うすうす気づくオモイ 01
ここは船の中。
粗末な船倉の奥、薄暗い隅っこを見つめる背中が一つ。
「そこ、私の場所」
「炭焼き組でさんざん堪能しただろ。今日は譲ってやれ」
「むぅ……」
健乃は少し不満げながら、丸まっている背中を見つめつつ仕方なく頷いた。
一方、そんな隅っこを占拠した天邪鬼といえば――
「人間怖い人間怖い人間怖い……」
膝を抱えてブツブツと呟いている。
昨日、役場を鵺から守った(ということになっている)からの鮮やかな人命救助というコンボが決まって町民から称賛の嵐に晒されたのがよほど堪えたらしい。
夜も満足に眠れなかった凶華は、朝日が昇るや否や荷物をまとめ、口実として健乃(タニシ付属)を小脇に抱えて奥様を叩き起こすなり別れを告げると、そのまま港に向かって唯一出港準備をしていたこの船に飛び乗った。
もちろん行先など考えているハズもない。この船が都方面に向かう船だったのは、単なる偶然の産物だ。
「まぁとにかく、無事に都へ向かう船に乗れて何よりだ。朝いきなり連れ出された時はどうなるかと思ったけどな」
「起きたら船の中だった……」
「やっちゃん、意外に大物だよな」
誘拐されても気づかない鈍感幼女、健乃。しかし不幸がオマケについてきます。返品不可。
「んで、これからどうする?」
「向こうの隅で寝る」
「うん待て。やっちゃん昨日もずっと寝てただろ。というか半日以上寝てただろ。いい加減目を覚ませ」
「でも、隅っこの暗がりが私を呼んでる……」
「呼んでない」
「手招きしてる」
「してないっ。怖いこと言うな!」
「じゃあどこで寝ればいいの?」
「寝るんじゃない。よし、わかった。探検に出かけよう」
タニシは鼻息荒く健乃の頭の上で言い放つ。
「探検?」
「小さな船だが、暇潰しくらいにはなるだろ。それに、やっちゃんは船に乗るのは初めてじゃないのか?」
「うん、まぁ」
「なら折角だ。この機会を堪能すべきだろ。船は良いぞ。何か揺れるし」
何一つ良さが伝わってこない感想である。
「んー……でも眠――」
言いかけた言葉を遮るように、健乃のお腹がくぅと鳴る。
「食べ物探しに行こう」
「いや、探検な」
「この船、何を運んでるのかな?」
「積み荷食べるなよっ?」
「わかった。一つにする」
わかってない。全くわかってない。
「はぁ……まぁいいや。とりあえずこの部屋から出よう」
「うん」
健乃は頷き、ガラガラと引き戸を開けて船倉を出る。とはいえ周囲の暗さは変わらない。通路に出て壁が近くなり狭く感じる分、より暗くなったようにも思えた。たった一つで頑張っている船行灯の光だけが、灯台のように周囲を照らしていた。
「おいおい、アンタたち!」
行灯の揺らめく炎に視線を奪われていた一人と一匹に、背後から声がかかる。
「何だ?」
振り返るとそこには、雑巾掛けをしている若者がいた。
「駄目だろ。外に出てきたらさ」
「何で?」
当然の疑問だとばかりにタニシが口にする。
「アンタら、乗っちゃいけないのに乗ってるってこと自覚してる?」
「してないけど、ひょっとして無賃乗船?」
「いや、金は貰ってるけど……」
「ならいいじゃないか」
ちなみにその金は凶華が払いました。
「いやいや良くないよ。ウチはその、お客は乗せない船なんだ」
「凶華が交渉した時、アッサリ頷いてたじゃないか。僕はちゃんと見てたぞ」
「いやそれは……」
おっぱいに目移りしていたとは言えないシャイな若者である。
「それにこの船、そんな大荷物を載せていた印象なかったぞ。甲板はスカスカだったし、僕らのいた船倉にも荷物らしいものは一つもなかった」
何だか妙な話だ。
「うんまぁ、それは確かにそうなんだけどさ。でもお頭がそう言うんだ。お客を乗せたくない事情があるんだよ」
この暗がりで掃除をさせられていた若者は、どうやら事情も知らされていない下っ端のようである。
「よし、なら探検開始だ。行くぞ、やっちゃん」
「おまんじゅうとかおせんべいとかお団子がいい」
「ちょっと話聞いてるっ?」
雑巾を放り出して、若者は座敷童子を制止にかかる。
「僕たちには冒険が必要なんだ」
「私には食べ物が必要」
「せめて統一して!」
「じゃあ、冒険的な食べ物で」
辛子餡饅頭とかかな?
「食べ物は……なくもないけど、お昼には到着するから降りてから店にでも行って食べてよ」
「おいおい、ウチらの路銀を甘く見るなよ」
「無一文で食べられるお店、あるかなぁ」
ないです。
「えっと、干しイモならあるけど……」
「干しイモっ!」
健乃の目が輝き、周囲を照らす。ついでに涎も垂れている。
「悪いが、一つ恵んでやってくれ」
タニシは素直に頭を下げた。
「あ、うん」
あまりの食いつきに若干引きつつ、若者は懐から包みを取り出し、一枚分けてあげた。健乃は早速とばかりに干しイモを咥えると、ムグムグと食べ始める。
「これでやっちゃんの目的は達したな。次は僕の番だが、この溢れる冒険心を満たす何かはあるのかね?」
「いやそんなこと言われても……はぁ、まぁいいか。上はお頭とか先輩たちがいるから、下なら歩き回ってもいいよ。あ、でも――」
声を潜め、若者は顔を近づける。
「一番奥の部屋には行かないでよ。あそこには変な噂があってさ」
「よしやっちゃん、一番奥の部屋に全速力だっ」
「話聞いて!」
「いや、ここは行くのが礼儀だと思ったのだが?」
「あそこは駄目なんだって。海の真ん中に来ると変な声が聞こえてきたりするとか、時折ガタガタと何かが動くような物音がするとか、シャレになんないんだって」
「変わったものを運んでいるんだな、この船は」
「積み荷じゃないよっ。何でも物置に使っているって話なんだけど、気味が悪くてさ。近づいたことないから声とか音とかは聞いたことないけど、誰も入ってないハズなのに物の場所が変わってたりするらしいし」
「それは面白い」
「いや面白くないよっ。怖いよ!」
「よし、俄然見たくなった。行くぞ、やっちゃん!」
「あ、こら、だから――」
言いかけて歩き始める健乃を止めようと手を伸ばしたところで、若者は止まる。
健乃は動いていない。というか動く気配がない。
「おいやっちゃん、奥だ。奥に行くぞ」
「……食べ歩きはダメなの」
変なところで行儀の良い健乃だった。
立って食べるのはいいのかという疑問はナシの方向で。
結局、健乃が干しイモを完食するのを、二人はじっと待つしかなかった。
ムグムグ。




