第15話 もうやめてよ……行かないでよ健登
前回までのあらすじ
不和と戦闘を始める佐ノ介は劣勢であったが、そこへ弥命が駆け付け術を放つ。
外道の操る剣は文字通り神業であった。あやゆる攻撃を受け流し圧倒的な強さを見せつける。
佐ノ介の術でなんとか動きを封じる間に、弥命は健登の元へと駆け寄り神器を抜くように声をかけるのだが返答がなかった。
健登の手を胸へと押し付け抜くように声を掛け続ける弥命、不和が佐ノ介の呪縛から抜け出したその時、健登は息を吹き返し疾風・鴉をその身に纏うと怒りを露わにした。
神器に気が付き驚愕する不和であったが、目下の標的であるフェイスレスを追う為に戦いをやめその場から離脱するのであった。
「とりあえず応急処置だが、これでちったぁマシになったろ?」
佐ノ介はそう言うと健登の腹を拳で軽くポンっと叩く、傷口の上に佐ノ介の施した浄化の呪符を張り付け、その上から紅葉のエプロンを裂いて晒しの様に巻きつけてようやく出血が抑えられた。
芳乃と源治の治療と浄化も終えると、佐ノ介はふぅっと一息つく。
「あんがと兄ちゃん……」
健登は腹を擦りながら佐ノ介に礼を言い不和について質問するのだが、白から弥命には絶対に言うなと口止めされている佐ノ介、しかしこの状況で今さら隠せるわけもないので仕方なく事情を説明する。
京都に数年振りに現れた人斬り外道を取り逃がしてしまったこと、それを追って東京にやってきたが、それとは別に人の顔を奪う妖怪が現れ、そいつが今巷を騒がしている殺人事件の真犯人であること、そしてその妖怪を斬る為に人斬りは動いており、又あの女の子の顔をフェイスレスが狙っているのであろうと、要点だけを簡単に掻い摘んで話す。
その説明を聞いて弥命は明らかに不満そうな表情をすると、佐ノ介を睨み付けながら言う
「どうしてそういう重要なことをいつもわたしには教えてくれないんですか」
「まあまあ、白様だって弥命ちゃんのことを心配してのことだし……」
「それで結局はこんな目に会っていたら本末転倒じゃないですかっ!!」
弥命に怒鳴りつけられて、そんなこと俺に言われても……と思う佐ノ介であったが、ここは素直に謝っておこうと考えるのであった。
その横で健登は立ち上がると左腕を軽く回しながら言った。
「とにかく後を追おう、フェイスレスって妖怪も放っておいたらどんどん人を殺すんだろ?それにその人斬り外道に攫われた女の子を早く助けないと」
言いながらよろめく健登を支える弥命、まだ相当のダメージが残っているのだろう、神器を手にして傷は塞がったとはいえ、致死量に達していてもおかしくない出血をしたのだ。
傷は塞がっても失った血液までが戻るわけではない、今こうして立ち上がり話しているのも辛いはずであった。
それでもこう言いだしたら聞かないであろうことは弥命も重々承知している、目の前で小さな女の子が攫われたのだ、後は任せろと言って諦めるような性格ではない
しかしながらそれを止めに入ったのは芳乃であった。
「やめてよっ!!」
悲鳴のような声を上げると健登の元へと歩み寄り睨み付けながら捲し立てる。
「もうそんなことはやめてよっ!どうしてそうやって自分の身を犠牲にしてまで、どうしてそんな、そんな危ないことをしようとするのよっ!!さっきだって、死んじゃうかもしれなかったんだよ?」
次第に涙声になり、ぽろぽろと涙を流しながら止まらない芳乃。
「見てよこれっ!こんなに血だらけになって!どうして健登がそんな目にあって、痛い思いをして、死んじゃうかもしれないのにあんな化け物達と戦わないといけないのよっ!!わたしはもう嫌なのっ!健登がそんな目に会うのはもう嫌なのよっ!!」
健登の血で真っ赤に染まった手を見せながら泣き叫ぶ、それを見て弥命は申し訳なさそうに目を伏せ、健登も何も言い返せなかった。
芳乃は健登の胸に飛び込むと泣いて懇願する。
「もうやめてよ……行かないでよ健登……やだよわたし、もしあんたが死んじゃったらわたしはどうしたらいいのよぉぉぉ」
そんな泣きじゃくる芳乃の頭を優しく撫でながら健登は言う
「ごめん芳乃……それでも行かなくちゃ、あの子を助けないと、それができるのは俺達だけなんだから」
「……わかってるよ……わかってるけどしょうがないでしょ、嫌なものは嫌なのよ」
「……ごめん」
芳乃の気持ちもわかる、健登の気持ちもわかる、お互いがお互いの気持ちをわかっているからこそ辛いのだ。だからこそ、結局健登は戦ってしまうんだとわかっていても、芳乃は我儘を言いたくなったのだ。
健登の胸の中で甘えるように言う芳乃、そんな二人を見ながら佐ノ介は怪訝顔で紅葉に問いかける。
「ありゃどういうことよ?」
「ライバルが多いってことかしら、これはみこちゃんもうかうかしてられないわね」
弥命ちゃんというものがありながらこのリア充めえええええ、と思う佐ノ介であったが、そこへ咳払いをしながら源治が近寄ってきて言う。
「あ~、お取込み中の所すまねぇな、これからどうすんだ? 追うったって行き場所はわかるのかよ? それにこれの始末、どう上に説明すりゃいいんだぁ?」
源治の質問は尤もである、これまで痕跡と言う痕跡も残さなかった不和の足取りをどう追うのか、そして警官が二人も殉職したのだ、その現場に居合わせた源治はこの現実味を帯びない事態を上にどう説明したものかと困ってしまう。
一つ目の質問に答えたのは佐ノ介であった。
「フェイスレスって言う妖怪の方であれば簡単に追えますよ、奴はかなりの深手を負っている、すぐに外道との接触を試みるでしょう、この街の至る所に網は張って置いたので簡単に引っ掛かると思います。」
そして二つ目の質問には紅葉が答える。
「亡くなられた警官の方々は残念でした……今後の事は神社が対応しますので刑事さんはこのことは他言無用でお願いします。すぐに上からもお達しが来ると思いますので、くれぐれもご内密に」
そう言われるのだが源治は納得のいかない様子。
「そいつぁ聞けねえ相談だな、おめえら気付いていたんだろ、あの化け物の事を? なあ?もっと早くに警察と連携してたらこんなに被害者がでることもなかったんじゃねえのか?」
源治の語気が強まる、そんなことは許せなかった。
今回の事件の被害者となった女性と男性、佐ノ介の説明を聞く限りでは他にもいるように思える。
そして向こうで倒れている警官達、彼らにも家族がいただろう。親や兄弟、或いは妻や子供もいたかもしれない、そんな幸せな家庭が彼らの死によって一気に不幸のどん底へと突き落とされたのだ。
もしかしたら救えたはずの命であったかもしれないのに、そんな酷い話があるだろうか。
神社と呼ばれている組織があることは知っていた。殺人なんて言う浮世離れしたものを長年扱っていると、必然と人の犯した犯罪とは考えられないような、そんな怪事件にぶち当たることもある。
その度に現れる謎の影、大きな組織が動いて事の収拾にあたっていることを、古い警官達なら誰でも知っていることであった。
だからこそ許せなった。
そんな超法規的措置を取れる集団でありながら、毎回事件が起きるまで動きはしない、後手後手に回りながらもいつの間にか事件を収束させてその痕跡を残さないやり口、おそらくは全国に展開されている警察の情報網も使っているだろう。
自分達の欲しい情報だけ掠め取ってこちらには何も寄こさない、被害者の出てしまった後にあとは自分達がやるから黙っていろなんて言い分が通るもんか。
「俺は警察官であることに誇りを持っているが、権力の犬になった覚えもねぇ、おめえらの勝手な言い分でこの三嶋源治を黙らせられると思うなよっ!」
現場の刑事達にはこういう人達が少なくないことを佐ノ介も紅葉も重々知っていた。
源治の言うことは尤もであり理解もできるがこれは遥か大昔からの習わしなのだ。
決して世の大衆達にこの異形の世界を知られてはならない、それはこの世界を動かしている者達の間の不文律であり、この世の理でもある。それを知られてしまってはこの世の根本が変わってしまう、世の価値観や人の意識が大きく変わってしまうほどの重大な事なのだ。
神の奇跡が現実に示されるにあたり、その姿がこの地上に現れることが決してないのは、人々がそれに触れてしまった時に、果たしてそれが現実となった時に、人の信仰は形を変えてしまう恐れがあるからだ。
神に限らず、そういった怪異や霊現象などは人の心の内に留まっているからこその信仰であり、それが実体化してしまえば最早それは信仰ではなく、現象となってしまうのだ。
仏教の教えで弥勒菩薩が56億年後に人類救済に来るなんて言う話がいい例だろう、本当に来る気あんのかよそれ? と思ってしまうが、己が生きている内にそれが実現できなくとも信仰心はなくなりはしない、そういった宗教的考えと一緒である。
反発する源治に紅葉は少し困った表情をした後、すぐに顔を引き締める。
普段はニコニコと柔和な表情をしている紅葉であったが、源治をキッと睨み付けると口元には不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「構いませんよ、刑事が一人騒ぎ立てたところでこの件、表沙汰になることは決してございません、ご自由にどうぞ、ただし神社はありとあらゆる手段を持って対応することになると言うことは頭の隅にお留め置きくださいませ」
「へぇ……脅迫かい?」
源治は苦笑いしながら言うのだが、紅葉はまたニコニコとした表情に戻るといつもの調子で答える。
「いいえ刑事さん、これは善意の忠告です。私達もそれ以上のことはなにもできませんので」
紅葉や佐ノ介、弥命でさえそれを覆すことはできない、大きな組織の前では個人の力など無いにも等しいのだ。
警察という大きな国家権力組織に身を置く源治がそれを理解できないわけがない、わかってはいたけれど言わずにはいられなかった。
人一人の命とはそれ程までに重いものなのだ。
佐ノ介は警官達の亡骸の元へ行くとお経をあげてやり、せめてこの世に未練を残すことなく、極楽浄土へ旅立てるようにと手を合わせてやるのであった。




