第23話 ふ……フランス人かい?
前回までのあらすじ
フェイスレスの相手は紅葉に任せ、不和と戦闘を開始する健登、弥命、佐ノ介の三人であったが、人斬り外道の操る剣術の前に劣勢であった。その圧倒的な剣技を前に、その剣術は曲芸だと揶揄されると、弥命は感情を剥き出しにして激昂する。しかしそんな剣が不和に届くはずもなく、佐ノ介が斬られ、弥命も傷つけられると健登は怒りを露わに火炎・焔をその身に纏った。
不和の剣を受けながらも健登は戦いの中で驚異的な成長を見せ始める。そして焔の炎と弥命の雷撃で隙を生み出すと、佐ノ介の術が遂に不和を捉えるのであった。
女の子は目の前で繰り広げられる戦いをじっと見つめていた。
あの顔のない化け物は自分を殺そうとしていた。だから……だから今度は……
やめてと泣いた。
母親がなぜ自分に暴力を振るうのかわからなかった。
初めは些細なことであった。食事中にごはんを床に零してしまい、拾えと言われたが言う事を聞かなかった。「やだ」と駄々をこねた瞬間、頬を張られた。
泣き出すと母親は更に怒りだし零したご飯を拾い上げると「もったいなから残すなっ!」と怒鳴り、それを口に押し付け食わせようとした。
抵抗し更に泣き声を大きくするとまた平手打ち、その日から食事の時間は楽しい物ではなくなった。
ある日、昼寝から覚め母親の姿を探すと、知らない男と情事に耽っているところであった。
それを覗き見ていたことを咎められ「卑しい子供だ」と罵られる、男は煙草に火を点けるとつまらなそうに女の子の腕にそれを押し付けた。
あまりの熱さと痛さに悲鳴をあげ煙草を押し付けられた部分を擦りながら転げ回る、男はそれを見てゲラゲラと笑い出した。
母親も顔を歪め男のご機嫌をとる様に一緒に笑っていた。
その日から女の子は地獄の日々を送るようになった……
大人なんて嫌いだ。大人なんていなくなればいい。人間なんて嫌いだ。死ねばいい人間なんて皆死ねばいいんだ。
自分も人間? 人間なのか? たぶん違うのだろう、だから怒鳴られるのだ。打たれるのだ。酷く痛いことをされるのだ。酷く苦しいことをされるのだ。やめてと言ってもやめてくれない、泣くともっと酷いことをされる。だから我慢をする。そうすると余計にやられる。なにも反応しないとつまらなそうな顔をしてまた打たれる。
あいつらの顔は、笑っている顔は醜い獣のようであった。
笑いながら自分に向けられる悪意。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
そうだ……わたしは死んでいるんだ。だから人じゃないんだ。あの人達に殺されたから人間じゃないんだ。
だから……だから……
殺そう
次は殺される前に殺そう、十郎太はそう言っていた。殺そうとする者を殺したから生きていると言っていた。
そうすればよかったんだ。そうすればきっとわたしはもう一度生まれ変わることができるんだ。
生まれ変わったら次は何になりたい? 何がいいだろう? 今度は絶対に人として生まれてくることなどない……絶対に……
紅葉の左拳がフェイスレスの脇にめり込むと、ゴリゴリと砕ける音が鳴る。
肋骨を粉砕する音が聞こえ紅葉は手応えを感じそのまま一気に畳み掛けようとするのだが、そこでフェイスレスはまたも顔面から高熱の血を噴きだそうとする。させまいと顎を掌底で跳ね上げるのだがそれがまずかった。
フェイスレスは間欠泉の様に顔面から血を噴き上げると、高熱の雨が辺り一面にぶち撒けられる。
迂闊だった。紅葉は奥歯を噛むと自分の拙攻を悔やみながら、咄嗟に床を蹴り身体を滑らせ広めのテーブルの下へ身を隠す。こんな薄い天板など融かし尽くしてしまわないかと心配になるもなんとか防ぎ切れたようだ。
再び攻撃を仕掛けようと姿を探すのだがその時、フェイスレスが視線を送る先、自分の右手側を見て紅葉は息を呑む。
フェイスレスは紅葉との戦闘を止め、顔を手に入れようと再び女の子の元へと駆け出していた。
まったくもって行動が読めない、獣でもここまで不規則な思考原理はしていないぞと思いながら、紅葉はテーブルの下から飛び出し女の子の元へと駆け出す。
ギリギリのタイミングであった。女の子は自分の右手5メートル、自分よりも距離はあったが先に駆け出したフェイスレス。
紅葉は走りながら右手の甲へ印をなぞる。
「破魔武闘術式・堅」
右手から伸びる新たな術式回路は紅葉の右半身を覆い鋼鉄の鎧へと変化させる。
間に合った。フェイスレと女の子の間に割って入ると、振り下ろされた刃を右腕で防いだ。
術式により硬化された腕はフェイスレスの刃を難なく弾き返したのだが、カウンターの一撃を入れようとしたところで紅葉は自分の後方、丁度左の腰あたりに違和感を感じる。
ゆっくりと振り返りその違和感を確認する。無表情のままの女の子が手にした刀を紅葉の身体に深く突き立てていた。
女の子は呆然としていた。
自分の命を狙うものを迎え撃とうと刃を突き出したその時、割って入った女性を誤って刺してしまった。自分を助ける為に身を挺した人を刺してしまったのだが、女の子が感じたのは罪悪感などではなかった。
寧ろその逆、なんと気持ちの良いものなのだろうか、生きた肉を命を斬る感触は同じ女でも、先程死んだ肉を刺した時とはまるで別物であった。
女の柔らかさ温もり、血の熱さ、そして命の鼓動、それをまるで手にする刃から感じるかのようである。これが肉を切る感触、命を斬る感触なのか、女の子はゆっくりと刀を引き抜くと刃を滴る血を見つめた。
紅葉はとんだミスを犯したと自分の甘さを呪う。まさか女の子が化け物を迎え撃とうと刀を突きだすなどとは考えてもいなかった。
普段から前線で戦っている母ならこんなケアレスミスなど犯さないであろう。
紅葉は徐々に熱を持ち痛みを感じ始める傷口を庇うように身を縮めるのだが、足に力が入らずたたらを踏む。
「かおをををおおおおっ!よこせぇぇええええええっ!」
フェイスレスが叫び紅葉に蹴りを入れると真後ろへと吹っ飛び、女の子を巻き込みながら床を転がる。その勢いのままガラスの柵へと激突した。
罅が入るもなんとか割れずに紅葉と女の子を受け止めた柵であったが、紅葉が女の子を抱えて立ち上がろうとしたところにさらにフェイスレスが追い打ちをかける。女の子を抱え込む様に背中を向ける紅葉にフェイスレスが体当たりをすると、ガラスの柵は砕け散りそのまま二人吹き抜けへと落下した。
この高さでは助かるまい……
地上四階の高さから宙を舞い落下しながらも、紅葉はなんとか女の子だけでも助けようとギュッと抱きかかえ自分の背を地面に向ける様に体勢を変える。
母はきっと激怒するであろうな……水谷の戦士でありながら、姫巫女様を守る為でもなく自分のミスからこんな窮地に陥り命を落とすのだ。さぞ落胆し情けないと嘆くであろう。しかしながら今さら後悔しても遅い、あとは健登や佐ノ介に託すしかないと覚悟を決め目を強く瞑ったその時、激しい衝撃と共に大きな破裂音が耳を劈く。
激しい衝撃とは言ったものの紅葉はその身に予想していたほどの痛みは感じなかった。
いや、痛みがある? どういうことだ? あんな高さから落下したのだ。固い石の地面に叩き付けられれば一瞬で意識は飛び痛みを感じる間もなく即死ではないのか? そして今感じているこの感覚は……まるでなにかに弾かれたように再び宙を舞っているような?
数秒なのか、それとも刹那であったのか、そう思い目を開けるのだが自分が今どんな状態にあるのかさっぱりわからない、しかし再び感じる落下する感覚。それほど高くはない、頭から落ちては駄目だと直感的に感じ身を捩ると、恐らく地面である方向へ背中を向けた瞬間にまた衝撃が身体を襲った。
強い衝撃で力を緩めてしまい女の子が腕の中から飛び出してしまう。背中を強く打った為呼吸ができない、意識が飛んでしまいそうであったが必死に現実へと繋ぎとめる。
目の端に移る女の子は地面に横たわっているのだが、しばらくするとむくりと起き上がりその場にペタンと座り込んでいるようだった。
よかった……なんとか無事なようであった。胸を撫で下ろす紅葉、どうして助かったのか? 周りを見るとなにやらビニール状のボールや輪っかが散乱していた。
「……浮き……輪?」
絞り出すように声を出す。どうやら落下した丁度真下に背の高いプール状の囲いがあり、そこに浮き輪やビーチボール等が山のように詰め込まれていたらしいのだ。
夏の間だけの展示物であったのだろう、そこへ落っこちた為に弾き返されはしたものの、四階から落ちた衝撃は吸収され助かったらしい。
床に広がるぺっちゃんこになったシャチの浮き輪を見つめながら紅葉は、自分の運の良さに感謝した。
しかしまだ終わったわけではない、フェイスレスが追ってくる。迎え撃たねばならないと身を起こそうとするのだが背中に激痛が走った。
強く打ったからだろうか? もしかしたら背骨が折れているかもしれない、下手をすれば脊椎損傷の可能性もある。こんなことであれば全身に堅の術式を展開しておくべきだったと後悔する。
そう思っていると足元の方へ何かが落下した轟音、おそらくフェイスレスである。
くそ……なんとか立ち上がらないと……
しかし背中に再び激痛が走り動けない、それになんだか寒い、女の子に刺された傷から出血しすぎたようだ。血を急激に失って体温が下がり始めている。意識が遠のいていく感覚に紅葉は死を感じる。こんな所で気を失うわけにはいかない、自分は水谷の戦士なのだ。
いずれは母から水谷を継承し己がそれを伝承していかなければならない、こんなところで死ぬわけにはいかない……死にたくない。
フェイスレスはゆっくりと近づく、馬乗りの状態になり紅葉の顔を覗き込むと掠れた声で言う。
「ぁぁぁぁぁぁぁああ……かおぉぉぉぉ、そのめんこい顔をオレにくれぇぇぇ……」
最早女の子と紅葉の区別もついていない様子、フェイスレスも紅葉の一撃で肋骨を砕かれ肺を潰され瀕死の状態であった。
ゆっくりと顔を近づけ紅葉の顔を奪おうとしたその時。
「ああああああああああああああっ!」
叫び声を上げながらバタバタと走ってくる足音。次の瞬間、ドンっとぶつかる様な音が聞こえるとフェイスレスが横へと飛ばされ転倒した。
「紅葉さんっ!大丈夫ですか紅葉さんっ!?」
声の主は芳乃であった。芳乃がフェイスレスに体当たりをぶちかましたのだ。
「よ……芳乃さん、なんで……危険ですから早く……逃げ」
「嫌よ、今さら戻れなんて絶対嫌ですから……ひどい怪我……外に救急車が来てますからすぐに呼んできますっ!」
頑なに拒否するも紅葉の怪我の状態を見てこれは危険であると察する芳乃。その時横で不快な奇声が響く。
「きぃぃぃいいいいいいいいいいいいえええええあああああああああああっ!!なんで邪魔をするんだっ!なぜだあああああああっ!!オレは、オレは表情が欲しいだけなんだああああああっ!!」
叫ぶと刃を振り上げて襲い掛かろうとするフェイスレス、紅葉を庇うように芳乃が覆い被さる背後から声が響いた。
「お嬢さんっ!伏せろおおおおおおおおおおっ!!」
次の瞬間、二発の銃声が響き、源治の放った銃弾がフェイスレスの胸板に突き刺さる。
やったか?
よろよろと後ずさるフェイスレスだが踏み止まると再び刃を振り上げる。
「そのままだあっ!絶対に動くなよおっ!!」
再び源治が引き鉄を引くと幾重にも銃声が鳴り響き、フェイスレスの身体に銃弾が突き刺さる。
駆け付けた他の刑事達も銃口をフェイスレスに向け発砲していた。
何十発もの銃弾を浴び後ずさるフェイスレス、全弾撃ち終えた刑事達はそれでも銃口を向けたままその姿を凝視している。
この中に居る誰もが練習の的以外に向けて、それも人に向けて、いや人ではないのだが、発砲することは初めての事であった。
ベテラン刑事達でさえも手が小刻みに震え、グリップにべっとりと汗をかく。
体中から血を流しフラフラと揺れるフェイスレスだが、前のめりに倒れるかと思われたその時、跳躍、再び芳乃と紅葉に飛び掛かった。
もう拳銃の弾は尽きている、刑事達は咄嗟に駆け出すのだが間に合うタイミングではない。
― Sleipnir Zusammenstoβ ―
まさに閃光。
白銀の騎士がフェイスレスの頭上から降ってくると凄まじい轟音と共にフェイスレスはうつ伏せの状態で倒れ込み、地面に蜘蛛の巣状の大きな亀裂が走った。
身の丈ほどもありそうな長い槍がフェイスレスの背中から胸のあたりに刺さり、と言うか風穴を開けて床に突き立てられていた。
フェイスレスはピクリとも動かない、間もなくして顔の辺りからズブズブと溶けだして行き、全身が溶けると黒い血だまりになって消滅した。
「ヨシノっ!無事かっ!?」
「クローディアああああっ!」
芳乃は白銀の女騎士の名を呼び駆け寄ると抱き付いて歓喜の声を上げる。
「間に合ってよかった。」
「もう間一髪よっ!生きた心地しなかったわよほんとにぃぃぃぃ、ありがとうクローディアああああ~」
クローディアの頬へ頬擦りをする芳乃、クローディアは恥ずかしそうに頬を染めながら照れている。
その姿を刑事達は唖然としながら見つめていた。源治はフラフラと二人に近づきながらクローディアを指差すと呆気に取られた声で言う。
「お、お嬢さん……お嬢さんの言ってた助っ人ってなぁ……まさか?」
「そうよ!この子がその助っ人、わたしの大親友のクローディアよっ!」
まさか外国人だなんて思わなかった。しかもこんなブロンド美女がなにやら中世ヨーロッパの甲冑の様な物を着込んでやってくるなんて誰が想像できるだろう。
紹介されたクローディアは恥ずかしそうに深々と刑事達に頭を下げている。それを見て源治は気になっている疑問を口にした。
「ふ……フランス人かい?」
「ドイツ人だっ!!」
このやり取り何度目だ? クローディアの突っ込みもキレを増すのであった。




