二つの長者大戦 16
炭焼き組は、言うなれば総合建設業者である。
建築という仕事を一手に引き受け、木材の調達から職人の管理まで幅広く手掛けている。建築業者と言えば『飛騨の匠』が最も有名ではあるが、あくまで職人集団でしかない彼らが林業まで行っているという事実はない。もっとも、その目利きには定評があるのだが。
ともかく炭焼き組に頼むと、金さえ払えば自動的に家が建つ。そういう便利な会社なのだ。だからこそ、この街の建築を一手に引き受けているし、山道の整備にも一役担っている。
そんな、建築なら何でもござれ、家具だって調達してやるぜという勢いの炭焼き組にとって、大抵の建築は難しいものではない。街と炭焼き組の威信をかけた新しい役場の建築であろうと、極めて順調に、かつ途中であっても溜め息が漏れるほどの荘厳さを保ったまま立派な屋敷が建ちつつある。
しかし、そんな炭焼き組にもどうにもならないことはある。
それが雨だ。
雨が降ったら大工は休む。伝統である。
「雨?」
タニシが見上げて呟く。
「雨ですわね、一応」
凶華も同じく見上げて、応じるように呟く。
「いや、これ雨じゃないだろ」
「でもホラ、黒い雲から落ちてきてますわよ?」
「何でこの建物の上空にだけ黒い雲が流れ込んできて雨が降ってるんだ?」
「知りませんわ、そんなこと」
山から今も流れ込んでいる黒い雲が、絶賛建築途中の役場(予定)の真上にに留まり、滝のような雨――というより雨のような滝を降らせている。
「まぁとりあえず、これでは仕事になりませんわね」
「なるほど、つまりこれもやっちゃんの不幸力の成せる業ということか」
「正直ここまでとは思っていませんでしたわ」
言いつつ凶華は自分の真上の空を見上げる。
青い。鮮やかに美しくどこまでも青い。
その十数歩先には滝が落ちているのというのに。
ゲリラ豪雨先輩も視線を逸らして道を譲るくらいの集中豪雨である。異常というか、明らかに天変地異だ。
「この力、実に素晴らしいですわっ!」
両手を天に掲げ、凶華は笑顔で称賛する。
「そうか?」
「この力さえあれば、人間など蹴散らしてしまえますものっ」
「うんまぁ、確かに好きなところに降らせることができたら凄い力だな」
「え、やっちゃんが狙ったんじゃないんですの?」
「それはないな。本人に全く自覚がないところが、この力の最も厄介で質の悪いところだ。それでいながら効果的に金儲けの邪魔をするようだぞ」
「無意識に的確な攻撃とか、逆に凄いですわね」
この役場建設は炭焼き組にとって、現状では最も大きな仕事であるのはもちろんだが、将来的な社会的地位を固める意味においても重要な事業である。むろん、そんなことを健乃が知っている道理もない。
「それはそれとして、どうするんだ、これ?」
「どうすると言われても、仕事ができなければ役場は永遠に建ちませんから、これでいいのでは?」
「むしろ放っておいたら崩れそうだが」
「それは素晴らしいですわっ!」
凶華、大・興・奮。
「えー……」
そしてタニシドン引き。
「この役場が崩れたりしたら、炭焼き組は大損害間違いなしですわ。しかも信用も失って仕事が減り、職人も離れていって炭焼き組はお終い、何という悪循環ですの!」
「何でそんなに嬉しそうなの」
「これが喜ばずにいられますかっ。炭焼き組を潰そうと目論んで数年、全てが裏目に出た挙句に旦那様や奥様の信用まで得てしまった私の嘆き、貴方にわかりましてっ?」
「いや、わかんないけど」
「それがまさか、まさか雨一つで文字通り水に流されようとは、毎日夜空の星に不幸を願った甲斐もあったものです!」
「何してんの……」
タニシすら呆れている。
「というか、こんな雨というか滝が降り続けたら、建物が壊れる前に洪水になりそうだな。むしろ屋根がしっかりしている分、なかなか壊れないんじゃないか?」
「それはいけませんわっ」
「いや、別にいいだろ」
「柱ですわね。柱を何本かへし折れば崩れますわねっ」
「もう何か完全におかしいよ、アンタ!」
この雨で完全にテンションMaxのようである。台風が来ると笑いながら外に飛び出しちゃう人だ。
「任せてくださいませっ。あんな柱の一本や二本、爪楊枝を半分に折るのと大差ありませんわ。今ならこの雨で視界も遮られますし、バレることもありませんわねっ!」
「いや待て。まさかこのまま突っ込むのかっ?」
「当然ですわ。今を逃していついぐぼぼぼがばばばばっ!」
勢いよく飛び込んで、すぐに戻ってくる。
「無理ですわっ!」
ぷはっと大きく息を吐いて、すっかり濡れてしまった袖を絞る。
「息もできんな」
「もはや雨ではなくて滝ですわね」
「だからそう言ってるじゃん」
「水垢離用の衣装に着替えてきた方がいいでしょうか?」
「いや、そもそも中に入らなければいいだろ」
実に正論である。
「何だアンタ、ずぶ濡れじゃないかい」
「あ、奥様」
野次馬の中から使用人を従えた女性が歩み出る。
「仕事熱心なのはいいけど、さすがに無茶しすぎだよ。こんな雨が降るなんて前代未聞だけど、今日の仕事は諦めるしかないね」
「いや、この鬼むしろ崩そうとしてましたよ」
タニシ、早速告げ口する。
「今しかないと思いましてっ」
凶華、まさかの同意。
「アンタ、相変わらず冗談が面白いね!」
しかし奥様、これを爆笑と共にスルー。
「いやいやぁ、実際に崩れちまうんじゃないかなぁ?」
「その声はっ!」
笑顔の固まった奥様が振り返ると、そこには一人の若者がそろばん片手に立っていた。
街の中心人物、健乃の不幸に釣られて揃い踏みである。




