第11話 あまり頭はおよろしくないのですね
試験期間に入る一週間はすべての部活動が休みに入る為、放課後の学校はいつもよりも生徒達のはけるのが早くなる、とは言っても皆がすぐに帰宅するわけではない、教室に残り勉強会を開く生徒達や図書室で自習する者、試験勉強をする為に残っている者ばかりでもない、試験なんて知ったことかといつまでも帰らずに友達と喋っている生徒達もいる。
そんな中、健登は帰りのHRが終わると真っ先に校門へと走っていた。
弥命よりも先にそこに行けば水谷が迎えに来ているはず、昼休みの後もずっと避けられていたのでそこなら必ず弥命を捕まえられると考えたのだ。
弥命はクラス委員の仕事で生徒会室に寄ってから帰る為先回りをする魂胆である。
校門が見えてくると一際目立つメイド姿が目に入る、さすがに今日は遅れなかったようだ。
校門の前学校の敷地の外側で、水谷は姿勢を正し弥命の来るのをいつもこうして待っている。
最初は皆それを遠巻きに見ているだけであったが、今ではすっかり慣れてしまい中には挨拶をする生徒もいる、水谷はそれにしっかり返事を返すのですっかり人気者だ。
男子達の間ではファンクラブなんかも設立されているという噂を聞いたこともある。
成人した子供のいる人妻(年齢不詳)とも知らずに、まあそれでもOKという奴もいそうだが。
水谷は健登の姿に気が付くと丁寧にお辞儀をする。
まだ弥命は来ていないようだ、水谷の近くまで来ると気を抜いて足元の段差に躓き健登は転びそうになる。
それを水谷が慌てて支えようと手を伸ばすと。
!?
「今……ズレた」
突然のズレたような感覚、そうとしか表現しようのない、この空間全てがズレたような異様な感覚に健登は自分でも気付かず声を漏らしていた。
その言葉に水谷は即座に反応する。
水谷もなにか違和感は感じ取ってはいたのだが、うまく捉えきれずにいたのだ。
しかし、健登のこの言葉でその違和感がなんなのかすぐにわかった。
「守羽殿、今確かに、ズレた……と感じたのですね」
「え? ああ、俺声に出してました? なにがって言われるとわかんないんですけどそう感じました」
そう、健登はそう感じただけでなにがそうなったのかは自分では理解していなかった。
「神器の影響の残っている守羽殿の今の感覚は信頼するに値します。むしろ私なんかよりもよっぽど頼りになるでしょう」
「どういうことですか?」
「ズレた、と感じたその感覚。霊的な力を感じて、恐らくそれは結界です。」
結界、昨日仮面の男も言っていたあれだ。
まあ漫画やアニメなんかでもよく見るので、なんか不思議パワーで作る不思議空間ということはなんとなくわかった。
辺りを見回すと自分たち以外の姿はなくまるで生き物の気配を感じない、空も酷く薄暗いように見え、周りにも不穏な空気が漂っているように感じられた。
周りの風景は何も変わっていないのにまるで別の世界に飛ばされたかのような、健登はそんな感覚を覚えた。
「恐らくは位相結界、それにしてもこんな広範囲に渡って張れる者など、白様以外に知りません」
独り言のように呟く水谷、どうやらすごいことらしいが健登にはよくわからない。
「あ、あのぉ、凄そうなのは伝わってくるんですけどもう少し詳しく」
「簡単に言うと、次元をズラして我々のいる次元と別の次元を重ねている状態です。二つは決して交わることはありませんし干渉しあうこともありませんが、結界で繋ぎ止めている為に同じ位置に存在するとも言えます。そして普通なら二つの次元に我々は同時に存在することはできませんが、これを結界の力を使うことにより二つの次元の狭間に……」
「だああああああああああっ、ぜんっぜんわかんねえっ!」
水谷の説明に健登の頭は既にオーバーヒートでショート寸前、白い煙をあげていた。
「守羽殿……あまり頭はおよろしくないのですね」
残念そうに見つめる水谷、なんか腹立つ。
「とにかく、守羽殿が躓いてくれたのは幸いでした。あのタイミングでなければ私は結界の外にいたかもしれません」
そういう水谷の足元を見ると校門の境界線一歩内側に入っていた。
それにしてもこれだけ広範囲で大掛かりな仕掛けを施すなど一朝一夕でできるものでもない、できたとして白昼堂々弥命に気づかれずにやってのけるなど考えられなかった。
であればなんらかの方法で学内に忍び込み、弥命に感付かれないように長い時間をかけて術を施したとしか考えられない。
水谷はこの結界を作り出した者、恐らくは仮面の男アルレッキーノだが、は恐ろしく狡猾で用意周到な敵だと考えた。
「水谷さん、これってやっぱあいつなんでしょうか?」
「そう考えるのが妥当でしょう、そして結界を張ったからにはこのままということはないはず、必ず仕掛けてきます。」
「だとしたら狙われるのは姫宮、早く探さないと」
焦る健登に対して、水谷は不用意には動けないと考えていた。
アルレッキーノの狙いは神器だ、だとすれば当然この結界内には弥命も閉じ込められているはず至極当然といえば当然
だが、そう考えることは当然敵も予想してきている。
今回厄介なのはターゲットが一つではないということだ。
神器を解放することのできる鍵と言ってもよい健登の存在が、敵の狙いを絞りにくくしている。
そう、言うなれば弥命は神器を入れた箱でありそして健登がそれを開ける鍵、最終的にはどちらも手に入れなければならないのだが、どちらか一つが手に入れば事を運びやすくなるのは言うまでもないだろう。
水谷は迷った。
本当ならすぐにでも弥命の元へ駆けつけたい所だが、敵はそう動くのを待っているのかもしれない、それによりかえって弥命や健登が危険にさらされる可能性もある。
なんとか弥命と連絡をとれないかと携帯電話を見るも当然電波は入ってこない。
長考する水谷だったがしかし、動かざるを得ない状況になる。
「水谷さん、あれなんだっ!?」
健登の声に顔を上げると視線の向こう、校庭の方で黒く揺れる影のようなものが地面から湧き上がる。
それも一つではなく、次々と現れると人や獣の形を成し揺ら揺らと歩き始めた。
「くっ、後手に回るのがこうも立ち回り辛いとは……」
毒づきながら水谷はスカートを翻し捲りあげると、中に隠し持っていた拳銃を取り出す。
下着が丸見えだったがそんなことは気にもしていないようだ、健登は自分の方が恥ずかしくなり視線を逸らした。
「守羽殿集中して! 絶対に私から離れないでくださいっ!!」
水谷はそう叫ぶとトリガーを引いた。
拳銃から放たれた銃弾が命中すると人型の影はゆらりと形を崩すが、数秒もしないうちにまた元に戻り歩みだす。
それを見て水谷は舌打ちをする。
昨夜の獣人やアルレッキーノのように実体のある者に対しては、銃や手榴弾はもちろん刃物や徒手空拳まで物理的な攻撃は有効であり。
圧倒的火力や熱量をもってすれば化物であっても葬り去ることは可能だ。
しかし、今相手にしているのは見るからに実体のない霊的存在、こういう相手には物理攻撃は通用しないせいぜい数秒間行動不能にするくらいだ。
完全に滅するには弥命の持つ霊刀のような霊的武具などを用いなければならない。とにかくここにいてはジリ貧、いずれ追い詰められてしまうのは目に見えている。
水谷はどこかから取り出したナイフでスカートを裂き、スリットを作ると動きやすくなったかどうか足を動かし確かめ健登に言った。
「守羽殿、強行突破します着いてきてくださいっ!!」
健登が頷くと水谷は拳銃を連射、正確な射撃で数体の影を打ち抜き一時的に行動不能にするとその間を一気に駆け抜ける。
健登もそれに従い走り出す。
拳銃の弾が切れると予備の弾倉を取り出し流れるようにリロードするとまた引き鉄を引く、それを繰り返し影の間を縫うように校舎内へと駆け込んだのはいいが、そこが安全かどうかなどわからない
幸いなのは相手の動きがすこぶる鈍いことだ。
「水谷さん、これからどうするんですか?」
「このまま逃げ回っていてもジリ貧です。弾丸もすぐに尽きます。なんとか結界を解ければよいのですが」
そう、結界を解くためには幾つか手段がある。
これだけの広範囲に敷いた結界であれば必ずどこかに術式を展開する装置のようなものがあるはず、それを破壊する若しくは術を使った者、要するにアルレッキーノを倒すかどちらかが一番手っ取り早い方法である。
もちろん一番安全なのは知識と技術を持った者が、結界を作り出している魔法術式を解読し、それを解除することであるが、残念ながら水谷にその技量はない。
しかしながら前述のどちらも位置が特定できない為に、また迂闊には動けない状況になる。とにかく一時的でもよいので身の安全を確保できる場所があればよいのだが、学校施設内のある程度の配置は頭に入ってはいるが、実際に敷地内に入るのは初めてなので水谷は勝手がわからない。
逆に、敵は長い期間をかけて結界を張ったとすれば学内のことはほぼ把握しているはず、言うなれば今ここは相手のホームグラウンドであり、水谷にとってはアウェイなのだ。
「守羽殿、私は学内に入るのは初めてゆえ勝手がわかりません、正直、上に行くべきか下に行くべきかも判断が困難です。ほんとうは二人を引き合わせるのは危険だとは思うのですが、やはりここは姫様と合流するのが得策かと思います。守羽殿の知恵をお貸しください」
「俺も同じことを考えていました。こういうことは俺はまったくのど素人だからどうしていいのかわからないけど、学校のことなら水谷さんよりはわかります。だから指示をください」
「助かります。では姫様の居そうな場所に心当たりは?」
弥命はクラス委員の用事で生徒会室に寄ったはず。
それほど長い用事ではないだろうからまだ生徒会室にいるとは限らないが、東校舎内にいる可能性は高い。もちろん健登達のように敵と交戦しながら移動していることも考えられるが、闇雲に探し回るよりかはマシだ。
「今日は生徒会室に寄っているはずなので、東校舎内にいる可能性が高いと思います。すぐに移動している可能性もありますけど」
「少しでも可能性があるのならそこを目指しましょう」
「そうですね、もし生徒会室から戻る途中だったとしても、下駄箱まで行くには普通二階連絡通路を通ると思います。」
「なるほど……ちなみにそれ以外にルートは?」
「ありますけど、なんで?」
水谷はこの行動すら敵の罠の内かもしれないと勘繰る、追い込まれて弥命との合流を余儀なくされた場合を敵も想定していたら、二階連絡通路というのも相手を挟み打つには絶好の場所だ。
水谷は少し考えて決断する。
「いえ、最短ルートを行きましょう!」
二人は目を合わせ同時に頷くと走り出した。




