第5話
その日の夕食は結局ラウルが作ってしまった。本来ならアンが作るはずだったのだが、それはなぜかと言えば、アンがラウルの料理を信用しきれていなかったから、というのが大きい。しかし、ラウルはそんなアンの考えは何知らぬ顔で勝手にやってしまった。
「名誉閣下、今日は簡単にミートソースパスタでもいいですか」
「アン嬢、昼もカルボナーラだったでしょう。さすがに僕が作りますよ。ただ馳走になるのも申し訳ないですし」
「お貴族様の舌には、庶民飯の味は高尚すぎて合わないと見える。それは大変失礼いたしました」
「そういうことではなくて。きちんと庶民のお味も研究してきましたから」
「いえ、そういうことです。食事に変なものを混ぜられても困りますから。自重してください」
すると、ラウルは心底心外そうな目でアンを見つめてきた。そんな騎士道に悖ることはしない、と視線だけで不本意を訴えている。
「あの、アン嬢は僕をいったい何だと思っていらっしゃるのですか」
「不法侵入騎士団名誉団長?」
ラウルががくりと肩からうなだれた。
「それ、まだ言い続けるつもりなんですね……?」
とはいえ、とアンは顎に手で触れて呟く。
「今うちにあるのはミートソースの缶詰とか、ジャガイモとか、あとは、小麦粉とか卵とかはありますが」
残っている食材はそう多くない。アンが買い出しを怠っていたのがよくわかる。今から市場に買いに行こうにも、日が暮れつつある。そろそろ仕舞いの店もあるだろう。
「じゃあ、ジャガイモのニョッキにしましょう。もちもち食感で美味ですよ」
ラウルがさぞかし名案だとばかり言うので、アンは突っ込まざるを得なかった。
「だからそれ、パスタじゃないですか──」
さて、作り方は至ってシンプルだ。
ジャガイモを茹でて潰し、小麦粉と捏ねる。一口大に丸く成形したものをお湯で茹でる。
ミートソースを温めるとき、ラウルは持参してきた赤ワインを加え始めたので、アンはまたしても突っ込んだ。
「ワインなら、すでにソースに入っていそうなものですが……」
缶の成分表示を見れば、確かに「赤ワイン」と書いてある。
「いいんですー。さらなる香りづけですー」
「ふうん、そういうものですか。さすがお貴族様」
あとはソースと和えるだけだ。
工程はほとんどラウルがやってしまい、アンはそれを監督しているだけだった。
「まあ、それなりの手間はかかりましたが、なんとか出来上がりましたね……」
結局、普通のパスタを茹でた方が圧倒的に早かったのでは、と言いかけたが、さすがにそれを我慢するだけの知恵がアンにはある。
ラウルの方は、せっかく色々と料理を覚えてきたのに比較的シンプルな料理になってしまった……、と若干残念そうにしている。完成したニョッキを淡々と陶皿に盛りつけている彼を見て、アンは微苦笑をこぼしてしまった。
「そんなに落ち込まずに。まだ機会はたくさんありますでしょう? あなたが回りくどい〝ゲーム〟を開催してくれたおかげで」
「……そう、ですね」
たまには皮肉を優しめていたわりの声をかけてやれば、ラウルがほっとしたようにうなずく。
「推理に失敗して機会を一生分作ってくださる、ということですか」
「それはしません」
ふふっ、とラウルが本当に可笑しそうに笑声をあげる。
「……なんですか」
アンが不審な顔で見つめ返すと、「いいえ?」とラウルはまた笑う。ふん、どこがおかしいのだ。
「ほら、せっかく出来立て熱々が冷めてしまいますよ。いただきましょう?」
「あら、そうでしたね」
「それでは。──いただきます」
「いただきます」
アンもラウルに倣って、食事前の祈りの言葉を捧げた。
「名誉閣下のお手並み拝見、いや、拝食──」
落日色のソースを絡めつつ、湯気の立つニョッキをフォークで刺しておそるおそる一口を運ぶ。想像通り、熱々のニョッキに舌を火傷しそうになった。
「あ……っ、はふっ」
はふはふしながらゆっくり咀嚼する。確かにジャガイモニョッキは美味だった。不思議なことに、ホクホクのはずのジャガイモは、小麦粉と合わさるともちもち食感に変化する。有り合わせのミートソースと和えただけだが、しょっぱいソースとニョッキの素朴な甘さがたまらない。
「……おいしい」
そんな単純すぎる感嘆の声をこぼして、アンは自分に驚いてしまった。
「お褒めにあずかり光栄ですよ、アン嬢」
ラウルの方も、ニョッキの出来栄えに満足しているようで、残ったワインと一緒に楽しんでいる。アンもグラスに一杯だけ分けてもらったが、やはり高尚すぎて庶民舌のアンには味の良し悪しがわからなかった。
「ああ……、アン嬢の育てたパセリが僕の身体に吸収されていく……」
「あなた、言い方がどことなく気色悪いんですよ」
パセリは家庭菜園で育てた自家製。乾燥させて粉末状にしてあるものを振りかけただけだが、きちんと愛情込めて育てたパセリだ。確かに感慨は湧いてくる。
「……明日こそ市場に行きませんか」
ふいに外出を誘われて、アンはラウルの真意を測りかねた。
「今度こそ食事に一服盛る気ですか」
「だから違いますって! ただ、僕は手料理を振る舞いたいだけです」
ラウルがにやりと笑って言葉を継ぐ。
「……アン嬢、実は料理は手抜き派でしょう」
アンは軽く眉間に皺を寄せた。図星だ。
「ふん……バレましたか」
アンの料理におけるモットーは、時短・節約・手軽。こだわらないし、頑張らない。食べられればそれでよい。この間のオニオングラタンスープは公爵令息という大層なお客人がいたからわざわざ多少の手間をかけてやったのだ。普段は乾燥スープをお湯でもどすだけで事足りてしまう。
「ですから、いつかは僕がアン嬢の普段作りもしないようなお料理を振る舞おう、というわけです」
「なんですかその、絶妙に腹の立つ言い草は」
「とにかく、期待していてくださいね」
「……はぐらかしたな」
アンは小さくため息をついた。このふざけた日々も、いずれは終わりが必ずやってくるはず。いや、もちろんそうするのだが……なのに、なんでこうも、もやっとした気持ちになるのだろう。
(……まさか、この男に絆されている?)
そんなはずはない。ただ、退屈なだけだ。両親が旅に出かけていて、一人寂しい胸の内を、埋め合わされているだけだ。
「どうしたのですか、暗い顔をして」
しまった、表情を気づかれたか、と思ったときには遅かった。
「もしや、僕がいつかいなくなる日を今から寂しがっていらっしゃいます?」
「そんなわけないでしょう。あなたは鬱陶しいだけです。うぬぼれるな」
「そんなつれないことをおっしゃらずに。……そうだ、添い寝しましょうか!」
「なーにが、そうだ、ですか」
この男を調子に乗らせてはいけない。この日々はいつか、絶対に、アンが終わらせてみせる……。




