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神器の巫女  作者: あぼのん
第四章 道に外れし世迷人
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第26話 おまえらがあの子にやったことはいずれ、自分に帰ってくるってことを忘れるな……

前回までのあらすじ


山禦・鎧を身に纏い不和を撃破した健登は、この人斬り外道はこの場で殺さなくてはならないと覚悟を決めるのだが、止めを刺そうとしたそこに割って入ったのは女の子であった。

女の子は自分は生まれ変わるのだと、不和と一緒にいれば生まれ変われるのだと健登を拒絶する。

その時健登の腹を女の子ごと不和の太刀が貫いた。その一撃で絶命する女の子であったが、不和の持つ妖刀から生み出された瘴気が人の形を成し新たな生命を誕生させる。

生まれ変わった女の子は不和に、輪廻と名付けられて一緒にその場を後にするのであった。

 深夜の救急病棟の待合席でずっと座り続けていた。

 言葉を発する者は一人もおらず、ただ黙りこみ虚空を見続ける健登。その横では椅子の上で膝を抱え込み顔を伏せる芳乃に寄り添うようにクローディアも座っている。芳乃は先程まで泣きじゃくっていたのだが鼻を啜る音もやみ、今は落ち着いているようだ。

 健登を挟んで反対側には弥命が神妙な面持ちで俯いている。固定している左腕が痛々しく見えた。


 医師の確認の元、女の子の死亡が告げられてからおよそ2時間ほどが経過していた。

 廊下の向こうで声がする、見やると佐ノ介が看護師と何か話をしていた。

 深々と頭を下げると振り返り健登達の元へとやってくる。体中を刀で斬られたのに、普通の人であれば絶対安静の大怪我であってもおかしくないのだが、傷の上に治癒の呪符を貼り付け包帯でぐるぐる巻きの状態にしている為に、そこそこに回復してきたと病室から抜け出してきた所を看護師に見つかり怒られていたようだ。


 佐ノ介が目の前にくると健登は顔も上げずに問いかける。


「佐ノ介兄ちゃん……」

「なんだ?」

「あの子は……ああなることの方が幸せだったのかな?」


 人であることを捨て外道と同じ存在になった女の子が、自分は生まれ変われたのだとはしゃぎ回り、不和に名をもらったことを喜び笑っていた。

 海で出会ってからずっと死んだ表情をしていた女の子が感情豊かに笑っていたのだ。

 その姿を見た時に健登は思ってしまったのだ。


 あの子は生き返ったのだと。


 佐ノ介は暫く黙りこみ健登を見下ろしていたのだが、腕組みをすると強い口調で言う。


「んなこたねえっ!」

「兄ちゃん?」

「俺は坊主だ。人ってのは人のままに天寿を全うして極楽に行くってのが決められたことなんだよ。その道を踏み外しちまったらもう戻れねえ、その先にあるのは修羅の道だ。安らかな死なんざ待っちゃいねえんだ。あの子が、そんな世界に行くのを俺は止められなかった。すまねえ……健登」


 そう言うと深々と頭を下げる佐ノ介。

 安らかな死とはなんだろう? ハーデウスが言っていた。生と死と言うものは二つで一つの物であると、それらは単体では存在しえないものであるのだと。

 では、あの子の生とはなんだったのか? 死とはなんだったのか? あの子の生は幸せではなかったから、幸せな死など迎えられなかったのか?


 健登にはわからなかった。もうなにが正しくてなにが間違っているのか、あの子にとってどうするのが最良の選択であったのか、結局あのまま不和から女の子を救い出したところで、あの子に笑顔を取り戻させることが果たしてできたのであろうか……

 そんなことを思ってしまい強く拳を握りしめる。


 そうしているとバタバタと廊下を走る音と人の声が聞こえてくる。

 海で見たあの子の母親とその場に居たもう一人の男、そしてその後ろを黙ってついて来る源治であった。

 二人なにやら罵り合っているようなのだが、会話の内容はとても信じられないものであった。


「どうしてこんなことになったのよっ!家に居ろって言ったのにっ!!」

「おまえがちゃんと言っておかなかったから外に出たんだろうがっ!」

「うるせえっ!ちゃんと言ったよっ!!言ったのにあいつが勝手に外に出たんだよ!だいたいあんたが子供は邪魔だから置いてけって言ったんじゃねえかっ!」

「はあ? てめえのガキだろうが、俺は知らねえからな。俺のガキじゃねえんだ、おまえが自分でなんとかしろよ」


 子供が死んだのにそれを嘆き悲しむでもなく、こうなってしまったことの責任の擦り付け合いをしているように聞こえる。


 看護師に促されて病室に入り暫くすると叫び声が聞こえた。


「いやあああああああああああ、リンっ!リンっ!いやぁぁぁぁぁぁぁ、ああああぁぁぁ」


 女の子の名前を呼び泣き喚く母親の声が聞こえてくる。

 その慟哭に健登は唇を噛み、弥命は目を伏せる。


「なにをあんな……白々しぃ」


 そう呟いたのは芳乃であった。その声はとても冷たいようであり、怒りに燃えているようにも聞こえた。

 病室の扉の開く音が聞こえると看護師に支えられて母親が出てきた。その後ろを不満そうにして出てくる男。フラフラと放心状態のような母親がふと健登達に視線を送ると、突如早足になり近づいてきた。

 深夜の病院には似つかわしくないハイヒールの音をカツカツと響かせて、もの凄い勢いで迫ってくると健登達の前に立ち怒声をあげる。


「おまえらがやったのかあっ!!リンを!あたしの娘を殺したのはおまえらかあっ!!」

「ちょっ、違いますよお母さん落ち着いてください」


 後を追って来ていた源治が母親を宥める。


「じゃあなんでこいつらがここに居るんだよっ!? 海でもあの子にちょっかいだしてきて、なにやってんだよこいつらあっ!」

「その子達が第一通報者だったんですよ。お子さんを心配してずっと居てくれていたんです。」


 源治がそれっぽい嘘をついて母親に説明をする。


「嘘だっ!出鱈目だそんなのっ!なんでこんなことになっちゃうのよ、うぅ……あぁぁぁぁ、返してよ!あたしのリンを返してよおっ!!」


 その場にへたりこみ再び泣き出す母親の姿を見て、芳乃は怒りの形相をすると立ち上がろうとするのだが健登が腕を掴み制止する。

 芳乃は我慢がならなかった。どうしてもこの母親を引っ叩いてやりでもしないと腹の虫がおさまらなかった。止めてくれるなと健登の方を見やるのだが、それでも健登は手をギュッと握り締めて真剣な眼差しで芳乃の目を見ながら首を横に振る。

 しかし後ろで男が「ちっ、めんどくせぇな」と呟いたのを健登は聞き逃さなかった。

 鬼の形相で男の胸倉を掴みあげると後方の壁までにじり寄り拳を振り上げる。

 誰もそれを止める者はいなかった。ただ黙ってそれを見つめているのだが、健登の拳は男の顔の横を抜け後ろの壁を殴りつけた。


「おまえらのやったことは全部わかってるんだ……」

「あぁ? なんのことだよ?」

「おまえらがあの子にやったことはいずれ、自分に帰ってくるってことを忘れるな……絶対に……絶対にその身に帰って来るってことだけは忘れるなよっ!!」


 男を睨み付け言い放つ。健登の気迫に一瞬男はたじろぐも「どけっ!」と肩を押してその場を後にする。「あとは任せろぉ」と源治が言い、母親と共に去って行った。


「ちきしょぉ……ちきしょぉ……」


 健登は小さな声で呟き何度も何度もその拳を壁に打ちつけた。その姿を芳乃も弥命も黙って見つめている。

 壁に血が滲み始める頃に佐ノ介が健登の拳を掴んだ。


「もうやめろ……」

「兄ちゃん……本当はあいつをボコボコにぶん殴ってやりたかった。ぶっ殺してやりたいくらい憎かったんだ」

「あぁ、わかってるよ、でもよ健登……」


 佐ノ介は健登の首に腕を回しグイッと引き寄せるとぐしゃぐしゃと頭をかき回す。


「いいんだよそれで、おまえはそのまま真っ直ぐに前を見続けてろ。決して腐ってくれるなよ、弥命ちゃんや芳乃ちゃんにダセぇところ見せるんじゃねえぞ」


 そう言うと二人の前に背中を押しだす。

 健登は一瞬顔をくしゃくしゃにし泣きだしそうになるが、悲しげに笑うと言った。


「帰ろうぜ」


 やりきれない思いと悲しみを胸に、長かった一日が終わりを迎えるのであった。

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