タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 09
「さぁどうぞ。ここのあんみつは、なかなかのものですよ」
「おかわりっ!」
「早いなやっちゃん!」
タニシが餡子に口をつける前に、健乃は一杯食べ終えていた。
「何これ美味しいっ。初めて食べた!」
「そういえば僕も初めて食べるな。というか、こんな店あったっけ?」
「最近できたの。田んぼ帰りの奥様方に人気だって話よ」
タニシの疑問にイネが答える。
ちなみにあんみつは昭和初期に考案されたもので、そう古いものではないが、あまり細かいことを気にしてはいけない。昔話とはそういうものである。
「はい、おまちど」
餡子が見事に昔話盛りされたおかわりがやってきて、やっちゃんは奇声を上げた。
「さて、そろそろ本題に入ってもよろしいかな?」
元タニシを名乗る旦那の視線は、タニシとイネへ注がれている。
「そうだな。白黒ハッキリつけなくちゃならん」
フンスとタニシは鼻息荒く続ける。
「僕がタニシなのか、君がタニシなのか!」
「いや、タニシは貴方だけです」
「あっさり!」
タニシ不戦勝。
「まぁとりあえず、いずれこうなったら正直に顛末をお話しようと思っていたのです」
旦那は相変わらずの笑顔のまま、今日の気温でも聞かれたみたいな口振りで話し始める。氷点下でも暖かいですねと言いそうな顔つきだ。
「タニシ殿をカラスに食わせて亡き者にしようと画策したのは義姉、ヨネさんです。その計画に私は関わっていません。それは単なる嫌がらせ、あるいは短絡的な憎悪による産物と言って構わないでしょう」
「おかわりっ」
「まさか、偶然その場に居合わせて今の場所に納まったって言うつもりですか?」
イネの口調はキツい。少なくともタニシへ向けるそれに比べると、真綿とウニくらい違う。
「その通りです。私は当時、定住する手頃な場所を探しておりまして、偶然立ち寄った茶屋で団子を食べていたところにヨネさんが現われ、タニシを撒き始めて高笑いを始めたのです」
「高笑いとか、いかにも姉さんぽいけど」
「最初は何が起きているのかわからず、ただ傍観していたのですが、そこへイネさん、貴方が現われてタニシを探し始めたことで事態を把握し、見るに見かねて声を掛けた、というところです」
「つまり、最初からタニシ長者に入り込むことが目的ではなかったということか?」
「そうなりますね」
タニシの言葉に旦那は明確な頷きを返す。
「なら、どうして最初からそう言わなかったの?」
イネの態度は崩れない。
「まぁ、私にも私なりの都合があったことは確かですが、タニシ殿の生死がハッキリしていない以上、この先の身の振り方も含めて簡単な結論を出すワケにはいかないと判断したためです。もちろん、いずれはお話するつもりではありましたが」
「おかわりっ」
「結果、タニシ殿が存命であってくれて、正直なところホッとしています。私としても、いつまでもこの地位に座っていることはできませんので」
「では今すぐにタニシ長者復活の宴の準備を――」
「そう行きたいところなんですが」
逸るタニシを、やんわりと旦那が抑える。
「なかなかそうもいかない状況がありまして」
「何か問題がっ?」
大有りである。
「おかわりっ。大盛りで!」
「というかやっちゃん、食いすぎだろっ」
大河を飲み干す山姥が呆れるほどの食いっぷりである。
「だって、美味しい……」
「限度があるわっ。というか、その小さい身体のどこに入っているんだっ?」
「失礼だなー。まだ膝くらいまでだよ」
「お前の身体は全身が胃袋かっ!」
喚き合っている間に天井に届くかと思えるほどのおかわりがやってきた。
「まぁまぁ。むしろ喜んでいただけて何よりです。それより話を戻しますが、私個人の事情はさておき、お義母様は問題でしょう?」
「あー……」
タニシではなく、イネが眉根を寄せて声を上げる。
「ヨネさんは問題なく家から遠ざけることができましたが、さすがにお義母様を追い出すワケにもいきませんし、一応は跡取りとしての責務もありますから別居というのも難しいでしょう。そもそも、タニシが婿という事実ですら嫌悪の対象みたいですから」
「えー……」
タニシ全否定の事実にタニシショック。
「じゃあ、僕にどうしろと?」
「タニシ殿がタニシでなくなれば、すぐにでも解決する問題ではあるのですが」
「無茶言わないで」
「せめて殻を捨てるとか」
「ナメクジになれとっ?」
「そんなのダメっ!」
口の周りを餡子で真っ黒にした健乃が不意に割り込む。
とても真面目な顔で。
「やっちゃん、お前は僕のことをそんなに――」
「つぼ焼きできなくなる!」
「お前サイテーだよっ!」
言いたいことだけ言って満足したのか、健乃はあんみつに戻った。
「くっそ、この貧乏幼女め……」
「でも確かに、タニシが今のままだと母さんとは一緒に居られないね。どっちかがすぐ死にそうだし」
母親がショック死するか、半狂乱なった母親にタニシが叩き殺されるかの二択である。
イネにとってはどちらに転んでも深刻な問題だ。
タニシ長者が、本当は怖いタニシ長者にランクアップする日も遠くない。
「なので、しばらくお待ちいただけると助かります」
「そうだね。アンタはちょっとブラブラしてくるといいよ。ちょっと西の果てとか見に行っといで」
行った先でありがたいお経をもらうんですねわかります。
「え、何それ?」
タニシは意味も分からず唖然とする。
「ところで――」
旦那は視線を少しばかり右へとずらし、寒天を掻き込んでいる幼女を見る。
「その子は座敷童子でしたよね?」
「あ、うん、一応……」
視点を泳がせながら、曖昧に答えるタニシ。何だか意識も朦朧としているように見える。
「詳しい話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「長者がね……うん、色々あったんだよ」
「あ、いえ、その辺りは知っています。できればどこでどのように出会ったのかをお聞かせいただけると」
「出会い……」
出会いを思い出しつつ、タニシは天井を見上げる。
「初めて会った時のイネは、初々しかったなぁ」
「ええと?」
「三文で買ったの」
健乃、インターセプト。
「なるほど、三文で。しかし、しゃべるタニシの値段としては安いのでは?」
「その時はしゃべってなかったし、売れ残った袋一杯のタニシを食べるために買ったんだし」
「うん? 何の話をしている?」
タニシ、ふと我に返る。
「貴方を三文で買ったという話を」
「おいちょっと待て」
「苦労したんだね、アンタ」
嫁が泣いてる。
「じゃあじゃあ、可愛そうな僕ちゃんは、家に帰ってもいいかな?」
「駄目でーす」
こうして、タニシは正式に帰れなくなりましたとさ。




