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梅木千歳は日本に住む、24歳を向かえる社会人だった
短大を卒業後、厳しい世間の荒波に揉まれながらも何とか就職する事ができ、さあこれから!と云う時だった
気付けば乳飲み子として意識があった
始めは酷く強い眠気に記憶は朧気だったが、年月を重ねる毎に意識はハッキリとしてきた
幸か不幸か自分と世界を認識したのは離乳食に入ってから
まず、あれ?と思った
次に私は何故此処にいるんだろう?と疑問が浮かぶ
此処って何処?
私って誰?
私は梅木千歳
キアラ?
知らない
誰?
此処は何処?
おかしい、と実感すれば後は怒涛の如く押し寄せる記憶と付随して引き連られる感情
次々に溢れる疑問に自問自答しながら私は狂う程の精神的爆発を起こした
勿論、幼すぎる身体が耐えられる筈もなくキアラはその日から3日間高熱に襲われた
そして夢現の中、ゆっくりと時間をかけてキアラは理解した
理解せざるを得なかった
ああ、転生したんだ
死んだ記憶はなかった
いつが最後の記憶かあやふやだが、千歳の記憶の中にはその様なもの欠片も存在しなかった
それなのに千歳はキアラと云う女児として存在している
それは認めざる事実だった
元々、小説が好きでそのての物語も何度か読んだ事がある
つまり、そう云う事だ
理解はした
けれど納得など出来なかった
疑問と理不尽な憤り、未だに夢ではないのかと云う僅かな希望に苛まれる日々は今でも続いている
しかし嘆いていても現状は変わらないのが事実
悩んでも腹は減るし幼児ならば人の助けがなければ食事さえままならない
元々、事なかれ主義の現代日本人
千歳は少し流される事をえらんだ
それは逃避ではなく譲歩
少なくとも千歳は自分にそう言い聞かせていた
「ギィ」
「ん、なんでもないよ」
当時を思いだしていたキアラは不意に机に置いた手をつつかれて我に返る
手元で未だぺちぺちと小指の付け根辺りを叩く片割れにクスリと笑みが浮かんだ
「ごめんごめん、嘘だよ。けど、これだけは許してよ」
未だ胸にくすぶる想いだけが向こうと千歳を繋ぐ懸け橋なのだから
「ね、わたしの小さなディーオ」
そっと小さな頭に人差し指を乗せよしよしと撫でてみせればアーと一言声を上げソレはすりっと指に頭を擦り寄せて来た
「ヨル」
キアラは自身のディーオの名を優しく唇に乗せる
懐かしい
こちらの世界とは違う言語
日本語で名付けられた特別な名前
真っ黒な闇色の彼に相応しい〝夜〟と云う名前を――…
あの日、誕生の儀より既に一月が過ぎた
あの時、崩れ落ちた果実から幻影の様に現れたのがヨルだった
真っ暗な霧を纏い、仔鼠程の大きさのソレ
丸い頭に針金の様に細い手足
雫型の体に尻尾の様に後ろに生えた細く長い何か
顔は丸い空洞の様な大きい目とギザギザの口らしき凸凹したもの
そのどちらも埋め込まれる様にして白い光が詰まっていた
「……え?ディーオ!?」
「ギッ」
思わず叫んでみればソレは手の平の上でカクンと頭を傾けてみせた
そうすれば今まで垂れて隠れていた耳の様な触覚の様な、はたまた角の様な身体の半分程も細長い兎の耳の様な部位が露わになる
「…かわいい」
何とも愛くるしい姿にキアラはキュッと小さく胸をトキメかせた
〝ディーオ〟
意味は〝神〟
この世界では一人ひとりディーオを持つとされる
それはユグドの根より実る果実から生まれ、三歳と云うこの世界に漸く定着した魂を持ってして成される
つまり三歳以下は未だ現世との定着が曖昧の為、ディーオを成せないのである
よって、生誕の儀は三歳に行われる
ディーオは神とされるが守護神、もう一人の自分…と考え方は人それぞれ
ディーオの形は定まらずまた能力もバラバラ
本当に神なのか、何故人に憑くのか明確に証された事はないに等しい
しかしディーオと人間との関係性は古く不信感を抱くものなど存在せず
また疑問に思う者など殆ど存在しなかった
何よりユグドの根から成る実である
それだけで疑う余地はないのだ
キアラの周囲の大人は勿論ディーオを持っていた
生誕の儀によりディーオが憑く事も知っていた
しかし、まさか実を手に入れてすぐあの様な形で現れるなどキアラも思ってはいなかった
結果、あれ程までに戸惑い慌てたのだが……
「ずいぶんとキャラクターめいてるのね」
ギィギィと手の平の上で鳴く自身のディーオを前にキアラはうーんと小首を傾けてみせる
キアラの父は牡鹿の姿に似た勇ましいディーオだった
母は金魚の様なひらひらとした魚の様な優美な姿形をしていた
そして4つ上の兄は鼬の様な姿だった
プチ動物園である
「うーん?」
「アー?」
小首を傾げるキアラに真似る様にして手の上のディーオも頭を同じ方向に傾けてみせる
二等身のボディを持つクセに頭の重さでひっくり返るなどと云う間抜けな素振りは一向にみせない
「ま、いっか」
数秒の思考より、あっさりと丸投げしたキアラは流石、日本人……と云うよりも本人の気質故かズボラなまでに事なかれ主義だった
その後直ぐ、予告通りの強制送還を体験した
ふと風を感じたと思えば目の前に佇む扉
子どもに合わせて造られているのか低い位置にあるノブを回せばあっさりと扉は開かれた
「ご誕生おめでとうございます」
見上げれば壮年の男性が行きと変わらず柔和な笑みを浮かべていた
この時の言葉はディーオに対してであり世界に定着し正しく誕生した子どもに対してのものでもあったのだが、キアラは気付いたのだろうか
「キアラ!」
「おかあさん」
見慣れた姿の元へ向かえばにこやかに頭を撫でられた
「疲れたでしょ?私には数秒でもキアラにとっては長かったかもしれないわね」
ユグドの根がある樹の間と外では時間の経過が違う
キアラにとって数十分の出来事でも外の人たちにとっては数秒の事なのだ
確かに少し疲れたと頷いてみせれば帰りましょうかと声をかけられる
背後で他の子が誕生の儀を受けているのを感じながら、キアラは母親に手を引かれ緩やかに帰路についた
大切なディーオをその身に宿して




