第22話 そんな曲芸じみた技で命を斬ることはできぬぞ
前回までのあらすじ
ショッピングモール内で不和と戦闘を開始しようとしたその時、割って入ってきたフェイスレスは女の子の顔を奪おうと襲い掛かる。突然の乱戦となり結局佐ノ介の立てた作戦は無視して各々が勝手に行動し始めるのであった。
一方そのころ屋外では刑事達が待機する中、現場に源治が到着する。物々しい空気に、やはり中には入れられないと芳乃に言うのだが、それに反発した芳乃は人質になっている女の子は母親や周りの大人達に虐待を受けていると告白する。
そんな子を助ける為に立場や職業など関係ないと芳乃は刑事達の隙を突きショッピングモール内へと駆け出すのであった。
紅葉はフェイスレスの懐に飛び込むと連打、胸の中心から拳一つずつ下にずらして三段突きを喰らわす。
これをされると普通の相手であれば肺の中の酸素を一気に吐き出して呼吸困難に陥る、苦しくてもがいているところに止めの一撃を入れれば、それで終了となるわけなのだが今相手にしているのは普通の相手ではない。
そもそも鼻も口もないのだ。どうやって呼吸をしているのだろうか? よくわからない。
だが打撃としてのダメージも与えられるので意味のない攻撃ではない。
紅葉が両手に嵌めているグローブは、マナを自在に操ることのできる巫女が霊力を練り込んだ特殊な物である。幾つかの術式が組み込まれており、術を使えない紅葉であっても、用途に応じてそれを解放する鍵となる印をなぞれば戦況に応じた術式が展開されると言う代物だ。
今使っているのは『滅』相手を消滅させ得る攻撃力を備えたそれは、グローブだけではなく身に着けている衣服やブーツなどにも同じような術式が組まれており、謂わば紅葉の全身が霊的武具のような状態になっていると言ってもいい。
打撃が効いたのかフェイスレスは呻きながら二、三歩後ずさり動きを止める。
このまま一気に畳み掛けようとする紅葉であるが、フェイスレスの間合いに入った瞬間に顔面から大量の血が噴き出す。咄嗟にそれを躱すのだが、飛び散った血液がメイド服のスカート部分と袖の部分に降りかかり焼き始めた。
降りかかった部分からジワジワと侵食するように服を焼き溶かして行く、紅葉は肌に達する前にその部分を引き裂き投げ捨てる。カモシカの脚の様にしなやかな太腿が露出され、左の肩口から引き裂き袖がない状態になると真っ白な二の腕と肩がさらけ出される。
それでも紅葉は意にも介さず再び拳を構える。今の攻撃はかなり厄介である。生身で防御することができない為躱すしかないので攻めあぐねるのだが、それを察したフェイスレスが再びその攻撃をする気配を見せた。
紅葉はそこである物に気が付いた。これは使える……しゃがみ込むと足元に落ちている手の平サイズのガラス片を拾う。それは先程フェイスレスがここに飛び込んできた際に打ち破った天窓の破片であった。
投げナイフの要領でそれをフェイスレスに投げつけると、顔面に突き刺さりフェイスレスは悲鳴を上げた。
怯んだ瞬間にテーブルを踏み台に相手を飛び越え背後に回り込み回し蹴りを浴びせる、フェイスレスは前のめりに吹っ飛び地面を転がる。跳躍しそのまま全力で拳を叩きつけようとする紅葉。
肋骨を砕き肺と心臓を潰してやればいくらこの化け物でも絶命するであろうと、うつ伏せになるフェイスレスの背中に拳を振り下ろそうとするのだが打ち込む直前、フェイスレスは刃になった左手を床に刺しこむと逆立ちをするように体を持ち上げ、両足を縮めると勢いよく伸ばし落下してくる紅葉に蹴りを入れた。
紅葉は咄嗟に両腕を前にクロスさせガードするのだが、空中で受けたために真後ろに飛ばされる。
通常の人間の脚力とは比べ物にならない威力である。フードコート内に並ぶテーブルと椅子を薙ぎ倒しながら紅葉は床を転がった。
今度はフェイスレスが跳躍し飛び掛かるのだが、紅葉はすぐに起き上がると近くに転がっている丸テーブルを蹴りあげフェイスレスを撃ち落とした。
さながら怪獣大決戦の様相を呈する二人の戦い、普段からは想像もできないような紅葉の脳筋っぷりに健登は戦いを横目で見ながら唖然としてしまう。しかしそんなことをしている余裕はこちらにもなかった。
弥命と佐ノ介、三人がかりで不和に攻撃を仕掛けるのだがまるで相手にならない。
佐ノ介が不和の動きを封じ込めようと放った術はいとも簡単に破られ、弥命の得意とする雷撃と爆炎の術もあの神業に返される。そして突っ込むだけしか能のない健登はと言うと、その度に宙を舞い床や壁、飲食店のカウンターに叩き付けられるを繰り返している。
くっそがぁぁぁ、遊んでやがるのかあの野郎ぉぉ
圧倒的な強さを見せつける不和であるが、攻撃を受け流すだけで反撃を、或いは自ら攻撃を仕掛けてはこない。その事に健登が苛立ちを見せ始めると不和はそれを見て嘲笑するかのように言う。
「小僧、戦いの最中に心を乱すような未熟者か、それでは相手にその剣を届かせることは適わぬぞ」
「はっ? ふざけんじゃねえっ!てめえなんかに説教される覚えはねえっ!!」
「で、あるか……この戦いの最中に成長、或いは進化をせねば死ぬるのはおまえだ……さあっ!死に抗ってみせろっ!」
健登は再び突進し剣を振り下ろすのだが返され不和の背後の壁に叩き付けられる。同時に佐ノ介も飛び掛かっていたのだが、床に叩きつけられると右足太ももに剣を突き立てられた。歯を喰いしばり激痛を耐える佐ノ介であるが、不和が止めを刺そうと太刀を振り上げる。
そこへ佐ノ介を救おうと今度は弥命が斬り込む、胴への突きと見せかけ切っ先を返すと顎を切り上げようとするも、不和はそれを難なく躱す。もう一歩踏み込み切り上げた剣を振り下ろすのだがそれを返そうと不和が頭上で剣を寝かせた瞬間、弥命は手を止め滑らすように体を斜めに傾ける、そのまま右手の方へと身を捻り回転させるとその勢いで剣を横薙ぎ、回転切りを不和の開いた右脇腹へとお見舞いしようとする。
見事な機転とその反射神経、身体能力に舌を巻く不和であったが、余裕の笑みを浮かべると太刀の柄で弥命の変則的な一撃を止めた。
「見事……であるが、そんな曲芸じみた技で命を斬ることはできぬぞ、天覧試合などで場を沸かす程度には見事な剣術ではあるがな」
その言葉に弥命はついカッとなる。
「な!? 馬鹿にするなあっ!」
弥命にしてはきつい口調で怒りを露わにするのだが、不和は尚も不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。
「ならば見せてやろう……本物の剣術、本物の殺人術と言うものを」
そして放たれる強力な殺気と瘴気、弥命は剣を構え不和の剣を受けようとするのだが、右小手から血が流れる、それは致命傷にならない程度に浅く斬られた傷。
「くっ!」
顔を歪め相手を見据えるのだがまるで剣筋が読めない、受けようと不和の剣の切っ先を目で追うのだが、まるで流線のように流れる剣に翻弄され防御できない。二の腕を太腿を脇腹を、全身を掠める様に少しずつ切り刻まれていく。
しかしそれはどれも致命傷になる様な一撃ではない、弄ばれている、辱められている、まるで赤子扱いである。
弥命も幼き頃より剣術を磨いてきた剣士である。自分よりも才能のある者は数知れず居るけれども、それでも剣士としての誇りは持ってきたつもりである。
それがこんな外道にいいように弄ばれ、今まで自分が研鑽を重ねてきた剣を曲芸と呼ばれまるで通じない。悔しくて仕方がなかった。
どんなに心を研ぎ澄ませようと、どんなに技を磨き上げようと、どんなに体を鍛え上げようとも、数百年間凶刃を振るってきたこの男には通用しないのである。
「あ……ああああああああああああっ!!」
弥命らしからぬ叫び声と攻撃であった。剣を振り上げ突進して見せるのだが、いとも簡単に一撃を返され不和の突きが左肩を貫いた。肩を押さえ膝を突く弥命。
「弥命ちゃんっ!」
佐ノ介は右足を引き摺りながら叫ぶ、あの子をこんなに目に合わせてしまうなんて、白様や大巫女様それに朱音おばちゃんに合わせる顔がねえ、と自分の不甲斐なさを恥じるのだが突如足を止める。
同時に不和も己の背後に殺気と熱を感じて振り返る。
「怒りか……」
呟くと振り下ろされた剣を弾き返した。
火炎・焔
燃え盛る炎の具足を身に纏った健登が鬼の形相で不和へ攻撃を仕掛ける。
パワーで押し切ろうと剣を振るうのであるが、魔獣フェンリルとも互角に討ち合った力でさえも不和は簡単に返した。
自らの力が強ければ強い程に返される力も強くなる、健登はそう感じるのだが引くわけにはいかない。弥命が傷つけられたのだ。目の前で凌辱されるかのようにその身を斬られたのだ。許せるわけがない、健登の怒りに呼応するかの様に燃え盛る火炎・焔。
一心不乱に剣を振る、その度に受け流され体勢を崩すのだが踏みとどまった一撃、不和に返され宙を舞いそうになるも堪える。右足を前に強く踏み込むと剣を振り下ろした。
健登の脅威的な反射に不和は一瞬驚く。
戦いの最中……成長するか……
振り下ろされた剣の刃を左手で、素手のままで掴み止めた。
恐ろしいまでの技術と集中力である。刃の部分を掴んでいるのに手は切れていない、しかし高熱を纏った炎刃は不和の手の平を焼く。
じゅーじゅーと音を立て皮膚が肉が焼けて行くのだが、顔色一つ変えずに不和は剣を掴み、健登に斬りかかろうとする。
咄嗟に剣を引き抜き後方へと飛び退る健登、不和は掴んだ剣を離した。
やはり力勝負では埒が明かない。であればその埒、強引に明けるしかない。健登は剣を振ると炎を天井に向かって放つ。
火災報知器がその熱に反応するとスプリンクラーが作動した。まるで屋内で雨が降っているかの様、健登はさらに火炎を発生させると水が一気に蒸発し水蒸気が霧の様に辺りを覆う。不和の視界を塞ぎそこへ奇襲を仕掛ける。
この機を逃すまいと弥命も傷の痛みを堪えながら血に塗れた呪符を取り出すと術を放つ。
健登の放った火炎と弥命の放った雷が同時に不和に襲い掛かった。
しかし二人は愕然とする、別方向から降り注いだ炎と雷がまるで渦を巻くように空中で返されると、天上へと向かってその進行方向を逸らされる。
炎と雷は絡み合うように上って行き天窓を突き破ると爆発、雷鳴のような轟音が屋外で鳴り響いた。
霧が晴れると太刀を右手で突き上げる不和の姿が現れる。
圧倒的であった。圧倒的な強さであった。
鴉のスピードも焔のパワーも不和の前ではまるで無力、弥命の術もまるで効果がない。当然である。当たらないのだ。全ての技、術、それを不和が太刀を返すだけで触れることもなく流されてしまのだ。
成す術なく立ち尽くす健登と弥命であったが、不和が動こうとした瞬間、なにかロープのような物が円を描きながら飛び不和に絡みついた。
それは数メートルはあろうかという数珠であったのだが、腕ごと胴体に巻き付き縛り上げると端に付いている、くないのような刃物が床に刺さり不和をその場に磔にした。
「おん・べいしら・まんだや・そわか 普賢三摩耶印 金鎖の形 多聞天の法」
― 臨 ―
左右の手を組み人差し指を立てる印を切りながら佐ノ介は叫んだ。
「よくやったぜおまえらっ!あいつに一瞬でも隙を作らせたのは見事なもんだっ!後は俺がやるから見ていやがれっ!!」
印を再び組み直すと佐ノ介の法力がこれまでにないほど爆発的に、そして身も竦む程の攻撃的な気配を放つ。
「のうまく・さんまんだ・ばざらだん 内獅子印 倶利伽羅の形 教令輪身の法」
― 者 ―
掌底打のように右手を前へ突き出すと、佐ノ介の切る九字護身法最大の攻撃力を誇る術が繰り出される。倶利伽羅の炎を宿した独鈷が三つ放たれた。
不和は腕に渾身の力を籠め、凄まじい瘴気を放ち拘束を解こうとするも、力を籠めれば籠めるほどに数珠はギリギリと身体を締め付けて行く。
眼前には混じり合い巨大な火球となった独鈷が迫っている、右手に握る太刀を逆手に持ち直し縛り上げる数珠に刃を立て引き千切ろうとするが時すでに遅し、火球は不和を飲み込むとその身を焼きながらショッピングモール内を飛んでいく。
通路を真っ直ぐ飛んでいくとフードコートを抜け、柵を突き破り吹き抜けの部分へ飛び出す。
佐ノ介は突き出した手の平を自分の方へ向け引き込む様に強く拳を握り込んだ。
「吹っ飛べえええええっ!」
叫ぶと空中で大爆発、激しい爆炎が不和の身体を飲み込んだ。




