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神器の巫女  作者: あぼのん
第一章 憧憬落暉とひとり姫
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第12話 これはただの傲慢だ

 建物の中と言うのは心理的に安心感を与えると言われている、巨大なコンクリートで覆われた校舎のような建造物なら尚更だ。

 しかし、天井、壁、床と四方を囲まれたこの場所はかえって水谷を戦い辛くさせていた。

 先程までは地面からしか現れなかった敵が四方から現れるようになり、壁がある為に前後にしか逃げ場がなくなったのだ。

 立体的に敵を迎え討たなくてはならない為、水谷は苦戦を強いられた。

 いくら動きが鈍いと言ってもこれだけの数を同時に相手にするのは骨が折れる、相手はただ攻撃するだけでは死なない存在、無限に湧いてくるゾンビのようなものだ。

 ましてや健登も守らねばならないので、肉体的にだけでなく精神的にも苦しい戦いになってくる

 それでも泣き言は言っていられない、なんとか健登を守りつつ弥命と合流しなければならない、守れませんでしたで済む話ではないのだ。

 己の命に代えても姫巫女様をお守りすること、それが代々神器の姫巫女の護衛として仕えてきた水谷家の者の使命とは言え、この弥命を守りたいと思う気持ちはただ使命感からくるだけのものではない。

 先代姫巫女、弥命の母は弥命を生んですぐに亡くなっている為、朱音は先代に直接仕える期間がそれほど長くはなかった。

 朱音にとって弥命は生まれた時から仕えている姫巫女であると同時に、まるで我が子のように大切な存在であるのだ。

 というのは建前で、姫様かわいい姫様かわいい姫様かわいい姫様くぁぁあいいいいいいいいいっ!ってのが本音だ。


 校舎と言っても西棟から東棟まで行くのに五分も十分もかかるような巨大なものでもない、普段ならものの数分で移動できる距離だが、敵と戦いながらとなると話は別だ。

 水谷が大分疲弊してきていることは健登にも感じ取れた。

 それでも自分にできることは水谷の邪魔にならないように、且つ東校舎までのルートをナビゲートすることだけ、健登は今自分にできる精一杯をしようと心に決めていた。


「水谷さん!もう少しです。この階段を上がればすぐ連絡通路です。」


 階段を駆け上がり、左に数メートル進むとそこで廊下は再び左に折れる。

 東校舎へと繋がる二階連絡通路、ここを抜け三階へ上がれば生徒会室がある。

 健登と水谷は一気に駆け抜けようとするが前方に現れる影の群れ、強引に突破するにはあまりにも多すぎる、やはりこのルートを選んだのは失敗だった。

 引き返そうと振り返ると後方にも影の群れが現れる、廊下の前後を塞ぐ影の群れはじりじりと二人に迫り距離を縮め始めた。


「万事休すか……」


 水谷が小さく呟くのと同時だった。

 通路の天井と床に術式を施した円陣が展開する、それが一気に眩い光を放つと影達はあっという間に消滅してしまった。

 それを見て水谷が声をあげる。


「姫様っ!」


 通路の先には白い巫女装束風の衣装を纏った姫宮弥命の姿があった。

 やはり弥命は無事でいたようだ、神器の姫巫女であると同時に、弥命は呪術を操り霊的舞具(ぶぐ)を使いこなす戦巫女であるので当然と言えば当然であった。


「水谷さん、それに守羽くんまでどうして」

「ひめさまぁぁぁああああ、うあああああん、ごぶじでなによりですううううううう」


 水谷は涙を流し歓喜の声を上げながら弥命の元に駆け寄り抱きつく。


「水谷さん、鬱陶しいです」

「そんなご無体なぁ」


 面倒くさそうにそれを引っぺがそうとする弥命と、離れようとしない水谷を見ながら健登は安堵した。


「姫宮、よかった。心配したんだぜ、とは言っても俺は水谷さんに守ってもらってただけだけど」

「余計な心配です。こう見えてわたしは戦巫女でもありますから、自分の身くらい自分で守れます。ああもうっ、しつこい! いい加減離れてください水谷さんっ!!」


 弥命の強さは健登も目の当たりにしている所ではあるのだが、それにしても相も変わらず弥命は不貞腐れモードであった。


「ところで姫様、あの術はいつの間に?」

「ああ、あれですか。だいぶ前からこの学内に不穏な空気は感じていました。いざという時の為にこういった危険な場所に予めトラップを仕掛けておいたんです。まさかこんなタイミングで使うことになるとは思ってもいませんでしたけど」

「さすが姫様です! やはりこの学内に敵が潜伏していると睨んでいたのですね」


 水谷のその言葉に健登はハッとする。


「潜伏?それって生徒の中に敵が紛れているかもしれないってこと?」

「生徒とは限りません、教師や用務員あるいは保護者とも考えられます。それ以外にも業者など様々な人が出入りしていますので特定には至っていません」


 弥命の言葉に健登は、ずっと引っ掛かっていたある疑問が頭をよぎる。

 それを纏めようと思考を巡らせるが弥命の言葉が遮る。


「とにかく一度移動しましょう、いつまでもここにいてはまた敵に囲まれてしまいます。」


 たしかにそうだ、とりあえず今は弥命の言う通りその場を離れることにした。


 健登達は移動しながらこれまでの経緯を弥命から聞く。

 生徒会の用事を終え帰ろうとしたところ、弥命は生徒会長に呼び止められたという。

 試験期間中のコピー室への利用制限や図書室での自習時間のこと、そして梅雨から夏にむけての生徒会の活動など大した内容ではなかったらしいのだが、今話すような内容ではないことを妙に時間をかけて説明されたらしい。

 それが終わり生徒会長と別れ階段を降り、ちょうどこの連絡通路を通るタイミングで結界の展開を察知したということだ。

 弥命は生徒会室にも身を守る為の術を施していたので一旦はそこに身を隠そうと考えたのだが、直前の生徒会長の不審な行動が気にかかり別の場所に身を隠し、恐らく健登は敵の手中にあるだろうと考えていたところ、銃声が聞こえてきたのでこうして姿を現し今に至ると言ったところだ。


「なるほど、一見その生徒会長、常深紫という方が怪しくも思えますね」

「はい、昨日もまるでわたしが神器の姫巫女であることを知っているかのような、そんな言動もありました。」

「なんと!? そんなことがあったのですか、ますます怪しい」


 弥命の言葉に頷き生徒会長を疑う水谷に、今にして思えばあれはまるで自分のことを挑発でもしているかのようではないかと思い返す弥命。

 説明を受けながら弥命の後に着いて行くとそこは職員室の真下、健登が尋問室と名付けたあの教室だった。

 ここは鍵がかかっていた筈なのだが、弥命が鍵穴に手をかざしなにやらぶつぶつと唱えるとそこにも小さな円陣が展開し鍵が開く。

 この人ひょっとして昼休みとか姿が見えない時などに、学校中にこんなことして廻っていたのだろうか? 健登は姫宮弥命七不思議の一つを垣間見た気がした。


 ちなみに姫宮弥命七不思議の話はいずれまた別の機会にしたいと思う。


 尋問室、もとい倉庫として使っている教室に入り、弥命が指で印を切りまたぶつぶつと呪文を唱えると、壁、天井、床に薄らと円陣が光り消えた。


「これで暫くはあの影達も現れない筈です。今の内に反撃の策を練りたいのですが、水谷さん」

「はい、姫様」

「装備はあとどれくらい残っていますか?」


 弥命に聞かれ水谷は、エプロンやスカートの中に手を入れ弄ると、いったいどうやって入れていたのか次々と武器を取り出し机の上に並べる。


「ハンドガンの弾薬が予備弾倉含め残り13発、スタングレネードが一個、手榴弾が二個、投げナイフが4本、サバイバルナイフが一本、戦闘を継続するには正直心許ないです」

「そうですか……」


 話す二人を交互に見返し、蚊帳の外の健登はただ黙って聞いていた。


「まずはこの結界をなんとかしないと話になりません」

「やはり、結界装置を破壊しますか?」

「いえ、それはあまりお勧めできません、これだけの大規模な結界です、かなり複雑で高度な術を使っていると思われます。下手をするとこの次元の狭間から抜け出すことができなくなる可能性もあります。」

「ではやはり、術者を倒しますか?」


 そう言って考え込む二人、黙って聞いていた健登だが発言するチャンスができたので、ずっと頭の中にあった疑問を言おうとした。


「あのー、ちょっといいですか?」


 手を挙げ発言権を下さいと言わんばかりに声を出す健登だったが、それを無視し弥命がまた話し出す。


「正直戦闘は避けたい所です。昨夜の戦いぶりやこれだけの術を使用できる相手です。かなりの強敵だと考えるべきでしょう」

「そうですね、私も昨夜一戦交えて奴の力は計り知れない不気味さを感じました。」

「この結界内にわたし達を閉じ込めたのも、相手が有利に事を運ぶためです。結界内は言うなればなんでもありですから、わたしと守羽くんだけを……」


 そこまで言って弥命は言葉を止めると、疑問符を浮かべたような表情をしたまま固まる。

 そんな弥命を見て、水谷と健登もなにが不思議なのか頭の上に疑問符を浮かべる。


「敵はわたしと守羽くんが狙いの筈、その証拠に他の生徒達はこの結界内から除外されています。術式をそう設定したのでしょう」

「はい、そうですね姫様」

「なんでいるんですか?」


 目をパチクリさせながら見つめあう二人。

 そう言われれば確かにそうだと健登は思う、あの時水谷は校門の境界線ギリギリ内側にいなければ結界の外にいただろうと言っていたが、そもそも内側にいた生徒達は姿を消しているのだ。

 しかし、そんな疑問に水谷は簡単に答えた。


「ああ、それはたぶん、私の身体と守羽殿の身体が触れあっていたからでしょう」


 なんだか誤解を招きかねない言い方に、健登は苦い顔をしながら弥命を見やる。

 すると、弥命は顔を真っ赤にしながらわなわなと震えると、健登をキッと睨み付け叫ぶ。


「か、から……だ、ふ、ふれっ……なっ! な、なななな、なんでっ!? 不潔ですっ!!」


 ああ、見事に誤解していますねこのお嬢さん、なんだかんだキャラ掴めてきました。

 とにかくこの誤解は正しておいたほうがよさそうだ。


「ちがうっ! 待て姫宮、勘違いするな」

「なにが違うんですか!! まさか二人がその、そ、そそ、そんな関係だったなんて」


 そんな関係ってどんな関係だ、昨日初めて話したことがあるってだけの関係だぞ。

 そういやこのメイド初対面の相手に自分の娘となぜか自分まで売り込んできたような、なにがしたいのかわからんが遊んでやがるな完全に……

 このメイドは弥命フリークだ、こうやって弥命があたふたするのを見て楽しんでいるのだろう、嫉妬する姫様かわいい❤ 絶対そう思ってやがる、というか水谷の顔が完全にそれを物語っていた。

 こんな時にふざけた面しやがってこの馬鹿メイドが、涎でてるぞ。


「いやいやいや、落ち着け姫宮。年齢差を考えろっ、ありえねーだろ」

「か、守羽殿……酷いです」

「だあああああっ! 話をややこしくすんじゃねえええええっ!」


 いい加減しつこい水谷にさすがの健登も堪忍袋の緒がブチ切れる、いい大人を説教するのなんて初めてだった。

 なんとか今に至る経緯を説明してその場は丸く収めるが、「そういうことにしておきましょう」という弥命の言葉が腑に落ちなかった。


「とにかく、結界に関してはわたしが解除を試みます。その間水谷さんには敵を引きつけておいて貰いたいのですが」

「どれくらいかかるでしょうか?」

「そうですね……探知から解除まで少なく見積もっても3~40分くらいは」

「厳しいですね……」


 のらりくらりと逃げながらなら、なんとかならなくもない時間だが、いかんせんここは敵の結界内、おまけに装備も底を尽きかけている状態だ、さすがの水谷も弱音を吐く。

 しかし、それでもやって貰わなくては他に手立てがないのだ。

 この場で結界の解除ができる人間は弥命しかいない、姫巫女を守りお助けすることが水谷の役目だとは言え、今回ばかりは荷が勝つ要望に水谷は死を覚悟する必要もあると気を引き締める。


 答えはでたようだ、ここから先は遊びではない下手をうてば命を落とすこともあり得る。

 弥命はできるだけ早く結界の発生源を探し出しそれを解除することに、そして水谷はそれを敵に阻止されないよう引き付けること、そのことだけに二人は集中する。


「よしっ、それで俺はなにをすればいい?」


 二人の役割は決まったので、自分はなにをすればいいのか尋ねる健登。


「そうですね、確かに今の守羽殿の勘や目は頼りになります。どうでしょう姫様、ここは守羽殿にも助力を仰いでみては?」


 水谷は神器の力の影響が残っている健登の感覚を頼りにしているようだった。

 実はここにたどり着くまでにも、何度か健登の勘で危機を回避していたというのもある。

 しかし、弥命はそんな水谷の言葉には耳も貸さずに冷たく言い放つ。


「必要ありません。ここからは我々に任せて、守羽くんはここでじっとしていてください」


 弥命のその言葉に健登は少なからずショックを受けた。

 こういったことに他人を巻き込みたくないという弥命の気持ちを知ってはいるが、現状そんなことを言っている場合だろうか、少しでも人手があった方が良いに決まっているのではないか?

 それをただここでじっとしていろなどと、役には立たないから邪魔をするなと言われている気がした。

 なにより、こんな状況になっても自分を頼ってくれない弥命に腹が立った。


「そんなこと言うなよ、そりゃ俺なんかじゃ役には立たないかもしれないけど、身体を張ることくらいはできるだろ?」

「尚更です。なにもできないのに敵の前に出て行って、むざむざ捕まることになんの意味があるんですか?“身体を張って”あなたのことを守ろうとしているわたし達のことも少しは考えてください」


 嫌味な言い方だった。

 弥命は心底自分を軽蔑した。

 健登もきっとそうだろう、いっそのこと呆れ果て自分のことを嫌ってくれた方が良い、そうとさえ思った。

 思ったが、弥命はそれがとても悲しいことに感じた。

 だが健登は呆れるどころか、弥命のその言葉に怒りを露わにする。


「一緒じゃねーかっ! おまえが身体を張って俺を守ろうとすることと、俺が身体を張っておまえを守ろうとすることの何が違うってんだよっ!!」

「全然違いますっ! わたしにはその力があります。覚悟もありますっ! そして使命があるんですっ!! 何も知らないでっ、何もしないでのうのうと普通に生きてきたあなたとは、何もかもが違うんですっ!」

「姫様っ! なんてことを」


 最低だ、なんとも情けなく恥じ知らずなことを言ったのだろう。


 あぁ、心の奥底ではそうやって他人を見下していたんだ、土屋葵の言っていたことは本当のことだったんだ。

 自分だって相手のことなど何も知らないのに、あなたとはまるで違うなどと……

 こんなものは使命なんかじゃない、覚悟なんかじゃない、力なんかじゃない、これはただの傲慢だ。

 気が付くと弥命は大粒の涙を流していた。


「なんで……なんで今になってそんなこと言うのよ。わたしはずっと……」


 そこまで言って声が詰まる、弥命はもうどうすることもできずただ泣きじゃくっている。

 健登はそんな弥命を黙って見つめていたが、おもむろに近づき手を伸ばすと優しくポンと頭の上に手を置く。


「姫宮はいい意味でも悪い意味でも素直すぎるんだよ。もうちょっと肩の力を抜いてみてもいいんじゃないか?」


 小さい子供をあやすかのように、頭を撫で優しく話しかける。


「昨日見た夢の中にさ、あの仮面の男がでてきて俺はお前らに見捨てられたって言うんだ、でもよ、俺が姫宮はそんな奴じゃないって言ったらそいつが白様に変わってさ、姫宮のことを守ってくれって頼んできたんだよ、おかしな夢だろ?」


 健登は昨夜の一件を夢と思っているようだ。

 起き抜けにはぼんやりとしか思い出せなかったが、だんだんと断片的に思い出していた。


「ぐすっ、なに言っでんだが、ぐずっ、全然わがりまぜん」


 弥命は鼻を啜りながら答える。


「まあさ、俺なりに色々考えてみたんだ、白様の言った言葉の意味を」

「白様の? 言葉の意味?」

「そう、姫宮には一人で何かやったつもりかって、俺には中途半端に関わるなって、それは二人とも不幸になるってやつ」


 健登はあれからずっと考えていたのだ、白のあの言葉や態度は決して弥命や自分を侮った言葉ではないと、その言葉の奥には弥命に対する深い愛情があるように思えたのだ。


 なんでも一人で背負いこんで無理はしないでおくれ、中途半端に弥命に優しくして期待させないでおくれ、本当に恐ろしいことがその身に降りかかった時に、どうせ弥命を見捨ててしまうのであれば最初から関わらないでいておくれ。


 あの夢の後には、そう言いたかったのではないかと思えた。


「白様も水谷さんも唱さんも紅葉さんも皆、姫宮のことが大事で大事で、ちょっと過保護になりすぎちゃっただけなのかなって、言葉足らずなんだよ。そんでもって姫宮は素直ないい子すぎたんじゃないのかな? 皆の期待を一身に背負って嫌なことでも必死に応えようとがんばってきたんだろ? でもさ、一人でがんばる必要なんてないんだぜ?もうちょっと我儘になってもいいんじゃないか?」


 そう言われ弥命はずっと幼い頃に、白に言われた言葉を思い出していた。


 ―― 弥命や、人はか弱い生き物じゃ、どうしても自分一人ではどうにもならない事があった時には誰かを頼りなさい、そしてそれまでに一番信頼できる人を見つけておきなさい、誰かに頼ることは決して弱さではないのじゃから、それはおまえをより強くさせるものなのじゃから ――


 今までずっと忘れていた。

 温かい腕の中で笑っていた自分とそれを見つめる優しい瞳、まるで母のような温もりを。


 弥命は自分がなんて身勝手で愚かな娘だったのかやっとわかった。


「守羽くん……」

「ああ」


 我儘になるということは、自分勝手なこととは違うんだ……

 弥命は健登の胸に額を当て、さらに大粒の涙を流しながら言った。


「守羽くん……お願い、わたしを守って」

「ああっ! 任せとけ、この身に代えても必ず」


 弥命は涙を拭き顔を上げると照れくさそうに笑いながら答えた。


「それはダメです」


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