第20話 みこちゃんの子供かもしれませんけれど
前回までのあらすじ
不和の凶行により地獄絵図と化したショッピングモール内、辺り一面は血の海となり多数の人々が倒れている。その惨状に駆けつけた警察官達は戦慄した。
ほどなくして応援が駆け付け、救急も到着すると辺りは野戦病院の様相を呈す。
そして刑事達が到着すると中に突入するべきか話し合って居るところに本部からの一報が届いた。
二時間なにもするな。その命令に若い刑事達は反発し、謎の組織からの圧力がかかっていることを察したベテラン刑事達は悔しさを滲ませながらもそれに従うしかなかったのであった。
「なんだか、刑事さん達にずっと睨まれていたような気がするんだけど」
健登がそう言うと、べつに珍しいことでもないと言わんばかりに佐ノ介が答える。
「まあ俺らは嫌われ者だからな、事件の度に横槍を入れて美味しいとこもってくんだ、そりゃ気にくわないだろ……さてと、そんじゃあ外道退治だっ!気合い入れんぞおまえらっ!」
叫ぶと車から降り立つ佐ノ介、そして健登、弥命、紅葉の三人が続く。
建物の中に入ると既に避難警報も止まり辺りはシーンと静まり返っていた。
まるで閉店後の店内のよう、人っ子一人いない、なんの気配も感じないとても寂しい空間が広がっている。普段であれば買い物客で賑わっているであろう、そんな面影はとても感じられなかった。
建物の中は長方形の箱の中央が直線に斬り抜かれたような構造で、真ん中の通りを挟むように両脇に様々な店舗が並んでいる、それが四段構造になっており上階へは階段かエスカレーター、エレベーター等を使って移動するようになっている。
そういった建物がこの敷地内には三棟建てられており、それぞれが東西南の頭文字を取ったE棟W棟S棟となっており、北側にあるのが管理棟と区分されていた。
この広い敷地内で人を一人見つけるなんて普通であれば困難であるが、場所が絞られているのであれば不和を見つけることなんて簡単である。あの禍々しい瘴気の気配を探ればいいのだ。
というか……
「ひでえなこりゃ……」
滴り落ちる血の跡を辿って行けばそれだけで見つけられそうでもある。
不和は逃げているわけではない、なにが目的かはわからないがわざとこんな大騒ぎをおこして佐ノ介達をここへ誘い込んだのだ。
そしてそれはおそらくフェイスレスも同じである。逃げたフェイスレスを誘い出して乱戦にでも持ち込もうとしているのであろうか? まるで読めないが逃げ回らずに戦ってくれると言うのであれば佐ノ介も望むところである。
全力の九字護身法、今度こそそいつをお見舞いして方を付けてやる、佐ノ介は右手に握った数珠を強く握り締めた。
そこへ弥命が尋ねてくる。
「佐ノ介おじさん、どういう布陣で行きますか?」
相変わらずおじさんと呼ばれるのはちょっと切ないが、そんなことを突っ込んでいる場合ではないので佐ノ介は答える。
「さっき言ったとおりだ。健登が前衛をやれ、極力相手と斬り結ばずに時間稼ぎをしろ」
「簡単に言ってくれるぜ」
「しょうがねえだろ、覚悟決めろよ。そんで同じく前衛に紅葉ちゃん」
その言葉に健登は驚きの声を上げる。
「えっ!? 戦うんですかっ!? 紅葉さんが!?」
「もちろんですよ健登さん、なにか変ですか?」
ちょっと不満げに言う紅葉であったが健登は思う。
変だろう、健登は戦うのはずっと水谷……朱音の役目だと思っていた。紅葉は弥命の身の回りのお世話係で、本当のメイドさんの業務がメインだと勝手に思い込んでいたのだが、大丈夫なのだろうか? 不安になってしまう。
「だ、大丈夫なんですか?」
「失礼ですね健登さん、私だって水谷なんですよ。お母さんが引退したら次に水谷を名乗り姫巫女様の筆頭メイドを仰せつかるのは私です。まあその時はたぶん次の世代、みこちゃんの子供かもしれませんけれど」
「え? 姫宮の子供?」
「あ、もしかしたらそれは健登さんの、でもあるかもしれませんね♪」
ニコニコしながら付け加える紅葉に、健登はなにを言っているのかよく理解できなかったのだが、それに過剰に反応したのは弥命であった。
「なっ!? ななななななっ!なにを言っているんですか紅葉さんっ!!そ、そそそそ、そんなのまだまだ先の話じゃないですかっ!!」
顔を真っ赤にしながら明らかに動揺する弥命の姿に紅葉はご満悦の様子、こういう所は母娘そっくりだなと健登は思うのであった。
その様子を黙って見ていた佐ノ介が苦々しく言う。
「あー続きいいかー?」
「あ、ごめん兄ちゃん」
「まったく、真面目な話なんだからな。そんでもって二人のサポートを弥命ちゃんがやってくれ、5分でいい、5分ありゃ俺の術も完成する。」
不和は強い、一人で戦ったら5分も持たない可能性もあるが、弥命やおそらく朱音並みの戦闘能力を持っている紅葉がサポートしてくれるのであれば、なんとかなるだろうと健登は強く頷いたのだが、佐ノ介は自嘲気味に笑うと何やら難しい顔をして続ける。
「と言うのはあいつが一人っきりだったらの話で、まずは女の子を救出しなくちゃならねえ」
確かにそうだ、佐ノ介はなんだかもの凄い技を不和にお見舞いしようとしているらしいのだ。女の子が巻き添えを喰らう可能性もある。
「そんでもってフェイスレス、こいつも厄介だ。俺らと直接敵対しているわけではないから無視してもいいんだが、あの女の子の顔を狙ってるとあっちゃあそうも行かねえ」
「じゃあどうすんだよ?」
「だから作戦は3つだ、しっかり聞いとけよ」
佐ノ介の考えた作戦のまず一つ目、これは先程まで話していた内容である。もし人質である女の子が近くに居なければそのままその作戦を実行、必殺技で不和を仕留める。
二つ目は、不和が女の子を盾にできるような状態にあった場合、その時は女の子救出を最優先、佐ノ介も前衛に回って人質を助けた後に紅葉が戦線を離脱、リスクは増すが三人で一つ目の作戦に移ると言うもの。
三つ目、これが一番厄介であるが場合によっては楽になる可能性がある。フェイスレスが現れた場合だ。
この場合は積極的に戦闘には参加せず不和とフェイスレスが戦っている隙を突くと言うものであった。
「なんか段々行き当たりばったりになってねえか?」
「うるせえな、作戦なんてのはそうそう上手く行くもんじゃねえんだよ、結局はその時の状況に合わせて行き当たりばったりでやるしかなくなるんだから腹ぁ括れよ」
なんだかどっかで聞いたことのあるような台詞である。健登が弥命の方を見やると明後日の方向を向いていた。
そうして店内を進む内にどんどんと濃くなってくる邪悪な気配、確実に不和の元へと近づいている。エスカレーターで四階へと上がるとそのフロアの奥、フードコートへと出た。
そこで健登は息を呑む。
半裸になった女性が血塗れになって倒れていた。
駆け寄ろうとするが佐ノ介に肩を掴まれて止められる、振り向くと首を横に振っている。恐らくあの女性はもう既に……
怒りを押し殺しながらその奥を見つめると、禍々しい黒い瘴気の塊が見えた。
そこに居るのは間違いなく外道である、あの血生臭くどす黒い悪意の塊、外道と手にする太刀の纏う邪悪な瘴気、それがこの奥に鎮座している。
健登は唾を飲み込むとゆっくりと前へと踏み出す。紅葉もどこから取り出したのか、黒い指ぬきグローブを装着しながら前へと歩みでる。そしてその後ろを弥命と佐ノ介がついて行く。
「……おまえらが先に来たかぁ」
四人の姿を見ると口元に笑みを浮かべながらゆっくりと不和が立ち上がった。
その傍らにはテーブルクロスを身体に巻きつけ頬から血を流す女の子の姿。
なにがあった? あいつはあの子になにを……
「てめえええっ!その子に何をしたああああああっ!!」
怒声を上げる健登を制止するかの様に佐ノ介がさらに大声で言う。
「ここがおめえの墓場だ不和あっ!俺は親父達みたいに甘くはねえからな、滅してやるから覚悟しやがれっ!!行くぞっ!」
佐ノ介のその言葉が合図、健登は弥命の身体を引き寄せると胸元からアメノハバキリを引き抜き疾風鴉をその身に纏う、同時に弥命も戦闘衣装を身に纏った。
紅葉は左手の甲に右手で何か印の様な文字をなぞる、更に右手の甲に左手で同じように文字をなぞると声を発する。
「行きます。水谷流破魔武闘術式・滅!!」
構えると両手に嵌めたグローブの甲から光の術式回路が全身に巡り、拳には破魔の聖なる光を宿した。
佐ノ介は印を組みぶつぶつと呪文を唱え始める。九字護身法全ての印を切り同時に発動させる奥義を使うには、法力を極限まで高める必要がある。その為に時間が5分必要なのだ。
不和は床に突き立てた太刀を引き抜くと、先の戦闘とはまるで違った気配を放つ。
太刀を両手で持ち、まるで熟練の剣士を思わせる正眼の構え、それは弥命が息を呑む程に見事な、一切の無駄のない、一切の隙のない、一切の邪念のない構えであった。
不和は最悪の人斬り外道であるが、剣士としての腕は最高……いや、究極と言っても過言ではないほどの力量であると思い知らされる。
弥命は歯ぎしりする、あんな男がこれほどまでに見事な構えを見せることに、心技体、それが合わさって初めて体現されるものが剣術ではないのか? なぜだかこれまでに自分が培ってきたものが否定された気分になった。
健登も紅葉もそれを見て動けずにいた。
まるで隙がないのだ。踏み込んで相手の間合いに入った瞬間に斬り伏せられる。
直感的にそれを感じ攻撃を仕掛けることがない、迷っていると不和が口を開く。
「来ないのか? では、こちらから行くぞっ!!」
動くっ!そう思った瞬間、健登と紅葉も同時に前に出た。
相手に先手を取らせてはダメだ。健登は後の先を取る様なそんな卓越した技術などは持ち合わせてはいない、とにかくがむしゃらに全力で真っ直ぐに突っ込み、自分のペースに持ち込む戦闘スタイルである。迷っている暇などなかったのだ。とにかく相手がどうでるかなんて考えず斬り込むしかない。
紅葉も同様に考える、もちろん彼女の場合は後の先を取る技能、それは備わっている。
水谷流破魔武闘術、これは水谷家が開発した対魔用の格闘術であるのだが、紅葉はその一点に於いては歴代水谷の中でも他を寄せ付けない実力の持ち主であった。幼き頃より鍛え上げたその技は、母・朱音をも凌駕する程のもの。
しかしながら、だからこそ紅葉にはわかる、この不和十郎太と言う人斬りの実力が、たとえ相手が武器を持ち自らが素手であったとしても、紅葉はそれが並み以上の使い手であったとしても負けない自信はあった。
それでも先刻目にした不和の剣術、弥命の呪符から放たれた雷撃をいなしたあの神業は、はっきり言って脅威であった。
それならば攻めに回るしかない、健登と同時に攻めて相手が防御に回った隙を突くしかないと考えたのだ。
真正面からぶつかり合おうとした瞬間、頭上から割れるような大きな音が鳴り響く。
何事かと見上げると天窓が砕け散り、何かが飛び込んで来た。
降り注ぐ硝子片を避ける為に距離を取る健登と紅葉、不和は微動だにしないで見上げている。それは降り立つとその場に居る者達には脇目も振らずに女の子の元へと一直線に駆け出した。
「かおをおくれぇぇぇえええええええええ!」




