二つの長者大戦 15
「何も起こりませんわ……」
「平和そのものだな」
出すもの出してスッキリした凶華は、この『炭焼き組』の正面玄関へと掃除がてら様子を見にやってきたのだが、そこは雀がチュンチュンいいながら何かよくわからないものをついばんで小首を傾げているだけの、極めて色の薄い空間になっている。
まだ朝ご飯を食べている人も少なくはない時間帯である。人通りもほとんどない。
「何でですのっ?」
「いや、僕に言われても」
さすがのタニシも困惑顔である。
「ヤクザの皆さんとか妖怪の皆さんとか天変地異の皆さんはどこに行ってしまったんですのっ?」
「だから知らないって。というか、さすがに天変地異なんて言えるほどのものまで引き起こしてなかったぞ」
「これでは……これでは炭焼き組が潰れないじゃありませんかっ」
「そんなに潰したいのか……」
さすがのタニシもドン引きである。
「そもそも――」
箒をグッと握りしめ、キッと空を見上げる。
実に清々しい快晴だ。
ちなみに箒の先は凄い勢いで塵や埃を掻き集めている。いつもの彼女らしい仕事ぶりである。
「何のためにやっちゃんを引き入れたと思っているんですのっ。これでは誤算、いえ大誤算ですわ!」
「うんまぁ、気持ちはわからんでもない」
「そうでしょう。私がここで働いても潰すどころか業績が伸びていく一方ですもの。日々業績悪化を願い、そのための工夫を模索し、コツコツと努力を重ねてきたというのに!」
その努力が問題である。
「とりあえず、頑張ってることはわかった」
「こんなに頑張っているのに、一向に報われる気配のなかった私にとって、やっちゃんはまさしく救世主、天国に閻魔なのですわ」
「うんうん」
「それなのに、どうして地割れの一つもできていませんの!」
「いや、スズメバチの巣はできてたぞ」
「そんな小物で炭焼き組が潰れるハズはありませんわっ。舐めてらっしゃいますのっ?」
「いや、何で僕が怒られてんの?」
理不尽極まりない。
「抗議ですわっ。断固抗議しますわっ。やっちゃんは今どこにいますの?」
「え、わかんないけど……」
「あんな小さい子を一人で放り出すなんて、とんでもないタニシですわね!」
「えー……」
「こうしてはいられませんわ。今すぐ捜して抗議です!」
言うなり凶華は箒を放り出し、踵を返す。
ちなみに玄関前の掃除はすっかり終わっていた。
健乃は、それなりにすぐ見つかった。
まだ朝ご飯を食べているのではというタニシの予想を基に食堂へと出向いた一人と一匹は空振りに終わったものの、つい先程まで食べていたという証言と自室に戻るという情報を得る。
ちなみに頭の上から消えていたタニシのことを気にしていた様子はなかった模様。
「やっちゃん、おいやっちゃん!」
凶華が襖をスラリと開けるなり、タニシが薄暗い部屋に呼びかける。健乃にあてがわれたのはシンプルな六畳間で、布団がある以外に家具らしいものは何もない。単に余っている部屋を提供しただけなのだから当然の話だが。
「……あら、誰もいま――」
いませんのと続けかけた凶華の言葉が、奇妙な気配を感じて止まる。
部屋は薄暗く、どこか空気がどんよりとしていて、ジメッとしている。カラフルなキノコが生えていても不思議ではない雰囲気だ。
その隅っこ、一際暗く見えるそこに、何かが居た。
「あれは……」
「やっちゃん、だが……」
膝を抱えた体育座りの姿勢で横になっている。目は開いているが、見つめているのは虚空だ。いやもしかしたら、彼女にしか見えていない何かを見ているかもしれないが。
「いじけているんですの?」
「あるいは体調でも悪いのか……はっ、ひょっとして」
タニシはふと思いつく。
「おいやっちゃん、まさか食べ過ぎか? タダで食べられるからって無理して食べたんだな。そうなんだな?」
「……違う」
面倒臭そうに健乃は短く答えた。ゲップしながら。
「駄目だぞ、やっちゃん。いくらタダだからって食べ過ぎたらいかん。そもそも普段食べ過ぎると、いざ貧乏に戻った時に物足りなくなるぞ」
「だから違うって」
ケプケプ言いながら健乃は否定する。
「違いますわ、タニシさん」
「どういうことだ?」
「やっちゃんは拗ねているのですわ。出番がなかったから拗ねているのですわっ」
「なるほど!」
「それも違う」
眉根を寄せて、健乃は仕方なく身体を起こす。
でも普通の体育座りだ。
「私はね、別に拗ねているワケでもいじけているワケでも、ましてやお腹一杯で動くのも面倒臭いってワケでもないの」
最後のは嘘である。
「ここは居心地がいいの」
その発言に、タニシと天邪鬼が顔を見合わせる。
「こんな薄暗い部屋なのに?」
「それがいいの」
タニシの質問に淀みなく答える。
「何だかジメジメしてますのに?」
「それがいいの」
凶華の質問にも笑顔で答える。
「ひとりぼっちなのに?」
「それがいいのっ」
タニシの質問にも半ギレで答える。
「座敷童子はね、こういう部屋の隅で丸くなっているのが一番落ち着くの。ちょっと暗くてジメジメしたところがお気に入りなの。たまに天日干しするくらいでいいの」
ダンゴムシみたい。
「……わかりますわ」
急に凶華が共感した。
「本当は世界の滅亡を願っていますのに、とても素晴らしい人を見るような目で見られるのは吐き気がしますものね。本当の自分を理解されるというのは難しいものです」
「いや、お前は特殊だろ」
「わかりましたわっ」
「え、今ので何がわかったの?」
一匹で置いてきぼりのタニシがちょっと焦る。
「私もやっちゃんの力に頼ってばかりでは駄目ですわ。もっと自分で、自分の力で不幸を、貧乏を引き寄せなければ。そういった努力をして初めて、周囲が白い目で見てくれるのですわ!」
「白い目で見られたいのか……」
ドМかな?
「そうと決まれば早速――」
決意を新たに鼻息を荒く吐いたところで、ドタバタと賑やかな音が聞こえてきた。
「ててて、てぇへんだぁ!」
凶華とは顔見知りの若い衆である。
「どうしましたの?」
「凶華さん、急いでくだせぇ。とんでもないことになっちまったんでさぁ!」
どうやら何かトラブルでもあったらしい。
「え、ホントですのっ?」
喜びを隠しきれない凶華。
ニヤニヤと笑う彼女は、胸元にタニシを乗せたまま若い衆の背中を追って走り始めるのだった。
一人部屋に残された健乃は、満足そうな顔でゲップしてから、再び横になる。
畳の匂いを嗅いで、彼女は一人ニンマリと微笑むのだった




