第8話 情けない声で笑うな愚か者っ!!
駐輪場の縁石に腰掛け少女はフォークに刺したからあげを頬張っていた。
店のレンジでほかほかに温めたからあげ弁当を、なんとも美味しそうに食べる少女の姿に芳乃はまた泣けてきた。
「ううう、辛かったわよね。さあ遠慮しないで、このジュースもお飲みなさい」
「ふむ、すまんな」
そう言うと少女は笑顔で受け取り、500㎜パックの葡萄ジュースにストローを挿しチューチューと吸い上げる姿はなんともキュートである。
もう皆さんはお気づきだろうがこの少女はメドゥーサである。
なぜこんなことをしているのかって?
話は二週間前に遡る。
ハーデウスの家に来てから一週間、メドゥーサはPCというおもちゃを与えられ、インターネットという外に出なくても外界と繋がることのできるツールを手に入れたことにより、完璧なヒキニートになっていた。
その生活たるや完全に昼夜逆転、朝チュンおやすみそして夕方頃にモゾモゾと起き出すとまずPCの電源を入れる。
起動するまでの間に冷蔵庫に飲み物とアイスを取りに行き、また部屋に戻るとPCの前に座りそれらを食しながらまずは適当なまとめサイトを巡回する。
「そう言えば、入渠させていた艦娘はどうなったか?」
当然人気オンラインゲームもやっている。
メドゥーサの順応性たるや目覚ましいもので、三日もしないうちにインターネットの世界を理解しネットマナーも完璧に習得、日本語と文字はなぜか最初から読めたのでネット用語も流暢に操れるようなっていた。
一応リアル世界の歴史や文化なども一通りネットで見て頭には入れておいた。
とりあえず、帝国軍の辿った運命とドイツの科学力が世界一だと言うことも理解した。
ただ一つ気に食わなかったのは、ウィキで自分のことを調べた時のことである。
先頭にでてくるあの絵はなんだ?某声優の杉○智○みたいな顔をしているこれが妾だと? なんともふざけた絵である、これを描いた画家は余程の下手くそか眼の見えない者であったのだろう。
そしてもうひとつ、その名を見た時にメドゥーサは激昂した。
「やはりあの女が黒幕かああああっ! 憎きアテナめえええっ! あの人間の男を手引きし妾の首を刎ねさせただけでは飽き足らず革に括り付けて盾にしただとおおおっ!!」
その後ろで漫画を読んでいたタナトスが一瞬にやりとする。
「タナトス、おまえ今笑ったな?」
「笑ってない」
「いいや、笑った。というか、ここにはハーデウスもあの事に一役買っているように書いてあるのだが、おまえは知っていたのか?」
そう言われるとタナトスは明後日の方向を向きながら答える。
「なんのこと? 知らない」
「本当だろうな? 妾の眼を見て言え」
「やだ、石にする気だろ」
冷や汗を垂らしながら誤魔化すタナトスだったが、まあ過ぎたことをぐずぐず言っていても仕方がないので、メドゥーサはニュースサイトへと行き目ぼしいニュースに目を通す。
そこで目に飛び込んできたトップニュースがメドゥーサ達の運命を大きく変えた。
「E……U……解体?」
取引が始まるとその日の内に世界中の株価が大暴落、有価証券は紙切れへと変わり世界的大恐慌が巻き起こるのではないかと政財界の人間のみならず誰もが戦々恐々としていた。
そしてその世界を震撼させるニュースから2~3日もしない内に、中小企業のみならず様々な大企業が次々と、経営困難に陥っていることをこのタイミングで明かす。
これはもう世界中が大パニックである、ハーデウスもそれに伴い毎日忙しそうにどこかに電話をしたり、メールのやりとりをしたりしていたのだが、突然それをパタリとやめてしまった。
そして、メドゥーサ、ヒュプノス、タナトスの三人をリビングに集めると一言。
「飽きた」
そう言って、全ての財産を売却して暴落した株の損益を清算し残った財産で六畳一間のボロアパートを借りてくると、「ここが今日から我らが城だ」と三人に告げる。
これにはさすがの双子神も渋い顔をして。
「ハーデウス様がこんな甲斐性なしだったなんて……」
金髪のヒュプノスが言う。
「これは酷い、こんなところに4人もすし詰めでプライバシーもなにもない」
銀髪のタナトスが言う。
「妾はネット環境さえ整っておればどこでもよいぞ」
あれ? メドゥーサちゃん?
最初は10畳の部屋ですら狭いと喚いていたのに、ネットの依存性の怖ろしさをハーデウスは痛感した。
メドゥーサのPCは一度売ろうとしたら石にされて砕かれそうになったので、それから売るのはやめた。
一応ネット代くらいは払えるので問題ないのだが、その分一日一回ご飯の回数を減らしてもらいます。
とまあ、そんなこんなでハーデウスと愉快な仲間達の極貧生活が始まったわけである。
それにしても育ち盛りのメドゥーサにとって、一日一食乃至二食の生活というのはやはり辛いもので、2~3日前にコンビニ店員がお弁当を大量に捨てているのをたまたま見かけ、まだ十分に食べられるものを捨てるなんてもったいないと、空腹を満たす為にこうしてゴミを漁りに来ていたのだ、おかげで図らずもヒキコモリ生活を脱却できたわけである。
「ふぅ、馳走になったな。なかなか美味であったぞ、このカラアゲベントウなるものは」
「それはお粗末さまでした」
それにしてもまあずいぶんと傲岸不遜な態度の娘だなと思いながらも、お腹がいっぱいになり満足そうにしているメドゥーサの姿に芳乃は安心した。
「わたしは葭埜芳乃って言うの、あなたお名前は?」
「よしの……よしの? ふむ、芳乃か、良い名だな。妾はゴーゴン三姉妹が三女、名はメドゥーサだ」
「ごうごん? めど……ゆうさ? お姉さんがいるの?お父さんとお母さんは?」
どうやらこの、ゆうさちゃん?という少女には姉妹がいるらしいと言うことはわかった。
ということはその姉妹達も同じような境遇にあるのかもしれない。
それにしてもこんなかわいらしい娘にこんな仕打ちをするなんてなんという親なのだろうか、芳乃が腹立たしく思っていると。
「父? 母? 知らぬな、そもそも妾にそんなものはおらぬ。姉達はどこでなにをしておるのやら、妾と違って不死であったのだから、どこかで呑気に暮らしておるのかもしれんな」
途中なにを言っているのかはよくわからなかったが、両親はいないのだろうそして姉達とも生き別れの状態にあるらしい。
ということは、今この子は施設にでも入っているのだろうか?そこでご飯を食べさせて貰えていないということ? そうだとしたらもうこの子の頼れるところはどこにあると言うのか。
「あなた、今はどこに住んでいるの?」
「あれやこれやとうるさい娘だな、今は故あって古い知人の男の元に身を寄せておるのだ」
古い知人ってまだ十年くらいしか生きていないだろうに、しかし施設や親戚ではなく男の所というのはどういうことだろう、芳乃は聞けば聞くほどにこの少女の境遇が不憫に思えてしまう。
しかしながらよくよく落ち着いて少女を見ると、食事をとらせてもらえていないと言うほど痩せてもいないし、それどころか艶のある肌はとても健康そうに見える。
ノースリーブのワンピースから見える腕や、顔、足などにも身体的虐待を受けているような跡は見られないし、なによりもすごく生き生きしていると言うか、この自信に満ち溢れた少女の姿になぜだか芳乃は今の自分の方がよっぽど惨めに思えてしまった。
どうやら取り越し苦労かもしれない、そう思うと自分はいったいこんな所でなにをやっているのだろう、不意にそう考えてしまい芳乃は深い溜息を吐く。
「どうした? ずいぶんと辛気臭い溜息を吐いて、なにか悩みでもあるのか?」
こんな小さな少女にまで心配される始末だ、よっぽど暗い雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
「アハハ、やっぱわかる?」
「そうだな、先程からのおまえの様子を見ていればなんとなくな。見ず知らずの妾にこれほどまでに尽くすのも、内にあるモノを誤魔化す為であろう。他人を憐み尽くすことで己を上に見せたいと……余程自分に自信がないのか、不憫なものだな」
なんという物言いをする子供なのか、年上に向かってご飯を御馳走になった相手に向かって言うことであろうか、さすがの芳乃も子供相手とは言えムっとして言い返す。
「随分な物言いねさっきから。一応あなたより年上なのよわたし」
「歳の問題ではなかろう。大体それを言ってしまうと妾とおまえでは比較にもならんぞ、まあこんな形をしていては無理もないか」
なんだろう? たかが子供の言うことと聞き流せない説得力がこの少女からは感じられる。
「どうだ? 馳走になった礼におまえの悩み、聞いてやらんでもないぞ」
「はあ? なにそれ? お生憎さま、子供に相談する程落ちぶれてはいないわよ」
「まあそう言うな、これでも妾はおまえに感謝しておるのだぞ芳乃。子供と侮られるのは癪だが、であれば道端の石ころにでも話しかけるつもりで言うてみよ」
芳乃はいつの間にかこの少女の言葉に耳を傾け納得してしまっていた。
そうだな、内に溜めてモヤモヤしているよりも言葉にだしてスッキリしたほうがいいかもしれない、それに何も知らない子供相手だ理解もできないだろう。
そう思うと芳乃は先程あった出来事を話し始める、もちろん健登への気持ちは隠したまま、ただあったことをそのまま説明した。
それをメドゥーサは真剣に、芳乃の話す言葉を一つも聞き零すまいとするかのように聞いている、話が終わり暫く無言のままの二人、メドゥーサはなにやら考え込んでいたが唐突に切り出した。
「なるほどな……つまりは単なる色恋沙汰の話か」
なっ?
なんという身も蓋もない言い方をするのだろうか。
それも、この少女にとっては“単なる”と切り捨てる程度のことらしい、てーかなんでわかった?上手くその部分は隠したと思ったのに、まあたしかに他人にとってはくだらない話なのかもしれない、それでも自分は真剣に悩んでいたのだ。
ずっと打ち明けられない思いと劣等感、それを認めたくなくて自分が傷つきたくないから相手を傷つけて、でもそれを後から後悔して、罪滅ぼしのつもりか今見ず知らずの少女を助けることにより自己満足を得ている。
いや違う、自分より弱い立場の者に情けをかけることで優越感に浸りたかったのだ。
そしてこんな小さな女の子にさえも、そんな醜い胸の内を見透かされていた。
情けない、恥ずかしい、そう思うと本当に惨めな気持ちになってくる。
「あーあ、なんなんだろうほんと……ほんとにダメだわ、わたしって最低だ」
空を見上げ情けない笑い声をあげる、それを見てメドゥーサはすくっと立ち上がると芳乃の前に仁王立ちして言い放つ。
「情けない声で笑うな愚か者っ!! そんな姿を見せても誰も同情などしてはくれぬぞ、よいか? 自分自身を卑下し貶めるそれほど醜い女はない、それは姿形ではなく心が醜いのだ。わかるか? 心が醜くなるといずれ容姿もそれ相応になってしまう、いい女というものは心も美しいものだ、いつだって自信に満ち溢れ決して後悔などはしない、いい女であり男を魅了したいのであれば身も心も美しくあれっ! それを理解できぬ者が多すぎる」
一体この少女は何者なのだ? ここまで自信満々に言い放つとは、そしてその内容も突っ込みどころ満載のような気がするのになにか説得力がある。
それにしても自分よりも年下の、しかも小学生くらいの女の子に説教されてしまうとは、なにも言い返せず芳乃は黙り込んでしまった。
「なにを惚けているのだ?」
「いや、びっくりしたのよ、あんたなんなの?」
「妾は妾だ」
自信満々の笑みを浮かべ自分を見つめるメドゥーサ。
自分は自分だと言い切れる女がどれほどいるのだろう、きっとこの少女は小さいながらも強い信念を持ち揺るがない自分像を持っているのに違いない。
それはまだ世間を知らない子供だからとか、そういったことではないのだろう。
この少女は幼いながらに自分自身を真っ直ぐに見つめ、良いも悪いも真っ当に評価できているのだ。
悪く言えば単なる自信家なのだが、なんだか芳乃は悩むのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。
まあ言ってることは間違ってはいないのかもしれない、それでも誰もがそんなに強いわけではないのだ、嫌なことにでもそこそこに折り合いをつけていくのが普通の人。
皆そうやって自分なりの処世術を身に付けて生きて行くのだ、この子ももう少し大きくなればわかるだろう。
「でも話したらちょっとはスッキリしたかもありがとね、お弁当とジュース代で手相でも見てもらったと思うことにするわ、あなたももうお家に帰りなさい、小学生がこんな時間にうろついているとお巡りさんに補導されちゃうわよ」
「まあ待て折角だ。芳乃、恩返しに一つお前に力をやろう」
そう言うと立ち上がろうとする芳乃の頬に両手を添え、メドゥーサはじっと目を覗き込む。
芳乃は見つめるメデューサのエメラルドのような深緑の瞳に引き込まれてしまう、それは深い眠りに誘われるような、甘い甘い誘惑に誘われるような、堕ちていく感覚……
パァンッ!
鳴り響くクラクションの音で我に返る芳乃、気が付くと少女の姿は消えていた。
時計を見ると午後八時過ぎ、いい加減帰らないと母親に怒られる。
「そう言えば、あの子となんの話をしていたんだっけ?」
芳乃は自転車に跨ると急いで家への道を走った。




