囲気になり始めたのも原因の一つだ。

 確かその頃からである、芳乃が自分の事を「守羽」と呼ぶようになったのは、まあいいやと思い自分もそれから「葭埜」と呼ぶようになった。

「葭埜」と「芳乃」同じ読みだがイントネーションが違う、初めの頃は使い分けに苦労したものである。


 そういやこいつ、昔はやたらこの名前嫌がってたよなぁ……



 駅に着くと湊真は反対方向なので向いのホームの階段を上がっていく、ここから二人になるわけだがなんだか異常に気まずい空気に、健登はどうしたものかと思ってしまう。

 こいつもなんだか居心地の悪そうな感じだし、いつからこんな風になってしまったのだろうか。

 無言でホームに並んで立ち、電車が来ると一緒に乗る。

 芳乃はスマホを取り出しなんかやってる、付かず離れず、なんで一緒に居るのかすらわからない

 学校までの3駅が異常に長く感じる、こういう時に限ってどちらの友達にも遭遇しないのはなぜなんだろう。

 駅に電車が着くと一緒に降り一定の距離を保ったまま同じ速度で歩く。

 今更別々に行くのも変だしどちらかが友達に掴まればいいのにと思うがやっぱり会わない、こんなにも精神を削る登校は初めてである、エクストリーム登校よりも確実に疲れる。

 程なくして学校が見えてくると、校門から少し離れたところに止る見慣れた車があった。


 弥命である。


 健登はなんだかホッとしてしまった。

 車のドアを開ける水谷が、ポニーテールなので朱音の方だろうどうやら復帰したらしい、健登に気が付き小さく手を振ってきたので健登も小さく手を振り返す。


 ふと横を見るとなにやら芳乃が不機嫌な様子、なんで?


 そして車から弥命が降りてきて挨拶をするのだが、芳乃の存在に気が付くと少し躊躇した後芳乃にも挨拶をする。


「おはようございます守羽くん……と……葭埜……さん」

「おう、おはよう姫宮」

「おは……よう……」


 一応返事は返すが小さな声で弥命とは視線を合わせないままの芳乃と、なぜか俯き加減で暗い顔の弥命を健登は不審に思う。


「なんだよ、朝から暗いなおまえら、喧嘩でもしてんのか?」

「べつに、そんじゃわたし先に行くから」


 そう言うと芳乃は走って行ってしまった。

 なんなんだと思いつつも健登は、たぶんこいつら二人の間になんかあったんだろうなと思い、まあこれもまた青春なんて暢気に考えた。

 こういうことは当人同士で解決させるのもまた、弥命を一人前の普通の女子高生にする為に必要だと思い、余計な口出しはしまいと心に決めるのであった。


「一緒に行けばいいのに変な奴だなあいつ、なあ姫宮?」

「え? ええ、そうですね……」


 なんだか上の空の弥命を他所に、水谷と少し話をして教室へと向かった。




「ねえねえ見た見た~? あの二人、同伴出勤ですよ~」


 にやにやといやらしい笑みを浮かべながら芳乃の席に来て話しかけてくる友人。

 教室まで一緒に来た健登と弥命のことを言っているのだろう、芳乃は知らん顔をしながら。


 “出勤”じゃねーし、てーか途中まで同伴していたのは自分だ、まあ同伴なんて呼べるものではなかったが、なんて思いながらスマホをいじり続けている。


「もうー芳乃ー、聞いてるのー?」

「聞いてない、そんな下らないこと」

「なに怒ってんのよー、やっぱ気にしてんじゃない」


 またその話か、もううんざりだ。ここ最近ずーっとそのことで煩わしい思いをしてきたのだ。おかげで昨日は姫宮と険悪なムードになるわ、変な少女に説教されるわ悪夢を見るわで、もういい加減にしてほしい。


「はぁ~、はいはいわかったわかった、もうその話はやめて」


 芳乃は呆れながら友人に返すが、なんだかとても息が苦しい。


「ねえ芳乃? あんたなんか顔赤くない? 熱でもある?」


 先程までふざけ半分にちょっかいを出してきていた友人も、芳乃の様子に気が付き心配そうに顔を覗き込んできて額に手を当てる。

 そう言われるとちょっと顔が火照っているような気もするけど。


「なんだか熱い気がする、やっぱり熱があるのかも」

「大丈夫……ちょっと朝から体調が……わる……いの」


 そう言うと芳乃は机に突っ伏してしまう、胸が締め付けられるように苦しい。

 息も途切れ途切れ、体中がすごく熱い、やっぱり休めばよかったかもと思う。


「芳乃っ? 大丈夫? 保健室に行く?」

「はぁはぁ……んー、やっぱわたし早退する」

「すごい苦しそうよ? 一旦保健室に行った方がいいんじゃない?」

「んー、そうしたほうがいいのかしら?」


 頭がぼーっとしてきて上手く思考が回らない、だめだ帰らなきゃ今日はもう無理、芳乃は正常な思考ができなくなっているらしい、鞄を手に取るとふらふらと立ち上がり教室後方のドアまで行こうとするがそのまま倒れ込んでしまった。


「きゃああああ、芳乃っ! 誰かっ! 芳乃がどうしようっ!!」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 なんだか懐かしい感じがする、すごく暖かくて上下にゆっくりと揺れるこの感覚が妙に心地よい

 こんな感じ、ずっと昔にもあったような気がする……


 そうかこの感じ……


「ん……たけと……」


 芳乃は薄く目を開けるとその横顔を見つめ呟く。


「どうした? もうすぐ保健室だからな」


 自分の名前を呼ばれ意識があることにちょっとホっとする健登は、芳乃を背中におぶりながら慎重に階段を降りる。


 教室で倒れてしまった芳乃だが、友人の悲鳴にすぐ反応したのが健登だった。


「どうしたっ! なにがあったんだ? 芳乃っ!? なんだ? 一体どうしたんだおいっ!!保健委員はっ? 田中さん! いねえっ!!」


 倒れているのが芳乃だと気が付くと酷く焦りあたふたする健登。

 隣の席の田中さんはまだ登校していない、どうしようどうしようと慌てふためき喚きたてている。


「くそおっ! そうだっ保健室に、日直は誰だっ!? 俺だっ!!」


 と、一人コントをかましている健登に「いいから早く連れて行けっ!」と、その場にいたクラスメイト全員に突っ込みを入れられ、正気に戻ると芳乃を背負い教室を出たのだった。

 友人が一緒に行こうか?と心配するも、保健室にそんなにゾロゾロ連れ立って行くのも迷惑だし、なによりチャ~ンスと思ったので「あとは任せたわよ!色々とやっちゃいなさい」と親指を立てながら健登を送り出した。


 保健室に着くと健登は両手が塞がっているので足でドアを開けて中に入る。


「せんせーい、急患でーい」


 ところが保険医の姿は見えない、とにかく先生を呼んでこないと、健登は芳乃をベッドに連れて行き横にさせると顔を心配そうに覗き込む、呼吸が非常に荒い、頬に手を当てると酷く熱い。


「おい、芳乃? 大丈夫か? すぐ先生呼んでくるからな」


 そう言って職員室に行こうとすると、ぐいっと手を掴まれる。


「待って……はぁはぁ……行かないでたけと」


 苦しそうに息を乱しながら身体を起こし、健登の腕を掴むと行かないでくれと甘えるように懇願する芳乃。

 その眼は潤みを帯び、頬は上気し唇も紅を引いているように赤い。


「な、なんだよ、苦しいのか?わかった、とりあえず氷持ってくるから手を」

「だめっ」


 そう言うと芳乃は健登の腕を強引に引っ張りベッドへと引き倒す、そのまま上になるとじっと健登の顔を見つめた。


「ねえ、たけと……」


 なんだか妙に色っぽい声で誘惑するかのように健登の名を呼ぶと、胸元に指を立てくるくると撫でるように這わす。


「ど、どどど、どうしたんだ芳乃?」

「うれしい、名前で呼んでくれるのなんて久しぶりね」


 はあ?


 なにを言い出すのだ急にこいつは、なんだ天変地異の前触れか? 入梅する前に冬が来たのか? 雪でも降るのか? なんだこれ? 怖いっ!!


「ねえたけと、わたしたちって……いつからこうなっちゃったのかな?」

「こ、こうなっちゃったって、な、なにが? てーか、この状態にならついさっきなりましたけど……やばくない?」


 保健室で男女二人きり、なぜか頬を赤らめ息を乱した女子が男子をベッドに押し倒しているかのように見えるこの状況を、誰かに見られでもしたら言い訳もできないであろう。


「と、とにかく一旦落ち着きませんか芳乃さん?」

「どうして? そんなにわたしのこと嫌い?」

「いや、嫌いではないけど」

「じゃあ、好きなの?」


 いったいどうしたと言うのか、これはひょっとしてからかわれているのか?

 実は芳乃が倒れる所から全部演技で、これから俺がどういう反応をするのかを皆で隠れて見ているのか?

 いやいやいやそんな悪趣味なことをする意味がわからない、大体そんな役をこの芳乃が買って出るわけがない。


「ねぇん、たけとぉ……すごく熱いの……汗かいちゃったぁ」


 甘ったるい声でそう言うと芳乃はおもむろに胸元のリボンを緩め、制服の前ボタンを一つ、一つ、外し始める。

 芳乃の慎ましやかな胸元がはだけると、チラっと下着が見えた。

 健登はどこを見ればいいのやら動揺して完全に目が泳ぐ、てーか固まってしまったまま動けない

 芳乃の吐息を間近で感じる、甘い女の匂いに健登は生唾を飲み込む。


 いかんいかんいかんいかんっ!! 俺は何を動揺しているのだ

 これはまずいっ! 非常にまずい状況だっ!!なんとか落ち着かせないと

 そういや前におじさんが酔っぱらった時に、うちの娘を嫁に貰ってくれとか言ってたような

 まさか既成事実を作ろうとしているのかっ!?

 いや違う、あれはおじさんが勝手に言っただけで、あん時のあいつ激怒しておじさんのことぶっ飛ばしてたし


 完全にパニくっていると芳乃は健登の手を取り、そっと胸に押し当てる。

 あっ……柔らかい、見た目よりもあるんだな……なんて冷静に思ってしまう。


 ―― キーンコーンカーンコーン ――


 始業の鐘が鳴っている間二人はそのままの状態でじっと見つめ合う。

 そして鐘が鳴り終えると、静かに芳乃が言う。


「いいよ……わたしは」


 な、なにがですかっ!? なんで先生来ないの? 仕事してくださいっ!

 やばい、とにかく落ち着け俺、芳乃より先にまず俺が落ち着けっ!! そしておまえも落ち着けえええええっ!!


「芳乃っ! 待てっ! 俺が悪かった! とりあえず話し合おう! おまえどうかしてるぞ? おまえらしくないぞこんなのっ!」


 健登のその言葉に芳乃は突然黙り込む、俯いて馬乗りになり暫くその状態が続くとふるふる震えだし掠れた声で言う。


「しいって……わたしらしいって……なに?」

「芳乃?」


 ぽつぽつと健登の胸元に落ちてくる滴、芳乃の涙がシャツを濡らし滲む。

 芳乃は突然顔を上げると大粒の涙を流したままキッと健登を睨みつけ叫ぶ。


「わたしらしいってなによっ! 教えてっ! わたしにはわたしらしさってのがわからないっ!! わからないわからないわからないっ!! ずっと、ずっと我慢してきたのに……私の方がずっと近くにいたじゃないっ!! わたしはずっと前から……どうして……どうして姫宮なのよ……」


 そう言って、また黙り込んでしまう。

 健登はゆっくりと身体を起こし、跨る芳乃を降ろすと笑顔で芳乃に話しかける。


「なんだよ、やっぱ姫宮となんかあったのか? よかったら話してみろよ、俺が姫宮に」


 パァンッ!!


 瞬間、保健室に響き渡る音。

 左頬を芳乃に叩かれて呆然とする健登、次第にジンジンと打たれた頬が熱くなり我に返る。


「なっ!? なにすんっ」


 先程までとは打って変わって冷たい目で健登を睨みつけ芳乃は静かに言い放った。


「最低……」


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