第3話 いいえ、全然気にしてませんから、“ただの”クラスメイトの守羽くん
わたし守羽湊真15歳、今年で3年生になる現役JC。
最近はお父さんがもの凄くうざくて困ってるけど、お兄ちゃんはこないだ誕生日プレゼントを買ってくれたのでまあそこそこ嫌いでもない。
来年はいよいよ高校生、部活に受験勉強に忙しい日々を送っています。
てなわけで
「たっだいまー」
湊真が帰宅すると、玄関には見慣れない靴が一組あった。
お客さんかな? と思いつつも女性の靴のようなので、訝しみながら自分の部屋へと階段を上がる
部屋に入ると制服の上着とスカートを脱ぎ捨て、キャミソールとパンツのままで昨日買って置いたアイスを取りに階下へ向かうが、途中で兄の部屋に寄り漫画の続きを借りようとノックもせずにドアを開けた。
「おにいー、激審ジャイアンツの続き貸してー」
部屋に入った瞬間に湊真は固まってしまった。
なぜか兄の部屋に見たことのない女性がいたのだ、しかもその女性はどこかの国のお姫様なのではないかと思ってしまうような美人で、姿勢を正し正座しているその凛とした姿に、湊真は同じ女性でありながら惚れ惚れと見とれてしまった。
その女性は湊真の姿を見ると指を突き深々と頭を下げ挨拶をしてきた。
「初めまして、お邪魔しています。わたしは健登さんのクラスメイトの姫宮弥命と申します。」
「お、お、お、おにいの妹の守羽湊真です。いらっしゃいませ~……ゆ、ゆっくりしてらしてくださいましね」
呆然としながら変な日本語で返事をするとゆっくりドアを閉め、湊真は大声で階段を駆け下りて行く。
「おかあさーーーーーん、おにいがあああああああ、うわあああああん」
なぜか兄に苛められたのを母親に告口するかのような言い方だ。そこへ、台所にお茶とお菓子を取りに来ていた健登が出てくる。
「湊真っ! なんて恰好してんだてめえっ!!」
「あっ、おにいっ!? あのひとなんなのさあああっ?」
「おまえ勝手に入ったのかっ、その格好で? くそったれめええええ」
「くそったれはおまえだああああ、あのひとなに?えらい美人だったけど、どっかのお姫様かなんか? おにいやばくないっ!?」
「あー、めんどくせー奴に見られたー、おまえ部活じゃなかったのかよー」
健登は一番ばれたくない奴にばれてしまったと頭を抱える
なぜ弥命が健登の家に来ているのかと言うと、ようやく試験も終わり落ち着いてきたので、一度あの日の事とそして今後のことをもう一度しっかり話し合おうとしていたというのもあるのだが、もともと今日弥命の家でと約束していたところなにやら偉いお客さんが神社に来ているらしく物々しい雰囲気になっているとのことなので、また日をずらせばいいかなと思いつつもなんとなしにうちに来るかと言ってしまったのだ。
そうしたら、なぜか弥命が顔を真っ赤にして笑顔になるのを必死で堪えるかのような顔で「是非にとも」と言ってきたので、なんだかんだで断り辛くなりそんな流れになってしまったのである
「粗茶ですが」
そう言ってお茶をだすと、湊真は自分もそこへ座りお茶とお茶菓子をいただく。
なぜかお茶は自分が持っていくからと健登を追い返すと、一度部屋に戻りわざわざ脱いだ制服を着直してやってきたのだ。
どうやら健登の部屋に一緒に居据わるつもりらしい。
「なーにが“そちゃ”だよ、アラレちゃんかおまえは」
「うるさい、馬鹿おにい」
そんな二人のやりとりを微笑ましく見つめる弥命、その視線に気が付いたのか湊真は照れくさそうに頬を染めると、もじもじしながら疑問に思っていたことを弥命にぶつける。
「あ、あの、弥命さんは、あ、弥命さんって呼んでいいですか? ぶっちゃけ……おにいの彼女なんですかっ!?」
湊真の質問に健登は口にしていたお茶を盛大に噴き出す。
「ぶううううううううううううっ!! いきなり何聞いてんだおまえはっ!! ただのクラスメイトだよっ!!」
その言葉に弥命はピクリと反応する。
「えーー、だって気になるじゃん、おにいが家に連れてきたことのある女のひとなんて、しのっちくらいしかいないしー」
「あいつは関係ねーだろあいつは、しかも連れてきたわけじゃねえ」
しのっち? 誰、しのっちって? 女のひと? というか、クラスメイト? ただの?
弥命は次々と飛び込んでくる想定外の言葉を頭の中で処理しきれずに固まってしまっている。
「うるさいなー、わたしは弥命さんに聞いてんの、どうなんですか? 弥命さん!」
「えっ? そうですね……ただのクラスメイトです。た・だ・の」
あれ? 姫宮弥命さん? なんか怒ってません? 急に、なんで?
「なんだーざんねんー、こんな綺麗な人がおにいの彼女だったらわたしも自慢だったんだけどなー、でもただのクラスメイトを部屋に連れてくるなんて……」
「まあ、とてもすばらしい妹さんですね。聡明そうでいてかわいらしいし、守羽くんとは大違い」
「いやいやこりゃどーも~」
湊真は照れくさそうに頭を掻いているが、なんか棘のある言い方だぞ姫宮、あと笑顔が怖い。
「あーもう、はいはいわかったわかったから、おまえは出てけよ」
健登は話が進まないので湊真を強引に部屋から追い出した。
不満そうにぶーぶー文句を言っていた湊真だが、まあ邪魔をするのも悪いので今日はとりあえずこれぐらいで、なんて言いながら部屋を出て行く。
ようやく二人になれたところで、健登はすまなそうに弥命に言う。
「いやあ悪かったな、なんか騒がしくして」
「いいえ、全然気にしてませんから、“ただの”クラスメイトの守羽くん」
そう言いながら健登の方は向かずに横目で見つめる弥命、その視線はなんだかとても冷たい。
おやおや、なぜだかはわかりませんがまた不貞腐れモードに突入していますね弥命さんこういう時の弥命の扱い方は簡単だ。
とりあえず真面目な話を振っておけば、根がまじめちゃんなのでちゃんと聞いてくれる。
「そういや、填島先生はどうしてんのかな?」
「そうでした。はい、填島先生は大分よくなってきているそうです。かなりの長期間身体を乗っ取られていたので、精神的な衰弱が激しかったようですけど、神社にはそういった霊障にあわれた方をケアする施設も整っていますので、そちらに任せていれば心配ないです」
説明しよう!熱心な読者様であれば知っているであろうが、ここで言う神社というのは霊的な障害や事故、犯罪などを専門に取り扱う機関のことである。
それは国家政府の知るところでもあり、時には警察以上の権限を持ち非合法な解決策をとることもある、そんな超法規的秘密集団のことであるのだっ!!
「早く良くなるといいな」
「えぇ、それで、あのアルレッキーノという男のことなんですが、やはり正体はわかりませんでした。単独なのか或いは組織立って動いていたのかもわかりません、ですが当面の脅威は去ったと考えていいと思います」
あの後、アルレッキーノのことは弥命の神社の諜報巫女達が調べたのだがまったく詳細は掴めず、深く調べようにも一神社の巫女たちが事件を単独で調べる行為は、越権行為だとして神社達からの反発もあったらしく、後はお上に任せることになったらしい
「まったくもって不愉快です。失踪事件の最中には全然動いてくれなかったのに、いざ解決するとこれは神社の仕事だって、今回の件でわたし達がどれだけ大変な目にあったことか」
「まあまあ、それも大人の事情ってやつだろ?無事に解決できただけでも儲けものって思っておこうぜ」
頬を膨らませて怒る弥命をなだめる健登、こんな表情もするようになったんだなとしみじみ思ってしまう。
こんな普通の暮らしをいつまでも続けることができるのであれば……
「守羽くん?」
「いや、なんでもない、それで? あの結界はなんで解けたんだ?それが一番気になってたんだ」
そう、アルレッキーノの張った広域位相結界。
弥命が解除を試みたがあまりにも高度なその術式は、奴が言うには既に失われた技術によって紡ぎだされたもの、であるから弥命がどんなに高度な知識を持ち、どんなに時間をかけたとしても解くことは不可能であると言っていた。
実際に弥命はそのあまりにも難解な術式を目にし、途中で結界の解除は諦めて健登達の援護に向かったのだ。
しかし、戦いの最中に結界が解けて見事アルレッキーノを倒すことができた。
あの時もし結界が解けていなければ、更なる苦戦を強いられていたかもしれないと考えると、戦っていた敵の怖ろしさを改めて痛感させられる思いである。
「結界がなぜ解けたのか、それも詳細はわかりません。あの時は魔宝石の魔力が尽きたのだと思ったのですが、あれだけの量があんな短時間で尽きるとはやはり考え難いです。あの現場をわたしも調査してみたのですが、もう術式は消えてなくなっていました。そして魔力を供給していた石も一緒に、誰かが持ち去ったとしか考えられません」
「あの結界内に他に誰かが居て、そいつが結界を解いて宝石を盗んだってことか……」
「にわかには信じられませんが、状況的にそれが一番自然です」
あの結界は健登と弥命を外界から隔離する為にアルレッキーノが施したもの、結界が展開する瞬間に健登に触れていた為に一緒に飛ばされた水谷や、術者に連れてこられた土屋など例外を除いては、あの場に第三者が介在できるとは考えられない。
もしそれができたというのであれば、結界をものともせず次元の壁を越えられる力を持つ者、それは神にも等しい力を持つ者と言っても過言ではないことでもあった。
「はあ~、結局わからないことだらけってことかああああ」
「面目ないです……」
「いや、姫宮の所為じゃないけどさ」
申し訳なさそうに項垂れる弥命を見て、まったくどこまでも真面目な性格だなと思ってしまう
気を取り直そうと健登は続けて質問をする。
「そんで?もう一つ神器の力の事、なんか手掛かりになるもん見つけたって言ってたけど」
「そうですっ!これを見てください」
そう言うと、弥命は鞄から古い巻物を取り出す。
それはあの戦いの後、事の詳細を白様に報告したところアメノハバキリが健登に授けた風の鎧の件にえらく興味を示したらしく、思い出したかのようにこの巻物を土蔵の中から引っ張り出してきたと言うのだ。
弥命はそれを広げると、ミミズがのたくったような文字で書かれている文章の一部分を指差す。
「ここです。分かり難いんですがここの一文、侍が……願うと……変って……黄金の……なんでしょう?」
「ああ、それはこことここに返り点を入れると文章が繋がるんだよ、意訳すると、由緒正しい血筋の偉いお侍さんが使ってるこれまた由緒正しい伝統の武器が、その人の想いを具現化するかのように、黄金の鎧を身に纏わせたんだって書いてある」
スラスラと読み解いて見せる健登に弥命は仰天してしまった。
そしてなにか疑わしい目つきで健登を見つめると。
「守羽くんって古文得意でしたっけ?」
「いや、なんか読めた」
「やっぱり、それも神器の影響なんですか? ほんとなんでもありですねこれは」
健登に勉強で負けたのが悔しいのか、ちょっと膨れながら胸に手を当てる弥命。
前から思っていたが、弥命のバストはそれはそれは中々のものでありまして、体育の時間なんかには、それはもう男子の視線を釘付けにしてしまったりするほどの逸材の持ち主であったりする。
健登はなんだか照れくさくなり話を逸らそうと再び巻物に目を落とす。
「そこもそうなんだけどさ、ここの一文にも気になることが書いてありそうなんだけど」
「え? どこですか?」
健登の指差す部分に顔を近づける弥命、なんだかとてもいい匂いがする。
髪を耳元でかきあげる姿が妙に色っぽく、健登はドキドキしながらもその仕草から目を離せなかった。
「守羽くん、これなんて書いて?」
弥命が顔をあげると二人の視線が合う、その距離はどちらかが少しでも動けば鼻先がくっ付いてしまうほどの距離。
まるでその部屋だけ時間がゆっくりと流れているかのような、そんな感覚になる。
健登も弥命も自分の鼓動が早くなるのを感じる、それは次第に早く、大きくお互いの鼓動を感じてしまうかのような、それは神器で繋がっているからではなく二人の距離が少しずつ……
ヴ~ヴ~ヴ~
「どぅわあっ!!」
突然鳴り響く携帯の振動音に健登が声を上げ二人はパッと離れる。
弥命が顔を真っ赤にしながら携帯の画面を見ると「紅葉さん」と表示されていた。
健登のほうを見やるとうんうんと頷いているので弥命は電話にでた。
「は、はい、弥命です」
『みこちゃあああああああああん、〈ピンポン!この先100m右折です〉ここどこおおおおお? あああああここ曲がるの? え、違った?健登さんちに向かってたはずなのに気が付いたら知らない場所に来ちゃったのおおおお』
電話口の向こうから聞こえてきた声は今にも泣きそうな声であった。
健登の家に来ることになったので、下校前に迎えはそこに来てくれるように連絡していたのだが、紅葉は一度行ったことのある場所ですらカーナビを付けていても目的地に着けないほど極度の方向音痴であり、どうやら迷子になってしまったようだ。
ちなみに朱音は先の戦闘で右耳の鼓膜が破けてしまった為、運転は危ないのでしばらく送り迎えは紅葉に任せて家でゴロゴロ、もとい待機している。
「えええ? 今どこにいるんですか? はい、はい、駅前までは行けそうですか? はい、じゃあそこに居てください、わたしが行きますから」
そう言うと弥命は健登に事情を説明して、自分を迎えにきたはずの紅葉を迎えに行くことになった。
「紅葉さんってなんでもできそうな感じだったけど、方向音痴なんだな」
「はい、それはもう酷いです。二十年以上も生活している神社の敷地内でいまだに迷子になるくらいですから、そもそもそんな人に迎えを頼んだのが間違いでした。」
かなり重症なのだろう、弥命のうんざりした様子を見て健登は思った。
「まあとりあえず続きはまた今度にするか、今日はありがとうな」
「こちらこそありがとうございました。その古文書はお貸ししますのでよかったら読んでみてください、それと……」
弥命は照れくさそうに上目づかいで健登を見つめる。
「ん?」
「また……お邪魔してもいいですか?」
「いつでもいいぜ、まあ今度は湊真がいない時がいいけど」
「そんな、湊真さんとも是非またお話しがしたいです。」
駅前まで送ると言ったが、まだ明るいし大丈夫と弥命が言うので、健登は玄関まで見送った。
湊真が「今度来るときは彼女になっててねー」などと失礼なことを言っているので頭を思いっきり叩く、お返しに健登の顔面を引っ叩く湊真、そのまま掴み合いの喧嘩になる。
そんな兄妹の微笑ましい姿を見ながら弥命は守羽家を後にした。
玄関を出て門戸に手を掛けたところで、弥命は隣の家の門戸から入ってくる人物と目が合った。
「え? 姫宮?」
「え? ……葭埜さん?」
思いがけない人物と思いがけない場所で出会ったことに、二人は門戸に手を掛けたまま同時に固まってしまった。




