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神器の巫女  作者: あぼのん
第四章 道に外れし世迷人
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第25話 だからわたしは生まれ変わるわ……ねぇ……十郎太?

前回までのあらすじ


クローディアが駆け付け、遂にフェイスレスに止めを刺すことができたのだが紅葉と一緒に1階に落ちたはずの女の子の姿が見えなかった。再び上階に戻ってしまったのかと焦る芳乃達、その時上空で大爆発が起こる。それを見て芳乃は反射的に駆け出すのであった。

佐ノ介の放った術を喰らいその身を焼かれながら不和は遂に本当の姿を現す。その禍々しい姿はまるで死神のようであった。術を返すと神がかり的な強さを見せ、健登、佐ノ介、弥命は次々と倒れて行くのだが、皆を守る為に健登が再び立ち上がるとその身に新しい神器の具足を纏うのであった。

 正面から向き合い対峙する健登と不和。その間は三尺ほど、丁度不和の持つ太刀と同じくらいの長さ。健登の手にはアメノハバキリはない、鎧のどこかに収納されているのであろうか。

 睨み合う二人、その視線が交差するとき岩を打つような甲高い金属音が鳴り響く。

 直後、鎧の胸に一筋の傷が浮かぶ。焔でさえも切り裂いた不和の一太刀を防いで見せる鎧。さらに攻撃を仕掛ける不和、その太刀筋は見えない。まるで挙動のない斬撃。ただ二人向かい合い立ち尽くしているかのように見えるが、確かに響く音、そして次々と鎧に浮かび上がっていく切創、だが健登は動じない、揺るがない、退かない、火花を散らしながら健登は不和との間合いをじりじりと詰め始める。

 この鎧は切り裂くことができないと判断した不和は攻め手を変える。刹那、健登は顔を横に逸らした。

 面頬の隙間、目を狙った突きであったが健登はその攻撃を看破、躱して見せたのだ。

 瞼から血が流れるもほんの少し切った程度である。目を潰されたわけではない。不和の見えない太刀を、無幻の太刀を破ってみせた。


 見えているのか? いや、そうではない……勘か……


 不和は多少驚きはしたものの納得する。健登の強さの根源を理解する。

 これは健登の天性の戦闘(バトル)センスであるのかもしれない。これまでの戦いでも垣間見えた驚異的な眼と勘の良さであるが、ここにきてこれほどまでの鋭さを見せるのは戦いに集中していることもさることながら、やはり防御に気を回さなくても良いと言うのも大きな要因と言えるだろう。

 捨て身とは言えども鎧の防御は絶対であった。このまま押し切ってこの頑強な拳を不和に叩きつける。それで決着させようと考えるのだが、不和は攻撃を止めるとこれまでは無造作に手に提げていただけの剣を両手で構えて見せる。

 そしてその剣を健登に向けて突き出し返した刹那。

 健登の右足が力強く床を踏み抜く、タイルとその下のコンクリートを砕き放射状に亀裂が入ると不和が感嘆の声を上げた。


「耐えて見せたか小僧ぉっ!!」


 再び剣を翻そうとした瞬間、これまで重く鈍間に見えていた健登が地面を蹴り急加速、不和にタックルを浴びせるとそのままの勢いで突進して後方の壁へと押し潰した。


 灰色の甲冑に罅が入り砕ける、髑髏の面にも亀裂が入り不和は血を吐くと膝を突き手を突いた。

 強烈な一撃であった。まるで巨大な山がその身を押し潰したかのような衝撃と圧力、一瞬であるが意識も飛び昏倒しそうになるもすぐに持ち直すのだが太刀を握る手は小刻みに震えていた。


 確実に効いている、止めを刺すなら今しかないと健登は右手を振り上げて不和の頭を殴り潰そうとする。


 そうだ、このまま拳を振り下ろせっ!こいつは生かしておいてはならない、絶対にこんな悪党は生きていては駄目なんだ!


 健登は自分に言い聞かせる、これまでの戦いでも相手に止めを刺すことを躊躇して返り討ちにあってきた。

 フェンリルだって止めを刺したのはクローディアである。だがしかし、今回は自分がやらなくてはならない、この人斬り外道相手にはそんな甘さは捨てなければならない、自分の手でとどめを、相手を殺さなければならないと思うのだが。



「それは隙であるぞ」



 やはり躊躇した。

そう自分に言い聞かせようとすることこそ、迷っている証拠であり一瞬の隙であった。

 不和は健登の左胸に剣の切っ先を軽く触れさせるように構えると一点突き、ゼロ距離から繰り出される無駄のない一点収束は鎧の装甲でさえも貫いた。

 そのまま心臓を貫かれたかに思えたのだが太刀が止まる、不和は押し込もうとするがそこからピクリとも動かない、押し込めない。太刀を握り締める健登の右手の平から血が滴り落ちた。

 肉に刃を喰い込ませめいっぱいに力を籠めるのと同じくらいに歯を食いしばり、痛みからくるのではない、やりきれない気持ちから顔を歪めて言う。


「どうしてこうなっちまうんだよ……あったまにくるくらいに甘ぇ、情けねぇ、俺はいっつもこうやって、相手を殺す覚悟なんてできないまま戦っているんだ……ちきしょう、ちっきしょおおおおおっ!!」


 健登は叫ぶ、悔しさを滲ませると手から落ちる血は涙のようであった。


 その悔しさを、嘆きを、魂の叫びを嘲笑するかのように不和が笑う。


「くくくぅくぅっ!覚悟だと? 人を斬るのにそんなものを持たねばならぬから貴様らは簡単に死ぬのだ。命を斬るのに覚悟などいらぬ!相手に対する憤怒も憎悪もいらぬっ!ただ殺せっ!呼吸をせねば人は死ぬであろう? それと同じだ!殺さねば殺されるのだっ!」

「だったらおまえはそうやって自分が死んでしまったとしても!殺されてしまったとしても、それで許せるのかよっ!今俺に殺されることを受け入れるのかよおっ!?」


 健登のその問いに不和は笑みで答えた。

 酷く歪んだ禍々しい笑み、この男はまるで違うのだ。およそ人の考え得る善悪などと言う枠では到底計れないほどの邪悪であると、健登はそこでようやく気づかされる。この男には何を言っても響きはしない。この男は……


 人ではないのだ。


 そして不和はそれが愉快で仕方がないかのように言い放つ。


「それも……また一興」


「ばっかやろうがああああああああああああっ!!」


 左胸から太刀を引き抜くと膝を突く不和の額目掛けて自分の額を振り落とした。

 全体重を乗せて全身で飛び掛かる様に頭突きを喰らわす。不和の面は砕け陥没し罅が入り、頭突きを放った健登自身の兜も砕けた。

 よろよろと後ずさるとそのまま後ろ向きに倒れ大の字になる健登。不和は力なく壁を背にへ垂れこみ(こうべ)を垂れる。額からは真っ赤な血が滴り落ちていた。

 健登の身に纏う鎧は消え、不和も元の姿へと返る。

 一時の静寂が流れると、健登はふらふらと起き上がりアメノハバキリを引き摺りながら不和の元へと歩み寄って行く。その姿を見て佐ノ介は声を上げた。


「や……やめろ……やめろおっ!弥命ちゃん、健登を止めろっ!あいつにはやらせちゃならねえ、それは俺のやることだっ!あいつにはそんなことやらせちゃならねえっ!!」

「佐ノ介おじさん?」

「あいつは甘ちゃんのままでいいんだよ、あの弱さが、あいつだからこそ強さになるんだ。だからこそ不和に勝ち得たんだ……あいつの手を汚させちゃなんねぇぇぇ……」


 弥命は佐ノ介の謂わんとすることを理解する。その通りだ。これまでの戦いでも、相手に最終的な止めを刺せずにその心の弱さを見せてきた健登であるが、強さだけが全てではない。強さは時として弱さとなる、弱さは時として強さにもなる。

 今回の敵は、不和は、殺意を向ければ向けるほどにそれを殺さんと強さを増すであろう、そう言う相手であると佐ノ介はよくわかっている。


 殺せないからこそ、健登は不和に勝ったのだ。


 弥命も痛む体に鞭を打ち立ち上がろうとする。


「守羽くん……守羽くんっ!」


 健登を呼びながら這うように体を引き摺る。

 不和は気を失っているようであった。ピクリとも動かないが、微かに呼吸をしているようにも見える。止めを刺すのであれば今しかない、この剣をあいつの首に振り下ろせばそれで全てが決着する。そう思い健登は不和を睨みつけるのだがそこで足を止めた。


「ど……うして?」


 目の前の光景が信じられずにそう声を漏らす。眉をハの字に曲げ歯を食いしばりまるで泣き顔の様にその姿を見つめる。唇が震え手も震え足も震え動くこともできない。それ以上何も声にできなかった。


 不和を庇うように健登に刀を向けて立ちはだかる女の子の目は、まるで敵でも見るかのように鋭かった。

 健登が女の子に手を伸ばそうとしたその時。


「十郎太は殺させない」

「な!? なにを言って……」

「十郎太はわたしに教えてくれたの」

「な……なにを?」

「わたしが殺されたのはね、殺さなかったからなんだよ」


 その言葉に、その場に居た全員が戦慄する。何と言う惨いことを、なんと言う恐ろしい思考をこの子に植え付けたのか。同時に怒りが込み上げてくる。


「だ……ダメだ……そんなこと駄目だっ!」

「どうして? どうしてダメなの? じゃあおにいちゃんにはわかる?」

「なにがっ!?」


 女の子は口元にフっと笑みを浮かべると、狂気に満ちた声で問う。



「どうしてヒトをコロシてはいけないの?」



 その言葉には感情がなかった。およそ人として当たり前の感情がその質問には籠められていなかった。

 本当にわからないのだ。人を殺してはいけない理由が、その事自体が理解できないのだ。それは自分が殺されたからだろうか? そうすることができなかった為に自分は死んだからなのだろうか? それはもう誰にもわからない。

 いや……この子はもしかすると、生れながらにそうだったのかもしれない。


 女の子の母親が自分の子供に向ける目は、なにか得体の知れない化け物を見る様な、そんな畏怖の感情を孕んだ目であったことを、いまや知る者などはいない……


 そしてそれを、この女の子の本質を見抜いたのは不和だけであった。いや、不和だからこそ見抜けたのかも知れない、同じ穴の貉であったからこそ感じるものがあったのやもしれない。


 人を殺してはいけない理由。健登はその質問に答えられない。どう言えばいいのかわからなかった。


 それでも……


 人を殺してはいけない理由。そんなものは決まっている、ダメなものはダメなのだ。人が人を殺すなどあってはならないことなのだ。そんなものは言葉で説明するものではなく、ただそう感じるものなのだから、それが普通のことだとどうして理解できないのか。


「もうやめろ……もうやめて帰ろう」

「いやよ……」

「きみは、こんな所にいちゃいけない……あんな奴のそばに居てはいけないっ!」

「いやよ、わたしは十郎太と一緒にいる」

「駄目だあっ!!」


 健登は女の子の持つ刀を掴み取り上げるとそれを投げ捨てた。

 女の子は動じず健登の目をじっと見つめている。そのどこまでも深い闇に堕ちて行くような絶望の深さに飲み込まれそうになる。

 健登は首をゆっくりと横に振りながら女の子に歩み寄ると、血塗れの手を女の子に差し伸べた。


「行こう、ここは地獄だ。こんな所にいちゃいけない。出るんだ。きみはまだ生きているんだから」


 女の子は小さく首を横に振る。


「んーん、わたしは死んでるの、だって人間に殺されたんだもの、だからこんな醜い身体はいらないの、だからわたしは生まれ変わるわ……ねぇ……十郎太?」


 そう言うと女の子はふわっと軽く前に跳躍する、まるで羽が舞うように健登に飛びつきしがみ付く。呆気に取られていると健登は腹に鈍い衝撃を受けた。

 女の子に向けて落としていた視線を上げるとそこには太刀を突きだす不和の姿。


 刃が今自分の腹に突き立てられている……

 それはつまり……

 しがみ付いている女の子ごと……


 女の子の背中の中心に飲み込まれていく太刀は胸を貫き健登の腹部にまで到達していた。


 健登が後ずさると腹から抜ける切っ先、必死に女の子に手を伸ばすも健登は仰向けに倒れ床を転げまわる。


「ぐ……あああああああああああああっ!」


 腹を押さえ叫び声をあげる。


「守羽くんっ!」


 弥命は無我夢中で立ち上がると健登の元へと駆け寄り抱きかかえる。


「守羽くんっ、守羽くんっ!こんな……こんなことになってしまうなんて」


 涙を浮かべながら健登を抱きしめた。

 佐ノ介は床に拳を叩きつけて懺悔の言葉を叫ぶ、そして自分を呪う。


「すまねえっ!健登。すまねえ、弥命ちゃん……すまねぇ……俺が……俺が……ちきしょう、ちきしょうっ!ちきしょおおおおっ!!」


 健登は弥命の腕の中で朦朧としながら女の子の姿を見つめる。

 不和が女の子からゆっくりと太刀を引き抜くと、まるでその身体から魂を引き抜くように瘴気が尾を引く。女の子の身体が力なく前のめりに頽れると、その禍々しい瘴気はやがて形を成していく。

 誰もが目を疑った。そんな馬鹿なことがあるのかと、そして誰もがこれが不和の正体ではないかと察する。

 邪気の塊なのか、悪意の塊なのか、生命を喰らって成長してきた妖刀が、生命を生み出すと言うのか? こんな皮肉があるのであろうか……


 形を成すと現れたのは一人の少女、透き通るように白く美しい肌には痕一つない、それは誰も触れたことのない純真無垢であるかのような。

 少し成長しているようにも見える、12~3歳くらいにも見えるがどこか大人びた美しい少女は、その顔に女の子の面影を残す。

 妖艶な眼差しに、紅を引いたように紅く潤いを帯びた唇、ただ左頬には一筋の線が引かれていた。


 不和はその少女を見て笑う。


「げに、面白きこと哉」


 少女はまるでこの世に生まれ出でたことを喜ぶかのように両手を天に向かって高く掲げると、くるくると回りながら笑い声をあげる。


「うふふふ、あははははは、綺麗ね十郎太。見て? わたしの手、足、身体、なにも残ってはいないわ、わたしは生まれ変わったのよ。ふふふふふ」


 照明がまるでスポットライトの様に少女を照らすと、その妖精の様な美しさに誰もが息を呑んだ。


 不和が床に落ちている真っ白なテーブルクロスを掴み少女に向かって投げつける。

 少女はそれを身体に巻きつけると少し可笑しそうにして言った。


「まだ、殺さないのね十郎太」

「そうだ、いずれ成長した時に……」

「いいわよ、あなたがわたしを殺そうとした時は、わたしがあなたを殺すから。ね、十郎太、わたし名前が欲しいわ、あなたが名づけてよ」


 少女は後ろ手に組み不和に近寄ると甘えたような視線で見上げる。

 不和は迷惑そうに黙り込むのだが、暫くすると口を開く。


「……輪廻」

「うふふふ、意外と信心深いのね十郎太は、それに洒落も利いてる。それじゃあわたしは今からリンネと名乗るわ。あははは、あははは、リンネ!リンネよ!わたしの名前はリンネ!!」


 嬉しそうに楽しそうに、ころころとその表情を変え笑うリンネ。


 こんな形であの女の子はその顔に表情を取り戻し、目に光を宿し、心に命を灯した。これではまるで不和が、人斬り外道が女の子を救って見せたようではないか。


 弥命と佐ノ介は悔しさに唇を噛むがそれが事実だ。だが健登は悲しげな表情をすると声を絞り出すように言う。


「駄目だ……あんなのは、あんなのは救ったことにはなんねえ……あの子は囚われたままじゃないか……死に、囚われたままじゃないか……」

「守羽くん……」


 不和は健登を見据えると静かに告げた。


「小僧、今回は見逃してやろう。おまえ達のおかげで最高の獲物が生まれたのだ。こいつが完成した暁には、お前たちの前でその命を斬り落とすことにした。その時まで腕を磨いておけ、そして更に抗って見せろ、おまえらの生の裏には必ず死があると言うことを努々忘れるな」


 太刀を振ると裂けた空間へ不和とリンネは消えて行く。


 その姿を健登達は身動きもとれずただ黙って見ているしかなかった。


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