二つの長者大戦 18
「厚い黒雲の下にある素晴らしい建物、まさしく俺様が一晩を過ごすのに相応しいぞ!」
鵺は役場が気に入ったようである。
「それにしても、この程度の雨で足を止めねばならんとは、人間とは脆弱な生き物よなぁ。まぁ俺様としては、久方ぶりに静かな夜を過ごせそうでありがたい話だが」
クァックァックァッと裏声のアヒルみたいな声で笑いながら、意気揚々と黒雲の下へ向けて飛び込んでいく。
「俺様からすれば、この程度の雨など涼しびがごぼぼぼぼぼばばはぁっ!」
駄目じゃねーか。
「何これっ。雨じゃないよ、こんなの!」
「アホですわ」
「大見栄切っただけに恥ずかしいな」
おっぱいとタニシを始めとした観衆の冷たい眼差しが容赦なく刺さる。
「こここんなの、ちょっと我慢すれば大丈夫だし。むしろ嵐とか俺様にとってはぬるま湯みたいなものだし。バーカバーカ」
子供か。
「ならさっさと入ってください」
「えっ、いやでもホラ、俺様が入っちゃったらアレだよ。あの建物を壊しちゃったりするよ。それは困るんじゃないかなぁ」
チラチラと観衆を見ている。
実にウザい。
「むしろ望むところです!」
凶華は言った。言ってやった。
観衆がざわめき、驚きの声を上げる。
とうとう彼女の本性が露呈してしまうのだろうか。
「い、いいの? 壊しちゃうよ? ホントに壊しちゃうよ?」
「是非どうぞ」
凶華としては願ったり叶ったりである。
「そうだね。壊せるものなら壊せばいいさ」
同調する声が、凶華の背後から上がる。
「ただし、あの役場はウチの職人たちが、特に真ん中の一際大きな建物は、ここにいるウチの超精鋭職人、凶華の建てたものなんだ。生半可な力で壊せるなんて思わないことだね!」
奥様の言葉に観衆が大きな歓声を上げる。なるほどそういうことかと納得したようだ。
「え、いやそんなつもりで言ったんじゃ――」
本心から言ったつもりの凶華、困惑。
「諦めろ。お前の印象が良すぎるのが悪い」
「くっ、まさかこれほどとは」
「というか、お前が建てたのかよ、この役場」
「最初は妨害するつもりだったんですが、気がついたらこんな建物が建っていたという不思議なお話なのですわ」
「不思議じゃねぇよ。お前ホントは馬鹿だろ」
「と、とにかく、あの鵺さんには中に入って役場を壊してもらわないといけないのですわ。いざとなったら蹴とばしてでも放り込まないといけないのですわ」
「もうヤケクソだな、おい」
「クソなんてお下品な。ヤケうんこですわ」
「うんまぁ、何でもいいけど」
タニシは諦めのこもった溜め息を吐く。
「さぁ鵺さん、さっさとこの雨の中へ飛び込んでくださいませっ。そうしないと、雨に負けた毛虫以下の鵺カスとして未来永劫語られ続けることになりますわよ!」
「えぇええぇぇっ」
酷い脅迫を見た。
「さぁさぁ、どうするんですの!」
「わわわかったよっ。入ればいいんだろ!」
こちらも半ばヤケクソである。
「ちきしょぉおぉおおぉぉぉっ!」
鼻をつまんだ鵺が、絶叫を残して黒雲の下へと飛び込んでいく。先程と違い、戻ってくる気配がない。鵺にとってイメージというのはとても大切なもののようだ。
「良かったな。役場が壊れそうで」
「いいえ、まだですわ」
タニシの言葉に、凶華が首を横に振る。
「誰かが中に入って確かめないといけませんわ。というか、私も柱を折りたいですわ」
「うん、せめて本音はしまっておこうな」
「というワケで、とりあえず貴方だけでも入ってください」
「何でそうなるっ?」
「だって、貴方タニシじゃありませんか。タニシなら水の中でも平気です。これは常識ですわ」
「いや待てっ。確かに息ができないってことはないけど、こんな滝の中みたいな中に入ったら一瞬で流されて河に落ちて、あっという間に海まで到達して大きな魚に丸呑みされちゃうんだけど?」
「なるほど、確かに」
「わかってくれて何よりだよ」
「じゃあ投げますわよ?」
「待って待って待って!」
胸元から摘み上げてオーバーハンドで大きく振りかぶったところで何とか止まる。
「何ですの?」
「何ですのじゃないよっ。海まで流されちゃうよっ。大きな魚に食べられちゃうよ!」
「自然の摂理ですわ」
「話を最後まで聞いて!」
タニシ、必死。
「実は僕一人だけじゃなくて、お前も一緒に入れる方法があるんだよ、うん」
「どういうことですの?」
「僕は水神の使いなんだよ。だから水を生み出したり操ったりすることができる」
「凄いじゃありませんか」
「うむ、実際凄い」
「単なる小うるさいタニシじゃありませんのね」
それはそれで事実ではある。
「少しは僕の偉大さがわかってもらえたかな。これを機に不遇な扱いを改めることをお勧めするぞ。僕が本気で怒ったりしたら、それこそ天地がひっくり返ったとしても不思議じゃ――」
「さっさと始めないと投げますわよ?」
「はい、今すぐに!」
弱ひ。
「で、どういう原理ですの?」
「理屈は簡単だよ。身体の周りを薄い水の膜で覆うんだ。外から触れた水は中には入ってこない。それだけのことだよ」
「何で最初からやらなかったんでしょうかね?」
「いやだって、破壊工作の手伝いなんてしたくないし……と、よしこれでいいぞ」
タニシの言葉を確かめるように凶華が手を伸ばすと、確かに冷たい膜が形成されている。濡れた感覚もあるが、手を戻すと何故か濡れていない。水を遮断する効果は間違いなくあるようだ。
「便利ですわね」
雨の日も傘いらずだ。
「凄いだろ。崇め奉るがいいぞ」
「いえ、そこまでではないです」
「えー……」
タニシ、がっかり。
「ともかく、これでいよいよ折れますのね。この街の命運もポッキリ折れますのね」
「ホントに嬉しそうだな、おい」
タニシの溜め息を巻き込みながら、凶華は浮かれた足取りで滝の中へと駆けこんでいくのだった。




