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神器の巫女  作者: あぼのん
第一章 憧憬落暉とひとり姫
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第1話 いいえ、1ミリも切ってません

第一章 憧憬落暉とひとり姫


 五月雨


 旧暦の五月頃に続く長雨のことをこう言ったらしい。


 雨の日はあまり好きではない。


 五月の中旬、現代の暦ではまだ梅雨入りには少し早い時期だが、少しじっとりとした空気を感じ雨の日も次第に多くなってくるこの季節。

 傘をさしているのにどんなに頑張っても、どこかしらから飛んでくる雨粒で、服は濡れるし髪も濡れる。

 湿度が高い所為か教科書のページを捲る手も少し重く感じる。

 なによりも空に広がる鈍色の雲が重苦しく伸し掛かってくるようで、やけに気分が落ち込むのだ。


 姫宮弥命(ひめみやみこと)はそんなことを考えながら教室の窓の外に目をやった。


 時刻は正午を少し回ったところであった。

 もう十分弱で四限の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 教室に漂う空気は外に広がる重苦しい空気とは対照に弛緩し切っている。

 

 高校生の朝は早い。


 朝のHRはどの学校でもだいたい8時半頃には始まるだろう、部活動をしている生徒などは7時頃には登校し朝練をしてから自分のクラスに向かう、朝ご飯などとっくに消化されエネルギーとなり消費され正午にはガス欠寸前の状態だ、こんな空腹の状態で授業を続けたところで、大して内容は頭には入らないだろう。

 ようやく待ちに待った昼飯にありつけるのだ、クラスの男子達なんかは教師の声などもう耳には入らない。

 女子達もそうに違いない。

 思春期の女の子達、大っぴらには腹が減ったなどとそんな素振りは見せないだろうが、絶対減ってるに決まってるもんね。そりゃあもうぺこぺこぺこり~んって感じだろう。


 まあ、それはさておき。


 十二時二十分


 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。


 お決まりの鐘の音が授業の終わりを告げる。

 日直の合図で起立し先生への挨拶を終えると、途端に教室はざわめき立つ。

 仲の良い友達の席に向かいお喋りを始める者、一目散に弁当を広げ食べ始める者、購買の人気商品をゲットする為にスタートダッシュを決める者など様々だ。

 そんな中、姫宮弥命は鞄から小さなお弁当箱を取り出すと次の授業の教科書とノートを机の上に置き席を立つ、彼女に声をかけるクラスメイトは一人もいなかった。


 今日は雨だし……どこでお昼にしようか……


 ゆっくりと昼食をとれそうな場所を考えながら弥命は教室を後にした。


 彼女は普段からクラスメイトと一緒にいることも少なく、いつも昼食は一人でとっていた。

 この学校は学年ごとにクラス替えを行うため、一年置きにクラスの顔ぶれが変わる、もちろん同じ顔ぶれもいるが、ふつう一か月もすれば仲の良い友達もできグループも固定化されてくる頃だろう、ところが弥命にはそのような仲の良いクラスメイトはいなかった。

 4月の初め頃には仲良くなろうと声を掛けてくる女子もいたのだが、弥命は自分から積極的にクラスメイトの輪に入ろうとはせず、授業ごとの短い休み時間には次の授業の準備予習を黙々と始め、お昼休みには中庭や屋上などで一人で昼食を済ますと読書に耽っているのだ。

 色白で華奢に見えるが運動神経も良く学期テストではいつも上位の成績、少し地味だが清楚でいて背中まで伸ばした綺麗な黒髪が風に靡く姿はまるで何処かの国のお姫様の様な

 そんな気品漂う美少女なので、一年生の頃にはそこそこ男子にも人気がありちょっかいをだしてくる者も少なくなかった。

 しかし、そんな弥命に勇気を出しいざ話かけてみると。


「あ、姫宮さん髪切ったんだ? 似合うね」

「いいえ、1ミリも切ってません」


「姫宮さんって、普段休みの日とかなにしてるの?よかったらさ今度皆でどっか遊びに行かない?」

「普段は家の手伝いや読書などをして過ごすのがほとんどです。どっか……とは、どこでしょうか? お誘いはありがたいのですが、できれば次は目的地を明確に決めて、スケジュールをしっかり立ててからお誘いいただくようにお願いします」


 毎回こんな調子で淡々と返すので、地味で暗い奴だという印象がどんどん強くなってしまった。

 他の女子達からすれば、ちょっと外見がいい上に大きな神社の一人娘でお金持ち、毎日車で送り迎え、おまけにメイドには“姫”と呼ばせているという噂も広まり、お高くとまっていると快く思われていなかった。


 “地味なお姫様の姫宮弥命”で“ジミヒメ”と陰口を叩かれているのも知っていた。


 “神器の姫巫女”としての立ち居振る舞い。


 幼いころから“姫宮”の名に恥じぬよう。

 どんな時でも神に仕える巫女として気品ある行動を心掛け、勤勉であり努力を怠らぬこと、そう教え込まれてきた。

 だからとて他人を遠ざけるのは、決して相手を見下しているからではない。

 昨夜の一件然り、弥命は一般人には考えも及ばぬ世界でのもう一つの顔を持っている、何時いかなる時に危険な状況に陥るかわからないのだ。

 己を律することにより、誰かが危険に巻き込まれないように、常にそう心掛けて行動してきた。とは言っても、弥命の内にある神器は齢一六になろうというのに未だ解放されず。神器は穢れを知らない乙女の魂にのみ宿るもの、母が弥命を授かった時に受け継いだだけの物だった為、本当の意味での神器の姫巫女とは呼べなかった。


 弥命は教室を出ると右手の廊下を進み、二階連絡通路を抜け東校舎へと向かった。

 この学校はそれぞれ四階建ての東校舎と西校舎に分れており、東校舎は職員室や生徒会室、他には理科室や音楽室等の移動教室のある校舎となっている。

 授業を行っていないと、一般クラスのある西校舎とは違いそれほどの喧騒は感じられない。

 東校舎三階、角の一室「生徒会室」という看板の掲げられた教室、そこで今日は昼食をとろうと思っていた。

 弥命は一年生の頃から(半ば押し付けられた感じだが)生徒会委員をやっていたので、偶に屋上の指定席や中庭に他の生徒が多い時などはここを利用していたのだ。

 教室のドアをノックし「失礼します」と声を掛けドアを開けるとそこには先客がいた。

 入口の上手最奥に陣取るその席で、美しいシルバーブロンドのツインテールが揺れ、透き通るような白い肌と妖艶な深紫の視線が来客に向けられた。


「あら? 姫宮さん、お昼休みにあなたがここに来るなんて珍しいわね」


 そう言いながらツインテールの片方を右手で後ろへ払い少女は弥命に話しかける。


「こ、こんにちは常深(ときふか)先輩、その、すいません今日は外が雨なのでこちらで昼食をとろうかと思って……先輩こそ珍しいですね」

「私はちょっと先生に頼まれた用事があってね、中間試験の近いこの時期は結構忙しいのよ」


 常深紫(ときふかゆかり)、彼女は3年生でここ旭ヶ丘学園高校の生徒会長だ。

 眉目秀麗、品行方正、学業優秀、運動神経抜群、彼女に憧れを抱いている生徒は男女学年問わず少なくない。

 生徒のみならず先生達からも絶大な信頼をよせられているという、パーフェクトJKだ。


 昼休みならば誰もいないと思ったのだが、当てが外れたようだ。

 弥命にとって紫は決して苦手な相手というわけではないが、やはり二人きりというのは気まずい、というか妙に緊張した。

 しかし、そのまま昼食をとらずに出て行くのもそれはそれで相手に失礼なので、弥命は半ば仕方ないという気持ちもあるがここで昼食をとることにした。

 紫から一番離れた長机の端の席に着くと、お弁当箱を広げた。

 手を合わせ小さな声で「いただきます」と言ってから食べ始める。

 そんな弥命の姿を生徒会長は無遠慮にまじまじと眺めているのだが、なにやら少し楽しそうな感じにも見える。

 しばらくその視線を感じながらも弥命は食事を続けたが、一向に視線の逸れる気配がないので耐え切れず切り出す。


「あの、先輩……」

「ん? なにかしら?」

「いえ、あの、あまり見られていると、その、恥ずかしいというか……」

「あら、嫌だったかしら?ごめんなさい、あなたがとてもかわいらしいのでつい見とれてしまって」


 紫はそう言ってにこりと弥命に微笑み掛ける。


 突然何を言い出すのだこの人は!?

 弥命は紫の突飛な言葉に一瞬動揺するもすぐに冷静になり、からかわれているのだと察した。

 昼休みにわざわざ別の教室に移動し一人で昼食をとるなんて、友達いないのかしら?なんてかわいそうな子、そんな視線を向けられているように思えてきた。

 別に好き好んでそんな行動をとっているわけではないので少しムっとしながら弥命は応えた。


「か、からかっているんですか?」

「いいえとんでもないわ、本当にそう思ったのよ? だって、あなたまるでお城の奥に閉じ込められた一人ぼっちのお姫様みたいなんだもの」


 どういう意味なのだろう?


 ただ、お姫様と呼ばれたことがお家の事情を揶揄されているように感じ、弥命は内心穏やかではなかった。

 それと同時にこの人がこんな風に自分に話しかけてくることが珍しいと思い、どう反応していいのか困ってしまった。


「や、やっぱりからかっています」

「そんなつもりはないのだけれど気に障ったのならごめんなさい、ところでどう? 二年生になってもうすぐ二か月になるけれど、新しいクラスには慣れたかしら?」

「そ、それなりには……」


 嫌な質問だった。


 紫がころころと話題を変えてくるので弥命はその場を適当にやり過ごそうと曖昧な返事をする。

 その返答がお気に召さなかったのか、紫の表情は先程までとは打って変わりつまらなそうな顔をしている。


「随分と歯切れの悪い返事をするのね、じゃあ質問を変えるわね、あなた、今の学校生活は楽しい?」

「どういう意味ですか?」

「ん、それはあなた自身が一番よくわかっていると思うけど」


 そう言いながら紫はゆっくりと席から立ち上がり、音もなく弥命に近づいてきていた。

 咄嗟に立ち上がろうとする弥命の両肩に優しく触れそれを遮ると耳元に唇を近づけ囁いた。


「あなたはお人形さん?それとも単なる入れ物にすぎないのかしら?」

 

 !?


「あなたっ!」


 さすがの弥命も抑えきれず、叫んで振り返った。

 しかし既に紫の姿はなく、そこには彼女の残した甘い香水の香りだけが佇んでいた……


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