corrente
アリオトの云うとおり、アンは隠しきれない不安を滲ませ帰宅したキアラたちを出迎えた
「あなた、どうでした?」
「アン、やはり良くない勘というものは当たるものだね。チヴェッタに視て貰ったが僕の考えを肯定されてしまった」
「そんな!」
まるで寸劇の様なやり取りにキアラは付いていけないまま、所在なさげに立ち尽くす
当事者である筈なのに始めからキアラが口を挟める事などなかった
そう思うと妙に腹立たしい
「まだキアラは3つになったばかりです。それなのに…」
「わかってるさ。けど、キアラ自身の事を考えれば一番それが最良なんだよ」
お部屋に戻って良いかなぁっと考え始めた所で唐突に会話の矛先がキアラへと向かった
「キアラ、大切な話しがあるんだ」
きた!とキアラは思った
落ち着きない感情に急かされながら両肩を掴まれ、屈んでも尚高い位置にある父の顔を見上げる
「キアラのディーオはとても不安定なんだ。このまま家で過ごしている間に何か起こったとしても対処できないし防ぐ事も難しいと思う。だからキアラには学校でディーオについて学び成長して欲しい」
至極真面目な顔で話すアリオト
キアラは彼に対し前々から思っていた事を確信した
「(この人、絶対子どもの事わかってない)」
シリアスな場面に逸れた思考だとは本人も重々理解している
しかし、突っ込まずにはいられなかった
「(だ、だって3歳児にそんな難しい事言う?年相応の説明の仕方があるでしょ!本当に理解してくれると思ってるのかなぁ。始めての子どもならまだしも兄がいるのに)」
心の中で叫ぶキアラの思いなど知らずアリオトは話しを続ける
「しかし、三歳のキアラが入れる学び場は一つしかないんだ。それは王都にある学校で、キアラと同じ幼いながらにディーオに何らかの問題がある子が集まる場所だ。通える程近くはないし、その子らは全員が療に入る事が強制されている」
つまり、全寮制の学校か…
キアラは漸く真面目にアリオトの話に思考を傾けた
噛み砕いて言うとそう云う事だろう
「これだけは覚えててくれ。僕たち家族はキアラの事を何時だって愛してるんだと」
「!?」
最後にそう締めくくり、アリオトは愛しい幼い娘を優しく抱き締めた
背後では涙ぐむアンが立ち尽くしている
その場面に加わる者の筈なのに未だ感情が追いつかないキアラは1人置いていかれた様な気持ちになった
「ヨル」
ベッドの中に潜り込み小さな声でディーオを喚ぶ
二段ベッドの上にいる兄の寝息を耳にしながら闇に紛れそうな相棒にそっと顔を寄せた
白く光る目と口だけが闇夜の中浮いている
「ヨル、大人はアナタの事を危険だと言うけど少なくとも私にはそう思えない。だって、こんなに可愛いんだもの」
「ウー」
頬にスリッと擦りより、ふりふり揺れる尻尾が頬を擽る
「ふふ、ほら可愛い」
ちゅっと頭の上に唇を寄せれば真似する様に頬に口付けられた
「まあ、何とかなるよね」
今までだってそうやって生きてきた
きっと、これからも大丈夫
妙な確信を胸にキアラの意識は微睡みに溶け込んでいった
それから父の行動は早かった
三日後、最低限に纏めた荷物と共に馬に乗せられたキアラはアリオトの腕の中で見上げる母親と弟を静かに見下ろす
「キアラ…」
「いってきます」
小さな声で呟けば、母であるアンはみるみるうちにその目に涙を浮かべ人目も憚らず泣き出した
「か、体に気を付けて…体を冷やしちゃ駄目よ。ご飯はしっかり食べて…っつ、それから…それから…」
嗚咽混じりにかけられる言葉は些細なこと
「おかあさん」
そんな母親にキアラは遮る様に言葉をかけた
「だいじょうぶだから」
「っーー!?」
「アン、そろそろ時間だ。大丈夫だよ。あちらには僕の友人もいるんだから。君も知ってるだろ?」
キアラの言葉に更にダムが決壊したかの様な勢いで泣き崩れるアンを前に、夫であるアリオトは冷静に諌める様な口調で語りかける
「では、行ってくる」
そして僅かにアンが頷いたのを目に入れてからアリオトは馬の胴体を蹴り上げた
「キアラ」
朝靄が埋め尽くす街中の風景を視界に収めながら兄であるアルフレードの声を耳にした気がした




