第16話 俺は死んでも離さねえっ!
「それでは、ゲームスタートです」
静かにそう告げるとアルレッキーノは指をパチンと鳴らした。
同時に先程まで虚ろな目をして立ち尽くしていただけの土屋葵の目に光が戻り、意識を取り戻す。
数秒ボーッとしていたが、意識がはっきりしてくると自分が何をしていたのか、どこにいるのか事態が飲み込めず慌てふためいている。
「な、なに? ここどこ、屋上? どうして? え? あたし今まで一体なにして?」
キョロキョロとあたりを見渡すと、目の前の健登と水谷に気が付く。
「か、守羽?それにジミヒメのメイド……あんた達何して……ちょっと、何その血っ!? それ血っ? あんたどっか怪我してんの? なにっ!? 一体どうなってんのよっ!!」
パニック寸前だった。
「落ち着け土屋っ! いいか、今は冷静に俺の話を聞いてくれっ!! 頼むっ!」
「なんなのよっ! あたし、記憶が……あんた一体なにしたのよっ!? いやあああっ!!」
なんとか土屋を落ち着かせようとする健登だったが無理もない、誰だって突然こんな状況に陥ればそうそう落ち着いていられるものではない、しかしそれを黙らせたのはアルレッキーノだった。
アルレッキーノが右手を彼女にかざすと、ぴたりと動きを止め声をあげなくなる。水谷を拘束しているのと同じ状態だ。
「しぃぃぃぃ……土屋葵さん、あまり時間がないのでここからは私の言う通りにしてください」
アルレッキーノは土屋を拘束しながら彼女の唇に人差し指を押し当てると騒ぐのをやめるように言う。
そしてその指を顎から喉、鎖骨へとなぞるように滑らすと胸にあて心臓の部分で止める、同級生の目の前で辱めを受け土屋は声もあげられず涙ぐみ頬を赤らめる。
「今からあなたに簡単な質問をいくつかします。あなたは素直にYESかNOで答えればいいだけです。いいですか? しっかりとあなた自身の胸の声に耳を傾けて、それでは始めますよ、騒がないでくださいね」
そう言うと声をだせるようになったのか、ぶつぶつと土屋がなにか言っているのがわかった。
「なんなのよなんなのよなんなのよ……なんであたしがこんなに目に」
「それでは第一の質問です。あなたはクラスメイトの姫宮弥命さんを苛めていましたか?」
ど直球な質問であった。
苛めをしていた者が素直に、はいやりましたなどと当然言うわけはない。
わけの分からない状況にあり恐怖感はあるが、現実味を帯びない異常な状況に思考が追い付かない土屋は、これはひょっとしたら夢かもしれないとまだどこか余裕があった。
「はあっ? 姫宮? そんなことあたしがするわけないでしょ!」
その言葉に健登は顔をしかめ、水谷は土屋を睨みあげた。
水谷の視線に気づいたのか、土屋は気まずそうに目を逸らす。
「残念、不正解です。」
「は?」
「不正解の場合は罰を与えなければなりません、でも罰を受けるのはあなたではありません、目の前の彼に受けてもらうことになります。」
すると健登が突然叫び声をあげる。
「ああああああああっ!」
いつの間にか健登の右太ももにナイフが突き刺さっていた。
健登はあまりの激痛にもがき、咄嗟にナイフを引き抜こうとするも先程の水谷の言葉が頭をよぎりやめる。
動脈などを傷つけていた場合にナイフを抜き、一気に出血するとショック死しかねない危険があるのだ、健登の足元には血が流れだし真っ赤な血だまりを作り始める。
その恐ろしい光景に土屋は身体が震え声もでない、ようやくこれはただごとではないと気付く。
しかし、事態を飲み込めないままアルレッキーノの質問が続けられる。
「それでは、第二の質問です」
「ちょ、ちょっと待って」
「あなたは昨日、姫宮弥命さんの」
「ちょっと待ってよっ!」
「教科書を破き、教室のゴミ箱に捨てましたか?」
土屋の懇願にアルレッキーノは耳を貸さない、土屋は二つ目の質問には答えず黙り込んでいる。
「答えは?」
「そんなことっ……そんな……あたしは悪くないっ! あたしじゃないっ!!」
土屋は逡巡するも、まるで自分に言い聞かせるように否定する。
その言葉に水谷は歯ぎしりをする、この期に及んで自らの罪を認めないどころかその所為で健登が苦しんでいるというのに、健登よりも先に怒りでどうにかなりそうだった。
そんな炎のように怒れる水谷とは対照的に、アルレッキーノは氷のように冷たく告げる。
「不正解です」
また右太もも、どこから現れるのか先程とは別の場所にナイフが突き刺さる。
健登は本能的に苦痛から逃れようとしているのか、呻き声をあげ左足で地面を蹴り這うようにもがいている。
土屋の目は視点の定まらない状態で宙を彷徨い、口元だけが小さく動く。
「あたしの所為じゃないあたしの所為じゃないあたしの所為じゃないあたしの所為じゃない」
「それでは第三の質問です」
尚も続けるアルレッキーノの言葉に、ビクっと反応する土屋。
懇願するようにアルレッキーノを見つめ、首を横に振りわなわなと唇を震わせながら大粒の涙を流していた。
血だまりの中で倒れ込む健登は虚ろな目で土屋を見つめている、全身の痺れるような感覚に傷ついているのは左肩と右足なのに体中がナイフで刺されたような痛み。
なんで俺がこんな目に合わなくてはならないのか。
俺はなにも悪いことはしていないのに、なんでおまえを助けようとしている俺がこんなに苦しんでいるのに……なんでおまえは本当のことを言わないんだ。
健登は朦朧とする意識の中でそんなことを考え始めていた。
感情の方向転換。
アルレッキーノの宣言した通り健登はその痛みの理由を土屋に求め始める、痛みに対する感情を土屋に向け始める。
だが健登は土屋を見上げハッとする。
俺は馬鹿か……ちきしょうこれじゃあ奴の思う壺じゃないか
健登の見つめる先には涙を流す土屋葵の姿があった。
「なぜ泣くのですか? あなたは痛くはないでしょう?」
「お願い……やめてぇ、おねがいぃぃ……死んじゃう、これ以上やったら守羽が死んじゃうよぉぉ……」
「ならば正直に答えてください」
「おねがいぃ……」
「第三の質問です。あなたは姫宮弥命さんを苛めていたことを認め、それを懺悔し悔い改めることを神に誓いますか」
「誓います誓います誓いますっ! 誓いますっ!! だからお願い早く! このままじゃ守羽がっ、早く救急車を呼んでえっ!」
土屋の答えにアルレッキーノは少し間を置きゆっくりと首を横に振る。
「ふぅ、この期に及んでまだ嘘を吐くのですか、あなたは自分の保身の為に誓いを立てているだけ、これは神に対する冒涜です。残念……それでは不正解です」
その言葉に土屋は絶望し青ざめた。
アルレッキーノは最初から正解などにする気はなかったのだ、これは健登を憎しみに陥れるためのゲームであり土屋を陥れるためのゲームでもあった。
「てんめ……えぇぇ……」
健登は右手を地面に突き身体を起き上がらせようとする。
「それではこれが守羽君に与える最後の罰です、これでこのゲームは終わりですが」
「な……ん……だと?」
「守羽健登君……あなたは、これでもまだ彼女を救いたいですか?」
そう言うとアルレッキーノはまた指をパチンと鳴らした。
「な、なに? 身体が、勝手に?」
アルレッキーノが指を鳴らすと土屋葵は身体を回転させ健登達に背を向けゆっくりと前へ歩き出す。
「な、なんなのよっ!! どうして……止めてっ、止まってええええっ!!」
土屋は抵抗しようとするも歩みは止まらない。
「ここまででこのゲームの仕上げですっ! さあ守羽君っ、このままでは彼女はあのフェンスを乗り越え、奈落の底へ真っ逆さまですっ!! あなたはその足に刺さったナイフを引き抜き痛みに耐え己の命と引き換えても彼女を助けたいですかっ!?」
次の瞬間、水谷が叫び声をあげながら強引に拘束から抜け出そうともがく、糸が身体に喰い込み骨が軋み血が流れる、そしてスカートの中から取り出したのはスタングレネードだった。
ここに来る前の作戦会議で説明を受けていた健登は、咄嗟に目と耳を塞ぎ衝撃に備える。
バンっ、という凄まじい衝撃音と共に眩い閃光が放たれた。
さすがのアルレッキーノにも効果はあったようだ、眼を瞑り耳を押さえふらふらとしながら立っているのもおぼつかない様子。
水谷は拘束されていたため目を瞑ることはできたが、耳まで塞ぐことはできなかった。
かなり近くで爆発した為か、右耳から血が流れている恐らく鼓膜が破けたのだろう。
拘束は解けているらしい、そのままその場に倒れ込んでしまった。
「お、おおおおおおおおおおおおおっ!!」
健登は雄叫びをあげると肩と太腿に刺さったナイフを引き抜き駆け出す。
駆け出したが痛みで足に力が入らず、ガクンと右膝が折れ前のめりに転ぶ、それでもまた起き上がり、転んでは起き上がりを繰り返し最後は這うようにして土屋に追い縋る。
「土屋あああっ!!」
「守羽っ! 助けてっ、お願い守羽!! 嫌っ、こんなの嫌よっ、あたし、死にたくないっ!」
泣き叫び助けを請う土屋、もうすでにフェンスを乗り越え屋上の縁に降り立つ所だ。
健登は血まみれの手でフェンスを掴むと死力を振り絞り立ち上がる。
そしてフェンスを乗り越えようとした瞬間。
「助けてっ! かみはっ」
土屋は屋上からその身を投げ出した。
間一髪だった。
健登は右手で壁から突き出ている配管の金具を掴み、左手で土屋の袖口を掴んでいた。
土屋葵が上を見上げるとポタポタと顔に健登の血が降り注いでくる、その血はとても熱かった。
土屋は声にならない声で泣き、そして初めて謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさいぃぃ、ぅう……ごめんなさいぃぃ、あたし……ぅぅ……あたしがやりましたっ! 姫宮の教科書を捨てたのも、靴を隠したのも、今までの嫌がらせ、あたしが全部悪かったから……もう、もう二度とあんなことしないから、死にたくない……ごめんなさい、手を離さないで守羽、お願いだから謝るからぁあああ」
「馬鹿野郎おっ! 謝るなら姫宮に直接謝れっ!! 面と向かって謝るのが怖いなら俺が一緒に居てやるっ!!」
「でも、許してくれるかな? あたし、姫宮に散々酷いことしてきた。そんなあたしを今更許してくれるかな?」
「許すに決まってんだろ、今もあいつはお前を助ける為に必死で頑張ってるんだぜ、お前が本気で謝るなら、お前が本気で変わるならっ!だから約束しろっ、俺は死んでも離さねえっ! 絶対にこの手を離さねえっ!!」
「約束するっ!姫宮に謝る、引っ叩かれてもいいっあたしが悪かったって、ほんとうにごめんなさいっ!!」
健登は既に左手の感覚がほとんどなくなっていた。
ただ、落ちまいと土屋がもがき揺れる度に左肩に激痛が走る、目に涙を浮かべ歯を食い縛り、健登は必死に痛みを堪える。
絶対に離さない、この痛みは命の重み、土屋葵の命の重さだ。
この痛みを感じている内は土屋の命を感じているということ、だから、絶対に離すもんかっ!
「くそおっ!! 土屋っ!手に力が入らねえ、頼む、自分で上がってきてくれ」
「だめだよぉ、守羽、血で滑って上手く掴めない」
健登は必死に土屋を引き上げようとする。
土屋も必死に健登にしがみ付き這い上がろうとする。
あともう少し、土屋の手が屋上の縁にかかり健登が押し上げた。
「やった! 守羽っ、あんたも手を伸ばして、あたしが引き上げ……」
振り返ると健登の姿はなかった。
土屋を押し上げたところで力尽き遂に健登は手を離してしまったのだ、土屋はショックのあまり気を失ってしまった。
そういや高い所から落ちるのはこれで二回目だな、しかも二日続けて。
そんなことを考えながら、健登は土屋が助かってよかったと心底そう思っていた。
血を大量に失った所為か妙に寒い、意識が遠のいていく、この体はいつ地面に叩きつけられるのだろうか、ちきしょう幻聴まで聞こえてきやがった。
「守羽くんっ!!」
自分の名を呼ぶ弥命の声、その声に健登が目を開けると、三階教室の窓を突き破り飛び出してきたのは白い巫女装束を纏った弥命だった。
弥命は大きく両手を広げながら健登の名を呼ぶ、そしてめいっぱいにその腕を健登に向けて伸ばした。
「ひ……め……みや」
「諦めないでっ! 手を伸ばしてえっ!」
二人の立場は逆であるがこれはまるで昨日の光景を再現したかのよう、健登は何度もそんな状況に陥る自分と弥命に少しおかしくなった。
あの時は無我夢中でわけの分からない内に弥命の神器を引き抜き助かった、しかし今は健登にも感じられた。
強く強く鳴り響く弥命の鼓動を、弥命の命を、それは神器を一度手にした健登だからこそ感じられたものかもしれない。
今この瞬間、アメノハバキリを通してお互いが強く繋がるのを感じた。
「そうだな姫宮……これからも、何度でも……おまえの手を」
健登は差し出された弥命の手に手を伸ばした。




