二つの長者大戦 24
「見てくれよ、親父! ウチの船が炭焼きの連中のせいで沈もうとしているんだっ。あの中にはウチの命運を左右する大事な積み荷が――」
「お前の言う大事なものというのは、コレのことだろう?」
そう言って差し出したのは、派手な和服に身を包んだ一体の人形だ。頭身が低く、かなりデフォルメされているが、それでも力強く見えるツリ目が勝気な印象を与える。
ちなみに、お腹を押すと七種類の罵りを浴びせてくる素敵仕様だ。
「それを、どこで……」
「お前の部屋だ。姫ちゃん人形だったか。都に行って何やらこそこそ商談していると思ってはいたが、こんなものを仕入れに行っていたとはな」
「こ、こんなものとは何だよっ!」
いきり立ち、若旦那は激昂する。
「……なぁ、藁助よ」
「わら?」
「すけ?」
聞き覚えのない変わった名前に凶華とタニシが反応する。
「お前たち二人のどっちかだよな?」
若旦那が振り返るなりそんなことを言うが、一人と一匹は首を横に振った。
「いや、お前のことだ。我が息子」
「初耳だな、そんな名前」
「いや認めろよ、いい加減。というか、子供の頃はむしろ喜んでたじゃないか」
「世界の不条理を知らなかった頃の話だ」
プイとそっぽを向く若旦那に、大旦那は大きな溜め息を吐く。
「やれやれ……まぁ聞け。お前はこれを売るのか?」
「あぁ、今都で大流行してんだ。売れないハズがない」
「大流行ねぇ……聞いたことはなかったが」
「親父は年寄りだからな。若い連中に受けているんだ」
ゾンビにも売れてるって言ってたじゃん。
「なるほど。それで――」
大旦那は、もう沈む今沈むとわたわたしている黒船を横目に見ながら続ける。
「あの積み荷を全て捌いたら、どんな契約をするつもりだったんだ?」
「えっ?」
若旦那の驚きの声と言葉が全てを物語っている。
「やはりか。大方大きな契約を結ぶための条件だったんだろう?」
「……いや、その」
「まぁ、いかにも都の連中がやりそうなことではある」
「そ、そうだけどっ。でも売れればちゃんと儲けにはなるしっ。そこから繋がりができればウチも都へ進出できるかも――」
「それを求めているのは誰だ?」
「は? 何の話をしてんだよ」
「この人形を売り、その後の商売を求めているのは誰だと聞いている」
「そりゃ……オレだけど」
「わらしべの家訓、忘れたワケでもあるまい?」
「けど、このままじゃ炭焼きにも追いつかれて、都の連中との差は開くばかりだっ。美味い汁を吸うことの何が悪い!」
若旦那が声を荒げる。
その表情は何かに追い詰められているかのように焦って見えた。
「そもそもだっ。あの小娘に邪魔されなきゃ、全部上手くいってたんだっ。親父がしゃしゃり出てくる必要なんてない。オレだけでわらしべを大きくできていたんだ。こんなことになったのは、全部あの小娘と、そこにいるタニシのせいじゃねーか!」
「タニシ悪党ですわね」
「ちげーし。というか羨ましそうな顔するな」
「親父こそ炭焼きに甘すぎるっ。アイツらのせいでウチの船が沈んでいるのは事実なんだ。どう責任取らせるつもりなんだよ!」
「責任か。そうだな……」
大旦那は凶華とタニシに向き直る。
「タニシくんよ」
「ななななんだ? 言っておくけど僕もやっちゃんも無一文だからな。弁償なんて言われても無理だぞ」
「いやいや、そうではなくて、あのお嬢さんに伝えておいて欲しい」
「伝える? 何をだ?」
「感謝しているとな」
「感謝っ? 感謝だってっ?」
藁助が意外というよりもあり得ないと言いたげな声を出す。
「そうだ。ウチの前で抗争してたヤクザ連中だが、どうやら都から流れてきた無法者と地元の連中がやりあってたらしくてな。親分さんと話をする機会がなかったらわからんかっただろう。ツテを作る良い機会だったと思っとる」
「いつの間にそんな……」
「それと百鬼夜行だがな、帰りにもこの街を通るそうだ。保存食や草鞋があれば買いたいと言われたよ。いや全く、商機というのはどこに転がっているかわからないものだな」
さすがわらしべ長者、ただでは起きない御仁である。
「そもそも、あのお嬢さんは間違いなく座敷童子だ。半分は貧乏神かもしれんが、もう半分の座敷童子としての血も間違いはないよ。その座敷童子を叩き出したのだから、船の一つくらいは沈むさ」
若旦那は声が出ない。
座敷童子の伝承自体は彼とて知っている。しかし彼は、幸運の象徴としての座敷童子しか見ていなかった。座敷童子が出て行くことは没落を意味する、それは本来当たり前であったことなのに。
「なぁ、藁助よ」
「その名前はやめてくれ……」
「なら藁坊」
「もっと嫌だ」
ムキになる代わりに少しだけ和らいだのを見て、大旦那は少しだけ微笑む。
「この姫ちゃん人形を売るなとは言わん。だがこれは、誰かの求めに応じて仕入れたものではないのだろう?」
「あぁ……」
「ならばこれは、お前が売りたくて売っているものにすぎない。それはわらしべのやり方ではないだろう。我が家訓『求むる手こそわらしべの心』という言葉の意味、忘れたワケでもあるまい」
「……忘れてなんかいない。いないけどっ、それだけじゃダメなことだってあるだろ。オレはもっと、このわらしべ商会をもっと大きくしたかったんだ!」
「自分の手で、だろ?」
若旦那はバツが悪そうに視線を逸らした。
「ワシはどうにも、お前の求めに応じすぎたのかもしれんな。ある意味悪い癖なのかもしれん。いや、実の子でないと、心のどこかで思っていたからかもな」
「親父……」
「お前に、小さな店を一つやろう。そこでお前の思う商売を好きなようにしてみるといい。わらしべとは違う、お前のやり方を模索してみなさい」
「……あぁ、わかった。やってみる。見てろよ、親父」
「楽しみにしとるよ」
「叩き出したりはしないんですのね?」
少し呆れたような顔で、凶華が口を挟む。
「やはり甘いかね?」
「甘いですね。ですが、藁助なんて名前を押し付けたんですから、それで帳消しじゃありませんこと?」
「その名で呼ぶな!」
笑いが起こる。
そして笑いが、しがらみを溶かしていく。
「さて藁助よ」
「いやだから」
「今我々に求められていることは、何かね?」
そういって大旦那は、海へと向き直る。
「……そうだな。あいつらを助けないと」
空気を読んだのか、黒船はまだ沈み切っていない。
「悪いが、君らも手伝ってくれんかね?」
「おうよ」
「嫌ですわっ」
「良い返事だ」
凶華の天邪鬼な発言に、大旦那もご満悦だ。
「よし、行くぞ凶華」
「行きませんわっ。どうしてこの私が人助けなんて虫唾の走ることをしなくてはならないんですかっ。絶対に御免です。嫌です。やりません!」
言うまでもないことだが、要救助者はほぼ全て凶華によって救い出された。しかも僅かに数分で。また、黒船転覆によって積み荷は全滅したものの、人的な被害は皆無であった。
ちなみに、この極めて英雄的な成果は瞬く間に街中へと広がり、あの凶華様の評判は登り龍の如く更に空へと加速することになるのだった。




