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神器の巫女  作者: あぼのん
第一章 憧憬落暉とひとり姫
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第18話 だからこそ、人間ってもんだろ?

 一斉にアルレッキーノに攻撃をしかける健登と弥命、と言っても身体は填島の物だ。

  最小限の傷で動きを止め、昨日獣人に健登が放った神器の一撃でアルレッキーノの霊体にのみダメージを与えるしかない。

 アルレッキーノも填島の身体を盾として戦うのは当然だが、神器の一撃を警戒しなければならない。

 ノーガードで二人の攻撃を受けるわけにもいかないので、魔法陣を展開するとその中から一振りの杖を引き抜く、それは持ち手の部分に天使の彫り物のような意匠を施した真っ黒なスティックであった。

 弥命はアルレッキーノの動きを止めようと足元を狙う、傷は浅くだが相手の足を止められる程度には深く、弥命の剣の腕だからこそ出来得る微妙な按配、その斬撃をスティックで受け左手を弥命に向けるアルレッキーノの手から伸びる糸が弥命を絡め取ろうとする瞬間、横から割って入った健登の剣がそれを切り払った。

 後方にステップし距離を取るアルレッキーノに対し、弥命は跳躍し前方宙返りをしながら健登を飛び越え追い縋ると、左手の袖口から取り出した呪符をばら撒く。

 弥命が短く唱えた呪文に反応し呪符はアルレッキーノの足に張り付いた。


「滅せよっ! 雷光一閃っ!!」


 弥命が叫ぶと電流のようなものが填島の身体に流れる、人体にはそれほど影響はないが中に居る霊体のアルレッキーノには大きなダメージを与える。

 苦しそうに声をあげるアルレッキーノの動きが止まった。


「今ですっ、守羽くんっ!」


 すかさず健登は剣を振りかぶり、昨日やった要領で振り下ろした。

 目には見えない力が刃となり一陣の疾風と共に填島の身体を通過する。


「ふ……ざ……けるな……よ、餓鬼どもおおおおおっ!!」


 苦しみ激昂するアルレッキーノは、これまで見せたことのないような大声で叫んだ。

 次の瞬間、填島の背中から黒い翼が生えたかと思うと、すり抜けるようにしてもう一つの身体が出てきた。

 糸の切れた操り人形のように倒れる填島、遂にその身体からアルレッキーノを追い出すことに成功したのだ。


「ハァ、ハァ、ハァ……くっ、まさか、この姿を晒すことになるなんて、子供と侮ったのが失敗です。でも、まだあなた方の勝ちと決まったわけではないですよ? まだこの結界内に居る限りは、私のほうが圧倒的に有利です。ほら? もうすぐ姫巫女の張った結界も壊れますよ」


 そう言われ健登と弥命が空を見上げると、影が締め上げる結界壁にはヒビが入り今にも砕けそうになっていた。

 攻撃をしようにも、アルレッキーノは宙に浮いている為に届かない。


「くそっ、ジャンプしてもさすがに届かねえ、神器の力で空飛ぶことできねえのかっ!?」

「さすがにそれは無理なんじゃないかと」


 弥命は呆れ顔で健登に突っ込む、結構マジで言ったのに悲しい。

 それでもなんとかして空中にいる敵に攻撃をしなくてはならない、なんとかして……健登は強く心に思う。


 ドクン……


 なんだ、今のは? 強い鼓動を感じるのと同時脳裏に浮かぶイメージ……神器を初めて手にした時のような焼きつくようなイメージを感じる健登、しかしそのイメージが浮かんだのは一瞬のことで上手く頭の中で形にできなかった。


 そして、遂に結界が壊れ巨大な影の塊が健登達目がけ上空から落ちてきた。


「水谷さんっ!」


 影を躱し弥命は水谷の元に駆け寄り抱き起すとよろめく水谷に肩を貸す。


「すみません……姫様……なんとも無様な姿をお見せしてしまって」

「なにを言っているんですか、本当によくもたせてくれました」

「勿体ないお言葉です」


 健登は土屋を肩に担いで二人の元に来る、気を失っていてくれているのは幸いであった。


「さて、またも形勢逆転ですね。前にも言いましたがもう少しスムーズにやりたかったのですが、まあたまにはこういったシーソーゲームも良いでしょう。最終的に勝てばいいのですから」


 仮面の下でほくそ笑みそう告げるアルレッキーノ。

 そしてまた右手を掲げ指を大きく鳴らすと、巨大な影は大きく身体をのけぞらしその巨体を校舎屋上に目がけて叩きつけた。

 その一撃で屋上にヒビが入る、そしてまたも同じ姿勢に入る巨大な影。


「まさか!? やべえっ! 皆逃げろっ!!」


 健登が叫んだ時には遅かった。

 二度目の衝撃に校舎は耐え切れず天井が崩壊し、あっと言う間に崩れ去って行く。逃げる間もなく四人の身体は瓦礫に飲まれ落下していった。


 だがその時、薄暗い紫色の空にヒビが入る。

 そして、ガラスが割れるように空が崩れ落ちてくると大蛇の姿は霧散し、空は赤い夕焼け色に染まった。


「な、なんだっ! どういうことだっ!? なぜ結界が解けたのだっ! 一体どうなっているっ! 何をしたっ! 神器の巫女ぉおおおおおおっ!!」


 わけが分からず唖然とするアルレッキーノ、そして崩落に飲み込まれた四人は次元が戻った為に何事もなかったかのように屋上に佇む。


「な、なにが起こったんだ?」

「姫様、これは?」

「わたしではないです。理由はわかりませんが、結界が解除されたみたいです。」


 弥命たちにもなぜ結界が解除されたのかはわからなかったが、これはまたとない好機であった。

 紆余曲折あれど、結界を解除し填島の身体からアルレッキーノを追い出すことに成功したのだ。

 当初の目的を果たしたからには、ここで一気に畳み掛けて決着を付けたい所であったが、アルレッキーノはさすがにこの状況は不味いと判断したらしい。


「不愉快極まりないですが、今回は仕方ありません私の負けを認めましょう。流石にこの姿で結界の外では私のほうが不利なので、今日は退かせていただきます。」


 やはり、ここは撤退することを選択する。

 ここで逃がしてしまってはまた振り出しに戻ってしまう、健登は狙われる危険に脅かされたまま、この学校の生徒だってまた巻き込まれるかもしれない。

 ここまで追い詰めたのにまた取り逃がしてしまうなんて、弥命は自分の不甲斐なさを歯がゆく思い唇を噛む、しかし……


「いいや、逃がさねえ……」


 そう言ったのは健登であった。


「ここでおまえを逃がしたら、また姫宮を狙うかもしれないんだろ……また土屋みたいに誰かを巻き込んで傷つけるかもしれないんだろ……」

「守羽……くん?」


 健登はそう言いながらゆっくり前へ歩み出す。

 そして背中に夕陽を背負うアルレッキーノに剣を向けて叫んだ。


「もう絶対に誰も傷つけさせねえっ!! おまえは俺がここでぶっ倒すっ!! 屋上と一緒に崩れ落ちる時に見えたぜ、神器の本当の力が、本当の使い方がなっ!! それを今見せてやるぜっ!!」

「守羽くん、なにをっ?」


 そして一気に駆け出すと、フェンスを飛び越えそのまま健登は屋上から飛び降りた。

すると、手にしていたアメノハバキリが光り輝き風が健登の周りを取り囲むようにうねり出す。


 それは一瞬だった。

 風は漆黒の鎧に姿を変え、健登の身体に装着される。

 それは言うなれば甲冑、当世具足(とうせいぐそく)のような、だが随分と簡素なもので、兜鉢や袖、草摺(くさずり)佩楯(はいだて)はなく、面頬と胴や小手、臑当などが着けられているだけのものであった。

 襟廻の部分には黒い布が巻かれ、棚引く様はまるで黒い翼の様であった。

その全てが真っ黒に染め上げられた姿は正に(からす)濡羽色(ぬればいろ)、真っ白なアメノハバキリとは対照的であり神器をより際立たせているように美しく感じられた。

 目の前で起こった現象に弥命も水谷もそしてアルレッキーノも、眼を見開き驚愕し声も出せずにいた。


「これが……おまえを倒したいと願った俺に神器が見せてくれたイメージだ」


 静かに、そして今までにない落ち着いた声で健登は言う、そして力強く叫ぶっ!


「これが神器のくれた力っ」


 黒の具足! 疾風 “ (からす)


 真実を見通す眼と千里を飛び越える翼を持つ鴉に例えたかのような名称であった。


「うそ……守羽……くん」

「か……守羽……殿……それは」


『ダサイです』


 絶望の表情を浮かべながら、健登のネーミングセンスに同時に突っ込む二人


「う、うるせえっ!折角盛り上がってきた所なのに水差すんじゃねえっ!!」


 まったくもって緊張感のない、でもこれはこれで自分らしいなと思い、健登は少し笑うと真っ直ぐアルレッキーノを見据えた。


「ここで終わりにしてやる」

「できますかね? あなたに」


 二人は暫く微動だにせず睨み合う、その緊張感に固唾を飲んで見守る弥命と水谷。

 素人同然の健登がアルレッキーノを前に、剣術や武術の達人のような探り合いを見せる。

 そして、先に動いたのは健登であった。

 空を翔け一瞬でアルレッキーノの背後に回り込み斬りつける、即座に反応しそれを受けるアルレッキーノ。

 疾風と名付けたのも頷けるほどのスピードでアルレッキーノを翻弄し、攻撃を縦横無尽に仕掛ける、弥命達はそのあまりの速さに目で付いて行くのもやっとであった。

 滅茶苦茶な剣技であったがとにかく速い、そんな攻撃をなんとか捌き続けているアルレッキーノも大したものであった。

 それも限界が訪れる、健登の剣を受け続けていたスティックを弾かれ、一瞬の隙を見せるアルレッキーノ、すかさずそこに斬りこむ健登だが、アルレッキーノは魔力で編み出した防護壁を展開する。

 それを物ともせずアメノハバキリの一撃は、銃弾をも弾いた防護壁をいとも簡単に切り裂きアルレッキーノの身体へと届いた。

 防護壁のおかげでなんとか致命傷には至らず、攻撃を受けながらもアルレッキーノは健登の頭上に無数の魔法陣を展開すると刃物の雨を降らす。

 健登はそれを避けようともせず、アメノハバキリを一振りすると旋風が巻き起こり刃物を吹き飛ばし粉々に砕いた。

 更にその隙を突き、アルレッキーノは健登の動きを封じようと両手を翳す。

 魔力の糸で四肢を絡め取ろうとするが、健登は身体を回転させ横一線、またも風の刃が吹き抜け、まるで蜘蛛の巣を散らすがごとく吹き飛ばす、と同時にアルレッキーノの両手両腕がズタズタに切り裂かれた。

 健登の操る神器の力の前にアルレッキーノは成す術なく、両腕をダランと垂らし苦々しく呟く。


「これは参りました。手も足もでないとはこのことです」

「もう降参しろっ! これ以上なにもしないって約束するなら見逃してやる。おまえがどんなに酷い奴だったとしても、もうこれ以上やる意味はないだろっ!!」


 健登のその言葉に弥命と水谷は驚く。


「ダメです守羽くんっ! 今ここで止めを刺してくださいっ!! そいつを逃がしては絶対にダメですっ!!」


 健登は歯を食い縛り悔しそうな表情をしながらアルレッキーノを見る。

 自分を散々痛めつけ、弥命や水谷を傷つけ、土屋葵を巻き込んだ相手を本当は殺してやりたいほど憎んではいる。

 しかし健登はつい昨日まで、こんな非現実的な世界とは無縁の日常を生きてきた。

 たとえ自分の身が危険に晒されたからと言って、そう簡単に割り切って命のやり取りができるほど心は強くない。

 誰だってそうだろう、どんなに憎い相手で復讐してやりたいという気持ちに駆られたとしても、相手が成す術のない絶対的な力を自分が手にした時、簡単に相手の命を奪える立場にいざ自分が立たされた時、普通の高校生がそんな決断を下せるであろうか。

 アルレッキーノはそんな葛藤を見抜いてなのか、下らないことで悩む健登を嘲笑う。


「まったくもってナンセンスです。憎いのなら殺せばよいのですよ、それができるのに、本当に……なんとも不合理な生き物ですねあなた方は」


 アルレッキーノの言う通りなのかもしれない、弥命の言いたいこともわかる。

 こいつを逃がしたらまた狙われるかもしれない、今度は弥命や巻き込まれた人を守れないかもしれない、心の奥底では殺してやりたいほど憎いのに理性がそれを邪魔する。

 まったくもって不合理な感情だ、まるで一つの身体に二つの心があるようなそんな気持ちになる。


 それでも、だからこそ……健登はそれが答えなんだろうなと思った。


「だからこそ、人間ってもんだろ?」

「……言えてますね」


 納得するように頷くと、アルレッキーノはおもむろにスーツの内ポケットに手を入れる。

 まだなにか奥の手があるのか、健登は身構える。


「あなたが自分で決断できないというのであれば、私がそうできるようにして差し上げましょう。これはここまで私を追い詰めたあなたへの敬意ですっ!!」


 そう叫ぶとアルレッキーノは内ポケットに入れた手を引きだし高く掲げた。

 その手には、結界装置に使われていたのと同じくらいの大きさの宝石、そこから溢れだす莫大な量の魔力を見て弥命が叫んだ。


「いけないっ、守羽くんっ!! 魔力が暴走してっ、自爆するつもりですっ!!」

「もう遅いですよっ! この魔宝石の蓄積している魔力は膨大です! この学校どころか街一帯を飲み込むほどの威力はあるでしょうっ!!」

「ちっきしょおおおおおおおおおおっ!!」


 考えている余裕すらなかった。

 結局最後もアルレッキーノの掌の上、健登は最後の決断すらも決められてしまった。

 健登は渾身のスピードで突っ込み、アルレッキーノの胸に剣を突き立てるとそのまま一気に上昇していく、凄まじいスピードで雲を突き抜け天高く舞い上がる。

 健登とアルレッキーノの姿はあっという間に弥命達の肉眼では捉えきれないほど高く上がり、そして空が一瞬光ると雷のような音が遠く微かに響いてきた。

 まだ学校に残っていた下校途中の生徒達の中に、それに気づく者はいなかったであろう。


 そして長い放課後が終わりを告げた。


 暮れなずむ空の彼方を弥命はじっと見上げていた。

 それを心配そうな表情で見つめる水谷、いつまでも戻らない健登の身を案じていたのだが。


「姫様……守羽殿は、やはりあの爆発に巻き込まれて……」


 あれだけの魔力を暴走させた大爆発に巻き込まれればひとたまりもない、残酷なこととは思いつつも水谷は半ば諦めかけていた。

 しかし弥命の目は希望を捨てたものではなかった。

 いや、健登の生還を確信しているかのような、そんな瞳で赤く染まる空を弥命は見つめていた。


「いいえ水谷さん、大丈夫です。わたしには分かるんです。だって……」


 そう言うと駆け出す弥命。


「だって、彼が手にしているのはわたしの……」


 弥命の駆け出した先、その姿はまるで夕日を背に舞い降りる漆黒の鴉のようであった。

 そして弥命の前にゆっくり降り立つと、ちょっぴり悲しそうに笑った。


「腹減ったなぁ、家に帰ろうぜ」


 屋上に一陣の風が吹き抜けると、一時の静寂の後ゆっくりと太陽は地平線の彼方へと沈んで行った……


 ・

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 日の沈みきる少し前、中庭の隅にある溜池の前に佇む人影。

 ゆっくりと屈み溜池の中に転がる宝石を手に取るとその人物は微笑む。


「まあ、今回はサービスってことで……ね」


 そう呟くと、美しいシルバーブロンドのツインテールを靡かせその場を立ち去って行った。


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