第17話 ならば教えてやる…………殺せ
前回までのあらすじ
不和を追うのはやめてくれと懇願する芳乃。そんなことを健登がやる必要はないと泣くのだが、健登はごめんと謝り弥命と共に芳乃を残して行くのであった。
紅葉の運転する車中で不和とフェイスレスとどうやって戦うのか、作戦を立てていたのだがそこで佐ノ介の携帯が鳴る。電話の相手に言われラジオをつけると、緊急ニュースで近郊のショッピングモール内で刃物を振り回している男が居るという報せであった。
それが不和であると直感すると佐ノ介は、死体の山が積み上げられる可能性がある……と緊張した面持ちになり、紅葉は車を走らせるのであった。
何人かの客を斬り駆け付けた警備員を数名斬った所で不和は凶行を止めた。
ショッピングモール内に居た客はほぼ避難を終え、先程まで数名の警備員が居たがそれも居なくなった。
週末の夕食時の店内、普段であれば人々の喧騒で賑わっている時間帯であるが今はもぬけの殻となり、通常店内に流れているBGMも避難を告げる機械的な音声が響き続けていた。
不和はフードコートの一角に来ると抱えていた女の子を投げ飛ばす。
椅子を薙ぎ倒しながら女の子は転がりうずくまるのだが、しばらくすると声も上げずむくりと起き上がりその場に座り込んだ。
その様子を不和は無表情で見つめるのだが、その時目の端に蠢く影、逃げ遅れた従業員と思しき女性がその場から離れようとしていたのだ。
不和は近くにあった椅子を掴むと女性に向かって投げつけた。
ごんっと言う鈍い音と同時に「ぎゃっ」と言う声が聞こえ倒れ込む音、不和は女性に歩み寄ると何も言わずにじっと見下ろした。
頭から血を流し呻き声を上げながら朦朧としている、不和は上着に手を掛けると引き裂きその場で女性を犯した。
肉体と精神を蹂躙された女性は放心状態になっていたのだが、すぐに凶刃の餌食となる。
欲望が満たされると血塗れになった太刀を右手に提げ、その一部始終を見ていた女の子の元へ歩み寄り直前に太刀を突き立てた。
「恐ろしいか?」
じっと見つめる不和の目を瞬きもせずに見つめ返し女の子は小さく首を振る。
不和は血に塗れた手を女の子の頬に撫でつけると、口元に下卑た笑みを浮かべて言い放った。
「おまえ……昂ぶっているな?」
そう言うと不和は女の子の衣服を両手で掴み引き裂いた。
今にも折れてしまいそうな華奢で蒼白な身体に、無数に刻み付けられた悪意の痕跡、それを目にして不和は乾いた笑い声をあげる。
「カカカ……そうか、おまえはもうあちら側であったか」
何かに納得すると徐に懐から脇差程の長さの刀を取り出し、鞘から引き抜き女の子の手に握らせる。
切っ先を自分に向けさせると不和はそこへ左腕を押し付けた。
1㎝ほど刃が喰い込んだところで止めると女の子に問いかける。
「これが肉を斬る感触だ、どうだ?」
「……わからない」
不和の問いに女の子が初めて口を開く。
「その手で感じろ」
言いながらずぶずぶと腕に刃を喰い込ませていく、女の子は力を緩めることはなかった。人を刺しているのに手を引くこともせず、ただじっと力を籠めてそれを受け入れる。血の滴る肉を見つめ、いつしか口元には笑みが浮かんでいた。
不和は刀から腕を引き抜くとテーブルの上に掛かっていたテーブルクロスを引き裂いて包帯代わりに腕に巻きつける、残った布は女の子に投げつけた。
テーブルを倒しそれを背もたれにしながら真向いの床に胡坐を掻くと、腕を組みまた女の子を見つめる。
「名は?」
名前を聞かれるも女の子はその問いには答えない。
「自分の名を言えぬ程、幼子でもないだろう」
「……名前で呼ばれたことなんてない」
そう言うと女の子は俯きまた黙り込んでしまう。
なぜそんなことを聞いたのか、別に名などどうでもよかったのだが、不和は特に意にも介さずそのまま目を瞑る。
「……の……は?」
「?」
「あな……た……の、お名前は?」
不和は目を開けずに腕組みをしたまま答える。
「不和……十郎太」
女の子は「十郎太……十郎太……」と口の中で何度もその名を呟いた。
そして不和をその表情のない顔で、光のない目で見据えるとずっと疑問に思っていたことを口にした。
「十郎太は、なんであんなことをするの?」
「あんなこととは?」
「あの女の人は、殺さないでって言ってた。なんで十郎太は殺すの?」
感情のない声音で問いかける。
不和は立ち上がると女の子の元へと歩みよりその前で膝を突くと、前髪を掴み顔を上げさせ言い放つ。
「おまえはなぜ殺さない?」
「……ヒトをコロスのはいけないことだから」
誰かにそうインプットされた機械のよう、抑揚のない声で答える女の子。
「なぜいけない?」
「……そういう決まりだから」
「誰が決めた。」
「……わからない」
「誰に言われた。」
「……おとな」
「父か? 母か?」
「…………」
まるで禅問答の様な会話が続くのだが、両親の事に触れると女の子は黙り込む。
その様子を見て不和は、女の子の前髪を掴んだまま立ち上がるとそのまま引き摺って行く、ぶちぶちと髪の毛が引き千切れる音、その度に少し呻き声を漏らすも女の子は抵抗をしなかった。
先程殺した女の前まで行くとそこへ放り出し不和は言う。
「そこにある肉の塊に、その手にしている刃を突き立てろ」
女の子は俯き首をぶるぶると横に振る。
「それはもう死んでいる、殺すわけではないからできるだろう?」
女の子はなにも反応しない、黙って俯いているので不和が怒鳴りつける。
「やれいっ!」
その瞬間左足太腿に刃を突き立てた。
いとも簡単に刃は肉に沈んでいく、まるでスポンジにカッターナイフを刺し込むかのごとく柔らかい脂肪に吸い込まれていった。
女はピクリとも動かない、当然である、既に息絶えているのだ。
しかし女の子はその感触になにも感じなかった。それは触覚がではなく、感情が動かなかったという意味だ。
不和の腕を刺していた時に感じたあの感覚、あの時に感じた異常なまでの高揚感、腹の下のあたりが疼く様なあの感じがまるでない。
これはただの肉だ。スーパーに売られている牛や豚の肉となんら変わりない、これには既に命の宿っていない、これはただのタンパク質の塊に過ぎないのだ。
「もう一度問う……何故、殺してはならぬ?」
「……自分が……殺されたら嫌だから」
「誰に?」
「……」
「誰に殺される?」
「……」
女の子は手に持った刃をじっと見つめる、その切っ先に付いた血を、その血が滴り落ちるのをじっと見つめたまま黙り込む。
不和はしゃがみ込むと女の子の目をじっと見つめて楽しそうに呟いた。
「おまえは……殺されたのだな」
その瞬間女の子は悲鳴を上げた。
「ああああああああああああああああっ!!」
手にしていた刀を振り上げ不和に斬りかかるのだが、腕を掴まれ投げ飛ばされる。
刀を持ったまま転がり女の子は飲食店のカウンターに叩きつけられた。
転がる最中に手にした刀で切ったのだろう、左頬から血が滲んでいる。
女の子は肩で息をしながら異常に興奮した様子で刀を両手で持つと、鼻息も荒くその切っ先を不和に向けたまま睨み付けた。
その様子を見つめ不和は、にやぁっと顔を歪め笑みを浮かべながら言う。
「俺はなぁ斬るのが好きで好きで堪らんのだ、生きるものの命を断ち斬るのが堪らなく好きでなぁ、何百年も殺し続けたが俺は殺されなかった。何故だかわかるかぁ?」
嬉しそうに、楽しそうに、まるで友人とお喋りでもするように捲し立てる不和、それを黙って聞きながら、女の子はぶるぶると震える手で刀を構え続ける。
「俺を殺そうとする奴は全員殺したからだ、そうすれば自分は殺されずに済む、簡単なことだろぉ? おまえは生きながらに死んでいるなぁ? この瘴気に飲まれないのはその所為だ、何故おまえは殺された? なぜ殺される前に殺さなかった? 言えっ!!」
「……子供だから……おとなには勝てないもん……」
「違うなぁ、殺そうと思うことに大人であるか子供であるかなどは関係ない、それはおまえが知らなかったからだ、殺してもよいと言われなかったからだ、自分を殺そうとする者を殺してもよいと教わらなかったからだっ!」
悪魔の囁き、不和は女の子になにをしようとしているのか?
「では、おまえは殺されてもよいのか? おまえを殺そうとする者がおまえを殺すことは許されるのか?」
「……わからない」
「ならば教えてやる…………殺せ」
その一言が女の子の胸を突き刺す。まるで鼓動が止まり時が止まったかのような感覚を覚える。
女の子は初めてその顔に困惑の表情を浮かべ、まるで酸欠の金魚のように口をパクパクとさせ何か言おうとするが声にならない。
「おまえのその身体に、傷を、痛みを刻み付けた相手を殺せっ!お前の精神に悪意と言う刃を突き立てた者を殺せっ!おまえはこの世に生まれ出でたのではない、この世に死に出でたのだ……であれば奪えっ!おまえを殺した相手の命を奪って生き返れっ!そして……」
下卑た笑みを口元に浮かべると……
「その命を俺に斬り落とさせろ」




