第6話 コンビニが近くにあればそれだけで生きていけそうです
6月も三週目となると随分と日が長くなる、まだ日没前で外は明るかった。
芳乃は自転車に跨ると勢いよくペダルを漕ぎ出した。
途中、犬の散歩をしていた近所のおばさんとすれ違い挨拶をする、駅前までは自転車なら5分もかからない距離だ。
程なくしてコンビニに着くと駐輪場に自転車を停める、入口に向かおうとするとそこでなにやら挙動不審な人物を発見した。
その人物はコンビニの入り口からやや離れた場所で中を見つめており、意を決したように頷くと入口へと向かうのだが、中から人が出てくると驚いて元の場所へ引き返し、またしばらく中を見つめるということを繰り返していた。
「あいつ……なにやってんのよ」
そう呟く芳乃の視線の先にいる不審な人物は弥命であった。
まったくもって今日はなんなのだろうか、家の前で会ってからまだ1時間も経たないというのに同じ人物にまた出くわすなんて、なにか運命めいたものを感じる……わけがない。
それにしてもこのまま放っておいたら警察でも呼ばれかねないほど不審人物なので、仕方なく芳乃は弥命の元へと歩み寄り話かける。
「姫宮、あんたさっきからなにやってんの?」
突然背後から話しかけられビクッとすると、弥命は振り返り芳乃だと気が付く。
「よ、よよよ、葭埜さんっ? どうして? まさかっ! 見てました?」
今までの行動を見られていたことを恥ずかしく思ったのか、弥命は両手を変な風に構えて酷く動揺した声で芳乃に問いかける。
「全部見てたわよ。なに? ここに用があるなら入ればいいじゃない」
「い、いえ、あの、その……用があると言うわけではないのですが……その」
「なによ?」
弥命はしどろもどろになり、なにやら恥ずかしそうに指を絡めモジモジしながら言う。
「その……わたし、コンビニに入るのは初めてでして、その、勝手がわからないというか……いきなり入ってもよいものなのでしょうか?」
嘘っ?
今時コンビニで買い物をしたこともない人間がマジでこの世にいるなんて、この娘はいったい何者なのだ? マジで本当にリアルにガチでどっかの国のお姫様かなにかなのか? 大体前々からおかしいと思っていたのだ。
毎日メイドが車で送り迎えをしていて、しかも「姫様」なんて呼んでいるのは、そんなのアニメの世界でしか見たことがない。
姫宮だから姫様? んなわけあるかああああああああああっ!
とにかくこの天然記念物級の世間知らずに、芳乃は度肝を抜かれてしまった。
「あ、あんたってすごいわね、色んな意味で」
「お恥ずかしい限りです……」
弥命は頬を染め恐縮しながら答えた。
弥命は生まれてこの方買い物を自分でしたことがない、ということは決してないのだが、買い物に出かける時には大抵、朱音や紅葉と車でデパートやショッピングモールまで繰り出して、生活用品や食料などを大量に買って帰るので、ちょっとそこまでとコンビニに行ったりなどしたことがなかったのだ。
そもそも家が山の上にあるので近くにコンビニもないし、大体昔はコンビニなんてなくて夜にはスーパーも閉まってたんだから、コンビニが無くても人は生きていけるんだもんねっ!!
ってのは、弥命には関係のない話。
芳乃についてコンビニの中に入ると弥命はその商品の多さに驚く。
この狭いスペースに食品や飲料、生活用品や雑誌など多種多様な商品が所狭しと並べられており、まるでデパートがこのスペースの中に圧縮されて押し込められているような。
コンビニエンスストアとはその名の通り便利なお店であるなと感心する。
「ね? 別に普通でしょコンビニなんて」
「あ! わたしこれ好きなんです~」
芳乃の言葉は耳に入っていないのか、ニコニコしながらお菓子コーナーに行くとポイフルを手に取り見せてくる。
こいつ、意外にマイペースだなっ!
芳乃は心の中で突っ込みを入れた。
それにしても驚いたのは、あのジミヒメと呼ばれていた弥命が、驚いたり照れたり落ち込んだり笑ったりと様々な表情を見せていることと、なにより今まで言葉なんて一度か二度くらいしか交わしたこともなかった弥命と、こうして話していることが不思議な感覚であった。
芳乃は楽しそうに商品を物色している弥命を眺めながら、何故だか自然と口元が綻んでいた。
「そういえば、一日に違う場所で何度も会うなんてなんだかおかしいですね」
「ほんと、なんだかんだ高校生の行動範囲の狭さが浮き彫りになったわね……って、あんたそんなに買ってくの?」
そう言われ弥命は手に持っていた買い物かごを覗く、ジュースやスナック菓子、パンやスイーツなどが山盛りに詰め込まれていた。
「え? 今日は少ない方ですよ?」
そう言って不思議そうな顔をする、普段から自分の分だけではなく神社の巫女達の分となにより一番食べる白の分とを買っていくので、弥命のお買いものは毎回車一杯になるほどであった。
そんなことを芳乃は知る由もないので、一人でこんなにお菓子ばっかり食べてよく太らないなと思ってしまう、同時に弥命の胸を見つめ自分のものと比べると、脂肪分は全部ここにいっているのかと思い軽く舌打ちをする。
「いやぁ、それにしてもすごいですね。食品だけでなく化粧品や生活雑貨まで置いてあるなんて、コンビニが近くにあればそれだけで生きていけそうです」
実際に生きていけるな……
両手に一杯になった袋をぶら提げて満足そうな顔でコンビニから出てくると、弥命は深々と芳乃に頭を下げた。
「ありがとうございました葭埜さん、おかげでこれからは一人でもコンビニでお買い物ができそうです」
「大袈裟ね、まあでもお役に立てたようでよかったわ、ジュースも奢って貰っちゃったし、有難くごちそうになるわね」
言いながら芳乃は炭酸飲料の蓋を開ける、「プシッ」と音を鳴らすと泡が溢れそうになるので、それが零れないように慌ててペットボトルを口元へ持って行った。
そんな様子を弥命はニコニコと楽しそうにしながら眺めている。憧れであった放課後の寄り道ができたことが嬉しくてつい浮かれてしまう。
「なんか随分楽しそうねあんた」
「え? そうですか? あ、もちろんこうして葭埜さんとお話しをしたり買い物をしたりできるのはとても楽しいです。今までクスメイトとこういうことをしたことがなかったのでとても新鮮なんです」
「ふーん……あんた、やっぱり変わったわよね、前よりもすごく明るくなった。そっちの方がわたしは好きよ」
急に好きと言われ弥命は真っ赤になり慌てふためく。
「あ、あ、あ、あの……お気持ちは嬉しいのですが、わたし達は……その、女の子同士ですし」
「そういう意味じゃないわよっ!」
二人は顔を見合わせ噴き出す。
今まで友達なんかできるわけがないと思っていた弥命が、今はこうして簡単に他人と打ち解けることができる。
それもこれもみんな、健登のおかげであると弥命は無意識に思っていたのだが。
「ふふふ、本当におかしいですね、わたし達がこんな風に話しているのを守羽くんが見たらきっと驚くでしょうね」
弥命にとっては何の気なしに言ったことだが、その言葉に芳乃は反応する。
なぜここで健登がでてくるの? どうしてそんな嬉しそうな顔であいつのことを話すの?
べつに健登でなくてもクラスメイトの誰であろうと構わないではないか、でも弥命はわざわざ健登の名前を出した。
それが何を意味しているのか……芳乃は今がチャンスなんじゃないかと思った。
いつまでもモヤモヤし続けているよりもいっそのこと、今、ここで白黒はっきりつけた方が、その方がスッキリするのかもしれない。
そう思う反面やはり怖い、本人の口から直接その答えを聞いてしまったら最後、芳乃は自分の気持ちを健登に伝えることなくすべてが終わってしまうのではないかと思った。
だって……
芳乃は弥命の姿を上から下まで値踏みするかのように見つめる、非の打ちどころのない完璧な容姿
以前の様な氷のように冷たい表情をしていた頃には、近寄りがたくもとても儚げで美しく見えたし、今のように笑顔で天真爛漫に振る舞う姿はとてもかわいらしい。
頭も良い運動神経も良いその上お金持ちだ、自分にはないものを全て持っているのがこの姫宮弥命という少女だ。
それなのに……それなのに……
―― ずるい ――
芳乃はそう思った。
あんたばっかりどうして……そんなことを言ってもしょうがないってことはわかっている、生まれや育ちに文句を言ったってどうすることもできないのだからそれはわかっているが……
すべてを持って生まれてきたのに……だったらなんで、あいつまで……奪ってしまうのよ
「葭埜さん?」
突然黙り込む芳乃を心配そうに見つめる弥命、その視線に気がつき我に返る。
「あ、ごめん……あのさ、あんたって守羽と……」
芳乃が言いかけると突然背後でどよめきが起こる。
振り返るとなにやら人だかりができており、そして周りからは拍手喝采雨あられ何事かと人垣を掻き分け覗き込むと弥命が声をあげる。
「紅葉さんっ!? なにやってるんですかっ!?」
その人だかりの中央では紅葉がなにやらアイドルさながらのポーズをとっており、その姿を写真に収めるカメコ達の群れ、どうやら撮影会が行われていたようだ。
紅葉は弥命と目が合うと、左手を腰に当て右手の平を見せながら前に出すポーズのまま固まってしまった。
皆を解散させると弥命は紅葉を問い詰める、帰り際に何人かのカメコから名刺を貰っていたが、それを紅葉から取り上げるとコンビニのゴミ箱に破り捨てた……ひどい
「どういうことですか紅葉さん、公衆の面前であんなはしたないことをするなんて、姫宮の姫巫女に長らく仕えてきた水谷の名が泣きますよ」
「ぅぅぅみこちゃ……姫様……面目ないです……」
公衆の面前で正座をさせられ、女子高生に叱られるメイドというのもどうかしていると思うが
理由を聞くと、どうやら最初は外国人観光客に記念にと言われて、快く一緒に写真に写っていたのだが、あれよあれよと言う間に人が集まり囲み撮影になってしまったらしい。
始めのうちは恥ずかしかったのだが、ポーズをとっている内にだんだんと楽しくなり、フラッシュを浴びるのが気持ちよくなってきてしまったらしいのだ。
コスプレイヤーとはみんなこういう気持ちなのだろうか……聞いたことないからわからないや。
「まったくもう、紅葉さんはわたし以上に箱入りだから、街に出すのがとても心配になってしまいます。まあこのことは水谷さんには黙っておきますので、以後このようなことがないようにお願いします」
「はい、すみません姫様」
なぜ紅葉は名前で呼ぶのに朱音は苗字呼びなのかはまた今度説明するとして、自分よりも年上のメイドを叱りつける弥命の姿に、この娘は自分とは住む世界がまるで違う生き物なのだと芳乃は思った。
自分が地を這う虫……いや、そこまで卑下するのはやめよう落ち込むから。
自分が普通の一般中流家庭の小娘だとしたら、弥命は超上流階級のお嬢様、いやこれはもう紛れもないお姫様なのだきっと、そう思うとなんだかとても馬鹿らしくなってきた。
最初から勝ち目なんてなかったんじゃん……
こんなチートスペックの奴がなんで普通の公立高校に通っているのよ! 馬鹿じゃないの?反則じゃんっ!
そんな芳乃の思いも露知らず弥命は紅葉を紹介する。
「ごめんなさい葭埜さんお恥ずかしい所を見せてしまって、この人は水谷紅葉さん、普段わたしの身の回りのお世話等をしてくれている方です」
「どーも、葭埜芳乃って言います」
「まあ! みこちゃんのご学友の方ですかっ! 仲良くしてあげてくださいね。嬉しいわ、みこちゃんはあまりというか、健登さん以外のお友達を連れてきたこともないのでとても心配していたのです」
身の回りの世話って、すげーなおい、わたしもそんなロボが欲しい、てかなに? このメイドもあいつのことを知っているの? もうこれは完全に黒ね
芳乃はフッと自嘲気味に笑うと弥命に告げる。
「前言撤回、わたし……やっぱあんたのこと嫌いだわ」




