第4話
カフェを普通に見せかける必要がある、ということは、普通に見せかけなければ隠せない何かが存在する、ということ。すると、物か。金か。はたまた別か。何の変哲もないカフェとして営業すれば、それは犯罪でもなんでも、隠れ蓑となる。
──あまりに怪しすぎる。
カフェは犯罪に加担している?
そして、仮に悪事を行っているとして、それをアンに明らかにしたところで何か意味があるのだろうか?
通報されこそすれ、ラウルにメリットがあるのだろうか?
それとも、カフェを通報させたい?
(こういう可能性もあるか)
あるいは、カフェが何か犯罪組織の拠点にされていて、店長たちはそれを騎士団に摘発してほしくて、ラウルの〝ゲーム〟に協力している?
(でも、ならばなおさら、私に正体を解かせて何になる)
素直に騎士団が動いて摘発すればよいだけではないか。……回りくどすぎる。
(そう考えると……)
ラウルの意図はあくまで、アンに謎を解かせること自体にある、と考えるのが自然なのだ。
なんだ。なんなのだ。なぜ謎を解かせたい。
今日頼んだのは、カルボナーラにマスカットティー。食後の苺タルトを、どこか霞でも食べているような気持ちで噛みしめながら、アンは他にも気になっていたことをラウルに問うてみる。
「そういえば閣下は、お仕事はどうされたのですか」
「おや、本日二問目ですね。それは質問の前借りですか」
ラウルは白磁のティーカップを持ち上げて口をつけた。彼が注文したのは、ローストビーフのライスボウル。キャラメルフレーバーの紅茶も。ミルクが好きなのか、やはり入れていた。
「ち、使えないやつ──ではなくて。はあ、まあ、答えたくないのなら答えなくて構いませんわ。それに、質問を前借りするつもりはございません」
これは何を訊いても無駄だ、とアンはかぶりを振って、フォークで切り分けた紅いタルトに視線を落とした。
「使えない、とは心外。いいですよ。お答えしましょう」
と、ラウルの凛としたテノールの声が聞こえた。
「ふうん、ちょろい」
アンはまた一口、タルトを運ぶ。ようやく舌の上で苺が甘酸っぱく弾けた気がした。
「では、これは素朴な疑問なのですが。──あなた本当に〝ゲーム〟に勝つ気があるのです?」
ラウルがカップをソーサーに置いたのか、かちゃり、と小さく磁器の触れ合う音が聞こえた。アンはデザート皿に視線を投げかけたまま、うつむいてラウルの言葉を待った。
「あると言えばありますし、ないと言えばないですね。当然です。公平でないゲームを仕掛けたつもりなどございません」
「そう……」
「それに、騎士団の仕事は、きちんと休んでまいりました。国王陛下に〝許婚に求婚するため〟と申し上げれば、とても喜んで休暇をくださいました」
「あなたは陛下に信頼されていて、そして、ずいぶんと気合が入っているのですね」
「もちろん」
近衛騎士の仕事を休んでまでアンに求婚したいとは。そこまで本気であるというのなら、ますます成功の可否をゲームにして不確実にする理由がわからない……。
そんなどうあってもバラバラの事柄ばかりに共通点を見出そうとして、アンはぼんやり考えながらカフェを出た。自宅へ向かって灰白色の石畳の上を歩いていると。
──ぽた。
〝それ〟は突然落ちてきた。何か黒いものが、小ぶりの白い花がふわふわと満開の桜桃の木から、ラウルのジャケットの背中へと華麗な着地を決める。
「あっ」
アンは開いた口が塞がらなかった。
「どうしました?」
と、ラウルが振り向いて背を向こうにしたので、アンの視界からは〝それ〟がいったん姿を隠す。どうやらラウルはまったく事態に気づいていないらしい。
(これは神様がくださった好機!)
心の中で確と拳を掲げたアンである。
「閣下、背中に黒い毛虫さんが」
「……え? えええ?」
ラウルの顔色が白を通り越して蒼になった。
「ふふふふふふふ……」
アンは口角を上げきって、自分でも不気味なほどに笑う。どうしてこれが笑わずにいられるか。するとラウルが怪訝そうな目でアンを見る。
「あの……、アン嬢?」
アンは笑みを落として真顔になる。
「取ってほしいですか」
「えっ、は、はい、もちろんです! その、背中ですしっ、取ろうとして見えなくて……その、潰してしまって……殺生するのも、あと、虫汁がつくのも嫌ですしっ」
だからアンは、ラウルと交渉することにした。
「私にはですねえ、毛虫を取らないでそのままにする、という非情な選択肢もございます。さて、どうなさいますか」
アンの言わんとする意図に気づいたか、ラウルの碧い瞳に光が揺れた。
「あ……つまり、今日は質問をもう一つ受け付けろ、ということですか」
「お察しがよろしいようで何よりですわ」
この男は虫に怯えているが、アンは虫には慣れている。母の家庭菜園の手伝いをしていれば、虫なんて飽きるほど見るし触る。やはりここは、お貴族のボンボンに平民娘が長じている点の一つかもしれない。
「さて、神妙に請い願いなさい」
「何を?」
「〝どうかお助けください、アン様〟」
「どうか! お助けください! アン様!」
ラウルの声はもはや悲痛な叫びとなっていた。
「ん。素直でよろしい」
この数日、散々煮え湯を飲まされてきたのだ。これくらいの報復をしたって許されるはずである。
アンは拾った小枝を毛虫に近づけて、枝に誘導してやった。黒い毛がモコモコしていて案外可愛らしい。毛虫を地面の踏まれなさそうな隅っこに下ろす。
ラウルが安堵の一息をついた気配があった。
「はあ、毛虫さんを人質に利用するなんてひどい方だ」
「まず、感謝の言葉をお言いなさいな。そうですね、今しがた、質問をしては毛虫さんを戻す、という妙技を考案いたしましたよ。名付けて〝毛虫ループ〟」
「アン嬢、ありがとうございますっ!!」
アンは、今度は満足して微笑んだ。
「では、要求は呑んでいただいたということで、本日二つ目の質問をいたしましょうかね。──〝カフェは犯罪に加担していますか〟」
──いいえ。




