二つの長者大戦 17
わらしべの若旦那は二人の使用人を従えており、ただの散歩でもなさそうだ。
「何しにきたんだいっ? わらしべのボンボンが」
「いやなに、この新しい役場にはウチも金を出しているものでね。どのくらい進んでいるものかと気になって」
「嘘つくんじゃないよっ。そもそも金を出したのは大旦那様でアンタじゃないだろ。むしろ渋ってたじゃないのさ!」
「そんなことはないさ。まぁもっとも、あんまり仕事が遅れるようだと頼んだことを後悔するかもしれんけどな」
わらしべの若旦那はニヤニヤ笑っている。
そして周囲の野次馬は、また始まったと眉根を寄せている。
言ってしまえばこの街の風物詩みたいなものだ。
「ふんっ、こんな雨で数日延びたくらいじゃ大差なんてありゃしないよ。そんなことより、こんな場所で油売ってていいのかい? 色々と不幸が重なって、結構な損害が出たらしいじゃないか」
ピクリと、若旦那の眉毛が反応する。
「大したことはなかったよ。それに、誰かさんが引き取ってくれたお陰でウチの不幸は打ち止めだ。そろそろ本命の隠し玉が港に到着するし、そうなったらいよいよウチは上り調子よっ!」
「隠し玉?」
「おっと、これ以上は言えねぇなぁ。アレが来たら、誰もがウチを求めることになるだろう。建物を一手に引き受けているからといって、あんまり調子に乗らないこった」
「相変わらず口だけは達者だねぇ」
「口だけじゃねぇよっ。実力もあるっ。お前んとこの穀潰しと一緒にすんな!」
「ウチのは穀潰しじゃないよっ。アンタこそスネカジリじゃないか!」
「んだと、この年増!」
「なにさ、このハナタレ!」
睨み合う二人。
「おい、止めなくていいのか?」
というタニシの言葉に、凶華は微笑む。
「いつものことですわ。そんなことより、何とかして中に入る方法を考えませんと」
「そんなことって……」
道端に転がっている犬のうんこみたいな扱いである。
「そもそも」
言い争いはまだ続いている。というか終わる気配がない。
「あの座敷童子をウチに置こうと決めたのは旦那なんだよ。その懐の深さ大きな慈愛、アンタみたいな甲斐性なしの童貞にはわかんないんだろうねぇ」
「どどど童貞ちゃうわっ!」
「まぁウチとしては、どこぞの大きいだけで器の小さい運送屋さんと違って、少しばかりの不幸を背負い込むくらい造作もないことだけどねぇ」
流れ落ちる盛大な滝を背景に、奥様が高笑い。
周囲の野次馬は、少しばかりの不幸という辺りにツッコミを入れたくて仕方のない顔をしている。
「ふ……ふんっ」
頬の筋肉がピクピクと痙攣したまま、若旦那はわざとらしく鼻を鳴らす。
「ウチは今大事な時期なんでね。これから先細りのオタクと違って、これから大きくなるところなんだよ。まぁこの繊細さは『おばさん』には理解できないかもしれないなぁ」
「おば――」
「まして炭を焼くことしか能のない『オッサン』になんて、永遠に理解不能だろうね」
「このクソガキ!」
もう駄目だー。戦争だー。
「そもそもさ。甘く考えすぎなんじゃないの?」
「あん? どういう意味さ」
「この雨、自然に止むのかね? ウチの前をうろついてたヤクザや妖怪どもは、あの小娘がいなくなるまで途切れなかったんだが」
「うぐ……」
一日二日ならともかく、何日も降り続けると仕事にならない。
というか街が沈む。
「ずっと雨が降り続ける限り仕事にならない。その間にウチに『アレ』が入荷されて大儲けだ。こりゃいいや!」
「いや、このまま降り続いたら、わらしべも沈むんじゃ?」
ふと漏らしたタニシの言葉に、若旦那と奥様が絶句する。
よく考えるまでもない。この街自体が圧倒的ピンチである。
「おいこらババァ、どうすんだ!」
「ははん、知らないねぇ。雨が降るのはお天道様次第だしぃ」
「んなこと言ってる場合かっ。役場どころか街が潰れるぞ!」
「何を言うんだいっ。この役場はウチの職人が総力を結集して建ててるんだ。この程度の雨じゃビクともしないさ!」
「いや、そうじゃなく――」
ザバーと、一際雨音が大きくなる。
「おい、何か雨足が強くなったぞ!」
「台風が来たと思えば、こんなの爽やかなくらいじゃないか!」
爽やかな滝でマイナスイオンが狂喜乱舞である。
「もう駄目だ、このババァ。おいお前ら、急いで人を集めろ。港が使えなくなる前に荷揚げするんだ。次の荷物だけは何としても守らねばならん」
振り返り、若旦那は後ろの二人に指示を出す。
「若旦那、次の便は沖合で少し待たせた方がいいんじゃ?」
「この雨がいつ止むのかわからんだろ。むしろ下手に待っていたら事態が悪化しかねん」
健乃の不幸の底なし具合を実体験しただけに、その言葉は重い。
「いいから人を港に集めろ。オレは先に行って準備を進めている」
「わ、わかりやした」
子分二人は慌てて野次馬を掻き分け始めた。
「悪いが、オレは失礼させてもらうよ。沈むなら一人で沈んでくれ」
「ふん、弱虫はさっさと避難してな」
滝をバックにふんぞり返る奥様のラスボス感、ハンパない。
「とはいえ――」
ようやく邪魔者がいなくなったと清々した顔で振り返り、壮大な滝の向こうに映る役場(予定)を眺める奥様は、少々困ったように溜め息を吐いてから独り言を続ける。
「さすがに止んでもらわないと仕事になんないからねぇ。まぁ、化け物がやってきて叩き壊すってんならともかく、雨くらいで壊れることはないだろうから、心配してないけど」
立った立った。フラグが立った。
「おいおい、そんなこと言ったら――」
タニシの不安げな予想の言葉すら終わらない内に、吐きそうなオウムが地面に叩きつけられた拍子に上げた断末魔みたいな声が響く。鳥か獣かわからないというか、どちらにも聞こえない。
「おうおう、随分と俺様好みの黒雲がもくもくと漂ってるじゃねぇか」
声に気付いて、野次馬も含めた一同が一斉に空を見上げる。
そこに、黒雲の影に潜めるようにして、一匹の化け物が居た。
猿の頭に狸の胴体、虎の足に蛇の尾という極めて節操のない外見の化け物だ。
「俺様の名は鵺、都を恐怖のズンドコに落とした由緒ある魔物であるぞ!」
鵺は、これでもかというドヤ顔でそう言った。
とてもウザい。




