タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 10
そんなこんなで、健乃たちは都へと戻ってきていた。
「コケガウマイゾー」
当然ながらタニシも一緒だ。
「ゴメン、食べたことない」
「タンボダイスキー」
「うんうん、そうだね」
頭の上に居るタニシは、空を見上げて黄昏ているらしい。
昨日、甘味処で結論が出てから、タニシはずっとこんな調子である。何が見えているのかわからないが、ずっと上の方を見上げて惚けている。
タニシ長者に一晩泊まったのだが、蔵の二階に布団を敷いてそこで寝た。イネは恐縮してごめんねと言っていたが、健乃としては静かで柔らかな寝心地だったので不満があるどころか大満足だった。朝ご飯はアジの干物と味噌汁とご飯だった。
「美味しかったなぁ、アジ……」
魚なんて滅多に食べられないので、骨までしゃぶってしまった。
「サカナコワイ。フナコワイ」
一応話は聞いてくれるタニシである。
そして現在、そんな帰る家を失ったタニシを頭に載せて、凶華の待つ都へと戻ってきたワケだ。
ちなみにではあるが、朝起きて外へ出てみると蔵の軒先の一番高いところにスズメバチが巣を作り始めていた。表と裏両方に。
「……ねぇタニシ」
「ドロンコヤッター」
「道を間違ったみたい」
「ザリガニヤンノカゴラ!」
返事をしてくれているようでもあるが、会話にはなっていない。
これはダメだと判断し、健乃は腕を組んで考えることにする。
そもそも健乃は道なんて憶えていない。間違えるとかいう以前の問題である。都に入れば何となく行き着くだろうなどと簡単に考えていたが、それっぽい記憶を頼りに歩いてきた結果、目の前には豪華絢爛極まりない、金箔でも貼ってんのかコラと言いたくなるような旅館が建っている。屋根の上にはしゃちほこが威勢よく踊っている始末である。
「さすがにこんな建物じゃなかったよね?」
いくら何でも違いすぎる。
しかし道が正しかったのかどうかを確認しようにも、道を憶えているハズのタニシはこの有様で、意思の疎通は困難だ。否、不可能だ。
「大体、行きと景色が違うんだからわかるワケないじゃん。宿からだったら、私だってちゃんと同じ道歩けるよ、うん」
「ドジョウニョロニョロ」
誰にともなく始めた健乃の言い訳に、タニシがテキトーな相槌を返す。
ちょっとイラッときた。
「投げちゃおうか、ホントに……あ、そうだ」
健乃、ふと思いつく。
「ええと」
キョロキョロと見回して大きな南門を探し、まずはそこを目指す。南門は遠くからでもわかるくらいには大きいので、道を知らなくとも到達できるのだ。
「リッパナカラダネー」
それにしてもタニシは壊れたままだ。
嫁に拒絶されて家に帰れなかったのが、よほど大きな衝撃であったらしい。
まぁ、それ自体は健乃としてはどうでもいい。タニシが帰れようが帰れまいが、健乃にとっては大差がないように思えたし、帰れないとなれば一見無意味なタニシ長者への往復も、あんみつとアジの干物を食べに行ったと思えば悪くはない。むしろ楽しい旅行だったと思えなくもない。
問題なのは帰れなかったことではなく、タニシそのものだ。
「……何か重いんだよね」
「コケガウマイゾー」
「あのさ、この何ていうか、黒いモヤモヤした何かを撒き散らすのやめてくれない?」
「タンボダイスキー」
「あー、投げたい」
タニシの放つダークオーラにあてられて、周囲にも影響が出始めている。
具体的に言うと周囲の湿度が上がって髪の毛が跳ねる。ギリギリ座敷童子を名乗れる程度のおかっぱが、今や鳥の巣みたいになっている。貧乏神というか雷様だ。
「とにかく、凶華に合流しないと」
大きな南門を正面に見据え、拳を握ってフンスと気合を入れる。このまま迷子にでもなってしまったら、座敷童子ではなく濡れ女に種族変更を余儀なくされてしまう。
「よし、思い出しながら宿へ行ってみよう」
周囲の景色を思い出しながら、健乃は歩き始める。
「ええと、確かここを右に曲がって……」
街の雰囲気が変わっていないのは、彼女にとってありがたい。
「うーんと、この辺りを入ったんだっけ?」
迷いながら路地へと入る。
「あぁそうそう、この質素な感じの景色、憶えてる。うんうん、大丈夫だね」
そして到着したのは、金のしゃちほこ付き豪華旅館の前だった。
「あるぇ?」
まだ着いてなかったのかもと淡い期待を抱いてもう少し進んでみたが、旅館らしい建物が見つからないまま路地が終わる。もしかして地味すぎる旅館だったから見逃したのかもと思いつつ戻ってみたが、この豪華旅館以外に旅館らしき建物は見当たらなかった。
つまり、ここだ。
「……うん、なるほど。一本入る路地を間違えちゃったんだね」
「あらやっちゃん、お帰りなさい」
その豪華な旅館の玄関から、凶華が箒を持って出てきた。
「あ、良かった。もう凶華ったら、宿を替えたならそう言ってよ」
「何言ってますの?」
「あのボロ宿は? もう潰れちゃったの?」
「ここがそのボロ宿ですわ。見ての通り何も変わっていません」
「全然違うよっ!」
少なくとも、しゃちほこはありませんでしたよ?
「よく見てください。この扉の傷、昨日のままでしょう?」
「憶えてないよ、そんなの。というか、どうしてこんなことになってるの?」
「どうして?」
凶華は腕を組み、眉根を寄せて思い出す。
「昨日お二人と別れてから、路銀がないのでタダでしばらく住まわせてくれと頼んだんですよ。そしたらどうせ間もなく潰れる宿だし、それまでなら別にいいと言われましてね。何なら私の手で壊してやろうと思いつつ部屋に荷物を置いたのです」
「それで?」
「しかし部屋があまり汚くて、しばらく泊まるつもりですからこの部屋くらいは綺麗にしようと掃除を始めまして」
「うん」
「気づいたらこんなことに」
「ちょっと待って。大事なとこ飛んだ」
「飛んだも何も、掃除をしただけなのですが」
劇的なんちゃらもビックリである。
「あぁそうそう、このボロ宿を如何に派手にぶち壊そうかと考えていたんですが、地面の下に大穴を掘って沈めるのと、柱を一本ずつ折っていくのではどちらが楽しいと思いますの?」
「あ、うん、それだね」
「どれですの?」
「いやそうじゃなくてね。そんなこと考えながら掃除してたから、こんな宿になっちゃったんだろうなぁって」
凶華のパッシブスキル、無意識の善行もなかなかに強力である。
「こんな宿?」
そんな台詞が気になった凶華は背後を振り返る。
「何ですかっ、これ!」
「いや、こっちがそう言いたいんだけど」
「何てことでしょう。こんなことになってるなんて……」
「どうして掃除してる時に気付かなかったの?」
「暗かったので」
「暗いなら仕方ない」
「というか、綺麗になってるのはともかく、あのしゃちほこはどこから?」
「それを凶華が聞くの?」
「それとやっちゃん、頭の上に何か新しい生物が乗ってますわよ?」
「タニシだよ、それ」
「え、この黒いのが?」
タニシは元々黒いです。
「サカナコワイ!」
変な鳴き声を上げるタニシの頭上には、当たり前のように青く澄んだ空が広がっていた。




