第15話 あなたにその罰を請け負ってもらうことにします
弥命は二人と別れた後、真っ先に中庭へと向かっていた。
健登の考えが正しければ、あのタイミングあの場所、中庭が一番怪しい。
東校舎と西校舎に囲まれるようにある中庭には、一階からであればすぐに出ることができる、まず探すならここだ。
弥命は中庭の丁度中央部分まで行くと剣の鞘で地面に魔法陣のような物を描く、円の中央に立つと弥命は指で印を切りぶつぶつと呪文を唱えだした。
結界を張る装置と言ってもどんなものかはわからない、一目見てわかるようなものであれば苦労はしないだろう。
しかしこの結界は学校敷地内全域に張り巡らされている為そうとうに強力な結界である、こんな規模のものを普通に張ったのでは術者の体力が持たない。
であれば、なにか強力な魔力を供給できるものがあると考えるのが定石である。
その魔力の供給源を探知できれば、自ずと結界を発生させている術式装置に辿りつけるわけだ。
探知するのを中庭だけと限定すればそれもより早くなる、弥命は一刻も早く結界を解除する為に意識を集中させた。
弥命の今行っていることは単純明快、自分を中心に己のマナを波紋のように広げて大きな力に当たる反響を探る、つまりは超音波ソナーの要領だ。
意識の奥深く、深く、神経を研ぎ澄ませる。
何か光が揺らめく、そこから大きな波紋が返ってくる……
これは……水……
「見つけたっ!」
そう言うと弥命が駆け付けた場所は、中庭の片隅にある用水池。
コンクリートで縁取られた横幅3メートル奥行1メートル深さは30センチほどの小さな溜池であった。
ビンゴ、その溜池の中に見える野球ボールほどの宝石から溢れだす魔力、これが結界を維持する燃料の供給源だ。
古来より宝石と言うのは長い時間をかけ大地から気を吸収し凝縮させたものであると考えられており、西洋魔術に於いては欠かせない魔法アイテムである。
それにしてもこれ程までに大きく強大な魔力を秘めた石はなかなかお目にかかれるものではない、宝石を媒介に魔術を使う者からすれば喉から手が出るほどに手に入れたい一品であろう。
そんなものを惜しげもなく丸々と使ってまでも手に入れる価値のある物。
それこそが神器と言えるのかもしれない。
弥命は鞘を打ち付けコンクリートを砕き水を抜くと溜池の中に入る、結界の発生源を見つけたのはいいがそこで弥命は大きな問題にぶち当たった。
実際に現物を目の当たりにしてわかる見事なまでに高度な術式は、思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどに完璧なものに見えた。
宝石を中心にアルレッキーノが組み上げたのであろう魔術の公式は、とてつもなく複雑で難解なものであった。
術式と言っても古今東西全世界共通のもので作られるものでないのは当然だが、基本さえ押さえていればどんな様式のものでも解読は可能だとされている。
簡単に言えば数式やパズルのようなもの、公式に当てはめていけば答えに辿り着けるのだ。
弥命はこれを解くのはかなりの時間を要すると考える、下手をすれば解けない可能性までありそうだ。
ここにきてまたも感じるアルレッキーノという男の得体の知れなさに、弥命はひょっとしたら自分達はとてつもなく怖ろしい敵を相手にしているのではないかと思った。
「今は結界を解くことに集中しよう」
そうだ、四の五の悩んでいる暇があるのなら少しでも手を動かせ、頭を働かせろ。
弥命は自分にそう言い聞かせ、結界の解除に取り掛かった。
地面にできた血溜まりにポツポツと腕を伝い滴り落ちる血を見つめながら、健登は痛みで朦朧とする頭でこんなに血を流して死んでしまわないだろうかと考えていた。
その横で呻き声を上げ苦しそうにしている水谷に気が付く。
「水……谷……さん? ……水谷さんっ!!」
気を持ち直し叫ぶ健登。
「かみ……はね……殿……す……みませ……ん」
申し訳なさそうに健登を見つめ謝る水谷、アルレッキーノを見るとあの糸で水谷を絡め取っていることがわかった。
健登はなんとかしようと立ち上がろうとしたところで、アルレッキーノがまた話し始める。
「どうでしょう? 人の感情を引き出すには痛みが一番だと私は思います。今あなたは傷の痛みを感じる度に、私への怒り、憎しみを感じていることでしょう」
「てめえ、なにもしないってのはやっぱ大嘘じゃねえか」
「何もしないと言うのは結界を解除する邪魔をしないと言う意味です。これもゲームを楽しんでいただく為のスパイスだと思って頂ければ」
「ざっけんなよ……」
健登は睨み付けるが自分の思うように事が運んでいることに気をよくしたのか、仰々しく両手を広げペラペラと捲し立てるアルレッキーノ。
「そこでここからは趣向を変えて、我々は別のゲームをしてみませんか?守羽君の私に対するその怒りや憎しみ、それを別の方向へと向かわすことができるかどうか、守羽君はできると思いますか?」
「は? なんの話だ?」
「私はできると思います。感情の方向転換、これから始めるゲームはそういうゲームです。もしあなたが見事このゲーム勝つことができれば少女は解放いたしましょう」
「だから何の話だっ!」
思わせぶりに話すアルレッキーノに苛立ちを隠せない健登。
そんな健登の姿にアルレッキーノは仮面の下で笑うと、実際に見えたわけではないが健登にはそう感じられた、土屋葵を指差し声高々に宣言する。
「これから彼女、土屋葵の犯した罪に対する審問を行います。もし彼女が罪を認め悔い改めるのであればその罪を赦しましょう。しかし、もしそれを否定すると言うのであれば断罪を、それは守羽健登君、あなたにその罰を請け負ってもらうことにします」
「て……めぇ……」
「なん……という……卑劣……な」
アルレッキーノの悪魔のような思考に健登と水谷は絶句した。
痛みを与えるのはアルレッキーノだ、当然その怒りは与えた者に向けられるものだがもし土屋が何時までも自分の罪を認めなかったとすれば、痛みを与えているのは嘘をつき続けている土屋の所為だと健登が感情を向ける相手の方向転換を起こせるか。
そんな残忍なゲームを、アルレッキーノが健登に当事者になれと言ったのはこういうことだった。
「それでは、ゲームスタートです」




