第7話
カフェから自宅の屋敷へ戻ると、さっそくラウルはキッチンで荷物を広げ始めた。機嫌よさそうに鼻歌交じりに作業するラウルの背中をぼうっと見ながら、アンは店長クロード氏のヒントについて反芻していた。
──カフェであって、カフェではありません。
(あれはどういう意味なのかしら……)
そう多くもない知識を総動員して、アンは〝正体〟について、無意味だとは知りながらまたも考察してみる。今までに判明したこと書き留めておいたメモ帳も開いて、そこに「カフェであって……」の文章を書き足した。
一、ラウルはアンと初対面。
二、両親はカフェの正体を知っている。
三、普通に経営するカフェである。
四、犯罪には加担していない。
五、カフェであってカフェでない。
そうやって、これまでの情報を無理やり繋ぎ合わせてみる。
まず、ラウルは両親やカフェの面々と接点があって、示し合わせて〝ゲーム〟を行っていることには間違いない。
そして、カフェは普通のカフェをあえて装っている可能性がある。
さらに、カフェであってカフェでない、というクロードさんのヒントは、これら既出の事柄に矛盾はしない。
そうなるとやはり、ラウルは嘘をついていない、と考えてよいだろう。
(犯罪に加担していないなら、普通に営業して何を隠しているのよ。……逆に、正義の秘密結社だとでも?)
アンはひとしきり訝しむ。悪の組織でないなら、反対に正義のため、と考えるのがいかにも自然だが、未だ情報が少なすぎるので大したことは言えない。ここまで引っ張られて隠し事が地味なものだったら、もはや憤慨ものだ。
「……嬢、アン嬢」
「は、はい」
名を呼ばれていたのに気づき、アンは弾かれたようにラウルを見た。背筋がじっとり冷たい。いつの間にか、いやな汗をかいていた。
「今日は根菜たっぷりのポトフにしますよ」
「了解いたしました。楽しみにしております」
素直に返せば、ラウルが無言に微笑んだ。
「……あ、そういえば、クロードさんのヒントに気を取られていましたけれど、今日の質問をしていませんでしたね」
ばつの悪くなったアンが誤魔化すように話を変えれば、ラウルはわずかに悔しそうな表情をする。
「……気づかれてしまいましたか」
「当たり前でしょう。こちとら一日でも早く謎を解決したくてうずうずしているのっ」
「一日でも早く僕と別れたい、ではなくて安心いたしましたよ」
「はあ? じゃあそう言い直してあげます。私は一日でも早く──」
「ご質問、どうぞ」
「わかってますっ、そう急かさないでくださいよ」
アンはすぐに今日の質問を口にする。
「〝食べ物に関係していますか〟」
なぜこの質問をしたのかというと、総当たりではあるが、まずは一つずつ可能性を潰していこうというのだ。カフェなら食事を提供する場。食物とは密接に関わっているはず、と安易ながら予想してみたのだが……。
──部分的に、はい。
という答えが返ってきた。
「部分的に? 全面的にではなく?」
「はい。提供される食物に関係はあって、一方で、食物そのものに秘密はありません」
「クロードさんと同じようなことおっしゃるわね。……なんです? 犯罪だったら食事に毒でも盛るでしょうけど、正義の味方さんだったら何を盛るのです?」
ふざけ半分に言えば、「さあ?」とラウルはとぼけたように広い肩をすくめた。
アンは顎に手を当ててうつむく。食べ物と部分的に関わっている、という答えを計り兼ねていた。返事は当然「はい」を期待していたのだが、「部分的に」となるとどうか。
なぜそんな答えになる。
「〝提供される食物に関係はある。しかし、食物そのものに秘密はない〟……ね」
ラウルは妙な答え方をしている。ここからわかるのは〝食物は普通である〟ことが関係しているという可能性。
またもやの謎かけ。
「食べ物が普通でなければならない状況ってこと……?」
アンは数瞬考えて……、そして急に思い浮かんだ自分の考えに、はっと目を見開いた。
「当たり前ですが──毒が入ってない、とか?」
「…………」
すると、ラウルは黙ってしまった。
そのあとはほとんど会話のないままに、アンは寝具に身体を潜り込ませた。夜半になっても、アンはベッドの上で目を閉じて〝正体〟について思索を巡らせていた。
(……あ)
ふいに、一つの光景が瞼の裏にひらめく。あのときだ──クロードさんと会ったとき。あのクロードさんの曇った表情と、ラウルの微妙そうな表情。
♢
「アン嬢、今日もカフェに行きましょう」
翌日になって、ラウルはのんびりそう告げるのだった。
「それが本日の〝お願い〟ですか。また推理タイムをくださるなんて、ずいぶんと余裕がおありなのね」
「僕は〝他人に優しく、自分に厳しく〟がモットーですから」
冗談を飛ばすラウルに、アンはころころと笑ってみせる。
「あらあら、もう少し鏡を見てから物を言ってほしいですわね」
「鏡ならよく見ていますよ。自分が美丈夫ということしかわかりません。あなたのおっしゃる通りなら、頭の出来があまり厳しくないので」
「……ふんっ」
カフェに着いてからの質問はとても簡単なものだった。
「〝お金に関係していますか〟」
──いいえ。
「犯罪とはいかなくても、グレーな資金洗浄、とかじゃないんですね。意外だわ」
「だから、後ろ暗い行為ではありませんって。申し上げましたでしょう? 僕は愛と正義の使徒だって」
「犯罪行為は何度も否定なさいましたものね。なんとかの使徒、も否定していただきたいところですが」
これは質問ではございませんが……、とアンは言葉を継いだ。
「店長クロードさんが、市場で高価な絨毯をお店に飾るとおっしゃっていたとき、なぜか閣下の顔を見て、彼は顔を曇らせた。それは、そうする理由があったからではないでしょうか」
昨晩はそれでも比較的よく眠れたからか、アンは自分でもすらすらと考えが湧いてくるのに少し困惑する。
「それで、あくまでこれは〝仮定〟としますが……、おそらくクロードさんが表情を変えたのは、あなたに高価なものを買っているところを見られて不都合があったから、とも言えるのではないでしょうか」
そこまでアンが考えをつらつら述べてみると、ラウルは涼しげな碧い目をやや大きくさせた。
「ここで重要なのは〝カフェの正体はお金に関係しない〟ということです。一見、二つの事柄は矛盾しているように思える。これがどういうことか今の時点では何もわからない。けれど、あなたとクロードさんの関係自体は別。あなたとクロードさんの間には〝お金のやりとりがある〟というようになんとなく感じましたけれど……」
「なるほど、よく観察していらっしゃいますね」
と、ラウルが腕を組んで一つ唸る。
「今の答え方は、ほぼ肯定と捉えましたよ。やっぱりあなた、詰めが甘いのですね」
アンが刺すような視線をラウルに投げかけると。
「まあ、今度こそ、肯定も否定もいたしませんよ……」
と、後ろ髪を軽くかいたラウルである。




