第14話 わたくしに言わせればおまえこそがナンセンスっ!
教室を飛び出し全速力で西棟へと向かう健登と水谷、当然弥命は別行動だ
階段を駆け上がり元来たルートを戻る、アルレッキーノの宣言通り影達の妨害はなかった。
どうやら本気でこのゲームというものを楽しもうとしているらしい。
二階連絡通路を駆け抜け右に曲がり進むと直ぐに階段が見える、そこで健登の後に付いていた水谷がピタリと足を止めた。
「水谷さんどうしたんですかっ!?」
「守羽殿……その……こんな時になんですが……」
「なんですかっ!? トイレですかっ!」
「違いますっ!!」
ボケと突っ込みがいつもと逆になった。
水谷は神妙な面持ちで、健登に何か聞きたそうにしているが、今はそれどころではないので我慢しているようにも見える。
「なにか気になることでもあるんですか?それなら早く、今は一刻の猶予も」
「その、奴の言うことを真に受けるべきではないということは重々承知していますし、今は一刻を争う事態だと言うことも理解しているのですが、その……奴の言っていた姫様に対する嫌がらせの数々とは一体なんのことでしょうか?」
健登は心の中で、「しまった」と叫ぶ。
そう、水谷は知らないのだ、これから助けに行こうとしている人物が弥命のことを苛めていた相手だということを、正直に言うべきかどうか、健登は慎重に言葉を選ぼうとしどろもどろになる。
「そ、それは、そのなんというか」
「やはり言い難いことなのですね、姫様は……苛めに会われていたのですか? そして、これから助けに行く相手がその方なんですね」
水谷は冷たい目でありながらその奥に怒りの炎を宿したような鋭い目つきで健登を見つめている。
ここは下手に誤魔化すよりも正直に話すべきだと健登は理解した。
そして、覚悟を決め小さく頷く。
「はい、土屋は姫宮を苛めていました。昨日も、たぶんその前からずっと、それを皆見て見ぬ振りをしてきたんです。それを姫宮はずっと一人で耐えて……だとしても、今はそんなことを言っている場合じゃ」
「もう結構ですっ!!」
そう叫んだ水谷の表情は、予想していたものとはまるで違った。
健登はてっきり、愛する弥命が苛められていたと聞き怒り狂うと思っていたのだが、それどころか水谷は目に涙をいっぱいに溜め、両手でスカートを握りしめると下唇を噛み悔しそうな表情を浮かべていた。
「情けない情けない情けないっ! 心底情けないっ!! 何も知らずにのうのうと生きていたのはわたくしの方です。そんなお辛い目にあわれていたのに愚痴ひとつ零さずに姫様は……それに守羽殿はお心を痛めてくださっているのですね、お二人ともなんと立派なのでしょう、それなのにあろうことかわたしは、その方を助けに行かれる必要が本当にあるのかなどと邪念を」
水谷がそう思うのはもっともである、健登もそれは理解している。
健登は上がりかけていた階段を降りると水谷の両肩を掴み、真っ直ぐに両目を見据える。
「水谷さん、今はあなたが頼りなんです。姫宮の為に、俺と一緒に戦ってください」
「守羽殿……」
健登のその言葉に水谷は決意を新たに頷くと、二人は再び走り出した。
「ところで守羽殿……その、紅葉となら漏れなくわたしが」
「それはもういいです」
屋上に着くと鍵は開いていた。
重い鉄扉を開き外へ出る、テニスコート三個分くらいのスペースの端に人影が二つ見えた。
仮面の男アルレッキーノと土屋葵だった。
健登と水谷の姿を確認するとアルレッキーノは予想通りと言わんばかりに話し始める。
「やはりあなた方が来ましたか、姫巫女様は別行動で結界の解除に向かったわけですね」
「てめぇえええっ……土屋っ!! 無事かっ!?」
健登は無視して叫ぶが、土屋葵はピクリとも反応しない。
薬かなにか盛られたのか、それともなにかしらの術をかけられているのか虚ろな目をしたままゆらゆらと立っていた。
「相変わらず直情的で会話にならなそうですねあなたは」
「おめえなんかと話すことなんざなにもねえ」
「やれやれ、それでは時間稼ぎにならないでしょう、なんの為にここに来たのですか?」
相手にそれを指摘されてはぐうの音も出ない。
「そもそも、時間稼ぎなどする必要はないでしょう? 三十分間私はなにもしないと言っているのですから」
「では、そのまま何もしないで彼女を解放しなさい」
水谷は銃口をアルレッキーノに向ける。
アルレッキーノはやれやれといった感じで肩を竦めると再び喋りだす。
「これは一本取られました。でもそれはできません、これはゲームなのですから純粋にそれを楽しんでください。他意はありませんよ? この間に何か小細工を仕掛けようなどと微塵も考えていませんから」
「そんな話、我々が信用するとでも?」
「ふぅ……困りましたね」
アルレッキーノは小さく溜息をつく。
水谷はアルレッキーノの動きをつぶさに観察し、どんなに細かい動きも見逃すまいと集中する
昨夜の戦いでは、何をされたのかはわからないが一瞬で動きを止められたあの術、あれをされては成す術がない。
健登も隙を見せまいと身構える。
二人のそんな様子を見てアルレッキーノはさらに続ける。
「ではこうしましょう、私がなぜこんなことをするのか? あなた方はそれが知りたいのでしょう? こんなゲームを仕掛ける理由、それをお話ししましょう」
「理由?神器を手に入れる為だろっ!」
「それは目的であって手段の説明でも理由でもありません」
言葉遊びをしてからかわれているような気分になるが、こうしてのらりくらりと話していれば時間を稼げると思い健登はアルレッキーノの話を聞くことにする。
その間も妙な真似をされないように水谷は銃口を向けたままだ。
「妙な動きをすれば引き鉄を引きます。」
「どうぞご自由に……それではお話ししましょう」
そう言うと、静かにアルレッキーノは話だした。
「私は人間と言う“モノ”にとても興味があるのです。あなた方のその不合理な感情や行動、特に妬みや嫉み怒りや憎しみなどの負の感情に非常に心惹かれます。あなた方は個を重んじるあまり他を疎んじる傾向にあるにもかかわらず、愛だの絆だの友情だのを善とし、それを口実に集団であろうとする、あまつさえそれを受け入れず理解しない者を悪と断じます。その内に悪を内包しているのにも関わらずですよ? 非常にナンセンスだとは思いませんか?」
「なにが言いてえんだかさっぱり、哲学の授業でもしてるつもりか?」
「わたくしに言わせればおまえこそがナンセンスっ!」
健登は鼻をほじり馬鹿にした表情で、水谷は親指を地面に向かって突き立てる。
二人に挑発されながらもアルレッキーノは意にも介さず話を続ける。
「そこでこの少女です。ご存じの通りこの少女は姫巫女様に対し陰湿な苛めを繰り返してきました。姫巫女様をずっとお守りしてきたあなた。さぞかし腹が立つでしょう、憎くはありませんか?」
アルレッキーノは水谷の方を見て話しかける。
これは挑発だとわかってはいるがやはり許せない、しかし今はこの少女を救う為に弥命も健登も動いているのだ。
感情と成すべきことは切り離せ、彼女を断罪するのはすべてが片付いてからでいい、水谷は唇を噛みアルレッキーノを見据える。
「そうです、その表情です。それは私に対する怒りですか?それとも彼女に対する憎しみですか? しかし、あなたは救わなくてはならない。感情に即さない行動、この相反する二つが不合理と言わずしてなんだと言うのか」
「馬鹿馬鹿しい、たとえそれが不合理だったとしてもわたしは姫様の為に行動するのみです。」
「水谷さん、いいぜ、あんな奴の挑発なんかに乗る必要はねえっ!」
次にアルレッキーノは健登の方を向く。
まるでからくり人形のようにゆっくりと首だけを動かし見つめてくるので健登は気味が悪くなった。
「あなたもですよ? 守羽健登君」
「俺は別に土屋のことを憎んでなんかいねえ、怒ってはいるけどな。でもよそんなのは、これからいくらでも取り返せる、やり直せる。土屋が真剣に謝れば姫宮もそれを許すに決まってる、それが人間だってもんだ。てめえにはわからねえだろうけどな」
健登は自信満々に言い放った。
あの夢の中と同じ、まあ夢ではないのだけれど、アルレッキーノの言葉に惑わされることはないと、あの言葉を強く心に刻む。
それでもアルレッキーノは意に介さない、いや健登は思い違いをしていた。
それを正すかのように話しかけてくる。
「違いますよ守羽健登君、それでは他人事ではないですか?自分はなにも傷つかず高みの見物、上から目線で他人の感情を語るものではありません、あなたも当事者になってみなければ」
そう言った瞬間、悪意、そうこれは悪意だ。
気分の悪くなるほどの絶対的な悪意が健登に向けられる。
それを察し水谷は引き鉄を引く、拳銃から銃弾が放たれるが昨夜同様アルレッキーノの前で蒸発する。
アルレッキーノが左手を突きだし水谷に向ける「まずい!」水谷がそう思った瞬間、健登が飛びつき二人は一緒に地面を転がった。
「水谷さん、動けますかっ!?」
「はいっ、守羽殿、一体なにがっ!?」
「あいつの手から光る糸のような物が見えました。たぶんあれに捕まると動けなくなるんじゃないかと」
「なるほど、やはり守羽殿が居てくれて助かりました」
アルレッキーノの指先から延びるピアノ線のような物、それは魔力によって紡ぎだした糸だった。
この糸に五体を縛られた相手は自らの意思では手足を動かせなくなり、まるでアルレッキーノの操り人形と化してしまう技だ。
神器の影響によりそれを看破した健登だが、アルレッキーノの方へ振り返った瞬間。
左肩に軽い衝撃を受ける、なにか10~15センチくらいの物が当たったような小さな衝撃だった。
しかし、それを見た瞬間に健登は叫び声を上げる。
「ぐっ……ああああああああああああああっ!!」
「守羽殿っ!!」
刃渡り十数センチのナイフが健登の左肩に喰い込んでいた。
それを認識した瞬間に左肩に激痛が走る、電気が走ったような痛みと言うが実際に自分の身体に通電させたことのある者などそう多くはないだろう。
言うなれば虫歯の神経をピンセットで突かれたような痛みだ、しかもそれの何倍もの痛み。
それと同時に焼かれるような、そう痛みと言うよりも熱いという感覚だ。
健登は悲鳴をあげ自分の肉体に突き刺さる異物を取り除こうとするが、水谷がそれを慌てて止める。
「いけません守羽殿っ!! 心臓に近いですっ、下手に抜いては失血死する恐れがありますっ!!」
「でもっ! 痛てえっ! くそおっ!」
「我慢なさいっ!」
言いながら水谷はエプロンを裂き応急処置をしようとするも、突然身体がピクリとも動かなくなる
なんとか首だけを動かしアルレッキーノを見るとその左手は水谷に向けられていた。
「くっ……お……のれぇ……」
「残念でしたね」




