タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 11
「なるほどですわ」
健乃の説明を聞いて、凶華は大きく頷いた。
「つまり、今のタニシは鬱陶しいんですのね」
「うんまぁ鬱陶しいけど、そういう話ではなかったよ?」
「それにしてもタニシも情けないですわね。少しくらい家に帰れないくらいで何ですかっ。私なんて三年は家に帰ってませんよ」
ふふんと大きな胸を張る。
「帰れないのと帰らないのは違うと思うけど……ちなみに凶華はどうして家に帰らないの?」
「15になったら一人前になるまで家を出るというのが私たち家系の習わしなのですわ」
「そうなんだ」
「普通は一年くらいで帰るらしいんですが、私はどうしても悪事ができなくて……あぁ恨めしい」
「あ、うん、大変だね」
理由は違えど、彼女たちはいずれも帰れないブラザーズである。
「というワケで、こういう時は気分転換なのですわっ」
「え?」
「落ち込んだら心が落ち着く、あるいは気持ちが高揚するような景色や品物でも眺めて、家のことなんて忘れてしまうのが早道なのです」
「なるほど」
「それでも駄目ならとんかちで頭を叩いて強引に忘れましょう!」
「それはちょっと」
つぼ焼きができなくなるからね。
「ついでですから、やっちゃんにもこの都の案内をして差し上げますわ。何度も都に足を運んだこの私が見つけた、珠玉の景色の数々、とくとご覧あれ!」
「あ、はい」
ホントは部屋の隅で休みたい健乃だったが、凶華の笑顔と勢いに押され、ついつい頷いてしまうのだった。
「まずはここ、支配者の池ですわ」
「支配者の池? 随分な名前がついてるんだね」
「私がつけました」
「あ、そうなんだ」
命名、凶華。
ちなみに小さな広場の真ん中にある薄汚い池で、特に整備された日本庭園という趣はない。近所の子供たちがメダカとかオタマジャクシを捕まえるのによく利用されている程度だ。
「ここには鯉がいます!」
「うん、泳いでるね」
「この都に来る度に、私はここに通っているのです」
「えっと、凶華って鯉が好きなの?」
「いえ、特には」
「じゃあ何で通ってるの……?」
「それはですね――」
おもむろに屈んで足元の砂を掴み、勢いよく池に投げつける。
「こうですわ!」
「ん?」
その行動の意味するところがわからず、健乃は小首を傾げる。
が、その意味はすぐに判明した。
鯉が我先にと撒かれた砂を求めて殺到し、口をパクパクと動かして食べ始めたのだ。
「おーほっほっほ、ホラホラ砂をお食べ! 餌と勘違いして砂をたんと召し上がれ!」
とても気分が良さそうだ。
やってることは小さいけども。
「どうですかっ?」
「いや、どうですかって言われても」
えらく自慢げな顔を向けられて、健乃はちょっと困る。
「愚かな鯉を手玉に取っていい気分になれる場所なんですよ。最高じゃありませんか。しかもこの子たち、何度やっても同じ手に引っかかるんです。相当飢えているんですわ。そんな愚民どもに砂をかける私、問答無用の悪党ですわ!」
そんな台詞を吐きながら懐から米粒を取り出して無意識にばらまいているんですが。
「……見なかったことにしよう」
健乃はうんうんと頷きながら、そう誓った。
「やっちゃんも撒きますか、砂?」
「ううん、いい」
「タニシもこれで少しは元気が出ました?」
「いやどうだろ?」
「コイコワイ。フナコワイ」
鯉はタニシの天敵です。
「ダメみたいだね」
「そうですわね。気分の良い場所なんですが」
それは貴女だけです。
「というかね、もう少しこう観光っていうか、都らしい場所の方がいいんじゃないかな」
「都らしい……はっ、それならお城の――」
「お城ならいいかも」
「お堀にも鯉がいますわ」
「どんだけ鯉が好きなのっ?」
「あの口をパクパクして喘いでいる様とか、見ていてこうゾクゾクしませんか?」
「いや、しないけど」
「変わってますわね」
「えー……」
健乃、納得いかない。
「仕方ありませんわね。こうなったら都で一番の建造物でも拝みにいきますか」
「そうそう、そういうのでいいんだよ、うん」
「というワケで、南門です」
「もう見たよっ!」
しかも、これで三回目である。
「しかしですね、やっちゃん。北は手抜きだし東はしょぼいし西は簡素だし、見た目的に一番映えるのは南門なのですよ?」
「仮にそうだとしても、さすがにもう見飽きたよ。というか、都には他に見るものないの?」
「ふーむ……まぁここまで歩いてきてやっちゃんも感じていると思いますけど、この都は全体的に活気がありません。惰性で生活している愚民共が毎日をただ食い繋いでいるだけの街ですから。ちなみにですが、祭すらないんですよ?」
「え、夏祭りとか収穫のお祭りとかは?」
「ありません。櫓も盆踊りもありません」
「それはつまんないね」
「そういう余裕を全て吸い上げて、お城だけが豪華になっているのです」
「へー……じゃあお城は豪華なんだ。そっちの方が南門より立派なんじゃないの?」
「そんな虚飾の塊を見て気分が晴れるのですか?」
「いや、晴れないけど」
「そうでしょう。だから、鯉なのです!」
「そこでどうして鯉に行くのかはわかんないけど、まぁわかったよ」
「わかっていただけましたか」
「うん、これ以上都にいても仕方ないってことがね」
溜め息交じりに、健乃はそう結論付けた。
「まぁ確かに、こんな重苦しい灰色の街に居続けるよりは、夜な夜な開かれる『こぶとり爺さんを囲む会』にでも参加した方が幾分は気分転換になりそうですわね」
「いや、それはそれで面倒臭そうだけど」
こぶ付けられそう。
「そういうことなら、宿で荷物をまとめてさっとさの都とオサラバしちゃいましょうか。タニシはまぁ、放っておけばいずれ治るでしょう」
「うん、そうだね。静かで大して困らないし」
髪の毛がちよっとボサッてなる程度である。
「タンボサイコー」
「タニシも旅に出たいみたいですわね」
「いや、タビじゃなくてタンボって言ってるけど」
「似たようなものですわっ」
二人と一匹は、少ない荷物を取りに宿へと足を向けた。
そこに何が待っているのか、未だ知らずに。




