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神器の巫女  作者: あぼのん
序章
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近くでコスプレパーティーでもあったのだろうか?

 時刻は午後八時二十分


 夜の街はネオンに彩られ平日にも拘らず仕事帰りのサラリーマンや若者たちで賑わっている。

 どこからか聞こえてくるTVの音は、ここ数日起きている失踪事件のニュースを女性アナウンサーが読み上げているところだ。

 毎日のように伝えられる殺人事件や死亡事故、モニターの向こう側から告げられるその悲惨な出来事は、別の世界の事のように感じられまるで現実味を帯びない。

 誰もがそんな事件が自分のすぐ側で起きていて、また自分が巻き込まれるかもしれないなどと想像することなど少ないだろう。


 そこは繁華街の外れにある廃ビルのワンフロア、解体途中の為なのか壁のない二十畳ほどの部屋の隅で、すすり泣く女性の声は外には届かない。

 猿轡を噛まされ手首と足首にはガムテープを何重にも巻かれている、声を上げることも身動きをとることもできない女性はただ恐怖に震え涙を流すしかなかった。

 目の前には二十代前半の男が煙草をふかしながら立っていた。

 これから及ぼうとしている行為に興奮し薄ら笑いを浮かべている。

 なんともおぞましいその笑みに女性はとても同じ人間とは思えない悪魔の姿を重ねていた。


 しかしそれは間違ってはいなかった。


 男が何か薬袋の様な物をポケットから取り出しそれを口に含む、ほどなくして男は異常な興奮状態に陥りぶるぶると震えだした。

 カラスの鳴き声のような枯れた笑い声を上げながら、男は女性の上着に手をかけると胸元から一気に引き裂いた。

 女性は悲鳴を上げることもできず呻き声を上げている。

 男は女性の身体に伸し掛かるとその顔を舐め上げる、滑っとした生暖かい感触と生臭い息を感じ女性は吐き気すら覚えた。

 決して来るはずのない助けを心の中で叫びながら絶望の底に落ちてゆく感覚、怒りと悲しみと恐怖と憎しみが綯交ぜになるような感情の渦に頭がおかしくなりそうだった。

 このまま気でも触れてしまった方が楽なのかもしれないとさえ思えた。

 しかしこんな状況にありながらもどこか冷静な部分があり、女性はなにかおかしな感触に気がつく

 どうも自分に伸し掛かる男の身体が異様に大きいような、チクチクと当たる毛は動物のようでまるで全身を覆っているような感じ、女性は固く瞑っていた目を開け男の姿を見た。


「んんんんんんんんんんんっっっ!」


 女性は先程とは違った大きな叫び声を上げた。

 自分を犯そうとしていた男が獣の様な姿に変わっていたのだ。

 あまりの恐怖に失禁し暴れだす。

 拘束された手足をジタバタと動かし猿轡に歯を立てる、口の端が切れ涎に血が混じり顎を垂れた。

 抵抗する女性の姿にさらに興奮を増した男は、獣の様に裂けた口をめいっぱい開け首筋に噛みつこうとした。

 男は性欲と食欲の両方を同時に満たそうとしていたのだ。

 女性の首筋に男の牙が喰い込もうとする瞬間、ダンダン!! という銃声が二発響く。

 男が背中に受けた衝撃に驚き振り返ると、そこには暗闇に紛れ銃口を向けるメイド姿の女が立っていた。


「ナんだ? おまえはいった……」


 言い終わる間もなくメイドの手にする拳銃から吹き出すマズルフラッシュの閃光、獣と化した男、獣人の胸板に刺さる銃弾だが口径が小さい為か左程のダメージも与えていない様子だ。

 しかしメイドはそんなことお構いなしに引鉄を引き続ける。


「グっ……イイ加減にッ、シロオオオオオ」


 さすがの獣人も堪り兼ね両腕で銃弾をガードしつつメイド目がけて突進してくる。

 拳銃の弾が切れるとそれを投げ捨てメイドも獣人の向かってくる方へと走り出す。

 獣人が飛びつこうとする瞬間、メイドは長いポニーテールに結った髪を揺らし跳躍すると、身の丈2㍍はあろうかという獣人の頭上を飛び越え反対側へ着地した。

 獣人は振り返りメイドの行方を探すが、背後から女の声がする。

 

「こちらです」


 もう一度振り返ると一閃、鋭い光が目の前を縦に流れた。


「巫……女ぉ……?」


 正面には一振りの刀を手にした巫女装束の少女がいた。


 メイドに巫女にいったいどうなっているのか、近くでコスプレパーティーでもあったのだろうか?


 それが男の最後の思考だった。

 巫女装束の少女の姿が縦に割れる、男の視界が縦にズレたのだ。

 少女の持つ刀により男の頭は真っ二つに割られていた、それは痛みを感じるよりも早く死を感じるよりも速く鋭い一撃であった。

 男の身体はその場に崩れるように倒れると青い炎を上げる、一頻り燃え上がった後には真っ黒な灰が残り、それもやがて霧散していった。

 その様子を少女はやりきれない表情で見つめながら、被害者の女性の介抱をしているメイドの元へと歩み寄る。


水谷(みずたに)さん、どうですか?」

「姫様、大丈夫気を失っているだけのようです。目立った外傷もないので間一髪だったようですね」


 そう言いながら水谷と呼ばれたメイドは身に付けているエプロンを外し女性にかけてあげた。

 姫と呼ばれた少女がよかったと胸を撫で下ろすと、一瞬の閃光が走り今まで纏っていた巫女装束のような姿から普通の女子高校生の姿へと変わり、手にしていた刀もなくなっていた。


「これで、三人目ですね……」

「はい、姫様……世間を騒がせている失踪事件も被害者と加害者も含めてこれで8人、いつまでも警察の目を誤魔化せるものでもありません、正直これ以上の…」

「わかっています水谷さん……でもこのまま放置していては被害者が増す一方です。なんとかしてこの事件の真相を突き止めないと、それができるのはこの街ではわたし達だけです」


 そういう少女の目には決意と共にどこか悲壮感が漂っているようにも感じられた。

 水谷はそんな少女を心配そうに見つめるとゆっくりと首を横に振り。


「わかりました。姫様がそう仰るのであれば私はどこまでもお供いたします。とにかく今日は一旦引き揚げましょう、後のことは警察に任せて私の方で上手く誤魔化しておきますので」

「はい、いつもすみません」


 遠くで鳴り響くサイレンの音、水谷が通報したのだろう。

 少女は一人廃ビルを後にすると空を見上げる、夜だというのに雨雲がわかるくらいに低くどんよりと拡がっていた。

 雨が近いのだろう、アスファルトの濃い臭いが鼻をつく。


 水谷さんは傘を持っているのだろうか……そんなことを考えながら少女は繁華街の灯りの中へと消えて行った。

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