第19話 エピローグ だからおあいこよ
雨の日はあまり好きではない。
傘をさしているのにどんなに頑張ってもどこかしらから飛んでくる雨粒で、服は濡れるし髪も濡れる。
昼食をとるのにも気を使う、一人になれる場所を探すがどこへ行っても誰かしらがいるし、なによりクラスメイトがそうさせてはくれない。
人は結局一人になるなんてことはできやしないのだ。
この世に存在する限り、人は絶対に他人との関わりを断つことはできない。
いや、たとえその身がなくなったとしても、その人が存在したという誰かの記憶が、心を繋ぎ魂を繋いでいくのかもしれない。
人は一人では生きられないのではない、一人にはなれないのだ。
誰も一人で生まれてきた者などいないのだから。
あの戦いから一週間ちょっと、健登はあの後三日三晩寝込んだものの、回復するとすぐに何事もなかったかのような日常に戻った。
填島先生もあの後のことは神社に任せてと言うので、その後の事は詳しくは聞いていない、表向きは病気療養ということでしばらく休職するようだ。
そして弥命はというと……
少しずつだが学校での生活にも変化が現れていた。
今まではいつも伏し目がちで暗い表情をしていたのだが、最近では顔を上げ朗らかな印象になった。
登校時には勇気をだし、最初はとても恥ずかしかったがクラスメイトに自分から挨拶をするようになった。
「おはようございます」と声を掛けられたクラスメイトも、あのジミヒメが自分から挨拶をしてきたことに初めはビックリしていたが、すぐに笑顔で挨拶を返してくれた。
元々美少女なのだ、明るくしていれば周りが放っておかない。
休み時間にはクラスメイトと雑談を交わし、宿題を見せ合ったり次の授業の予習なども一緒にした。
昼休みには、読書の趣味の合う女子と一緒に昼食をとるようにもなった。
ごく自然に友達と話し笑う、なぜこんな簡単なことが今までできなかったのだろう。
自分が心を開けば相手も心を開いてくれるんだ。
弥命は普通の学校生活というものをようやく始められたのであった。
友達と一緒に試験勉強をしながらお弁当を食べ終えようとした時、弥命の元へ一人の女子生徒が近づいてくる。
それは、あの土屋葵であった。
土屋は弥命の前まで来ると顔を真っ赤にしながらなにか言いたげにしている。
あれからパッタリと弥命への嫌がらせをやめた土屋だが、後ろめたいのか弥命の顔を見ることはできずに余所を向いている、その後ろには少し離れて健登が立っていた。
土屋はお腹の前で両手の指を絡ませモゾモゾしながら、何か言おうとしているがなかなか言い出せないでいた。
その様子を見て、弥命と一緒に昼食をとっていた友達が言う。
「あ、あの……わたし達、外してようか?」
「い、いや……あの……そのままでいい、あんた達も……い、一緒に聞いていて欲しい」
土屋は、小声でそう言うと後ろをチラリと見やる、健登が声にはださず口だけを動かし「ファ イ ト」と言っている。
なんだか告白の応援に一緒に来ている女子の様で無性にイラっとしたが、土屋は弥命の方へ振り返ると思いっきり頭を下げ怒鳴るように言った。
「姫宮っ!! 今までごめっ!!」
ガンっ!
言い終わる前に響く衝撃音、勢い余って土屋が机にオデコをぶつけた音だ。
「んんんんんんんっ!!」
両手で額を押さえながら、声にならない声でその場にしゃがみ込む。
その様子を弥命達は驚いた様子で見ていたのだが、しばらくすると一斉に噴き出す。
「つ、土屋さん、すごい音したけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫だっ、そ、それよりもあたしはあんたに」
そう言いながらも、涙目でおでこは真っ赤になっている土屋を見て、弥命達は尚も笑い続ける。
「な、なんだよ……あたしは……そんなにおかしいかよ……」
「ちがうの土屋さん、ちがうの」
「違うってなにがっ、ちくしょう、なんでいつもあたしはっ!」
「大丈夫よ、もう聞いたから、あなたが言ってくれた言葉は、あの時ちゃんとわたしに届いていたから」
それは、血まみれの手で健登が自分の手を掴んでくれた時に言った言葉、あの時の声が弥命にも届いていたのだ。
「あの日わたしも守羽くんに教えられたの、今までのわたしじゃダメなんだって、自分を変えなくちゃ相手も変わってはくれないって、だからおあいこよ」
そう言って微笑むと、弥命は土屋に手を差し出した。
土屋はその手を取ろうとするのを躊躇するが、弥命は強引に土屋の手を取ると引き上げる、土屋はその時初めて、弥命の目を真っ直ぐに見れたような気がした。
気が付くと涙を流し弥命の手を両手で握りしめていた。
「ありがとう……姫宮さん……これまで……ずっと、ごめんなさい」
そんな二人の姿を見ながら、やれやれと言った感じで微笑むと健登はゆっくり振り返りいつものメンバーに呼びかける。
「おーいっ、坂っ! 橋場っ! 今日の放課後野球しようぜっ!!」
「おっ、今回は野球かよっ? でも18人必要だぜっ?」
「いや、俺の考案したギャラクシーベースボールなら6人でも可能だ」
「なんだよそれっ?気っになるぅぅぅうううう!!」
試験勉強は……まあ、しないんだろうなこいつらは。
雨の日はやっぱり好きではないけれど、自分自身が少しでも変われることができたなら、雨上がりの空はまた違った景色が見えるのかもしれない。
雲間から見える陽の光を見つめながら弥命はそんなことを思うのであった。
神器の巫女 第一章 憧憬落暉とひとり姫
完




